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第51話 モエをめぐる思い
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子爵が並々ならぬ気迫で出かけていったのだが、子爵邸の中は相変わらずの平和な雰囲気である。
拾われてきた獣たちは、ビスとキャロの獣人メイドに戯れている。8体ほど居る獣たちは全員が名前を付けられた関係か、ちょっと拾われた時と比べて感じが違っているようだった。
「可愛いですね、この子たち」
「ふぅ、もふもふ……。気持ちが落ち着く」
「ちょっと、キャロ。寝ないで下さいね。寝たらエリィさんに叱られますよ」
「うっ、それは嫌」
気持ちよさそうに顔をうずめていると、ビスに注意されてやむなく獣を離すキャロ。離された獣も首を傾げてつぶらな瞳を向けてくる。
「うう、この瞳を見たら離せないの。ぎゅーっ」
「あっ、もうキャロったら」
獣たちと戯れるキャロに、呆れたような視線を向けるビスである。
二人を見ているだけでも、種族全体の雰囲気がなんとなくだけど分かってくる感じである。
奴隷商から助け出された面々は、すっかり子爵邸の中で落ち着いて過ごしているようである。
一方のその頃のモエはというと、イジスの仕事の手伝いをしていた。
本来はメイドならこんな事はしないのだが、一人で大変そうにしているイジスを見ているうちに、ついつい手を貸してしまっていたのである。
「モエ、書類が読めるのか?」
ある日のこと、じっとイジスが処理している書類を眺めていたモエに、その視線が気になって仕方がないイジスが声を掛けた。
するとモエは、しれっとした顔で答えた。
「はい、私の居た集落では普通に文字の読み書きができましたので、私も問題なく読む事ができます」
「ああ、それでメイドの採用の時もすんなりサインができていたのか。納得だな」
いろいろと思い出して、妙に納得するイジスである。
その時のモエの視線を見て、イジスは何を思ったのかこう提案していた。
「モエも少しやってみるかい?」
「よろしいのですか?」
つい驚いて反応してしまうモエである。まさか書類を回してもらえるとは思ってもみなかったのだ。
「はい、せっかく専属のメイドになりましたから、何かしらお手伝いしたいと存じますので」
含みを持たしたかのように返事をするモエである。
「そうか、じゃあこっちの方を頼む。分からないのなら聞いてくれ。私も分からない事もあるだろうけれどね」
「畏まりました」
頭を下げて、書類を受け取るモエ。こうして気が付いたらイジスの仕事を手伝うことになっていたモエである。
しかし、やらせてみたらやらせてみたで、思ってもみなかった事務系の能力を発揮してしまう。それでいてメイドらしく飲み物とかの気遣いもしっかりとできている。さすがは変わったマイコニドである。
そういえば頭の帽子もすっかり馴染んでしまっていて、頭の笠を直に見ないとマイコニドだという事を忘れてしまいそうだった。そのくらいにはモエもすっかり子爵邸に馴染んでいる。
(ふむ、一生懸命に書類を眺めるモエもいいものだ)
「イジス様?」
ふと仕事中にモエを眺めてしまうイジス。モエが顔を上げて不思議そうにイジスの方を見ると、
「いや、なんでもない。続けてくれ」
思わず視線を逸らしてしまうイジスである。その様子には、つい首を傾げてしまうモエである。
どうにもイジスの熱は下がっていないようだ。まだまだ一方的に好意を持っている状態のようだ。
一緒に仕事をしている事が増えたが、どうやらこの仲は進展しそうにないのである。
モエが子爵邸に置かれるようになってからかなり経った。
そんなモエの出身地である集落の中では、とあるマイコニドがイライラを募らせていた。
「だあっ、まったく戻ってくる気配がない。……あいつ、人間に掴まって酷い事されてないか? いや、もしかしたら森の中で迷子になって……。いや、ありえないな」
モエが集落を出て行く前に話し掛けていた、幼馴染みであるマイコニドの青年が荒れていた。
「おい、どうしたんだ。ずいぶんと荒れているな」
集落の他のマイコニドが話し掛ける。
「落ち着けるわけないだろうが。モエが行方不明になってどれだけ経つと思ってるんだ。くそっ、今頃あいつはどうしてるっていうんだ……」
ギリッと爪を噛む青年である。あまりに荒れた様子に、話し掛けたマイコニドは怖くなって離れていく。青年は一人でぶつぶつと悩んでいる。
「くそっ、こうなったら俺も外へと向かうか? いや、集落の連中の目があるから厳しいか?」
思い悩んだ青年は、ひとまず自分の家へと戻っていく。自分に対して向けられる視線にちょっと耐え切れなくなったのだ。
家に戻った青年は、そのまま自分の部屋へと向かう。
(くそう、マイコニドは胞子で行動を探れるんじゃなかったのか? いくらやってもあいつの胞子は見当たりやしない。まるで存在しなかったかのように……)
床にごろりと寝転ぶと、さらに悶々と考え始める青年である。
(なんで俺はあの時のあいつを止めなかったんだ。まさかこんな風になるなんてな、くそっ……!)
床を思い切り叩く青年。
「モエ、お前は今どこで何をしているんだよ」
青年は天井を見上げながら、寂しそうに呟いていたのだった。
拾われてきた獣たちは、ビスとキャロの獣人メイドに戯れている。8体ほど居る獣たちは全員が名前を付けられた関係か、ちょっと拾われた時と比べて感じが違っているようだった。
「可愛いですね、この子たち」
「ふぅ、もふもふ……。気持ちが落ち着く」
「ちょっと、キャロ。寝ないで下さいね。寝たらエリィさんに叱られますよ」
「うっ、それは嫌」
気持ちよさそうに顔をうずめていると、ビスに注意されてやむなく獣を離すキャロ。離された獣も首を傾げてつぶらな瞳を向けてくる。
「うう、この瞳を見たら離せないの。ぎゅーっ」
「あっ、もうキャロったら」
獣たちと戯れるキャロに、呆れたような視線を向けるビスである。
二人を見ているだけでも、種族全体の雰囲気がなんとなくだけど分かってくる感じである。
奴隷商から助け出された面々は、すっかり子爵邸の中で落ち着いて過ごしているようである。
一方のその頃のモエはというと、イジスの仕事の手伝いをしていた。
本来はメイドならこんな事はしないのだが、一人で大変そうにしているイジスを見ているうちに、ついつい手を貸してしまっていたのである。
「モエ、書類が読めるのか?」
ある日のこと、じっとイジスが処理している書類を眺めていたモエに、その視線が気になって仕方がないイジスが声を掛けた。
するとモエは、しれっとした顔で答えた。
「はい、私の居た集落では普通に文字の読み書きができましたので、私も問題なく読む事ができます」
「ああ、それでメイドの採用の時もすんなりサインができていたのか。納得だな」
いろいろと思い出して、妙に納得するイジスである。
その時のモエの視線を見て、イジスは何を思ったのかこう提案していた。
「モエも少しやってみるかい?」
「よろしいのですか?」
つい驚いて反応してしまうモエである。まさか書類を回してもらえるとは思ってもみなかったのだ。
「はい、せっかく専属のメイドになりましたから、何かしらお手伝いしたいと存じますので」
含みを持たしたかのように返事をするモエである。
「そうか、じゃあこっちの方を頼む。分からないのなら聞いてくれ。私も分からない事もあるだろうけれどね」
「畏まりました」
頭を下げて、書類を受け取るモエ。こうして気が付いたらイジスの仕事を手伝うことになっていたモエである。
しかし、やらせてみたらやらせてみたで、思ってもみなかった事務系の能力を発揮してしまう。それでいてメイドらしく飲み物とかの気遣いもしっかりとできている。さすがは変わったマイコニドである。
そういえば頭の帽子もすっかり馴染んでしまっていて、頭の笠を直に見ないとマイコニドだという事を忘れてしまいそうだった。そのくらいにはモエもすっかり子爵邸に馴染んでいる。
(ふむ、一生懸命に書類を眺めるモエもいいものだ)
「イジス様?」
ふと仕事中にモエを眺めてしまうイジス。モエが顔を上げて不思議そうにイジスの方を見ると、
「いや、なんでもない。続けてくれ」
思わず視線を逸らしてしまうイジスである。その様子には、つい首を傾げてしまうモエである。
どうにもイジスの熱は下がっていないようだ。まだまだ一方的に好意を持っている状態のようだ。
一緒に仕事をしている事が増えたが、どうやらこの仲は進展しそうにないのである。
モエが子爵邸に置かれるようになってからかなり経った。
そんなモエの出身地である集落の中では、とあるマイコニドがイライラを募らせていた。
「だあっ、まったく戻ってくる気配がない。……あいつ、人間に掴まって酷い事されてないか? いや、もしかしたら森の中で迷子になって……。いや、ありえないな」
モエが集落を出て行く前に話し掛けていた、幼馴染みであるマイコニドの青年が荒れていた。
「おい、どうしたんだ。ずいぶんと荒れているな」
集落の他のマイコニドが話し掛ける。
「落ち着けるわけないだろうが。モエが行方不明になってどれだけ経つと思ってるんだ。くそっ、今頃あいつはどうしてるっていうんだ……」
ギリッと爪を噛む青年である。あまりに荒れた様子に、話し掛けたマイコニドは怖くなって離れていく。青年は一人でぶつぶつと悩んでいる。
「くそっ、こうなったら俺も外へと向かうか? いや、集落の連中の目があるから厳しいか?」
思い悩んだ青年は、ひとまず自分の家へと戻っていく。自分に対して向けられる視線にちょっと耐え切れなくなったのだ。
家に戻った青年は、そのまま自分の部屋へと向かう。
(くそう、マイコニドは胞子で行動を探れるんじゃなかったのか? いくらやってもあいつの胞子は見当たりやしない。まるで存在しなかったかのように……)
床にごろりと寝転ぶと、さらに悶々と考え始める青年である。
(なんで俺はあの時のあいつを止めなかったんだ。まさかこんな風になるなんてな、くそっ……!)
床を思い切り叩く青年。
「モエ、お前は今どこで何をしているんだよ」
青年は天井を見上げながら、寂しそうに呟いていたのだった。
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