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勇者と魔王

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奇妙な断裂に吸い込まれた先、その内部には極彩色の靄が広がっていた。

なんだコレ、奇妙な感覚だ。

「・・・・・・どう・・・・・・なってるんだ?」

俺以外の人間は見えない。
手を繋いでいた筈の美少女もいなくなっていた。

意識が引き伸ばされていくような不思議な感覚。
長いようで短いような、そんな曖昧な時間の感覚は突然に終わりを告げる。

「うぉっわっわっ!?おわぁっ!」

突如、宙に投げ出されたような浮遊感の後、背中に衝撃が走る。
痛みで地面を転がりながら暫し悶絶。

「あっづっっ!」

地面がバカみたいに熱い。
慌てて体を地面から起す。
どうやら俺はまだ生きてるようだ。

「助かった・・・・・・のか?」

荒々しい風が肌を叩いていた。
しかし、なんだか周囲の様子がおかしい。

「なんだ、ここは・・・・・・」

埋め尽くすように配置されたビルや道路が見当たらない。
地震が起きるまでの鮮やかな夕焼けだった空は、今や毒々しい色合いの厚い雲で覆われてしまっている。
タイルで綺麗に舗装された歩道は見当たらず、変わりに荒れ果てた剥き出しの赤茶けた地面に変わっていた。
そして、周囲には俺と同じ目に合ったと思われる一般人が幾人か倒れている。

『こいつらはなんだ』

「つッ!?」

突然、頭に響くような言葉が聞こえてきた。
今の言葉は?

視線を巡らす。
抉れた地表の中央に異様な雰囲気を漂わせる2人の人影が目に入ってきた。

「・・・・・・コスプレ?」

一人は金髪の西洋人のようで、中世の時代にあったような西洋の鎧を身に纏っている。
もう一方は白髪に半裸、筋骨隆々の赤黒い肌に角や尻尾コウモリのような翼を生やしていた。
よく観察すると互いに目が潰れていたり、片腕を無くしていたりと酷い傷を負っていることがわかる。

明らかに一般人とは違う手合いだった。
俺が注視していることに気付いたのか、白髪の男がこちらへ視線を向けてきた。

「つっ!?」

その風貌は明らかに人ではない貌だった。
黒目に血の様な真っ赤な瞳、頬を切り裂いたような口からは凶悪な牙が覗いている。

目を合わせただけで嫌な汗が全身から噴出てくるのを感じる。
白髪の化け物が俺を見るその目は、憎悪に染まっていた。
まさしく蛇ににらまれた蛙の心境、全身が硬直したように動けない。

そんな俺の心境と状況を知らずに周囲の誰かが喚きだした。

「こ、ここはどこだっ、誰か救急車を呼んでくれぇっ!」

頭から血を流したサラリーマンが半狂乱になって喚いていた。
白髪の化け物の注意がサラリーマンへと移る。

「な、なあっあんたたちっ・・・・・・!」

怪我のせいだろう、覚束ない足取りで白髪と金髪の方へ近づいていく。
金髪の外人がサラリーマンの行動に焦った調子で呼びかける。

『い、いけないっこっちにきては・・・・・・っ!』
『誰に向かって話しかけている下等種』

白髪の化け物が片腕を無造作に振ったように見えた。

たったそれだけの動作でサラリーマンの上半身体が吹き飛ぶ。
残った下半身は数刻を遅れて倒れ、鮮血がバケツをひっくり返したように地面に流れた。

・・・・・・は?

死んだ?
・・・・・・・殺された。

あの化け物に。

「きゃああああああああああああああっ」
「うわああああああああああああああっ」
「ひゃああああああああああああああっ」

俺を含め目の前の惨劇を目撃した人達がパニックになった。
その状景を化け物はただ、うっとおしげに凶悪な顔を顰めている。

『騒々しいな、なんという脆弱な生き物か、まさに下等種よ。そうは思わぬか勇者よ』

連続で腕が振られ、その度に叫んでいた人達の身体が弾けていく。

背を向け駆け出すもの。
呆然と座り込むもの。
蹲るもの。
次々と肉塊に変えられていった。

人々の鮮血は空気中に撒き散らされ、強風に乗って俺の身体に降り掛かり、全身が血糊で染まる。
気が付くと、残された人間がただその場に突っ立ていた俺だけになっていた。

地震が起きる直前に声を掛けようとしたOLの頭部が足元に転がってくる。

『・・・・・・なんだその目は、下等種の分際で気に入らぬな』

俺は無意識の内に化け物を睨みつけていたようだ。
恐怖よりも理不尽な状況と狙っていた女性が無残に殺された怒りを抑え切れなかったのだ。

化け物は殊更にゆっくりと、俺に標準しているのだと解かるように腕を上げる。
その顔は異形でありながらも嗜虐の色に満ちているのが理解できた。

『や、やめろッ!』

勇者と呼ばれた金髪の外人が血だらけの身体で化け物に飛び掛る。
その拳は魔王と呼んだ化け物の顔面を捉え、鋭い牙を幾本か砕いた。

『グッ、きっ貴様はっどこまで我の邪魔をすれば気が済むのだっ』
『お前の相手はっ俺のはずだ!魔王ッ』

血を飛び散らせながら振るう勇者の拳は魔王の身体を的確に抉る。
それに対し魔王も拳を繰り出し、勇者の纏っている防具を砕いた。

ただの殴り合い。
それでも辺りの空気は振動し、風が吹き荒れ、聞いた事がないような轟音が鳴り響く。
彼らが殴り合う際の衝撃波に俺は無様に体をよろめかせる。

『死ねェ勇者ァァ!』

守りが失われていた勇者の腹部に魔王の拳が突き刺さる。

『グッガフッッ!』

激しく吐血する勇者。

不味い。なにか俺にできることはないのか?
焦燥感に駆られ、意味もなく辺りを見回す。

よく見れば地面には様々な物が落ちていた。
バックやリュック、その中身。
あるいは、数刻前まで人だったモノが散らばっていた。

正視に耐えない光景に頭がクラクラし目を瞑りたくなる。
だがそんな行為が許される状況じゃない。
必死に目を凝らす。

「あれは・・・・・・」

砂に埋もれかけている青白く光る金属の一部が見えた。
剣の柄のように見える。
足をもつれさせながら駆け寄り、持ち上げてみた。

「駄目か、壊れている・・・・・・!」

刀身は半ばから折れてしまっていた。

『下等種ッ!なにをしているッ!』

「つッ」

怒気を含ませた魔王の声に反応し振り返る。
魔王の周囲には赤黒い球体が出現しており、気付いた時には閃光のように俺に向かって放たれていた。

早すぎて当然回避なんてできない。

ところが直撃する寸前。
握っていた剣を中心に不思議な輝きが生まれ、赤黒い球体が霧のように霧散する。

『忌々しい聖剣め。圧し折ったというのにまだ力を残していたか・・・・・・・!』

『うおああああぁッ!!』

勇者から俺に注意を逸らした一瞬の隙を突いて勇者が突進する。
身体ごとぶつかり、魔王は無様に地に転がった。

『ヌゥゥッ死に底無いがぁッ』

『それは、お前も、同じ筈・・・・・だっ・・・・・・!』

『グッギッ・・・・・・!』

勇者の身体からは青白い紫電が放出され拘束の力を強めているようだ。

『おのれ・・・・・・っまだそれだけの力を残していたのか!』

『生き残るために残していた力・・・・・・だけど、もういい・・・・・・!』

近づくなら魔王と組み合っている今しかない。
なぜかこの剣を握っていると気が昂ぶり、力が湧いてくる。

やってやる。
事情はさっぱりだが目の前の勇者と呼ばれている外人が勝てなければ俺も殺されるのだ。

「こ、こいつを使え!」

魔王を羽交い絞めにしている勇者に、折れた直剣を差し出す。

『君が・・・・・・突き刺せ。僕が全力で抑えていなければ逃げられる』

俺困惑。
剣なんて握ったのは生まれて初めてなんだが。
こんな状況で俺の心情を察したのか勇者が語りかけてくる。

『大丈夫。まだその聖剣には僕の力が宿っている。君はただコイツに突き立てれば・・・・・・』
『ふっふざけるなッ!!そんなことをすれば勇者ッ貴様も死ぬのだぞッ』

魔王がさっきまでの余裕を無くして喚きはじめた。

『は、早く・・・・・・っ!どの道、僕はもう、助からないっ・・・・・・』

暴れる魔王を押さえ込む勇者の足元には血溜まりができていた。

『頼む・・・・・・!こんなチャンスはもうないんだ・・・・・・』

一瞬ともいえる間、勇者の血だらけの顔と向き合った。

俺と同年代位だろうか。
青い模様が刻まれた不思議な瞳。
女でないのが残念な位の美形だった。

迷いを感じさせない力強い眼差しに自然と頷いていた。

俺は、覚悟を決める。

折れた直剣を振りかぶる。

『おっおのれ!おのれッ!おのれッ!こ、こんな下等種ごときにっ討たれるというのかッ!』

俺は魔王の胸目掛け、剣を振り降ろした。

切っ先が接触すると同時に爆発的な閃光が視界を埋め尽くす。

『がああああああああああああああああああッ!!!!』

吹き飛ばされ、意識が霞んでいく中。
魔王らしき断末魔の叫びと共に、まるで墓標のように光の柱が天まで伸びていくのが見える。

キラキラと白と黒の淡い光の粒子のようなものが周囲を舞っていた。
それらは収束するように俺の体へと吸い寄せられていく。

『・・・・・・・・・・・・』

穏やかな勇者の声に耳を傾けつつ、俺の意識は完全に途絶えた。
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