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第10話 訓練見学
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昼食を終えた後の鍛錬の時間、イジスは準備をしながらものすごくご機嫌になっていた。
「なあ、イジス様変じゃないか?」
「確かにな。なんか鼻歌みたいなものを歌ってらっしゃるぞ」
周りに居る兵士たちからひそひそ話が聞こえてくる。
明らかに雰囲気が普段と違っているせいか、兵士たちが困惑気味になっていた。
そこへ、ガーティス子爵領の兵士を束ねる隊長が現れた。ちなみにランスはあくまでもイジス専属の護衛であるので、この子爵兵団の一員ではあるものの隊長ではない。
「子爵様とランス殿からの伝言を伝える。『色ボケしたイジスを叩き直せ』との事だ」
この隊長の口から出た伝言に、兵士一同が揃いも揃って首を傾げた。あのイジスが色ボケを起こしたというのだから、まあ無理もない話だった。なにせ、暴走癖が祟って婚約者がつかなくなっていたのだから、そりゃ驚くというものである。
だが、隊長から一瞥を食らうと、兵士たちは揃って、
「しょ、承知致しました!」
大きな声で答えていた。それを見届けた隊長は、安心したのか、むしろ心配したのか分からないが、ため息を一つ吐いていた。
しばらくすると使用人たちの食事も終わり、モエはエリィに連れられて子爵邸の訓練場へと姿を現した。
訓練場からは木剣がぶつかり合う甲高い音が響き渡っている。
「うわあ、なんですかここは?」
モエがエリィに尋ねる。見た事のない光景に、モエはかなり興味を惹かれているようだ。
「ここはガーティス子爵家の抱える兵士たちが訓練を行う、訓練場と呼ばれる場所です。ここで兵士たちはその腕を鍛え、このガーティス領の平和を守っているのですよ」
「へえ、そうなんですね」
エリィが質問に答えているのだが、モエの反応はどうでもよさそうな感じだった。どういった場所かという事ではなく、やっている事に対しての興味のようだった。
訓練場にやってきたモエに、イジスが気が付く。そして、モエに対して軽く手を振っていた。だが、モエはそれに気が付く事なくスルー。イジスはちょっとしょんぼりしていた。
「坊ちゃん、隙あり!」
対戦相手を務めていた兵士が、イジスに対して斬り掛かる。
だが、隙ありと言ってしまうのはどうかと思う。正々堂々を好む騎士道精神ならではの弊害だった。
当然ながら、その声でイジスには簡単に攻撃を躱され、逆に剣を突きつけられてしまっていた。言わんこっちゃない……。
「ふふっ、甘かったようだね」
「くそっ、不意を衝けたと思ったんですがね……」
目の前に木剣を突きつけられた兵士は、両手を上げて降参のポーズである。そして、イジスはモエの方を見てドヤ顔を決めている。
その姿を見たエリィは頭を抱え、モエはきょとんとした目で首を傾げている。やはりマイコニドは人間とは感性が違うのだろう。イジスのアピールはことごとくスルーされていた。
イジスの様子を見ていた隊長は、正直言ってイジスの分かりやすい態度に呆れ返っていた。
(イジス様、あのメイドの事がよっぽど気に入っているんだな。というか、確か最近入った新しいメイドだよな?)
隊長はものすごく頭の中で混乱している。入ったばかりのメイドに自分をアピールするという行動がよく分からないのである。だが、これは由々しき事態と考えた隊長は、自分の打ち合いの相手を止めさせると、イジスの方へと歩いていった。
「イジス様」
「なんだ、……隊長ではないか」
声を掛けられて振り向いたイジスは、そこに立っていた隊長に驚いた様子を見せた。
「最近のイジス様は、少したるんでいるとお聞きします。ですので、ここは自分がその性根を叩き直して差し上げようかと存じます」
そう告げた隊長は、まっすぐ剣を構えた。
「私のどこがたるんでいると言うのかな。いい加減な事を言わないでくれ」
イジスも呼応するように剣を構える。どうやらイジスは無自覚のようで、隊長は内心やれやれと思っている。
(これは完膚なきまでに叩き折ってやるしかないな……)
自分の仕える主人の息子とはいえ、遠慮なしに相手をする事を決めたのだった。
互いに剣を構えて睨み合い、じりじりと出方を窺う。
その様子を緊張した面持ちで見つめるエリィと、目を輝かせながら見入るモエ。その視線がイジスにも伝わったのか、イジスが木剣を握る手に力を入れる。
「はああっ!!」
声を上げて、先にイジスが動いた。
「ぬん!」
隊長に向かって振り抜かれた木剣は、あえなく隊長に弾かれてしまう。軽く体勢を崩すも、イジスはすぐに立て直す。さすがにモエを暴漢から救っただけあって、動きは大したものだった。
だが、さすがに隊長の方が何枚も上手だった。
立て直して次の攻撃に出たイジスだったが、それも軽くあしらわれてしまい、逆に喉元に木剣を突きつけられてしまった。明らかに経験の差が出ているのである。
「甘いですな、イジス様。そんな中途半端な剣筋など、この自分には通用しませんよ」
「くそっ……」
一歩退いたイジスは、がくりと膝を落としてしまっていた。せっかくいいところを見せようとしていたのに、逆に情けないところを見せてしまったからだ。
「さすが隊長さんですね。イジス様を簡単にあしらってしまいました」
「あのおじさんは相当強いですね。見せて頂いた動きはかなり手加減していますし」
「あら、そうなんですね。モエさんはそういう事は分かっちゃうものなのですか?」
「マイコニドとしての勘、みたいなものです」
隊長の強さを見たモエの感想に、エリィはよく分からないので相槌だけを返しておいた。
そして、エリィとモエは夕食前の食堂の掃除の時間まで、訓練場の見学を続けたのだった。
「なあ、イジス様変じゃないか?」
「確かにな。なんか鼻歌みたいなものを歌ってらっしゃるぞ」
周りに居る兵士たちからひそひそ話が聞こえてくる。
明らかに雰囲気が普段と違っているせいか、兵士たちが困惑気味になっていた。
そこへ、ガーティス子爵領の兵士を束ねる隊長が現れた。ちなみにランスはあくまでもイジス専属の護衛であるので、この子爵兵団の一員ではあるものの隊長ではない。
「子爵様とランス殿からの伝言を伝える。『色ボケしたイジスを叩き直せ』との事だ」
この隊長の口から出た伝言に、兵士一同が揃いも揃って首を傾げた。あのイジスが色ボケを起こしたというのだから、まあ無理もない話だった。なにせ、暴走癖が祟って婚約者がつかなくなっていたのだから、そりゃ驚くというものである。
だが、隊長から一瞥を食らうと、兵士たちは揃って、
「しょ、承知致しました!」
大きな声で答えていた。それを見届けた隊長は、安心したのか、むしろ心配したのか分からないが、ため息を一つ吐いていた。
しばらくすると使用人たちの食事も終わり、モエはエリィに連れられて子爵邸の訓練場へと姿を現した。
訓練場からは木剣がぶつかり合う甲高い音が響き渡っている。
「うわあ、なんですかここは?」
モエがエリィに尋ねる。見た事のない光景に、モエはかなり興味を惹かれているようだ。
「ここはガーティス子爵家の抱える兵士たちが訓練を行う、訓練場と呼ばれる場所です。ここで兵士たちはその腕を鍛え、このガーティス領の平和を守っているのですよ」
「へえ、そうなんですね」
エリィが質問に答えているのだが、モエの反応はどうでもよさそうな感じだった。どういった場所かという事ではなく、やっている事に対しての興味のようだった。
訓練場にやってきたモエに、イジスが気が付く。そして、モエに対して軽く手を振っていた。だが、モエはそれに気が付く事なくスルー。イジスはちょっとしょんぼりしていた。
「坊ちゃん、隙あり!」
対戦相手を務めていた兵士が、イジスに対して斬り掛かる。
だが、隙ありと言ってしまうのはどうかと思う。正々堂々を好む騎士道精神ならではの弊害だった。
当然ながら、その声でイジスには簡単に攻撃を躱され、逆に剣を突きつけられてしまっていた。言わんこっちゃない……。
「ふふっ、甘かったようだね」
「くそっ、不意を衝けたと思ったんですがね……」
目の前に木剣を突きつけられた兵士は、両手を上げて降参のポーズである。そして、イジスはモエの方を見てドヤ顔を決めている。
その姿を見たエリィは頭を抱え、モエはきょとんとした目で首を傾げている。やはりマイコニドは人間とは感性が違うのだろう。イジスのアピールはことごとくスルーされていた。
イジスの様子を見ていた隊長は、正直言ってイジスの分かりやすい態度に呆れ返っていた。
(イジス様、あのメイドの事がよっぽど気に入っているんだな。というか、確か最近入った新しいメイドだよな?)
隊長はものすごく頭の中で混乱している。入ったばかりのメイドに自分をアピールするという行動がよく分からないのである。だが、これは由々しき事態と考えた隊長は、自分の打ち合いの相手を止めさせると、イジスの方へと歩いていった。
「イジス様」
「なんだ、……隊長ではないか」
声を掛けられて振り向いたイジスは、そこに立っていた隊長に驚いた様子を見せた。
「最近のイジス様は、少したるんでいるとお聞きします。ですので、ここは自分がその性根を叩き直して差し上げようかと存じます」
そう告げた隊長は、まっすぐ剣を構えた。
「私のどこがたるんでいると言うのかな。いい加減な事を言わないでくれ」
イジスも呼応するように剣を構える。どうやらイジスは無自覚のようで、隊長は内心やれやれと思っている。
(これは完膚なきまでに叩き折ってやるしかないな……)
自分の仕える主人の息子とはいえ、遠慮なしに相手をする事を決めたのだった。
互いに剣を構えて睨み合い、じりじりと出方を窺う。
その様子を緊張した面持ちで見つめるエリィと、目を輝かせながら見入るモエ。その視線がイジスにも伝わったのか、イジスが木剣を握る手に力を入れる。
「はああっ!!」
声を上げて、先にイジスが動いた。
「ぬん!」
隊長に向かって振り抜かれた木剣は、あえなく隊長に弾かれてしまう。軽く体勢を崩すも、イジスはすぐに立て直す。さすがにモエを暴漢から救っただけあって、動きは大したものだった。
だが、さすがに隊長の方が何枚も上手だった。
立て直して次の攻撃に出たイジスだったが、それも軽くあしらわれてしまい、逆に喉元に木剣を突きつけられてしまった。明らかに経験の差が出ているのである。
「甘いですな、イジス様。そんな中途半端な剣筋など、この自分には通用しませんよ」
「くそっ……」
一歩退いたイジスは、がくりと膝を落としてしまっていた。せっかくいいところを見せようとしていたのに、逆に情けないところを見せてしまったからだ。
「さすが隊長さんですね。イジス様を簡単にあしらってしまいました」
「あのおじさんは相当強いですね。見せて頂いた動きはかなり手加減していますし」
「あら、そうなんですね。モエさんはそういう事は分かっちゃうものなのですか?」
「マイコニドとしての勘、みたいなものです」
隊長の強さを見たモエの感想に、エリィはよく分からないので相槌だけを返しておいた。
そして、エリィとモエは夕食前の食堂の掃除の時間まで、訓練場の見学を続けたのだった。
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