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第一幕 生存・デートル
12 エミリーがやって来た 4
しおりを挟む王宮の広い敷地の中に建つ離れは、その建屋だけでアークレギスの領主である父上の屋敷と同じくらいの大きさがあった。
扉や窓の装飾も贅を凝らしたもので、チラと見ただけで目が眩むようだった。
「ここには、どなたかが、住んでいらっしゃる……のかしら?」
「まあ、お姉さま。おかしなことを。お姉さまのために建てられた離れなのですから、そんな訳ありませんわ」
おかしな質問か……。確かにそうだったかもしれない、と反省する。
女性として違和感のない振る舞いをすることに加え、田舎の領主の息子と王都で育った娘という生活観の相違についてもボロが出ないように気を配る必要があった。
これは相当難儀だぞ。
「私が病気で臥せっている間、誰も中の世話をしていなかったのかと思ったもので……」
「掃除ならアンナがやっているはずです。大丈夫、アンナは勝手にお姉さまの物を触ったりしませんから、きっと、元のままですよ。もしかしたら、中を見た途端、記憶がお戻りになるかも」
そう言って、扉を開きジョセフィーヌを中へと招き入れる。
俺が恐る恐る扉をくぐると、中は床一面に毛足の長い絨毯が敷き詰められた小部屋になっていた。椅子やソファーが壁際に並んでいて、これだけでも立派な客間として使用できそうだ。
「お姉様のお招きがない方は、ここでお待ちになるのですよ? 国王様だって、ここから先にはほとんど入ったことがないはずです」
そんな畏れ多い離れの部屋をエミリーはずんずんと奥へと進んで行く。
俺の方はジョセフィーヌ本人からの許しもなく、この場所に足を踏み入れて良いものかと、ここにきて怖気づいていた。
一応は貴族の位にあるとは言え、俺はしがない辺境の小領主の息子の身だ。
砦村の質素で無骨な建築とは比べるべくもない見事な設えに、身分の明確な隔てを感じる。
しかもここは、主にジョセフィーヌとエミリー、それに使用人であるアンナの三人にしか使われていない秘めやかな場所だという。
俺は乙女の寝所に忍び込むような、大変後ろ暗い心持ちとなっていた。
いや、もちろん、そんなことをした経験があるわけではないのだが。
「お姉さま?」
部屋の奥からエミリーの呼ぶ声がする。
「ま、参ります。今」
仕方がない。行かねば不審に思われる。
エミリーの後を追って、次の扉をくぐると、先ほどの部屋とは比べ物にならない広さと、その空間を埋め尽くす煌びやかな調度品が織り成す絢爛豪華な広間が広がっていた。
ジョセフィーヌの寝室や、本館で見た調度品も俺にとっては十分高価に思えたが、ここにある品々に比べたら、あれらが質素な物に思えてしまう。
俺が部屋の豪華さに当てられていると、エミリーはすでに部屋の奥まで進み、二階に上がる階段の中ほどからこちらを向いて手を振っていた。
「お姉さま! こちらにあるのはただの贈り物でしてよ? 本当にお姉さまのお部屋と言えるのはこちらでございます」
俺にとって珍しい物で溢れる一階の品々も一つ一つ見て回りたかったが、そのように呼ばれてはそちらに行かざるを得ない。
上るのには手を貸してはくれないのか、と思いながら長い階段を見上げる。
まあしかし、ここの階段は一段ごとの幅が広く、傾斜が緩やかなので万が一足を滑らせても転がり落ちることはないだろう。
俺は既に疲労を感じ始めていた身体に鞭を打って階段を上った。
トントンとテンポよく上がっていくと、八分ほど上ったところで息切れを起こす。
なるほど、これはアンナが止めたのも頷ける。
彼女は俺以上に、このジョセフィーヌの身体のことを把握できているのかもしれない。
俺はどうにか、長い階段を上り切ると、息を整えてから、エミリーが待つジョセフィーヌの私室へと足を踏み入れた。
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