42 / 67
第42話 残るか帰るか
しおりを挟む
中に入ってまず一室目。入るや否や、鋭い視線が飛んでくる。
だが、すぐさまその視線は和らいだ。
モエがマイコニドなのは分かっているらしいのだが、それよりも助けられた恩の方が勝ったのだ。
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
「おや、言葉が喋れるのか」
頭を下げながらお礼を言ってきたために、イジスは驚いている。
『こやつはラビス族だな。見ての通りのウサギ耳を持つ種族だ。脚力はあるし耳もいいが、少し臆病なのが問題になるくらいだ』
「く、詳しいな……」
そこに間髪入れずにプリズムウルフの説明が挟まる。
「ひっ! ぷ、プリズムウルフ!」
プリズムウルフに気が付いたラビス族の女性が震え上がっている。
『そんなに震え上がるな。亜人は食わん』
その姿を見てプリズムウルフが注意すると、ラビス族の女性は震えて涙目になりながらもこくりと頷いていた。ちなみに他の面々は震えるだけで反応はなかった。様子を見ているようである。
「くう~ん」
そんな時、ラビス族の女性の側に知らない間にモエから離れたルスが近付いていた。
「あら、可愛い!」
ぱあっと顔を明るくして、手を伸ばすラビス族の女性。
『そうかそうか。その子だが、この我の子ぞ?』
「え?!」
ところが、プリズムウルフのこの声を聞いて思わず固まってしまうラビス族の女性だった。そして、ゆっくりとプリズムウルフの方へと顔を向けていっていた。
『どうした、愛でぬのか?』
「あはは、あはははは……。ええ、可愛いですとも、よしよし……」
プリズムウルフの視線に震え上がりながら、ラビス族の女性はルスの頭を撫でていた。
モエはちょっと膨れっ面になってはいるものの、今は仕方ないなと黙ってその様子を見守っていた。なにせ、傷付いていた彼女たちに嫉妬するなんて、するべき事ではないから。モエも使用人として生活している間に、だいぶ学んだようだった。
ルスの手助けがあってか、少しずつ和み始める最初の部屋。ラビス族の女性以外もだいぶ警戒心を解いてきているようだ。
しかし、イジスの本来の仕事はここからだ。
それはこの被害者たちをどうするかという事だ。保護するか、故郷に帰すか。そこが問題になってくるのだ。
「ひとまず全員の様子を見よう。それから対応を決めようか」
イジスはひとまず最初の部屋の対応は見送り、全員の状態を見てから決める事にした。とはいえども、最終的な決定は父親であるガーティス子爵だ。イジスにあるのはその参考となる意見を言うくらいである。
「うーむ、助け出した時の状態に比べれば、本当にみんなすっかり良くなっているな。これがモエの胞子の力なのか」
全員を確認したイジスは、その回復具合に驚くしかなかった。なにせ、もう助かる見込みすらほとんど見出せない状態での発見だったのだから。それが、たったひと晩で動き回れるくらいまで回復しているのだから、モエの胞子の効果を改めて認識したのである。
「すまないが、プリズムウルフ。ちょっと聞いてもいいか?」
『なんだ、小僧』
イジスの問い掛けに、プリズムウルフは少し不機嫌そうに顔を向ける。
「もし、彼らが元の場所に帰りたいと言ったら、連れて行ってもらう事はできるか?」
『なんだ、そんな事か。我も子を追ってここまで来た。その帰り道とはなるが、そのくらいの事はしてやろう』
プリズムウルフは構わないという回答だった。それを聞いてイジスは安心していた。
そして、イジスは助け出した面々をひとところに集めて、全員と改めて顔を合わせる。プリズムウルフが居るために、誰もその指示に逆らおうとはしなかった。
「とりあえず、みんなの回復を素直に喜びたい」
イジスはこう切り出す。それをプリズムウルフが通訳して全員に伝える。
「そこでみんなに問いたい。この街に残るか、故郷に戻るか。みんながどう思っているのかという事を」
続けて放たれた言葉に、目の前の亜人や動物たちは騒めいた。そのざわつく様子を、モエとプリズムウルフがじっと見つめている。ルスはモエの腕の中で静かに抱かれている。
そして、イジスが合図を送ると、モエとプリズムウルフが部屋の中を移動する。モエはイジスの左側に、プリズムウルフは右側にそれぞれ立つ。
「残るものは私の左側に居る女性の方へ。帰いたいものはプリズムウルフの方へと移動してくれ」
イジスの言葉を受けて、みんながぞろぞろと動き出す。その結果、思ったよりもモエの前に移動したものが多かったのだった。これもモエの能力のひとつなのだろうか。
『ふん、マイコニドに負けるとはな……。我が子も離れたがっていないようだしな、おとなしく我は帰るとしようか』
プリズムウルフが呟くと、ルスが「わうっ」と吠えてモエの手から抜け出す。
「ルス?」
モエがルスの姿を追いかけると、ルスは尻尾を振りながらプリズムウルフに頭を擦りつけていた。
『ふっ、そうか。分かった、好きにするといい』
「わうっ」
プリズムウルフが何かに納得したように呟くと、ルスはひと鳴きして再びモエの元に戻ってきたのだった。
『小僧』
「なんだ?」
『我はここでひと晩を過ごす。我が子の事を頼んだぞ』
「……分かった」
話が終わって、イジスとモエ、それにルスは子爵邸へと戻っていく。残された亜人や動物たちとともに、プリズムウルフもこの建物でひと晩を過ごす。
『ふん、本当に不思議なマイコニドだな。……どこか懐かしく感じているのは気のせいだろうかな』
その夜、プリズムウルフは何かを考えながら眠りに就いたのだった。
翌日、イジスの提案が正式に採用され、プリズムウルフは帰る選択をしたものたちと一緒に街を去っていったのだった。
―――
『お知らせ』
次回の更新から毎週日曜日の朝10時の更新に変更させて頂きます。なにとぞご了承下さいませ。
だが、すぐさまその視線は和らいだ。
モエがマイコニドなのは分かっているらしいのだが、それよりも助けられた恩の方が勝ったのだ。
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
「おや、言葉が喋れるのか」
頭を下げながらお礼を言ってきたために、イジスは驚いている。
『こやつはラビス族だな。見ての通りのウサギ耳を持つ種族だ。脚力はあるし耳もいいが、少し臆病なのが問題になるくらいだ』
「く、詳しいな……」
そこに間髪入れずにプリズムウルフの説明が挟まる。
「ひっ! ぷ、プリズムウルフ!」
プリズムウルフに気が付いたラビス族の女性が震え上がっている。
『そんなに震え上がるな。亜人は食わん』
その姿を見てプリズムウルフが注意すると、ラビス族の女性は震えて涙目になりながらもこくりと頷いていた。ちなみに他の面々は震えるだけで反応はなかった。様子を見ているようである。
「くう~ん」
そんな時、ラビス族の女性の側に知らない間にモエから離れたルスが近付いていた。
「あら、可愛い!」
ぱあっと顔を明るくして、手を伸ばすラビス族の女性。
『そうかそうか。その子だが、この我の子ぞ?』
「え?!」
ところが、プリズムウルフのこの声を聞いて思わず固まってしまうラビス族の女性だった。そして、ゆっくりとプリズムウルフの方へと顔を向けていっていた。
『どうした、愛でぬのか?』
「あはは、あはははは……。ええ、可愛いですとも、よしよし……」
プリズムウルフの視線に震え上がりながら、ラビス族の女性はルスの頭を撫でていた。
モエはちょっと膨れっ面になってはいるものの、今は仕方ないなと黙ってその様子を見守っていた。なにせ、傷付いていた彼女たちに嫉妬するなんて、するべき事ではないから。モエも使用人として生活している間に、だいぶ学んだようだった。
ルスの手助けがあってか、少しずつ和み始める最初の部屋。ラビス族の女性以外もだいぶ警戒心を解いてきているようだ。
しかし、イジスの本来の仕事はここからだ。
それはこの被害者たちをどうするかという事だ。保護するか、故郷に帰すか。そこが問題になってくるのだ。
「ひとまず全員の様子を見よう。それから対応を決めようか」
イジスはひとまず最初の部屋の対応は見送り、全員の状態を見てから決める事にした。とはいえども、最終的な決定は父親であるガーティス子爵だ。イジスにあるのはその参考となる意見を言うくらいである。
「うーむ、助け出した時の状態に比べれば、本当にみんなすっかり良くなっているな。これがモエの胞子の力なのか」
全員を確認したイジスは、その回復具合に驚くしかなかった。なにせ、もう助かる見込みすらほとんど見出せない状態での発見だったのだから。それが、たったひと晩で動き回れるくらいまで回復しているのだから、モエの胞子の効果を改めて認識したのである。
「すまないが、プリズムウルフ。ちょっと聞いてもいいか?」
『なんだ、小僧』
イジスの問い掛けに、プリズムウルフは少し不機嫌そうに顔を向ける。
「もし、彼らが元の場所に帰りたいと言ったら、連れて行ってもらう事はできるか?」
『なんだ、そんな事か。我も子を追ってここまで来た。その帰り道とはなるが、そのくらいの事はしてやろう』
プリズムウルフは構わないという回答だった。それを聞いてイジスは安心していた。
そして、イジスは助け出した面々をひとところに集めて、全員と改めて顔を合わせる。プリズムウルフが居るために、誰もその指示に逆らおうとはしなかった。
「とりあえず、みんなの回復を素直に喜びたい」
イジスはこう切り出す。それをプリズムウルフが通訳して全員に伝える。
「そこでみんなに問いたい。この街に残るか、故郷に戻るか。みんながどう思っているのかという事を」
続けて放たれた言葉に、目の前の亜人や動物たちは騒めいた。そのざわつく様子を、モエとプリズムウルフがじっと見つめている。ルスはモエの腕の中で静かに抱かれている。
そして、イジスが合図を送ると、モエとプリズムウルフが部屋の中を移動する。モエはイジスの左側に、プリズムウルフは右側にそれぞれ立つ。
「残るものは私の左側に居る女性の方へ。帰いたいものはプリズムウルフの方へと移動してくれ」
イジスの言葉を受けて、みんながぞろぞろと動き出す。その結果、思ったよりもモエの前に移動したものが多かったのだった。これもモエの能力のひとつなのだろうか。
『ふん、マイコニドに負けるとはな……。我が子も離れたがっていないようだしな、おとなしく我は帰るとしようか』
プリズムウルフが呟くと、ルスが「わうっ」と吠えてモエの手から抜け出す。
「ルス?」
モエがルスの姿を追いかけると、ルスは尻尾を振りながらプリズムウルフに頭を擦りつけていた。
『ふっ、そうか。分かった、好きにするといい』
「わうっ」
プリズムウルフが何かに納得したように呟くと、ルスはひと鳴きして再びモエの元に戻ってきたのだった。
『小僧』
「なんだ?」
『我はここでひと晩を過ごす。我が子の事を頼んだぞ』
「……分かった」
話が終わって、イジスとモエ、それにルスは子爵邸へと戻っていく。残された亜人や動物たちとともに、プリズムウルフもこの建物でひと晩を過ごす。
『ふん、本当に不思議なマイコニドだな。……どこか懐かしく感じているのは気のせいだろうかな』
その夜、プリズムウルフは何かを考えながら眠りに就いたのだった。
翌日、イジスの提案が正式に採用され、プリズムウルフは帰る選択をしたものたちと一緒に街を去っていったのだった。
―――
『お知らせ』
次回の更新から毎週日曜日の朝10時の更新に変更させて頂きます。なにとぞご了承下さいませ。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
ある辺境伯の後悔
だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。
父親似だが目元が妻によく似た長女と
目元は自分譲りだが母親似の長男。
愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。
愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。
【完結】どうして殺されたのですか?貴方達の愛はもう要りません
たろ
恋愛
処刑されたエリーゼ。
何もしていないのに冤罪で……
死んだと思ったら6歳に戻った。
さっき処刑されたばかりなので、悔しさも怖さも痛さも残ったまま巻き戻った。
絶対に許さない!
今更わたしに優しくしても遅い!
恨みしかない、父親と殿下!
絶対に復讐してやる!
★設定はかなりゆるめです
★あまりシリアスではありません
★よくある話を書いてみたかったんです!!
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった
白雲八鈴
恋愛
私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。
もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。
ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。
番外編
謎の少女強襲編
彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。
私が成した事への清算に行きましょう。
炎国への旅路編
望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。
え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー!
*本編は完結済みです。
*誤字脱字は程々にあります。
*なろう様にも投稿させていただいております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる