上 下
26 / 75

第26話 イレギュラー

しおりを挟む
「本日のお昼前の掃除の時間、モエにはイジス坊ちゃんの部屋を掃除して頂きます」
 マーサから告げられた仕事は、まさかのイジスの部屋の掃除だった。
 どういう反応をするのか楽しみだったのだが、モエはまったくの無反応だった。むしろ、頭に乗っているルスが喜んでいるくらいだった。少し残念に思うマーサである。
「えっと、メイド長?」
 意外な反応に驚いていたマーサは、モエの言葉で咳払いをする。
「今日の坊ちゃんの部屋の掃除は私と一緒に行いますので、しっかりと覚えて下さいね」
「あ、はい。分かりました」
 マーサがモエに言いつけると、モエは淡々と返事をしていた。
 この反応を見る限り、モエはイジスに対して何の感情も持っていない事をひしひしと感じるマーサだった。
(やはり、イジス坊ちゃんの一方的な感情なのですね)
 マーサはイジスの事を哀れんだような表情になったのだった。

 その後、使用人の半分ほどが出てガーティス子爵とイジスが出発するのを見送った。もちろん、その場にもモエは居たのだが、他の使用人たちと同様に淡々と無表情で頭を下げているだけだった。しっかりと使用人としての仕草は身に付いているので、そこは実に喜ばしい事ではあった。
 見送った後はそれぞれの持ち場に戻っていくのだが、その時の一部の使用人たちは愚痴めいた事を話していた。
「あーあ、あの子マイコニドなんでしょ? 安全だって言われても一緒に居たくないわね」
「こら、口に出すのは控えた方がいいぞ」
「そうよ。旦那様も坊ちゃんも認めている以上、私たちがどうこういう事じゃないわ」
「しかしだ、うちに来たばかりの奴が、俺たちよりいい待遇っていうのは解せねえ話だよな」
 隅っこの方でひそひそと話をいる。
「おほん!」
 近くを通ったエリィがわざとらしく大きく咳払いをする。その音に、愚痴っていた使用人たちは身震いをさせていた。
 無言の圧力を掛けられた使用人たちは、そそくさとその場から去っていった。
 実のところ、エリィだってモエの待遇に関しては不満はある。だが、しばらく見ていて仕事熱心で覚えるのがとても早いとあって、不満よりも期待の方が上回っていた。マイコニドではあるものの、使用人として上を目指せるのではないかと思うくらいだった。
(まったく、新人に対して抱く不満はあるでしょうが、実際を見ればそんな気持ちも吹き飛ぶでしょうね。私もそうでしたからね)
 仕事に向かっていった愚痴を言っていた使用人たちを見ながら、エリィはそんな事を思ったのだった。
(意外と素直ないい子ですから、大事にしてあげませんとね)
 エリィは静かに微笑んでいたのだった。

 さて、モエはマーサに連れられてイジスの部屋へとやって来ていた。なにせ、今日はイジスは父親の子爵と共に夕方まで居ないとあって、食堂の掃除の予定が吹き飛んでいたからだ。その代わりに言い渡されたのがイジスの部屋の掃除である。
 何気にこの部屋に入るのは昨日に続いて2回目である。
 掃除をするにあたって、モエは部屋の中をぐるりと見回す。ここは執務室とあって、正面には窓を背にした位置に執務用の机があり、その窓の隣には本棚が置かれている。入口から右側には応接用の机と椅子が置かれていて、左側には外套が掛けられたポールが置かれている。その奥にはベッドが置かれている。その横には扉があり、その奥には水回りやウォークインクロゼットなどがあるらしい。
「モエさん、どうされました?」
 マーサに声を掛けられるモエ。
「あっいえ……、自分の部屋とはずいぶんと違うなって思って、つい見てしまいました」
「わうっ」
 急に犬の鳴き声が聞こえて、マーサは驚いて辺りを見回してしまう。
「っと、ルスも居るのですね」
「はい、今も私の頭の上に居ますよ」
 モエが頭の上に手を伸ばすと、すっとルスが姿を見せた。完全にモエの頭の上が気に入っているのか、ほとんどこの位置が定位置と化していた。今のところルスはまだ小さいので、頭の上に乗っかられていてもモエはまったく苦にしていないようだった。
「大きくなってきたら、さすがにその位置では首を痛めますからね。乗せておくのもほどほどにしておいた方がいいですよ」
「分かりました」
 マーサの忠告をおとなしくモエは聞き入れていた。
 ジニアスが言うにはプリズムウルフは将来的にはかなり大きくなるらしいので、実に幼いうちしかできない限定的の措置なのである。
「とりあえず今日はそのままでいいですが、大きくなってきたら対処法を考えませんとね」
 マーサはそう言うと、イジスの部屋の掃除の準備に取り掛かる。
「それでは、そろそろ始めましょうか。注意点としては、極力小物類は動かさないで下さい。あとは実際に掃除をしながら説明していきます。モエさんはそこのはたきを持って本棚の掃除をしましょうか」
「分かりました」
 というわけで、最小限の説明を終えると、マーサとモエはイジスの部屋の掃除を始めたのだった。
 実は当主の家族の部屋の掃除を任されるというのは使用人としてはそれなりの躍進なのではあるが、人間の街に出てきてそんなに経っていないモエはその意味をまったく分かっていなかった。
 ただ時折マーサから説明を受けながら、黙々と掃除を済ませていたのだった。
 その手際の良さは何度見ても素晴らしいもので、マーサが驚くほど掃除は早く終わってしまったのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

処理中です...