姫ティック・ドラマチカ

磨己途

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第三幕 攻勢・ヒストリカ

129 愛するユリウスへ

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 ───愛するユリウスへ

 ごめんなさい。
 貴方を迎えに来ると言った約束は果たせそうにありません。
 もう気付いているかもしれないけど、今貴方がいて、私がこの手紙を書いているこの世界は、私やユリウスが暮らした世界よりも百年以上未来の世界のようなのです。

 全ては私のせいなの。
 私の未熟な思い付きで組み上げたばかりの術式に貴方をさらしてしまったせい。
 でも、あの時はそうする以外になかったと思ってる。
 あのとき私はもう魔法を唱え始めていたから。

 敵が放った魔法からユリウスを救うために、行使する対象をとっさに変えたの。
 覚えてる? 本当は近くにあったあの大岩に使うつもりだった魔法よ。
 最初は対象を別の世界に移し替える魔法だった。
 精霊たちが住まう、時間も、空間も何も存在しない世界に。

 でもそんな高度な魔法、私には荷が重かった。
 本来なら、思い付きで扱えるような魔法じゃなかった。
 曲りなりにもそれが発動できたのは、私の中に溢れていた魔力の行き場が他になかったというだけ。
 無理矢理発動された転移の魔法は、確かにユリウスの身体を別世界へ逃がすことができたんだけど、ユリウスを吸い込んだ穴からは、この世界に存在する魔力が際限なく吸い込まれる結果になってしまったの。
 それはもう、言い表せないくらい物凄い勢いでね。

 空気中の魔力の流れが乱れたせいで魔法が使えなくなって、そのお陰でドルガスが奴らを一時的に追い払うことができた。
 だけど、奴らを追い払った後も私は魔力の流出を止めることができなかった。

 精霊のお爺ちゃんが教えてくれたの。
 このままじゃ世界から魔力が枯れてしまうって。

 だから私は急いでユリウスをこっちの世界に引き戻す必要があった。
 ユリウスが消えた周囲の僅かな空間でだけは、まだ安定して魔法を使うことができていたから。
 精霊の世界にいるユリウスを探して元に戻す術式を必死で考えたわ。
 でも、全てが手探りで、時間もなくて、ぶっつけ本番だったから、狙った場所の狙った時間には戻せなかった。
 まさか百年も先の、お姫様の身体に転移されるだなんて、思ってもみなかった。

 私が今こうして、このアンナという子の身体を借りて動かしているのは、ユリウスが王女様の身体でいるのとは全然別の手順による魔法なの。
 精霊たちの世界を経由して紐づいているユリウスの身体を探して、それを目印にして、その近くにいた誰かの身体を借りているだけ。
 私自身の身体は今もアークレギスにある。
 今のユリウスから見て百年以上も昔のね。

 ユリウスの場合は、私のせいで滅茶苦茶な手順で時空を超えたから、どういった影響が及ぶのかは正確には分からない。
 記憶が失われていたのも多分その影響だと思う。

 それと、お爺ちゃんの話だと、多分これからじきに大きな魔力の揺り戻しがあるはず。
 今度はユリウスの身体を出口にして、精霊たちのいる世界から膨大な魔力が流れ出し始めるはずだって。

 私があのとき、ユリウスに正体を隠してって言ったのは、村を襲った連中が大きな魔力を狙っているとしたら、その次はユリウスの身体が狙われると思ったから。
 でも、今が私たちの住んでいた世界よりも百年も後の世界なら、きっとそんな心配は無用ね。

 だから、ユリウス。
 ユリウスは、どうかそのまま残りの人生を安らかに過ごしてください。
 ユリウスにも、ジョセフィーヌという未来のお姫様にも本当に申し訳ないけど、もうどうにもできないの。
 あちらの世界では、もうこれ以上魔法が使えないから。
 こちらの世界に干渉する方法がないの。

 ユリウスが消えたあの場所、特異点になったあの場所を巡って、私たちと敵とで小競り合いが続いているわ。
 しばらく連絡が取れなかったのは、その間、あそこが敵に奪われていたから。
 ヴィクトル様と合流した後、これでも大分急いだんだけど、取り戻したときにはもう世界の魔力は随分薄くなっていて、精霊の世界に通じる穴も閉じようとしている。

 ユリウスの手紙では、あれから三カ月も経ってるって話だったけど、私たちがいるアークレギスではまだ一日も経過してないわ。
 あっちとこっちでは時が流れる早さにズレが生じているみたい。
 連絡が遅れて、不安にさせて、ごめんなさい。

 私たちはこれから砦村に向かって攻め返して、最後の抵抗を試みるつもり。
 私たちの村を襲った連中の正体は分からないままだけど、ランバルドの連中と内通してたことは確かよ。
 あの後、ランバルドの軍勢が峠の向こうから押し寄せてきて、私たちは挟撃を受ける格好になってるの。

 でも、この話ってきっと、ユリウスは歴史書か何かで知ることになるわね。
 ミザリストが百年の後も健在で、これほど栄えているのなら、私たちはきっと、これからランバルドの連中を撃退するに違いないわ。

 絶対に勝つ。
 勝って、ユリウスやそのお姫様が平和に暮らすミザリストを守り抜いてみせる。
 それが、今の私に残された……、私たちがやらなくちゃいけない、大義よ。

 百年後も、その先も、ずっと貴方を愛してる。
 ミスティより───
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