姫ティック・ドラマチカ

磨己途

文字の大きさ
上 下
130 / 138
第三幕 攻勢・ヒストリカ

129 愛するユリウスへ

しおりを挟む

 ───愛するユリウスへ

 ごめんなさい。
 貴方を迎えに来ると言った約束は果たせそうにありません。
 もう気付いているかもしれないけど、今貴方がいて、私がこの手紙を書いているこの世界は、私やユリウスが暮らした世界よりも百年以上未来の世界のようなのです。

 全ては私のせいなの。
 私の未熟な思い付きで組み上げたばかりの術式に貴方をさらしてしまったせい。
 でも、あの時はそうする以外になかったと思ってる。
 あのとき私はもう魔法を唱え始めていたから。

 敵が放った魔法からユリウスを救うために、行使する対象をとっさに変えたの。
 覚えてる? 本当は近くにあったあの大岩に使うつもりだった魔法よ。
 最初は対象を別の世界に移し替える魔法だった。
 精霊たちが住まう、時間も、空間も何も存在しない世界に。

 でもそんな高度な魔法、私には荷が重かった。
 本来なら、思い付きで扱えるような魔法じゃなかった。
 曲りなりにもそれが発動できたのは、私の中に溢れていた魔力の行き場が他になかったというだけ。
 無理矢理発動された転移の魔法は、確かにユリウスの身体を別世界へ逃がすことができたんだけど、ユリウスを吸い込んだ穴からは、この世界に存在する魔力が際限なく吸い込まれる結果になってしまったの。
 それはもう、言い表せないくらい物凄い勢いでね。

 空気中の魔力の流れが乱れたせいで魔法が使えなくなって、そのお陰でドルガスが奴らを一時的に追い払うことができた。
 だけど、奴らを追い払った後も私は魔力の流出を止めることができなかった。

 精霊のお爺ちゃんが教えてくれたの。
 このままじゃ世界から魔力が枯れてしまうって。

 だから私は急いでユリウスをこっちの世界に引き戻す必要があった。
 ユリウスが消えた周囲の僅かな空間でだけは、まだ安定して魔法を使うことができていたから。
 精霊の世界にいるユリウスを探して元に戻す術式を必死で考えたわ。
 でも、全てが手探りで、時間もなくて、ぶっつけ本番だったから、狙った場所の狙った時間には戻せなかった。
 まさか百年も先の、お姫様の身体に転移されるだなんて、思ってもみなかった。

 私が今こうして、このアンナという子の身体を借りて動かしているのは、ユリウスが王女様の身体でいるのとは全然別の手順による魔法なの。
 精霊たちの世界を経由して紐づいているユリウスの身体を探して、それを目印にして、その近くにいた誰かの身体を借りているだけ。
 私自身の身体は今もアークレギスにある。
 今のユリウスから見て百年以上も昔のね。

 ユリウスの場合は、私のせいで滅茶苦茶な手順で時空を超えたから、どういった影響が及ぶのかは正確には分からない。
 記憶が失われていたのも多分その影響だと思う。

 それと、お爺ちゃんの話だと、多分これからじきに大きな魔力の揺り戻しがあるはず。
 今度はユリウスの身体を出口にして、精霊たちのいる世界から膨大な魔力が流れ出し始めるはずだって。

 私があのとき、ユリウスに正体を隠してって言ったのは、村を襲った連中が大きな魔力を狙っているとしたら、その次はユリウスの身体が狙われると思ったから。
 でも、今が私たちの住んでいた世界よりも百年も後の世界なら、きっとそんな心配は無用ね。

 だから、ユリウス。
 ユリウスは、どうかそのまま残りの人生を安らかに過ごしてください。
 ユリウスにも、ジョセフィーヌという未来のお姫様にも本当に申し訳ないけど、もうどうにもできないの。
 あちらの世界では、もうこれ以上魔法が使えないから。
 こちらの世界に干渉する方法がないの。

 ユリウスが消えたあの場所、特異点になったあの場所を巡って、私たちと敵とで小競り合いが続いているわ。
 しばらく連絡が取れなかったのは、その間、あそこが敵に奪われていたから。
 ヴィクトル様と合流した後、これでも大分急いだんだけど、取り戻したときにはもう世界の魔力は随分薄くなっていて、精霊の世界に通じる穴も閉じようとしている。

 ユリウスの手紙では、あれから三カ月も経ってるって話だったけど、私たちがいるアークレギスではまだ一日も経過してないわ。
 あっちとこっちでは時が流れる早さにズレが生じているみたい。
 連絡が遅れて、不安にさせて、ごめんなさい。

 私たちはこれから砦村に向かって攻め返して、最後の抵抗を試みるつもり。
 私たちの村を襲った連中の正体は分からないままだけど、ランバルドの連中と内通してたことは確かよ。
 あの後、ランバルドの軍勢が峠の向こうから押し寄せてきて、私たちは挟撃を受ける格好になってるの。

 でも、この話ってきっと、ユリウスは歴史書か何かで知ることになるわね。
 ミザリストが百年の後も健在で、これほど栄えているのなら、私たちはきっと、これからランバルドの連中を撃退するに違いないわ。

 絶対に勝つ。
 勝って、ユリウスやそのお姫様が平和に暮らすミザリストを守り抜いてみせる。
 それが、今の私に残された……、私たちがやらなくちゃいけない、大義よ。

 百年後も、その先も、ずっと貴方を愛してる。
 ミスティより───
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

鍵の王~才能を奪うスキルを持って生まれた僕は才能を与える王族の王子だったので、裏から国を支配しようと思います~

真心糸
ファンタジー
【あらすじ】  ジュナリュシア・キーブレスは、キーブレス王国の第十七王子として生を受けた。  キーブレス王国は、スキル至上主義を掲げており、高ランクのスキルを持つ者が権力を持ち、低ランクの者はゴミのように虐げられる国だった。そして、ジュナの一族であるキーブレス王家は、魔法などのスキルを他人に授与することができる特殊能力者の一族で、ジュナも同様の能力が発現することが期待された。  しかし、スキル鑑定式の日、ジュナが鑑定士に言い渡された能力は《スキル無し》。これと同じ日に第五王女ピアーチェスに言い渡された能力は《Eランクのギフトキー》。  つまり、スキル至上主義のキーブレス王国では、死刑宣告にも等しい鑑定結果であった。他の王子たちは、Cランク以上のギフトキーを所持していることもあり、ジュナとピアーチェスはひどい差別を受けることになる。  お互いに近い境遇ということもあり、身を寄せ合うようになる2人。すぐに仲良くなった2人だったが、ある日、別の兄弟から命を狙われる事件が起き、窮地に立たされたジュナは、隠された能力《他人からスキルを奪う能力》が覚醒する。  この事件をきっかけに、ジュナは考えを改めた。この国で自分と姉が生きていくには、クズな王族たちからスキルを奪って裏から国を支配するしかない、と。  これは、スキル至上主義の王国で、自分たちが生き延びるために闇組織を結成し、裏から王国を支配していく物語。 【他サイトでの掲載状況】 本作は、カクヨム様、小説家になろう様、ノベルアップ+様でも掲載しています。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

処理中です...