上 下
28 / 500
第一章 転生アンマリア

第28話 お願いだから秘密でね

しおりを挟む
「まずいわ、あれはスタンピードよ!」
 サクラが叫ぶ。
 スタンピード。集団群衆による恐怖行動の事で、一般的にこういうファンタジーの世界では魔物の大量発生による集団襲撃の事を指す言葉だ。どちらも一斉に一方向に向かって駆け出す事からこう呼ばれる。
 今回のスタンピードは湖の上で発生している事から、水棲型の魔物が大量に発生するという事だろう。ならば、私の取る行動はひとつだ。
 その間にもサクラは更衣室から武器を取って来ようとしている。このままじゃ湖に飛び込みかねない。他にも攻略対象とライバル令嬢も居る。みんなを危険にさらさせるわけにはいかない。だから、私がここで魔物をすべて打ち倒すのよ。突破されればテッテイに向かって移動を始めるはずだもの。そうなれば、いくらバッサーシ辺境伯の私兵が強いとしても、被害は甚大になりかねない。私は意を決した。
 私はこういう時のために魔法の練習しておいたんだからね。さぁ、魔物は栓狩り(※)させてもらうわ!

 ※栓狩り(MMOなどにおけるMOBモンスターの出現ポイントで待ち構えて、出現と同時に倒してしまう狩り方。状況次第では迷惑行為なので要注意)

 まずは周囲の確認を行うために、風魔法を使って上空に浮く。
「なっ!?」
 タンやタカー、それにラムが驚いている。そりゃ、8歳児が飛翔魔法を使えるわけないものね。
 私はその声を無視して高く上がると、湖に誰も居ない事を確認する。となれば、ここで使う魔法はあれね。
「サンダーウェイヴ!」
 そう叫んだ私の手の先から、雷がバリバリという音を立てながら湖面を伝わって黒いもやへと突進していく。これは戦闘パートで主人公アンマリアが使う攻撃魔法の一つだ。魔法力と知力が高いとダメージが跳ね上がる特性があって、特に水属性の相手には威力は絶大だった。ここは湖だからこそ、この雷の魔法になったというわけ。
 私が放った雷が黒いもやにぶつかると、ドカーンというなんともありきたりな音を立てて大爆発を起こした。その光景に、剣を持ってきたサクラが呆然として立ち尽くしていた。そして、この大爆発で打ち上げられた湖の水は高い水柱となり、上空に浮かぶ私にも容赦なく降り注いだ。よく見ると、発生したばかりの魔物も派手に吹き上げられており、いくらかが湖面に叩きつけられていた。ついでに黒いもやは消え去ってしまっていて、これで魔物が新たに発生する事はないだろうという事だけは分かった。
「え……、アンマリア……様?!」
 剣を持って今にも抜こうとしていたサクラが、表情を引きつらせている。
「ふぅ、これで一安心ね」
 私は額の汗を拭うと、湖のほとりに舞い降りた。
「みんな、大丈夫だったかしら」
「は、はい。おかげさまでなんともありません」
 私が問い掛けると、ラムが驚いた表情で答えた。うーん、目の前でやり過ぎちゃったかしらね。
「な、な、な、何なんだ、あれは……」
 タンが私を指差しながら震えている。あれだけの魔法を見せた後じゃそうなるか。
「魔法の練習をしてきた成果です。必死に頑張りましたからね」
 54kgの巨体から繰り出される笑顔だが、まだ8歳児なので見られるものでよかったわ。
「とりあえずですけれど、みなさんに口裏合わせをしてもらいたいのです」
「はい、それはどのような事でしょうか」
 私が人差し指を立てて真剣な表情をすれば、サクラとラムの二人がすぐに乗ってきてくれた。男二人はまだ躊躇している。スーラたち使用人たちの方がノリがいいぞ、おい。
「今の一撃、私がした事ではなく、通りすがりの冒険者の仕業にしておいて欲しいのです。さすがに8歳の私がそんな事をしたと知れたら、どれだけ面倒な事になるのか想像がつきますからね」
「確かに、それは分かりますね。そうなってしまっては、こうやって気軽に遊ぶなんて事ができなくなりますわ。わたくしは協力致します」
「そ、そうね。それに変な疑いを掛けられかねないものね」
 ラムとサクラがそう言いながら、私の言い分に乗ってきてくれた。うん、体が震えているけれどね。そりゃ怖いわよね。魔物もだけど、あのとんでも魔法を使う私の事もね……。
 男子二人を説き伏せるのは少し時間が掛かったけれど、兵士たちが駆けつけるまでに時間があったので、何とか説得は間に合った。なので、使用人を含めた私たち十人は、たまたま通りすがった冒険者が雷の魔法でスタンピードが起こる前に黒いもやを薙ぎ払ったと、兵士たちにはそう証言しておいた。
 実際には少しだけ魔物が発生していたものの、それはすべて湖に浮いていた。それを兵士たちはボートを出して回収していた。多くは水鳥や魚の魔物だったのだが、思いも寄らぬ魔物まで居た事で後々肝を冷やす事になったのだけど、何事も起きないうちに倒せてよかった。
 それにしても、せっかく水着を買って着替えたというのに、泳ぐ間もなくそのまま辺境伯邸にとんぼ返りとなってしまった。さらにはスタンピードが起きた事で湖に私たちだけで近付く事ができなくなってしまった。ああ、残念。
 そして、その日の夕食はそのスタンピードで倒された魚や水鳥を使った料理が振る舞われた。スタンピードの魔物をすぐに料理に出すとは、さすがは辺境伯領。並々ならぬ図太い神経の持ち主たちだったようだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

婚約破棄されたので王子様を憎むけど息子が可愛すぎて何がいけない?

tartan321
恋愛
「君との婚約を破棄する!!!!」 「ええ、どうぞ。そのかわり、私の大切な子供は引き取りますので……」 子供を溺愛する母親令嬢の物語です。明日に完結します。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

悪役令嬢?いま忙しいので後でやります

みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった! しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢? 私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

無能だとクビになったメイドですが、今は王宮で筆頭メイドをしています

如月ぐるぐる
恋愛
「お前の様な役立たずは首だ! さっさと出て行け!」 何年も仕えていた男爵家を追い出され、途方に暮れるシルヴィア。 しかし街の人々はシルビアを優しく受け入れ、宿屋で住み込みで働く事になる。 様々な理由により職を転々とするが、ある日、男爵家は爵位剥奪となり、近隣の子爵家の代理人が統治する事になる。 この地域に詳しく、元男爵家に仕えていた事もあり、代理人がシルヴィアに協力を求めて来たのだが…… 男爵メイドから王宮筆頭メイドになるシルビアの物語が、今始まった。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

処理中です...