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第14話 思わぬ吉報
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あれからというもの食堂の掃除をこなしながら、人間社会の一般常識を身に付けていったモエ。言葉遣いもそれなりに使用人らしいものとなっていっていた。
マイコニドとはいえども、集落ではそれなりに知識などを身に付けていたので、エリィがちょちょっと教えると、実に面白いくらいに知識を吸収していったのだ。
危険な胞子を撒き散らかし、人とは馴れ合えない種族と言われているマイコニドだが、モエを見る限りは馴れ合えないという点はいささか言い過ぎではないかと思われた。そもそも胞子のせいでまともに近付けないのだ。馴れ合い以前にお付き合いができないのである。
それにしてもイジスは相変わらずにモエにご執心のようだが、エリィに影響が見られない事から、徐々に他の使用人たちとも顔を合わせるようになっていくモエ。だが、人見知りを発動してか、他の使用人の前ではガッチガチのぎこちない動きをしているようだった。
それでも、一度教えればどうにかこなしてしまうモエなので、適応能力はかなり高いようだ。これならたった4回で食堂の掃除を一人で任せたエリィの判断も、あながち責められたものではない。
そして、モエがガーティス子爵邸にやって来てから、ついに15日ほどが経過した。
この日、ガーティス邸に一人の兵士がやって来た。
「失礼致します。私、王都の聖教会よりやって参りましたポーンと申します。ガーティス子爵様にお伝えしたい件がございまして、この度こうしてご訪問させて頂きました」
ポーンと名乗った兵士は、家令であるグリムに出迎えられ、ガーティス子爵の元へと向かう。
「旦那様。王都の聖教会より、使いの者がやって参りました」
「うむ、通せ」
「はっ」
部屋の外からガーティス子爵に確認を取るグリム。そして、許可が下りた事でグリムは、ポーンを連れて部屋の中へと入った。
「突然のご訪問、失礼致します。私、王都の聖教会所属の兵士でポーンと申します。聖教会からの伝言を持って参りました」
びしっと構えて伝えるポーン。その姿は実に堂々としていて、言葉もはっきりと聞き取れるほどのものだった。さすがは王都の兵士である。
「そうか。それではさっさと伝えて頂こうか」
「はっ!」
ガーティス子爵の反応に、ポーンは元気よく返事をする。
「此度の子爵様のご依頼をお受け致しまして、司祭ジニアス様がガーティス子爵領に赴く事となりました。私は先触れとして伝言を伝えに参りましたので、明日か明後日にはこちらにご到着なさるかと思われます」
ポーンは背筋を伸ばして、はっきりと子爵に用件を伝えていた。この内容に、子爵は珍しく驚いた顔をしている。
「おお、あのジニアス殿がか。それは予想していなかった人物だな。分かった、しっかりとした受け入れ態勢を整えておくので、無理せずにゆっくりお越し下さいとお伝え願えるか?」
「はっ、畏まりました。では、確かにお伝え致しましたので、私はこれにて失礼致します」
ポーンは用件を伝え終えると、そのままとんぼ返りで子爵邸を出ていった。本当に一介の兵士は忙しい役回りのようだ。
ポーンを見送った子爵とグリムは顔を見合わせる。
「いやはや、あのご老体がわざわざ出てこられるとは、こちらもしっかりおもてなしをせねばなるまいな」
「そうでございますな、旦那様。かのジニアス様は、歴代稀に見る偉大な司祭様でございますものな。こうしてはおれません、しっかり出迎えられるように使用人たちに指示を出して参ります」
「うむ、頼んだぞ、グリム。ダニエルもマーサも最低限で通じる。後はあの二人がうまくやってくれるだろう」
出ていくグリムに、子爵はそのように声を掛けておいた。
グリムも部屋を出て行き、一人になったところで子爵は窓の外へと視線を遣る。
「……後は、あのバカ息子だ」
ため息を吐きながら、そんな風に呟く子爵。そう、最大の懸案は、実は実の息子であるイジスなのである。
というのも、森でマイコニドを拾ってきて以来、どうにも様子がおかしいのだ。初めはモエの事を疑った子爵だが、どうもそうではないらしい。あれから徹底的にイジスとモエを引っぺがしてきたというのに、イジスの様子はまったく変わらないのだ。
こうなってくると、イジスの異常の答えは一つに絞られてくる。
「やれやれ、今まで女っ気がなかったとはいえ、まさかそんな事が起こるなんて思ってもみないだろうが……」
正直、子爵は頭が痛かった。
ついに息子のイジスに好きな相手ができた。だが、それがよりによってマイコニドという人外かつみんなから嫌われている種族の娘だという事実。嬉しい半面、みんなにはどう説明したものかという葛藤である。
モエがマイコニドだという事は、自分に近しい相手にだけは伝えてある。妻クレア、家令グリム、執事長ダニエル、メイド長マーサ、そして教育係のエリィの五人だ。それ以外だと、イジスと共に出くわしたランスだけだ。イジスは兵士たちにはモエの事は隠し通したらしいので、実質は全部で八人というわけである。
しかし、王都から司祭が、しかも子爵が驚くほどの高位の司祭であるジニアスがやって来るのだ。この結果次第では、モエを取り巻く状況は大きく変わるかも知れない。
子爵は静かにジニアスが領都に到着するのを待つ事にしたのだった。
マイコニドとはいえども、集落ではそれなりに知識などを身に付けていたので、エリィがちょちょっと教えると、実に面白いくらいに知識を吸収していったのだ。
危険な胞子を撒き散らかし、人とは馴れ合えない種族と言われているマイコニドだが、モエを見る限りは馴れ合えないという点はいささか言い過ぎではないかと思われた。そもそも胞子のせいでまともに近付けないのだ。馴れ合い以前にお付き合いができないのである。
それにしてもイジスは相変わらずにモエにご執心のようだが、エリィに影響が見られない事から、徐々に他の使用人たちとも顔を合わせるようになっていくモエ。だが、人見知りを発動してか、他の使用人の前ではガッチガチのぎこちない動きをしているようだった。
それでも、一度教えればどうにかこなしてしまうモエなので、適応能力はかなり高いようだ。これならたった4回で食堂の掃除を一人で任せたエリィの判断も、あながち責められたものではない。
そして、モエがガーティス子爵邸にやって来てから、ついに15日ほどが経過した。
この日、ガーティス邸に一人の兵士がやって来た。
「失礼致します。私、王都の聖教会よりやって参りましたポーンと申します。ガーティス子爵様にお伝えしたい件がございまして、この度こうしてご訪問させて頂きました」
ポーンと名乗った兵士は、家令であるグリムに出迎えられ、ガーティス子爵の元へと向かう。
「旦那様。王都の聖教会より、使いの者がやって参りました」
「うむ、通せ」
「はっ」
部屋の外からガーティス子爵に確認を取るグリム。そして、許可が下りた事でグリムは、ポーンを連れて部屋の中へと入った。
「突然のご訪問、失礼致します。私、王都の聖教会所属の兵士でポーンと申します。聖教会からの伝言を持って参りました」
びしっと構えて伝えるポーン。その姿は実に堂々としていて、言葉もはっきりと聞き取れるほどのものだった。さすがは王都の兵士である。
「そうか。それではさっさと伝えて頂こうか」
「はっ!」
ガーティス子爵の反応に、ポーンは元気よく返事をする。
「此度の子爵様のご依頼をお受け致しまして、司祭ジニアス様がガーティス子爵領に赴く事となりました。私は先触れとして伝言を伝えに参りましたので、明日か明後日にはこちらにご到着なさるかと思われます」
ポーンは背筋を伸ばして、はっきりと子爵に用件を伝えていた。この内容に、子爵は珍しく驚いた顔をしている。
「おお、あのジニアス殿がか。それは予想していなかった人物だな。分かった、しっかりとした受け入れ態勢を整えておくので、無理せずにゆっくりお越し下さいとお伝え願えるか?」
「はっ、畏まりました。では、確かにお伝え致しましたので、私はこれにて失礼致します」
ポーンは用件を伝え終えると、そのままとんぼ返りで子爵邸を出ていった。本当に一介の兵士は忙しい役回りのようだ。
ポーンを見送った子爵とグリムは顔を見合わせる。
「いやはや、あのご老体がわざわざ出てこられるとは、こちらもしっかりおもてなしをせねばなるまいな」
「そうでございますな、旦那様。かのジニアス様は、歴代稀に見る偉大な司祭様でございますものな。こうしてはおれません、しっかり出迎えられるように使用人たちに指示を出して参ります」
「うむ、頼んだぞ、グリム。ダニエルもマーサも最低限で通じる。後はあの二人がうまくやってくれるだろう」
出ていくグリムに、子爵はそのように声を掛けておいた。
グリムも部屋を出て行き、一人になったところで子爵は窓の外へと視線を遣る。
「……後は、あのバカ息子だ」
ため息を吐きながら、そんな風に呟く子爵。そう、最大の懸案は、実は実の息子であるイジスなのである。
というのも、森でマイコニドを拾ってきて以来、どうにも様子がおかしいのだ。初めはモエの事を疑った子爵だが、どうもそうではないらしい。あれから徹底的にイジスとモエを引っぺがしてきたというのに、イジスの様子はまったく変わらないのだ。
こうなってくると、イジスの異常の答えは一つに絞られてくる。
「やれやれ、今まで女っ気がなかったとはいえ、まさかそんな事が起こるなんて思ってもみないだろうが……」
正直、子爵は頭が痛かった。
ついに息子のイジスに好きな相手ができた。だが、それがよりによってマイコニドという人外かつみんなから嫌われている種族の娘だという事実。嬉しい半面、みんなにはどう説明したものかという葛藤である。
モエがマイコニドだという事は、自分に近しい相手にだけは伝えてある。妻クレア、家令グリム、執事長ダニエル、メイド長マーサ、そして教育係のエリィの五人だ。それ以外だと、イジスと共に出くわしたランスだけだ。イジスは兵士たちにはモエの事は隠し通したらしいので、実質は全部で八人というわけである。
しかし、王都から司祭が、しかも子爵が驚くほどの高位の司祭であるジニアスがやって来るのだ。この結果次第では、モエを取り巻く状況は大きく変わるかも知れない。
子爵は静かにジニアスが領都に到着するのを待つ事にしたのだった。
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