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第60話 依頼
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この日のイジスは、珍しくメイドをつけて外に出てきている。
本来なら護衛のランスだけなのだが、人手の欲しい案件だったがために使用人を増やしているのである。
にしても、執事ではなくメイドとは何を考えているのだろうか。
「すまないね。まだまだ勉強中の君たちに出てきてもらって」
「いえいえ、モエ先輩の代わりですからね。先輩のためでしたらよっぽどじゃない限り引き受けますよ」
「そうですにゃー」
連れてきたのは、先日の事件で引き取ったラビス族のビスとキャラル族のキャロの二人である。
この二人を連れてきたのは、街の人たちに亜人に慣れてもらうという目的もあっての事だ。新人の教育を担当するエリィに教えられているので、メイドとしての技量はそこそこにそなえている。今日はその実践も踏まえているのである。
「それにしても、イジス様」
「なんだい、ビス」
イジスに声を掛けたビス。その手にはからの瓶が抱えられている。
「一体この瓶で何をなさるおつもりなんですか?」
「くんくん……、かすかにモエ先輩のにおいがしますにゃー?」
つい鼻を近付けてにおいをかぐキャロ。においの正体に気が付くと、耳と尻尾、それにひげも全部ピーンと立っていた。
「ははっ、さすがにキャラル族の鼻はごまかせないか。そうだ、その中にはモエの胞子が入っているんだよ」
イジスから出てきた言葉に、二人して驚いている。護衛でついて来ているランスも、実に渋い顔をしている。
ところが、イジスはそれに構わず淡々と説明を続けている。
「マイコニドの胞子について調べるためにね、モエの笠から胞子を採取したんだよ。見ての通り、まったく目には見えないんだけどね」
その説明を聞いて、じっと瓶の中を見るビスとキャロ。
「うーん、確かに何も入っているようには見えませんね」
「ちっさい点が見えるのにゃ。モエ先輩の笠の色と同じような赤い点なのにゃ」
「……まったく何も見えないのですけれど?」
キャロだけがかろうじて入っているものが見えるようだ。目と鼻に関しては、猫系の亜人であるキャラル族はかなり優れているということのようだ。
瓶を抱えるビスは、説明を聞いた上でイジスに改めて問い掛ける。
「一体どちらへと行かれるのですかね」
その質問を受けたイジスは、どういうわけか得意げに笑う。
「街の外れに、ちょっとこういう類に関して詳しい人物がいるんだ。その人物に会いに行くんだよ。彼なら、きっとマイコニドの胞子について謎を解き明かしてくれるはずだ」
「旦那様とお会いした事もありますね。胡散臭い男でしたけれど」
イジスが説明すると、ランスはどうも気に食わないようだ。眉間にしわを寄せているので相当だろう。
「だけどな、ランス。あの男がいるからこの街にいながら魔道具を手に入れられるんだ。どれだけガーティス子爵家も守られてきたか分からないんだぞ」
「うっ、ぐぅ……」
イジスに言われてぐうの音も出なくなるランスだった。
そうやって話をしているうちに、目的地へと到着する。
ところが到着するなり、ビスとキャロの耳やしっぽの毛が逆立っている。かなり警戒しているようだ。
「怪しい魔力が漂っています……」
「こ、怖いのにゃ」
さすがに動物系の亜人は、その建物からあふれ出る怪しさを全身で感じているようだ。
「イジス様、ここは私めが」
「うん、頼むぞ」
ランスが先頭に立って、建物の入口を数回叩く。
しばらくすると、中から声が聞こえてくる。
「誰だ。冷やかしなら帰っておくれ」
めんどくさそうな感じの言い方をする声が聞こえてくる。この声の主こそ、今回のお出かけの目的の人物である。
「ピルツだな。イジス・ガーティスが用事があってやって来た。入ってもいいだろうか」
反応があったために、改めてイジスが中へと呼び掛ける。
「ほう、子爵のとこのボンボンか。何の用事か知らないが、入ってもいいぞ。お前の家には世話になってるし、断る理由がないからな」
はっきりとしたピルツの回答があったので、ランスが先頭になって扉を開けて中へと入っていく。
中へと入ると、正面の奥のちょっと見えづらい位置に男が座っていた。
「お前がピルツだな。用件を伝えてもいいだろうか」
「ひひっ、聞くだけはしておこうじゃないか。せっかくこうやって構えているのだからね」
ピルツの答えを聞いたイジスは、ビスを前へと進ませる。そして、持たせている瓶を差し出させる。
その瓶を見た瞬間、一瞬は首を傾げたピルツだったが、すぐさまその中身に気が付いて身を乗り出してきた。
「おお、前に来たマイコニドのメイドの胞子か。ずいぶんとたくさん持ってきたもんだな」
「……よく分かったな」
「あのメイドの魔力は忘れるものか。ものすごく希少な魔力の持ち主だ。ちょっと訓練すれば魔法だって使えるようになるぜ、あの嬢ちゃんは」
「そうなのか」
「ああ、俺が保証する。ただその時はちゃんとした魔法の先生をつけてやりなよ」
「どうするかは、本人に確認してみてからだな」
ピルツが言うには、モエにも魔法の才能があるらしい。しかし、今回の用件はそれではないので、ひとまずは置いておく。
「それはともかくとして、今回の依頼はこの瓶の中身の分析だな。マイコニドを知りたいんだ」
これにはピルツは面食らっていた。
確かにマイコニドは胞子のせいでその生態が謎に包まれている。なんといっても四六時中胞子を振りまいているので、高名な魔法使いでも防ぎきるのは不可能なのだ。そのせいで誰も近寄らずにまったくの未知の存在なのである。
「……へえ、マイコニドの謎を解き明かせるのか。そいつは悪くない依頼だ」
ピルツの表情が妖しく歪む。
「分かった、引き受けようじゃないか。ただ、いつになるかは分からないぞ?」
「構わない。ただ、ひと月ごとに使いを出すので、その時点での結果を伝えてもらえればいい」
「ちっ、報告は面倒だな。だが、あのメイドを抱えてるから事情は分かる。仕方ねえ、我慢するか……」
こうして、イジスはピルツにモエの胞子の分析の依頼を頼んだのであった。
いよいよ、マイコニドの秘密が解き明かされるのだろうか。イジスはその事が楽しみなのか、ピルツの店を去る時には楽しそうに笑っていたのだった。
本来なら護衛のランスだけなのだが、人手の欲しい案件だったがために使用人を増やしているのである。
にしても、執事ではなくメイドとは何を考えているのだろうか。
「すまないね。まだまだ勉強中の君たちに出てきてもらって」
「いえいえ、モエ先輩の代わりですからね。先輩のためでしたらよっぽどじゃない限り引き受けますよ」
「そうですにゃー」
連れてきたのは、先日の事件で引き取ったラビス族のビスとキャラル族のキャロの二人である。
この二人を連れてきたのは、街の人たちに亜人に慣れてもらうという目的もあっての事だ。新人の教育を担当するエリィに教えられているので、メイドとしての技量はそこそこにそなえている。今日はその実践も踏まえているのである。
「それにしても、イジス様」
「なんだい、ビス」
イジスに声を掛けたビス。その手にはからの瓶が抱えられている。
「一体この瓶で何をなさるおつもりなんですか?」
「くんくん……、かすかにモエ先輩のにおいがしますにゃー?」
つい鼻を近付けてにおいをかぐキャロ。においの正体に気が付くと、耳と尻尾、それにひげも全部ピーンと立っていた。
「ははっ、さすがにキャラル族の鼻はごまかせないか。そうだ、その中にはモエの胞子が入っているんだよ」
イジスから出てきた言葉に、二人して驚いている。護衛でついて来ているランスも、実に渋い顔をしている。
ところが、イジスはそれに構わず淡々と説明を続けている。
「マイコニドの胞子について調べるためにね、モエの笠から胞子を採取したんだよ。見ての通り、まったく目には見えないんだけどね」
その説明を聞いて、じっと瓶の中を見るビスとキャロ。
「うーん、確かに何も入っているようには見えませんね」
「ちっさい点が見えるのにゃ。モエ先輩の笠の色と同じような赤い点なのにゃ」
「……まったく何も見えないのですけれど?」
キャロだけがかろうじて入っているものが見えるようだ。目と鼻に関しては、猫系の亜人であるキャラル族はかなり優れているということのようだ。
瓶を抱えるビスは、説明を聞いた上でイジスに改めて問い掛ける。
「一体どちらへと行かれるのですかね」
その質問を受けたイジスは、どういうわけか得意げに笑う。
「街の外れに、ちょっとこういう類に関して詳しい人物がいるんだ。その人物に会いに行くんだよ。彼なら、きっとマイコニドの胞子について謎を解き明かしてくれるはずだ」
「旦那様とお会いした事もありますね。胡散臭い男でしたけれど」
イジスが説明すると、ランスはどうも気に食わないようだ。眉間にしわを寄せているので相当だろう。
「だけどな、ランス。あの男がいるからこの街にいながら魔道具を手に入れられるんだ。どれだけガーティス子爵家も守られてきたか分からないんだぞ」
「うっ、ぐぅ……」
イジスに言われてぐうの音も出なくなるランスだった。
そうやって話をしているうちに、目的地へと到着する。
ところが到着するなり、ビスとキャロの耳やしっぽの毛が逆立っている。かなり警戒しているようだ。
「怪しい魔力が漂っています……」
「こ、怖いのにゃ」
さすがに動物系の亜人は、その建物からあふれ出る怪しさを全身で感じているようだ。
「イジス様、ここは私めが」
「うん、頼むぞ」
ランスが先頭に立って、建物の入口を数回叩く。
しばらくすると、中から声が聞こえてくる。
「誰だ。冷やかしなら帰っておくれ」
めんどくさそうな感じの言い方をする声が聞こえてくる。この声の主こそ、今回のお出かけの目的の人物である。
「ピルツだな。イジス・ガーティスが用事があってやって来た。入ってもいいだろうか」
反応があったために、改めてイジスが中へと呼び掛ける。
「ほう、子爵のとこのボンボンか。何の用事か知らないが、入ってもいいぞ。お前の家には世話になってるし、断る理由がないからな」
はっきりとしたピルツの回答があったので、ランスが先頭になって扉を開けて中へと入っていく。
中へと入ると、正面の奥のちょっと見えづらい位置に男が座っていた。
「お前がピルツだな。用件を伝えてもいいだろうか」
「ひひっ、聞くだけはしておこうじゃないか。せっかくこうやって構えているのだからね」
ピルツの答えを聞いたイジスは、ビスを前へと進ませる。そして、持たせている瓶を差し出させる。
その瓶を見た瞬間、一瞬は首を傾げたピルツだったが、すぐさまその中身に気が付いて身を乗り出してきた。
「おお、前に来たマイコニドのメイドの胞子か。ずいぶんとたくさん持ってきたもんだな」
「……よく分かったな」
「あのメイドの魔力は忘れるものか。ものすごく希少な魔力の持ち主だ。ちょっと訓練すれば魔法だって使えるようになるぜ、あの嬢ちゃんは」
「そうなのか」
「ああ、俺が保証する。ただその時はちゃんとした魔法の先生をつけてやりなよ」
「どうするかは、本人に確認してみてからだな」
ピルツが言うには、モエにも魔法の才能があるらしい。しかし、今回の用件はそれではないので、ひとまずは置いておく。
「それはともかくとして、今回の依頼はこの瓶の中身の分析だな。マイコニドを知りたいんだ」
これにはピルツは面食らっていた。
確かにマイコニドは胞子のせいでその生態が謎に包まれている。なんといっても四六時中胞子を振りまいているので、高名な魔法使いでも防ぎきるのは不可能なのだ。そのせいで誰も近寄らずにまったくの未知の存在なのである。
「……へえ、マイコニドの謎を解き明かせるのか。そいつは悪くない依頼だ」
ピルツの表情が妖しく歪む。
「分かった、引き受けようじゃないか。ただ、いつになるかは分からないぞ?」
「構わない。ただ、ひと月ごとに使いを出すので、その時点での結果を伝えてもらえればいい」
「ちっ、報告は面倒だな。だが、あのメイドを抱えてるから事情は分かる。仕方ねえ、我慢するか……」
こうして、イジスはピルツにモエの胞子の分析の依頼を頼んだのであった。
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