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第8話 食堂の違和感
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朝食の席、ガーティス子爵たち家族が食堂に入ってくる。
食堂に入った子爵が何かに気が付いたのか、
「うん?」
と小さく呟いた。
「父上?」
その様子に気が付いたイジスが声を掛ける。
「どうなさったのですか、あなた」
夫人も続けて声を掛ける。
「いや、なんでもない」
だが、子爵はそう返しただけで、特に何も答えなかった。これには夫人もイジスも首を傾げていた。一体子爵は何を感じたのだろうか。
(何か魔力のようなものが漂っているな。昨日まではこんな事はなかったんだが……。だが、心地よい感じで悪くはない。あとで使用人に確認してみるか)
子爵は食堂に漂う異質なものに気が付いていたのだ。さすがは自警団の面々を一瞬で倒してしまう武の達人である。こういった機微に聡いのも子爵の特技なのだった。
朝食が運ばれてきた時、使用人に子爵が問い掛ける。
「すまない。今日の食堂の掃除は誰がした?」
この質問に使用人は首を傾げている。
「私は知りません」
メイド服の使用人はこう答えていた。食堂に出入りする他の使用人にも確認したが、答えは一様だった。
これにはさすがに子爵も訝しんだ。食堂にやって来る使用人の誰一人も知らないとは、一体どういう事なのか。
「あとでダニエルとマーサを呼んでくれ。二人から話を聞く」
「畏まりました。食事後、旦那様のお部屋に伺うという形で伝えておきます」
最後に食器を下げにやって来た執事服の使用人は、子爵の要求にこう答えていた。
「あなた、そんなに食堂を掃除した使用人が気になりますの?」
夫人が改めて子爵に尋ねる。
「私くらいの魔法の素養を持っているとな、どうしても気になる事が出てくるというものだ。イジスはこれが分からんようではまだまだだな。まったく学園を卒業したというのに、実力は私にはるかに及ばんとは、先が思いやられるぞ」
「……」
流れ弾が飛んできたイジスは黙っていた。確かに剣の腕前など、どれ一つとっても父親である子爵にまったく敵わないからだ。
「それにだ、先日の暴走もはっきり言って褒められん。結果としてはよかったが、あれはたまたまだ。運がよかった事に感謝するのだな」
「……分かりました、父上」
朝から父親の説教ですっかり気落ちしてしまうイジスである。
「お前は今日は自警団と一緒に訓練をしていろ。私の言葉で気落ちしているのなら、体を動かして発散するんだな。クレア、お前は私と一緒に部屋に来るんだ」
「は、はい」
子爵はそう言うと、食事も終わったので夫人を連れて食堂を後にしたのだった。食堂には、下を向いて黙り込むイジスだけが残されたのだった。
子爵は夫人を伴って部屋で待機していると、部屋の扉が不意に叩かれる。
「旦那様、お呼びでございますでしょうか」
外から聞こえてきたのは男性の声だ。
「ダニエル、マーサ、来たか。入りなさい」
「はい、失礼致します」
扉が開くと、渋めの顔立ちをした白髪まじりの執事服の男性と、先日モエと顔を合わせたマーサの二人が入ってきた。どうやら、この白髪まじりの男性がダニエルのようである。
ちなみに二人の身長差は実に顔1個分くらいあって、マーサが標準的らしいので、ダニエルはかなりの長身という事になるようだ。
それはさておき、二人はどうして呼び出されたのかちょっと分からないようだった。
「二人に来てもらったのは、実は今日の食堂の掃除をしたのは誰かを聞くためだ」
「食堂の掃除、でございますか?」
「そうだ」
呼び出された用件を聞かされて、ダニエルは首を捻りながら困惑していた。
「お言葉ではございますが、我々男性の使用人は食堂の掃除は担当してはおりませぬ。知っているとなれば、こちらのマーサという事になりましょうぞ」
ダニエルから話を振られるマーサ。さすがに振られた瞬間は慌てたものの、そこはさすがメイド長、すぐに落ち着きを取り戻したのである。
「こほん。それでしたら、本日の担当はエリィと新人のモエですね。モエに関してあまり人目に触れさせたくないと仰ってられましたから、教育担当のエリィと相談しまして、人との接触が少ない食堂の掃除を担当させる事になったのです」
マーサからはよどみなく答えが返ってきた。これに対して、子爵は俯いて考え込み始めた。
「旦那様?」
「あなた?」
この動作には、その場に居る全員が慌てたようだった。
(そうか、あの時感じた違和感はそういう事なのか。しかし、それならば心地よいと感じた状況にどうにもうまく納得ができない。……これはやはり王都から司祭がやって来るのを待つしかないか)
子爵はそのまま黙り込んで考え込んでいる。さすがに何かあったのではないかと心配になってくる状態だ。
「よし、決めた。食堂の掃除の担当をモエにする。異論はあるか?」
すると、急に顔を上げた子爵はそのように決定を述べる。あまりに唐突で勢いがあったがために、特に反対もなくそのまま決定してしまった。
こうして、子爵邸にやって来てたったの二日で、モエは専門の担当場所を持つ事になってしまったのである。
ガーティス子爵は一体何を思ってこの決定をしたのだろうか。この時ばかりは、その理由は誰にも分からないのであった。
食堂に入った子爵が何かに気が付いたのか、
「うん?」
と小さく呟いた。
「父上?」
その様子に気が付いたイジスが声を掛ける。
「どうなさったのですか、あなた」
夫人も続けて声を掛ける。
「いや、なんでもない」
だが、子爵はそう返しただけで、特に何も答えなかった。これには夫人もイジスも首を傾げていた。一体子爵は何を感じたのだろうか。
(何か魔力のようなものが漂っているな。昨日まではこんな事はなかったんだが……。だが、心地よい感じで悪くはない。あとで使用人に確認してみるか)
子爵は食堂に漂う異質なものに気が付いていたのだ。さすがは自警団の面々を一瞬で倒してしまう武の達人である。こういった機微に聡いのも子爵の特技なのだった。
朝食が運ばれてきた時、使用人に子爵が問い掛ける。
「すまない。今日の食堂の掃除は誰がした?」
この質問に使用人は首を傾げている。
「私は知りません」
メイド服の使用人はこう答えていた。食堂に出入りする他の使用人にも確認したが、答えは一様だった。
これにはさすがに子爵も訝しんだ。食堂にやって来る使用人の誰一人も知らないとは、一体どういう事なのか。
「あとでダニエルとマーサを呼んでくれ。二人から話を聞く」
「畏まりました。食事後、旦那様のお部屋に伺うという形で伝えておきます」
最後に食器を下げにやって来た執事服の使用人は、子爵の要求にこう答えていた。
「あなた、そんなに食堂を掃除した使用人が気になりますの?」
夫人が改めて子爵に尋ねる。
「私くらいの魔法の素養を持っているとな、どうしても気になる事が出てくるというものだ。イジスはこれが分からんようではまだまだだな。まったく学園を卒業したというのに、実力は私にはるかに及ばんとは、先が思いやられるぞ」
「……」
流れ弾が飛んできたイジスは黙っていた。確かに剣の腕前など、どれ一つとっても父親である子爵にまったく敵わないからだ。
「それにだ、先日の暴走もはっきり言って褒められん。結果としてはよかったが、あれはたまたまだ。運がよかった事に感謝するのだな」
「……分かりました、父上」
朝から父親の説教ですっかり気落ちしてしまうイジスである。
「お前は今日は自警団と一緒に訓練をしていろ。私の言葉で気落ちしているのなら、体を動かして発散するんだな。クレア、お前は私と一緒に部屋に来るんだ」
「は、はい」
子爵はそう言うと、食事も終わったので夫人を連れて食堂を後にしたのだった。食堂には、下を向いて黙り込むイジスだけが残されたのだった。
子爵は夫人を伴って部屋で待機していると、部屋の扉が不意に叩かれる。
「旦那様、お呼びでございますでしょうか」
外から聞こえてきたのは男性の声だ。
「ダニエル、マーサ、来たか。入りなさい」
「はい、失礼致します」
扉が開くと、渋めの顔立ちをした白髪まじりの執事服の男性と、先日モエと顔を合わせたマーサの二人が入ってきた。どうやら、この白髪まじりの男性がダニエルのようである。
ちなみに二人の身長差は実に顔1個分くらいあって、マーサが標準的らしいので、ダニエルはかなりの長身という事になるようだ。
それはさておき、二人はどうして呼び出されたのかちょっと分からないようだった。
「二人に来てもらったのは、実は今日の食堂の掃除をしたのは誰かを聞くためだ」
「食堂の掃除、でございますか?」
「そうだ」
呼び出された用件を聞かされて、ダニエルは首を捻りながら困惑していた。
「お言葉ではございますが、我々男性の使用人は食堂の掃除は担当してはおりませぬ。知っているとなれば、こちらのマーサという事になりましょうぞ」
ダニエルから話を振られるマーサ。さすがに振られた瞬間は慌てたものの、そこはさすがメイド長、すぐに落ち着きを取り戻したのである。
「こほん。それでしたら、本日の担当はエリィと新人のモエですね。モエに関してあまり人目に触れさせたくないと仰ってられましたから、教育担当のエリィと相談しまして、人との接触が少ない食堂の掃除を担当させる事になったのです」
マーサからはよどみなく答えが返ってきた。これに対して、子爵は俯いて考え込み始めた。
「旦那様?」
「あなた?」
この動作には、その場に居る全員が慌てたようだった。
(そうか、あの時感じた違和感はそういう事なのか。しかし、それならば心地よいと感じた状況にどうにもうまく納得ができない。……これはやはり王都から司祭がやって来るのを待つしかないか)
子爵はそのまま黙り込んで考え込んでいる。さすがに何かあったのではないかと心配になってくる状態だ。
「よし、決めた。食堂の掃除の担当をモエにする。異論はあるか?」
すると、急に顔を上げた子爵はそのように決定を述べる。あまりに唐突で勢いがあったがために、特に反対もなくそのまま決定してしまった。
こうして、子爵邸にやって来てたったの二日で、モエは専門の担当場所を持つ事になってしまったのである。
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