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第一章 護衛になりたい田舎娘

13.シオンの研究室

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 妃候補という役割をこなしつつ、アウルに護衛としての価値を示そうと決心したレオーナ。謁見の間にてシオンの世話になることが決定し、言葉少なに命じられるがまま美しい異国男性の後に続いて移動すること十数分。辿り着いた扉の前、今後の事を考えなくてはと多少なりと焦っていたはずの心は一変して驚きと興奮で埋め尽くされていた。

「今のって魔法ですよね!?」

 レオーナとシオンの前には不思議な作りの扉があった。一見両開きの開き戸なのだがドアノブがついてないのだ。持ち前の観察力で直にそれに気がついきどうやって開けるのかと内心首を傾げていた。本来ドアノブがあるべき位置には宝石があしらわれた豪華な装飾の金属板が嵌め込まれている。それにシオンが触れた瞬間からが驚きの連続だった。宝石が輝きだすとほぼ同時に何の前触れも無くガチャリと音が鳴り、扉がひとりでに開いたのだ。かつて見たことのない現象に気持ちの昂りを隠すことが出来なくなったレオーナは興奮そのままにシオンに質問を投げかけていた。しかし、問いに対しての返事はない。

「先程言った通り、私の時間を無駄に消費する行為は万死に値する。大人しく待機することが君の仕事だ」

 きっぱりと言い切られた後、室内に踏み込んだシオンが指し示した先にあったのはまた扉。遠目に見て確認してみると今度の扉にはドアノブが付いていた。少し黙ってやり過ごしてみたが追加して何かを指示されることはない。どうやら扉の向こうに入って、その中で大人しく待っていろということらしい。

 アウルの側近の指示に歯向かう理由はないので大人しく指示通りにその扉に向かう。その短い道中、室内をぐるりと見渡してレオーナの好奇心はさらに刺激された。そこかしこに並ぶ見たことのない道具に嗅いだことのない独特の香り、書きなぐられたメモ書きや分厚い本や冊子。側近達の会話から何となく察していたが、ここに来てシオンが何らかの研究に日々明け暮れており、この場がその研究室なのだと確信する。

 目に楽しいものが多過ぎて幾つかの質問が頭に浮かぶ。ただ無駄口は好まれないだろうと踏んで、敢えて口にせずに扉まで到達。そこでシオンに視線を向ければ既に自分の世界の入り込んでいるようで、一人でぶつぶつ何かを呟きながら作業をはじめていた。これは声を掛けたところで反応がないか期限を損ねるかのどちらかだと予想して、レオーナは無言のままドアノブに手をかけた。

 扉を開いたその先にあったのは小部屋だった。丸テーブルが一脚、椅子が四脚、長椅子が一脚、小さな食器棚が一台とお手洗い、それから白壁にぽっかりと空いた大きな出窓が一つ。それらが収まって少し余裕があるくらいのシンプルな空間。来客用か休憩用か、用途がいまいちわからない部屋だった。

 待つのが仕事だと言われてしまえば、待つしかやることがない。よってレオーナは遠慮せずに椅子に座って指示通りに過ごすことにした。怒涛の展開に本能と瞬発力のみで対応していたため、頭でしっかり状況を整理して今後のことを考える時間が必要だったから好都合だった。

 妃候補という役割をレオーナに与えることでアウルは何をしたいのか。自分は何を求められているのか。何を為すべきなのか。それを考える。

 アウルはレオーナにも側近三人にも具体的な指示を一つも出していなかった。つまり大きな自由を与えられると同時に全ての選択を強いられている。そして辿り着いた結果は自分の責任。全ては自分次第ということだ。

 何を求められているのかは不明。となればこちらはアウルの利になることを考えてそれを実行に移すしかない。他の妃候補の中からアウルの妻に相応しい女性を探し出すというダジルの案は確実にアウルの利になる。ただ、都合よくそんな女性を見つけ出せるかどうかはわからない。テッドの話だと、候補となる令嬢や姫は基本的にはアウルが求めていない条件を背負った女性ばかりのはずだ。内に秘めた反強者主義の気質を他人やライバルという立場から探り出す難易度はかなり高いと予測出来た。よって、妃候補の選定と同時に万が一アウルに相応しい相手が見つからなかった場合、皇太子位を剥奪されないようにするための策も考える必要がある。ただ、これに関してはより自信がなかった。頭を使うのはただでさえ苦手なのに様々な利権が絡んだ上に、皇帝位継承権に関する謀略を巡らすなどという分不相応な思考能力は残念ながら持ち合わせていないのが現実だ。それでも、はじめから諦めて思考を止めるのはもっと性に合わない。ひとまず常識の範囲外で行動することが得意な自分に他者には思いつかない名案が降って来る可能性に賭けて日々悩むことにする。

 そして、それらと同時に護衛になる道も諦めない。よって自らの有用性を示さなくてはならない。となれば、実力を披露出来るチャンスを窺いつつ、常日頃からアウルの身の回りに迫る危険には目を光らせておくべきだ。強者主義が主流のデューアではアウルは四面楚歌と言っても過言ではない。その政治手腕故にこれまで様々な改革に着手しているが、それらを疎ましく思っている者は多く、アウルの存在を厭う者は確実に存在する。市井内でもアウルの暗殺未遂が数件耳に入ったくらいだから、実際はもっと危険な目に遭っている可能性は高い。迫る危険は場所を選ばない。皇城内であってもだ。そもそも思いもよらぬ場所から命を奪いに来るのが暗殺なのだ。よって妃選定人を務めつつも、油断せずにいつでもアウルを守れるように身も心も準備を怠るわけにはいかない。となれば、今後どう行動するべきか――。

 時間を忘れあーでもないこーでもないと唸っているうちに、見上げる位置にあった窓の向こうの日が大分傾いてきていることに気が付いた。待つことが仕事だと命じられてからかなりの時間が経過してしまったらしい。けれども扉が開く気配は全くない。元来頭を使うことよりも体を動かすことの方が性に合うレオーナの集中はこのタイミングですっぱり切れてしまった。となれば、小部屋に缶詰状態に早々と耐えられなくなる。シオンの邪魔をすることがご法度だとは承知の上だったが、そろそろ声が掛ってもおかしくない時間だろうし少し様子を探ってみるくらい良いだろう。レオーナはそう自分に言い訳し、そろりと扉を開けて外の様子を窺い見た。

 小部屋の十倍は広さのある室内にぐるりと視線を巡らせてみるとシオンの姿がどこにもない。どこかに行ってしまったのか、それとも死角に居て見えないのか。小部屋で大人しくしているのはもう限界だった。レオーナは待機しろと命じられただけで部屋に籠っていろとは命じられていないと屁理屈をこねて小部屋を出た。

 少し歩みを進めてみれば、レオーナの好奇心は一気に膨れ上がった。それまで見えなかった壁に備え付けられた炉があり、中には黒い小鍋が幾つも並んでいた。覗いて見れば揺らめくように光る何かが熱せられている。また、壁のほとんどが天井まで届く高さの棚になっているのだが、意外にも本はほんの一区画にしか並んでいない。ならば、他は何が並んでいるのかと近づいて確認する。

「うわぁ~、綺麗!」

 棚に並んでいたのは、光り輝く宝石が散りばめられた銀の装飾品やシオンが触れるだけで開閉出来るドアノブ部分と同じような金属に宝石があしらわれた小物がずらりと並んでいた。それらは自分を着飾ることに興味がないレオーナであっても見とれてしまうほど銀の細工が繊細で美しく、嵌めこまれた宝石の輝きが眩かった。

「何をしている」

 輝きに目を奪われていると背後から扉が開く音がするとほぼ同時に声をかけられる。慌てて振り返ると眉をひそめたシオンが扉の前に立っていた。
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