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第49話 専属の日の朝
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翌日からのモエの仕事は、大きく様変わりをした。
朝早く起きたかと思うと、イジスの担当をしていた使用人から引継ぎを行う。
とはいえ、イジスの側には護衛であるランスが居るので、大抵は彼の補佐を行うのが仕事である。それ以外の仕事といったら、身支度と部屋の掃除くらいだった。
意外と自由な時間は多そうだった。
「……という仕事になります。これからはよろしく頼みましたよ、モエさん」
「畏まりました。お任せ下さい」
結局、口頭で仕事内容を教えてもらっただけで、実際にイジスの側について仕事をしながら教えてもらうわけではなかった。
不安になる事はあるかも知れないが、その際は護衛であるランスに聞けばどうにかなると教えてもらった。
こんな感じでイジスの専属メイドとしての仕事は始まったのだった。
モエの仕事としては、それ以外には食堂の掃除もある。その間はイジスの世話というわけにはいかない。その時だけは、前任の使用人が今まで通り担当するらしい。専属というには少し中途半端なようだった。
「よし、頑張りましょうね、ルス」
「わうっ」
ひとまず朝の食堂の掃除から始まるので、頭の上のルスに話し掛けて気合いを入れるモエだった。
「おはようございます、イジス様」
引継ぎを行って最初の専属としての仕事は、食堂の掃除を終えてからのイジスのお出迎えだった。
「やあ、おはよう、モエ」
前の専属たちの手で服を着替えたイジスが、さわやかな笑顔でモエを出迎えていた。相変わらずの美形ゆえに、ものすごく絵になる姿である。
その姿を見たモエはちょっとドキッとしてしまっていた。先日までは特になんとも思わなかったはずなのに、その感情にモエは思わず首を傾げてしまっていた。
「どうしたんだい、モエ」
「あっ、いえ。……なんでもございません」
平静を装って答えるモエではあったものの、内心はとてもドキドキしていた。本当にどうしてしまったというのだろうか。
とにかく仕事だと、モエは首をぶんぶんと振る。
「間もなく朝食の準備が整いますので、ご支度致しましょう」
「ああ、そうだね。ランス、お前も同席するかい?」
「そうですね。……って、今まで同席しておりましたのに、今日に限ってどうしてお聞きになるのですか?」
今日に限っておかしな態度を取るイジスに、ランスは慌ててツッコミを入れていた。それに対して、イジスはごまかすようにただ笑っていた。
モエはその光景の意味が分からずに、きょとんとした様子で二人の姿を見ていた。
「こほん、では向かうとしよう。モエ、案内をしてくれるかい?」
「……畏まりました」
毎日向かっている食堂なのに、なぜ案内しなければならないのか。
ふとそう思ったモエだったが、前任から先程聞かされた仕事の内容を思い出した。食堂への案内は使用人の仕事なのである。
仕事なら仕方ないかと納得しながら、モエは軽く頭を下げてイジスを食堂まで案内した。
専属となると、主の食事中は食堂の壁際に立ってそこに付き合わなくてはならない。初日の朝食の席では頭の上のルスをじっとさせておくのに苦労した。
食事のにおいにつられてしっぽを揺らしており、それがモエの笠を覆う帽子に当たってくすぐったかったのだ。
マイコニドの笠には一応神経が通っており、触れられれば痛みなどを感じるのである。
(ルス、お願いだからじっとしてちょうだい)
本当に食事の間、ずっとルスのしっぽがさわさわと触れるので、モエは我慢するので精一杯だった。
食事を終えてイジスを部屋まで先導すると、ここからは護衛のランスがイジスにぴったりとなる。そこでようやくモエの食事時間がやって来た。
「さっきの朝食中、ずっと震えていたけど、何だったんだい?」
イジスの部屋に戻って、ランスから小声で尋ねられるモエ。その言葉に思わず恥ずかしくなってしまう。
「ルスが食事つられてしっぽを揺らししてまして、それが帽子を撫でるものですからくすぐったくてたまらなかったのでございます」
「ああ、そうだったのか。大変だったね」
「お気遣い、ありがとうございます」
恥ずかしくて顔を赤くするモエ。ランスはついつい笑ってしまった。
「それじゃモエ、ゆっくり食事を取ってくれ」
「はい、そうさせて頂きます」
ランスの声に、モエは素直に頭を下げて使用人用の食堂へと向かった。
「ランス」
モエを見送ったイジスは、ランスに声を掛ける。
「どうかなさいましたか、イジス様」
無表情でイジスの声に反応するランスである。
「どうしたもこうしたも、どうしてモエがお前を見て赤くなっていたんだ?」
イジスの質問に不思議そうな顔をするランスである。イジスの声がちょっと怒っているものだからなおの事である。
「いえ、ちょっとさっきの食堂での事で確認を取っていただけですよ。深い意味は特にありません」
「……本当か?」
「本当ですよ。どうなさったんですか、珍しく疑り深いですね」
イジスの態度がおかしくて、ランスは笑いを堪えるのに必死である。
「……まったく、そういう事にしておくよ」
ぷいっと顔を背けてしまうイジスである。
その態度を見たランスは、やれやれとため息を一つ吐いたのだった。
朝早く起きたかと思うと、イジスの担当をしていた使用人から引継ぎを行う。
とはいえ、イジスの側には護衛であるランスが居るので、大抵は彼の補佐を行うのが仕事である。それ以外の仕事といったら、身支度と部屋の掃除くらいだった。
意外と自由な時間は多そうだった。
「……という仕事になります。これからはよろしく頼みましたよ、モエさん」
「畏まりました。お任せ下さい」
結局、口頭で仕事内容を教えてもらっただけで、実際にイジスの側について仕事をしながら教えてもらうわけではなかった。
不安になる事はあるかも知れないが、その際は護衛であるランスに聞けばどうにかなると教えてもらった。
こんな感じでイジスの専属メイドとしての仕事は始まったのだった。
モエの仕事としては、それ以外には食堂の掃除もある。その間はイジスの世話というわけにはいかない。その時だけは、前任の使用人が今まで通り担当するらしい。専属というには少し中途半端なようだった。
「よし、頑張りましょうね、ルス」
「わうっ」
ひとまず朝の食堂の掃除から始まるので、頭の上のルスに話し掛けて気合いを入れるモエだった。
「おはようございます、イジス様」
引継ぎを行って最初の専属としての仕事は、食堂の掃除を終えてからのイジスのお出迎えだった。
「やあ、おはよう、モエ」
前の専属たちの手で服を着替えたイジスが、さわやかな笑顔でモエを出迎えていた。相変わらずの美形ゆえに、ものすごく絵になる姿である。
その姿を見たモエはちょっとドキッとしてしまっていた。先日までは特になんとも思わなかったはずなのに、その感情にモエは思わず首を傾げてしまっていた。
「どうしたんだい、モエ」
「あっ、いえ。……なんでもございません」
平静を装って答えるモエではあったものの、内心はとてもドキドキしていた。本当にどうしてしまったというのだろうか。
とにかく仕事だと、モエは首をぶんぶんと振る。
「間もなく朝食の準備が整いますので、ご支度致しましょう」
「ああ、そうだね。ランス、お前も同席するかい?」
「そうですね。……って、今まで同席しておりましたのに、今日に限ってどうしてお聞きになるのですか?」
今日に限っておかしな態度を取るイジスに、ランスは慌ててツッコミを入れていた。それに対して、イジスはごまかすようにただ笑っていた。
モエはその光景の意味が分からずに、きょとんとした様子で二人の姿を見ていた。
「こほん、では向かうとしよう。モエ、案内をしてくれるかい?」
「……畏まりました」
毎日向かっている食堂なのに、なぜ案内しなければならないのか。
ふとそう思ったモエだったが、前任から先程聞かされた仕事の内容を思い出した。食堂への案内は使用人の仕事なのである。
仕事なら仕方ないかと納得しながら、モエは軽く頭を下げてイジスを食堂まで案内した。
専属となると、主の食事中は食堂の壁際に立ってそこに付き合わなくてはならない。初日の朝食の席では頭の上のルスをじっとさせておくのに苦労した。
食事のにおいにつられてしっぽを揺らしており、それがモエの笠を覆う帽子に当たってくすぐったかったのだ。
マイコニドの笠には一応神経が通っており、触れられれば痛みなどを感じるのである。
(ルス、お願いだからじっとしてちょうだい)
本当に食事の間、ずっとルスのしっぽがさわさわと触れるので、モエは我慢するので精一杯だった。
食事を終えてイジスを部屋まで先導すると、ここからは護衛のランスがイジスにぴったりとなる。そこでようやくモエの食事時間がやって来た。
「さっきの朝食中、ずっと震えていたけど、何だったんだい?」
イジスの部屋に戻って、ランスから小声で尋ねられるモエ。その言葉に思わず恥ずかしくなってしまう。
「ルスが食事つられてしっぽを揺らししてまして、それが帽子を撫でるものですからくすぐったくてたまらなかったのでございます」
「ああ、そうだったのか。大変だったね」
「お気遣い、ありがとうございます」
恥ずかしくて顔を赤くするモエ。ランスはついつい笑ってしまった。
「それじゃモエ、ゆっくり食事を取ってくれ」
「はい、そうさせて頂きます」
ランスの声に、モエは素直に頭を下げて使用人用の食堂へと向かった。
「ランス」
モエを見送ったイジスは、ランスに声を掛ける。
「どうかなさいましたか、イジス様」
無表情でイジスの声に反応するランスである。
「どうしたもこうしたも、どうしてモエがお前を見て赤くなっていたんだ?」
イジスの質問に不思議そうな顔をするランスである。イジスの声がちょっと怒っているものだからなおの事である。
「いえ、ちょっとさっきの食堂での事で確認を取っていただけですよ。深い意味は特にありません」
「……本当か?」
「本当ですよ。どうなさったんですか、珍しく疑り深いですね」
イジスの態度がおかしくて、ランスは笑いを堪えるのに必死である。
「……まったく、そういう事にしておくよ」
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その態度を見たランスは、やれやれとため息を一つ吐いたのだった。
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