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第27話 子爵夫人に誘われて
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昼食を終えて仕事しているモエのところに、意外な人物が近付いてきていた。
「モエさん、ちょっとよろしいでしょうか」
「はい? って、確か奥様では?!」
モエの前に現れたのは、ちょっと褐色がかった緩いウェーブの金髪を持った女性だった。その姿を見たモエは当然だが、それ以上にエリィが驚いていた。モエが反応した通り、その人はガーティス子爵の妻だったからだ。
「お、奥様。モエさんが何か致しましたでしょうか?」
エリィもこの慌てぶりだ。子爵夫人クレアとモエとの間で視線が行ったり来たりしている。
「ふふっ、何か粗相をしたというわけではありません。今さらではありますが、息子が連れて帰ってきたというマイコニドと一度話をしてみたいと思っただけですよ」
扇を口元に中てて、笑いながら話す子爵夫人。頭の上では姿が見えないもののルスが少し警戒している。
ところがだ。ルスはびくっと驚いていた。見えないはずの自分の方へ、子爵夫人の視線が向いたのだから。
「くう~ん……」
「わわっ、ルスどうしたの?」
弱々しい鳴き声が聞こえて、モエは慌ててしまう。その様子を見た子爵夫人はにこりと微笑む。
「うふふ、可愛い番犬ですこと。何も致しませんから、これからわたくしと一緒にお茶会でもいかがかしら?」
まさかの子爵夫人からのお茶会の誘いである。これにはどう反応していいのか分からず、モエはついついエリィに助けを求めてしまう。
その姿を見たエリィは、
「奥様、僭越ながら、このエリィがご同席してもよろしいでしょうか。モエはまだまだ人間社会に慣れておりません。よく知った者が近くに居る方が安心できると思います」
思い切って子爵夫人へと進言する。これには子爵夫人はすました顔で反応していた。
「よろしいでしょう。モエがこの屋敷に来てからずっと見てきたあなたです。あなたの教育の腕前も確認させて頂きましょう」
口元を広げた扇で隠しながら話す子爵夫人。さすがにこれにはエリィは息を飲むしかなかった。なにせ自分も試される事になったのだから、無理もない反応である。
だが、エリィだって若いとはいえ中堅メイドだ。怖気づくわけにはいかなかった。モエはだいぶメイドとしての言動や仕事ぶりが板についてきたわけだし、エリィは大丈夫だと自分に言い聞かせたのだった。
天気がいいという事もあって、モエも手入れをした事がある庭へとやって来た。とはいっても昨日の事ではあるが。
庭の一角にある四阿へとやって来たモエたち。そこにはすでに紅茶やお菓子の用意がされていた。子爵夫人の侍女たちである。
子爵夫人が合図をすると、その侍女たちはさっとその場を去っていく。どうやら、本当にモエとエリィの二人だけで子爵夫人の相手をする事になるようだった。
「ささ、紅茶を飲みながらお話をしましょう?」
子爵夫人が笑顔で言うので、モエはこくりと頷いた。
しばらくは黙ってもぐもぐと飲食をしていたのだが、子爵夫人がモエに話し掛けてきた。
「モエさん、子爵邸での生活はいかがですか?」
子爵夫人の質問だが、モエはちょうど口に物を入れていたので、食べ切ってから反応する。
「はい。生活自体は慣れてきましたが、人にはまだ慣れませんね」
口の中を空にして答えるモエ。こういう行動ができるあたり、エリィの教育がしっかりしていたという証左なのである。
「ふふっ、そちらもゆっくり慣れていけばいいのですよ。ただ、あなたがマイコニドであるがために、外部へと出すとなると、わたくしどもはどうしても躊躇をせざるを得ませんね」
「はい、エリィさんからかなり聞かされましたので、それはよく分かります」
少し硬い感じがするモエだが、どうにかスムーズに受け答えができている。エリィはハラハラしながらも、その様子を見守っている。
それからもいろいろと話をしていたのだが、子爵夫人はいよいよ切り込んでくる。
「それでモエさん、マイコニドについてお話し頂けませんか?」
「マイコニドについてですか?」
「ええ、生態が不明ですからね。せっかくですから、聞いてみたいのですよ」
子爵夫人が言うと、モエはうーんと唸り始めた。なにせマイコニドの集落については絶対話すなと、幼少の折からきつく言い付けられているからだ。いくら外の世界を求めたからといって、モエはそれを破るつもりはないのである。
「分かりました。ただ、全部を話す事は無理でございます。集落の掟がありますから」
悩んだ結果、集落の位置は絶対聞かないという条件をつけて、モエは話す事にしたのだった。
この話は、夕食前の食堂の掃除の時間まで続けられたのだったが、子爵夫人はとても興味深そうに聞いていたのだった。
「実に興味深い話、ありがとうございました。このお話は夫と共有させて頂きますね」
「はい、それは別に構いません」
話を終えると、子爵夫人は立ち上がる。
「マイコニドとはいっても、人間っぽい生活を送っているとは知りませんでしたからね。お話を聞けて良かったと思いますよ」
子爵夫人はそう話しながら、すっと合図をする。すると、子爵夫人の侍女たちがどこからともなく現れた。そして、四阿のお茶会セットをいそいそと片付け始めた。
「それでは、これからもよろしくお願いしますね、モエさん」
「はい、こちらこそよろしくお願い致します」
モエの反応を見て、子爵夫人はにこりと微笑んでいる。
「さすがエリィに教育を施されただけありますね。ふふっ、将来が楽しみですわ」
子爵夫人はそうとだけ言い残すと、侍女と共に四阿を去っていったのだった。
それを見送ったモエとエリィも夕方の仕事に向かうために、四阿を後にしたのである。
「モエさん、ちょっとよろしいでしょうか」
「はい? って、確か奥様では?!」
モエの前に現れたのは、ちょっと褐色がかった緩いウェーブの金髪を持った女性だった。その姿を見たモエは当然だが、それ以上にエリィが驚いていた。モエが反応した通り、その人はガーティス子爵の妻だったからだ。
「お、奥様。モエさんが何か致しましたでしょうか?」
エリィもこの慌てぶりだ。子爵夫人クレアとモエとの間で視線が行ったり来たりしている。
「ふふっ、何か粗相をしたというわけではありません。今さらではありますが、息子が連れて帰ってきたというマイコニドと一度話をしてみたいと思っただけですよ」
扇を口元に中てて、笑いながら話す子爵夫人。頭の上では姿が見えないもののルスが少し警戒している。
ところがだ。ルスはびくっと驚いていた。見えないはずの自分の方へ、子爵夫人の視線が向いたのだから。
「くう~ん……」
「わわっ、ルスどうしたの?」
弱々しい鳴き声が聞こえて、モエは慌ててしまう。その様子を見た子爵夫人はにこりと微笑む。
「うふふ、可愛い番犬ですこと。何も致しませんから、これからわたくしと一緒にお茶会でもいかがかしら?」
まさかの子爵夫人からのお茶会の誘いである。これにはどう反応していいのか分からず、モエはついついエリィに助けを求めてしまう。
その姿を見たエリィは、
「奥様、僭越ながら、このエリィがご同席してもよろしいでしょうか。モエはまだまだ人間社会に慣れておりません。よく知った者が近くに居る方が安心できると思います」
思い切って子爵夫人へと進言する。これには子爵夫人はすました顔で反応していた。
「よろしいでしょう。モエがこの屋敷に来てからずっと見てきたあなたです。あなたの教育の腕前も確認させて頂きましょう」
口元を広げた扇で隠しながら話す子爵夫人。さすがにこれにはエリィは息を飲むしかなかった。なにせ自分も試される事になったのだから、無理もない反応である。
だが、エリィだって若いとはいえ中堅メイドだ。怖気づくわけにはいかなかった。モエはだいぶメイドとしての言動や仕事ぶりが板についてきたわけだし、エリィは大丈夫だと自分に言い聞かせたのだった。
天気がいいという事もあって、モエも手入れをした事がある庭へとやって来た。とはいっても昨日の事ではあるが。
庭の一角にある四阿へとやって来たモエたち。そこにはすでに紅茶やお菓子の用意がされていた。子爵夫人の侍女たちである。
子爵夫人が合図をすると、その侍女たちはさっとその場を去っていく。どうやら、本当にモエとエリィの二人だけで子爵夫人の相手をする事になるようだった。
「ささ、紅茶を飲みながらお話をしましょう?」
子爵夫人が笑顔で言うので、モエはこくりと頷いた。
しばらくは黙ってもぐもぐと飲食をしていたのだが、子爵夫人がモエに話し掛けてきた。
「モエさん、子爵邸での生活はいかがですか?」
子爵夫人の質問だが、モエはちょうど口に物を入れていたので、食べ切ってから反応する。
「はい。生活自体は慣れてきましたが、人にはまだ慣れませんね」
口の中を空にして答えるモエ。こういう行動ができるあたり、エリィの教育がしっかりしていたという証左なのである。
「ふふっ、そちらもゆっくり慣れていけばいいのですよ。ただ、あなたがマイコニドであるがために、外部へと出すとなると、わたくしどもはどうしても躊躇をせざるを得ませんね」
「はい、エリィさんからかなり聞かされましたので、それはよく分かります」
少し硬い感じがするモエだが、どうにかスムーズに受け答えができている。エリィはハラハラしながらも、その様子を見守っている。
それからもいろいろと話をしていたのだが、子爵夫人はいよいよ切り込んでくる。
「それでモエさん、マイコニドについてお話し頂けませんか?」
「マイコニドについてですか?」
「ええ、生態が不明ですからね。せっかくですから、聞いてみたいのですよ」
子爵夫人が言うと、モエはうーんと唸り始めた。なにせマイコニドの集落については絶対話すなと、幼少の折からきつく言い付けられているからだ。いくら外の世界を求めたからといって、モエはそれを破るつもりはないのである。
「分かりました。ただ、全部を話す事は無理でございます。集落の掟がありますから」
悩んだ結果、集落の位置は絶対聞かないという条件をつけて、モエは話す事にしたのだった。
この話は、夕食前の食堂の掃除の時間まで続けられたのだったが、子爵夫人はとても興味深そうに聞いていたのだった。
「実に興味深い話、ありがとうございました。このお話は夫と共有させて頂きますね」
「はい、それは別に構いません」
話を終えると、子爵夫人は立ち上がる。
「マイコニドとはいっても、人間っぽい生活を送っているとは知りませんでしたからね。お話を聞けて良かったと思いますよ」
子爵夫人はそう話しながら、すっと合図をする。すると、子爵夫人の侍女たちがどこからともなく現れた。そして、四阿のお茶会セットをいそいそと片付け始めた。
「それでは、これからもよろしくお願いしますね、モエさん」
「はい、こちらこそよろしくお願い致します」
モエの反応を見て、子爵夫人はにこりと微笑んでいる。
「さすがエリィに教育を施されただけありますね。ふふっ、将来が楽しみですわ」
子爵夫人はそうとだけ言い残すと、侍女と共に四阿を去っていったのだった。
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