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第二幕 転ポラリー・エチュード
89 一件落着?
しおりを挟む「折角、助けてやったのに、男同士でじゃれ合いおって」
老精霊は姿を現すなり、そんな意味不明な不平を漏らした。
精霊特有の冗談か何かだろうか。
俺はあの後、オースグリッド邸の広大な敷地をぐるりと回って、元いた大浴場のある建屋の近くに戻って来ていた。
放っておいてもジョセフィーヌの身体に戻る気配はないし、どうやって中に潜り込むべきかと思案していたところ、ジョゼが試しに呼び掛けてみればと言う。
駄目で元々のつもりで爺さん爺さんと小さく呼ぶと、嘘のように呆気なく、足元からひょっこり姿を現したのだった。
「全然助かってない。あれはそういう意味じゃなかったし、それに突然やられたって困るんだよ」
「やれやれ、人間というやつはややこしいのう……」
こちらが精霊のことを理解できないのと同様に、精霊の方も人間の都合など想像ができないということか。
ブツブツと文句を言いながらも老精霊は例のあの不思議な踊りをして、俺を元の身体に戻してくれた。
いや、決してこちらの身体の方を元通りと言いたいわけではないのだが。
ジョセフィーヌの身体は、まるで今しがた湯浴みを終えたばかりのようにホクホクと上気しており、それが夜風で冷やされ、俺はブルリと身震いを起こす。
やっぱりだ。入れ替わっている間のもう一方の身体は、着ている衣服諸共に、時間や空間から切り離され、直前の状態を維持しているようだった。
つまり、俺の、ユリウスの身体が傷だらけなのは、俺がジョセフィーヌとして目覚める直前まで、そのような状況にあったということを意味するはず。
普段はすぐに姿を消しているはずの老精霊は、珍しくその場に居残っていた。
「なあ、爺さん。ミスティに俺のこと助けるように言われてるんだろ? 身体を入れ替える以外の他の魔法は使えないのか?」
老精霊は大きなあくびをして目を擦り始めた。
精霊も眠ったりするものなのだろうか。
「聞こえてるか? ミスティと連絡を取りたいんだ。今はそれができたら一番助かる」
「わしらは自らの理しか知らぬ。人の尺度で便なることを望むなら、わしらを使役する術に通じるお前さんがたの方が詳しいじゃろう」
精霊はあくまでこの世の理であって、法を為すのは人間の技術。
口頭で精霊に頼むだけではそんな都合の良いことはできないということか。
まあ、それはミスティからも聞いた話とも符合する道理ではあるのだが。
「疲れるからのぅ。もう余程のことがない限り呼ぶではないぞ?」
聞きたいことはまだ山ほどあったのだが、老精霊はそれだけ言うと、さっさと姿を消してしまった。
俺の、ジョセフィーヌの、身体の中にだ。
地面からピョンと跳び掛かられたので、思わず受け止めようと手を伸ばしたのだが、触れたはずの部位には何の感触も残さず、老精霊の身体はジョセフィーヌの中に吸い込まれるようにして消えてまった。
さらに、俺がキョロキョロと辺りを見回しているところへ、今度は火と水の精霊二匹が屋敷の壁の中から、それをすり抜けるようにして現れた。
「やっぱりあんたの周りが一番暖かいわねー」
水の精霊───ミスティの名付けたところに依ればミーちゃん───がそう言って真っ直ぐこちらに向かってくる。
彼女だけではない。燃え盛る身体を持つ火の精霊ヒーくんも一緒になって飛んで来るのでギョッとして跳び退ったが、物理法則を無視して一直線に飛んでくる物体は避けようがなかった。
身体にぶつかる瞬間、灼熱の炎に焼かれる痛みを覚悟したのだが、不思議なことに熱は全く感じない。
俺は都合三匹の精霊が次々と自分の身体に吸い込まれる様を呆然と見送った。
『マジ?』
「……マジらしいな」
『じゃあ何? あいつら普段、私の身体の中にいるってこと?』
精霊は世界のどこにでもいるという話だから、ある意味ではそのとおりなのだろう。
どこにでもいる、ということはジョセフィーヌの身体の中にだっているということだ。多分……。
プリシラの魔力測定器を信じるなら、この身体からは今も絶えず魔力が湧き出していることになる。
精霊にとっては、さぞや居心地の良い場所だろう。
無事(?)ジョセフィーヌに戻った俺が、一人恐る恐る屋敷の中に足を踏み入れると、中は大変な騒ぎになっていた。
ジョセフィーヌが姿を消してすぐ、浴場に火と水の精霊が現れ、そこから屋敷中を飛び回ったことで、今の今まで右へ左への大騒動を引き起こしていたらしい。
さっき外でその姿を見たばかりだったので、その話にそこまでの驚きはなかった。
今にして思えば、客室の前でローランやパトリックと共に聞いた悲鳴は、彼らが浴場で起こした騒ぎが原因だったに違いない。
その騒ぎの中、姿の見えなくなったジョセフィーヌの捜索がなされ、ようやく屋敷内を探し終わって、これから屋敷の外へ捜索範囲を広げようとしていたところに、ジョセフィーヌが姿を見せたという格好となる。
俺は湯冷ましのために散歩に出ていたという、いささか無理のある主張を押し徹し、表向きはそれで納得させたが、オリアンヌは、きっとジョセフィーヌが外で“火傷の君”と密会していたに違いないという独自の考えを信じて譲らなかった。
言葉の端々から推測するに、どうやら彼女はユリウスのことを王家直々の密命を帯びた間者か何かだと思っているらしい。
批難がましく、ねちっこく、恩に着せるようにしながらも、大事な使命なのでしょうから詳しくは詮索しませんけど、というので俺は無理に否定せず、そのよく分からない複雑な勘違いをしたままでいてもらうことにした。
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