上 下
73 / 75

第73話 覚悟を決めて

しおりを挟む
 いよいよ建国祭当日を迎える。
 イジスも普段とはかなり違ってきちんとした服装に身を包んでいる。いつもと違う雰囲気に、モエはついイジスに見惚れてしまう。
「イジス様、とてもかっこよく存じます」
「あ、ああ。ありがとう、モエ」
 モエの何気ない言葉に、照れくさそうにするイジスである。
「そういうモエこそ、普段からすればガラッとイメージが違うぞ」
「あ、ありがとうございます。お恥ずかしながら、このような格好は初めてでございまして……」
 頬をかきながら顔を赤くしてモエに話し掛けるイジス。モエの方も笠と同じような色になりながら、視線を逸らしてイジスの言葉に反応している。
 それというのも、今のモエの服装はパーティー用のドレスを着ているからだ。ガーティス子爵領に来てからはほぼメイド服だったので、実に新鮮な格好なのである。
 笠も髪も真っ赤なモエだけに、合わせるドレスの色はかなり難航したものである。赤いからといって赤色のドレスでは目立って仕方がない。
 なんといっても建国祭だし、王族よりも目立つというのは極力避けた方がいいわけだ。
 イジスとしては建国祭に出るのも、モエを参加させるのも嫌だったのだが、父親とジニアス司祭から強く言われて諦めた。
 特にジニアス司祭からの言葉に、イジスは説得させられたのだ。
 モエを婚約者として出せば、周りの令嬢は黙るだろうというアドバイスである。
 先日のスピアノ・ジルニテ伯爵令嬢の件もあるし、学生時代のトラウマだってある。令嬢のアピール攻勢を躱せるのならと、イジスはやむなく飲んだというわけだ。
「モエ。たくさんの人間の前に出るけど、大丈夫か?」
「はい、イジス様とご一緒であれば、なんとか大丈夫だと思います」
 イジスの心配の声に、モエははにかみながら答えていた。だが、イジスとしてはどうしても心配でならなかった。
 改めてモエの服装を見てみる。
 ドレスは肩の大きく開いたもので、色は少し明るめの青色のものになっている。
 問題の頭ではあるものの、髪の毛を全部アップにして念のために帽子をかぶせてある。これはジニアス司祭からの提案である。
 ただ、目上の人物と会うとなると外さなければならないので、一時しのぎでしかない。ガーティス家は子爵位なので、上位爵位の貴族なんて多すぎる。先日のスピアノの家だって伯爵位なのだから。
 それでもジニアス司祭はその時の対処は任せてほしいというので、どうするつもりか首を傾げながらも提案を受け入れたのである。
 いろいろと不安で仕方がないイジスは、ついつい耐え切れずにため息が出てしまう。
「イジス様、やっぱり私はお留守番をしていましょうか?」
 どうにも落ち着かないイジスの様子を見て、モエが参加を辞退しようとする。モエの声を聞いて、イジスは顔をいきなり向ける。
「そんなわけないじゃないか。モエと一緒に参加できるのは嬉しいに決まっている。嬉しいに決まっているが、周りの反応がどうなるかというのが気になるとな、モエを披露するのをためらってしまうんだ」
 足をタンタンとしている様子からして、イジスの中には大きな葛藤があるのは間違いなかった。
 なにせ、一目惚れをして自分の屋敷に連れてきて、それでいて自分の専属侍女にまでしてしまうような人間なのだ。独占欲がここでもろに出てきているのである。
 それに加えて大事に思うからこそ、一般的に危険視されているマイコニドであるモエを人前に、ましてや王族や貴族の前に出す事をためらっているである。
 しかし、父親どころか、以前お世話になったジニアス司祭からは、モエを建国祭に出すようにと言われてしまっている。イジスはギリギリまで葛藤と戦っているのだ。
 見かねたモエは、イジスの両手をしっかりと握りしめる。
「モエ?」
 突然のモエの行動に、イジスの動きが完全に止まる。じっと見つめてくるモエの瞳に、思わずイジスは釘付けになっている。
「イジス様。私なら大丈夫です。ジニアス司祭様もついていらっしゃるのでしょう?」
「あ、ああ。だが、しかしだな……」
 モエの真っすぐな瞳に、イジスはたじろいでしまう。
「今日ばかりは、私はイジス様の婚約者です。それに、私は決めているんですよ、ずっと前から」
「……何をかな?」
 強くはっきりと言うモエの言葉に、イジスはつい確認のために問い掛けてしまう。
「本当なら私はとっくに殺されていたかもしれないんです。それをイジス様が必死に止めて下さったんです。……私は既に、イジス様とともにある身なんですから」
「モエ……」
 ついうるっときてしまうイジスである。
「ええ、おそばに置いて頂いてるんですから、もう何だてどんとこいですよ。私の癒しの胞子でどうとだってしてあげますから!」
 もはやヤケになっているモエだった。急に妙な宣言をするものだから、イジスは完全に面食らってしまっていた。
 しばらくして、イジスは思わず笑ってしまう。
「ふふっ、それでこそ私が惚れた女性だよ」
 覚悟の固まったイジスはモエの肩を抱いて寄せる。
「モエ、私も覚悟を決めたよ。何を言われようとも君を守ってみせる。モエは私の運命の人なんだからな」
「イジス様」
 二人の外で様子を見ていた使用人たちが、思わずうるっと感動してしまう。
 こうして覚悟を決めた二人は、建国祭のパーティーに向けて、子爵と一緒に家を発ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

処理中です...