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第三幕 攻勢・ヒストリカ
131 プリシラの進捗
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「しっかし、あんたの恋人、ほんとに凄いわよね。暴発とは言え、即興でこんな大掛かりな魔法を組み上げちゃうんだから」
王宮の離れの一室。
ミスティからの手紙をひらひらさせながらプリシラが言った。
恋文のようなものを他人に見せるのは気が引けるが、発生している問題をより正確に理解してもらうには多少の気恥ずかしさは我慢するしかない。
プリシラにはとりあえず、ここで寝泊りしてもらい、精霊魔法の研究を進めてもらうことになっていた。
回収した彼女の蔵書や、ダノンから押収した書物も全てこの離れに置いてある。
すぐに机や椅子を用意させると言ったのだが、待ちきれずに仕事を始めたプリシラは、すでに床一面に資料の本や大きな紙を敷き詰めて、部屋全体を足の踏み場もない状態に散らかしていた。
グリュンターク家の屋敷で彼女が使った精霊魔法は多くの者たちに目撃されており、彼女の特異な技術や貴重な知識の有用性は、もはや王宮の誰もが認めるところであった。
王宮の中は、およそ百年ぶりに迎え入れることになる王宮魔術士への期待や、職位絡みの膨大な事務処理の問題で大いに沸いていた。
いずれはこんな狭い場所ではなく、専用の建屋で精霊魔法について教示する立場となるだろう。
「ミスティは昔から変わった魔法の使い方をする子だと村の中でも評判でした。アークレギスで魔力が高まりだしてからは、私から頼んで稽古に使えるような魔法の開発も頼んでいましたし」
「控え目に言って天才ね。あと、手紙の残し方もかゆいところに手が届く感じで凄い助かるわー。人一人を未来に飛ばすって発想じゃなくて、二段階に分けて使われた魔法だってことが分かったのは大きいよ」
「じゃあ……」
「うん。あんまり期待してもらいたくはないけど、随分現実味が出てきたかも」
「戻れるのか? 百年前のアークレギスに?」
「焦んないでよ。どういう形で戻せるのかもイメージできてないんだから」
「手紙には、これから最後の反攻だと書いてあった。可能なら、それが始まる前に戻りたい。……考えたんだ。こっちでは半年近くも経過しているのに、向こうはまだ一日も経っていないと書いてある。だから、これからふた月……、いやひと月以内に戻れたなら、きっと───」
「焦んないでって言ったじゃん。言葉遣い。ユリウスの素が出てるよ?」
あっ、と思わず自分の口を手でふさぐ。
血マメができて硬くなった指先に、ジョセフィーヌの柔らかな唇が触れて、自分が女性の身であったことを思い出す。
ここは離れの一室で、もっとも近しいアンナにはすでに秘密を打ち明けてあると言え、王宮内でこれほど大きな声を上げ、男のような言葉遣いをするとは、ちょっと前なら考えられないような迂闊さだ。
「頑張って急ぐつもりではいるよ? けど、不完全な方法で魔法が発動して、それで失敗したら、どんな結果になるか分からないんだから……。そこは慎重にやらせてよ」
「どれくらい……、時間が掛かりますか……?」
焦るなと言われたばかりだが、それでも聞かずにはいられなかった。
プリシラは、うーん、と唸りながら目を閉じる。
その渋い顔は、工程を試算しているというよりも、何事かを言うべきか言うまいか、迷っているように見えた。
そして、床の上に無造作に散らばっていた本の中から数冊を拾い上げ、膝の上に置く。
「この辺の……、あのランバルドの呪術士連中が持ってた本ね。実は、私がやろうとしてた反転魔法に関する技術、そのものズバリがここに載ってたりするんだよねー」
「えっ!? それなら……」
今すぐにでも、アークレギスに戻れるということではないのか?
俺はつい喜色ばんでプリシラに詰め寄った。
「ここに書いてあることが本当に正しく機能するか分からないでしょ? それにそんな単純な話じゃない。少なくとも二回は反転魔法を重ね掛けしなきゃいけないわけだし、そこが一番の障害ね。あと、魔法を反転させてユリウスとジョゼに掛かってる魔法を打ち消したとして、その結果がどうなるかも本当のところは分からない」
「どういうことですか?」
「最もありえそうで、一番穏便な結果は、反転させてみても何も起こらないってことね。過ぎ去った時間は取り戻せないっていう、ある意味当たり前の話に落ち着くって可能性。あと、アタシの頭で思いつく中で一番悲惨なのが、ユリウスとジョゼの二人とも、精霊の世界とやらに取り残されて永久に戻れないっていう結末もあるわ」
「…………」
思わず絶句する。
俺だけの話であれば危険を承知でやってくれと言ったかもしれないが、ジョゼを道連れにするわけにはいかない。
「まあ、流石にそうなる可能性は少ないと思うけど。ユリウスとジョゼの心と身体が結び付いたのは、全体で言うと最後の工程になるわけでしょ? 一番難しいのは一旦精霊の世界に戻された状態で、もう一度反転の魔法を発動させる部分だと思うし。まず、ジョゼの身体からの分離が起こってー、次にユリウスが精霊の世界に飛ばされるー。んで、精霊の世界からユリウスが元いた百年前のアークレギスに戻る、と」
正直なところ、魔法の技術的な話を聞かされても俺にはあまりピンと来なかった。
俺が理解するよりも、今はプリシラにじっくり考えてもらう時間を作ったほうがいい。
そう判断した俺は、お願いします、とだけ言い残し、離れの部屋を後にした。
王宮の離れの一室。
ミスティからの手紙をひらひらさせながらプリシラが言った。
恋文のようなものを他人に見せるのは気が引けるが、発生している問題をより正確に理解してもらうには多少の気恥ずかしさは我慢するしかない。
プリシラにはとりあえず、ここで寝泊りしてもらい、精霊魔法の研究を進めてもらうことになっていた。
回収した彼女の蔵書や、ダノンから押収した書物も全てこの離れに置いてある。
すぐに机や椅子を用意させると言ったのだが、待ちきれずに仕事を始めたプリシラは、すでに床一面に資料の本や大きな紙を敷き詰めて、部屋全体を足の踏み場もない状態に散らかしていた。
グリュンターク家の屋敷で彼女が使った精霊魔法は多くの者たちに目撃されており、彼女の特異な技術や貴重な知識の有用性は、もはや王宮の誰もが認めるところであった。
王宮の中は、およそ百年ぶりに迎え入れることになる王宮魔術士への期待や、職位絡みの膨大な事務処理の問題で大いに沸いていた。
いずれはこんな狭い場所ではなく、専用の建屋で精霊魔法について教示する立場となるだろう。
「ミスティは昔から変わった魔法の使い方をする子だと村の中でも評判でした。アークレギスで魔力が高まりだしてからは、私から頼んで稽古に使えるような魔法の開発も頼んでいましたし」
「控え目に言って天才ね。あと、手紙の残し方もかゆいところに手が届く感じで凄い助かるわー。人一人を未来に飛ばすって発想じゃなくて、二段階に分けて使われた魔法だってことが分かったのは大きいよ」
「じゃあ……」
「うん。あんまり期待してもらいたくはないけど、随分現実味が出てきたかも」
「戻れるのか? 百年前のアークレギスに?」
「焦んないでよ。どういう形で戻せるのかもイメージできてないんだから」
「手紙には、これから最後の反攻だと書いてあった。可能なら、それが始まる前に戻りたい。……考えたんだ。こっちでは半年近くも経過しているのに、向こうはまだ一日も経っていないと書いてある。だから、これからふた月……、いやひと月以内に戻れたなら、きっと───」
「焦んないでって言ったじゃん。言葉遣い。ユリウスの素が出てるよ?」
あっ、と思わず自分の口を手でふさぐ。
血マメができて硬くなった指先に、ジョセフィーヌの柔らかな唇が触れて、自分が女性の身であったことを思い出す。
ここは離れの一室で、もっとも近しいアンナにはすでに秘密を打ち明けてあると言え、王宮内でこれほど大きな声を上げ、男のような言葉遣いをするとは、ちょっと前なら考えられないような迂闊さだ。
「頑張って急ぐつもりではいるよ? けど、不完全な方法で魔法が発動して、それで失敗したら、どんな結果になるか分からないんだから……。そこは慎重にやらせてよ」
「どれくらい……、時間が掛かりますか……?」
焦るなと言われたばかりだが、それでも聞かずにはいられなかった。
プリシラは、うーん、と唸りながら目を閉じる。
その渋い顔は、工程を試算しているというよりも、何事かを言うべきか言うまいか、迷っているように見えた。
そして、床の上に無造作に散らばっていた本の中から数冊を拾い上げ、膝の上に置く。
「この辺の……、あのランバルドの呪術士連中が持ってた本ね。実は、私がやろうとしてた反転魔法に関する技術、そのものズバリがここに載ってたりするんだよねー」
「えっ!? それなら……」
今すぐにでも、アークレギスに戻れるということではないのか?
俺はつい喜色ばんでプリシラに詰め寄った。
「ここに書いてあることが本当に正しく機能するか分からないでしょ? それにそんな単純な話じゃない。少なくとも二回は反転魔法を重ね掛けしなきゃいけないわけだし、そこが一番の障害ね。あと、魔法を反転させてユリウスとジョゼに掛かってる魔法を打ち消したとして、その結果がどうなるかも本当のところは分からない」
「どういうことですか?」
「最もありえそうで、一番穏便な結果は、反転させてみても何も起こらないってことね。過ぎ去った時間は取り戻せないっていう、ある意味当たり前の話に落ち着くって可能性。あと、アタシの頭で思いつく中で一番悲惨なのが、ユリウスとジョゼの二人とも、精霊の世界とやらに取り残されて永久に戻れないっていう結末もあるわ」
「…………」
思わず絶句する。
俺だけの話であれば危険を承知でやってくれと言ったかもしれないが、ジョゼを道連れにするわけにはいかない。
「まあ、流石にそうなる可能性は少ないと思うけど。ユリウスとジョゼの心と身体が結び付いたのは、全体で言うと最後の工程になるわけでしょ? 一番難しいのは一旦精霊の世界に戻された状態で、もう一度反転の魔法を発動させる部分だと思うし。まず、ジョゼの身体からの分離が起こってー、次にユリウスが精霊の世界に飛ばされるー。んで、精霊の世界からユリウスが元いた百年前のアークレギスに戻る、と」
正直なところ、魔法の技術的な話を聞かされても俺にはあまりピンと来なかった。
俺が理解するよりも、今はプリシラにじっくり考えてもらう時間を作ったほうがいい。
そう判断した俺は、お願いします、とだけ言い残し、離れの部屋を後にした。
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