13 / 17
第一章 護衛になりたい田舎娘
12.異国から来た前例
しおりを挟む
テッドの指が示した先にはアウルが退出して以降ずっと腕を組んで黙り込んだ人物が佇んでいた。しかも、テッドによって自らが話の中心に引きずり出されたことに気がつかず、床をじっと見つめて物思いに耽っている。
「あの、こちらの方は……」
遠慮がちに問えば、テッドが黙り込んだままの本人に代わって他己紹介をはじめる。
「この人はシオン・シィハーシェ。見ての通りの外人さん。さぁ、ここで問題です。背がレオーナよりも高くて、ものすごく綺麗なお顔のこの人は男女どちらでしょーか?」
シオンと紹介されたその人物は月明かりのような美しく長い銀髪と褐色の肌をしていた。それはどちらもデューアでは見ない異国の色だった。ただ、街中で同じ特徴を見れば絶対に振り向いてしまうであろうその髪と肌の色がどうでもよくなるほど、とてつもなく個性的でインパクトの強い見た目をしていた。
自らの話をされているというのに全く聞こえていない様子のシオンは作り物かと思える程の美しい容姿の持ち主だった。髪と同色の長い睫毛はアメジストのように複雑に輝く瞳に影を作り、すっきりと高い鼻に艶のある唇。シャープな顎に綺麗なカーブを描く頭。自らの想像力で思い描くことが出来る美人を超える美人がそこにいた。そして、テッドのふざけた出題を真剣に悩む程に性別が判然としない。レオーナよりも年上であろうと予想出来る大人びた雰囲気を醸し出しているが、年齢に応じて出現するはずの性差が見受けられなかった。
きりりとした眉や鼻立ち、しっかりした首筋は男性的に見える。しかし、上向きの睫毛や細い顎、艶やかな唇や美しく整えられた眉は女性的に見せる。しかも目元と口元には色がのっている。つまり化粧をしているのだ。デューアで化粧は女性のみの文化だ。となれば女性かと判断するのが正道に思えるが、まだまだ決断には至らない。何故なら服装までもが中性的だからだ。
男はズボン、女はスカートを身に着ける。デューアでその逆はあり得ない。特殊な例外は自分くらいだとレオーナはそれまで考えていた。しかし、シオンはレオーナよりも複雑で難解な服を身に着けていた。白を基調とした上下揃いの上等な服は生地にはところどころ銀糸で美しい模様があしらわれている。その上下の下がどう見てもスカートだった。一般的なスカートとは少し違って貴族男性が好みそうな装飾があり、パリッとした厚みのありそうな生地は男性的だが、腰から膝下までを覆うそれは筒状なのだ。しかし、膝下から見える脚はズボンを身につけているようで、上半身だけ見ればどちらかといえば男性服の形状に近い。さらにレオーナを迷わせたのは透け感のある総レースのローブだ。床につくすれすれの長さのそれは武闘派が多いデューア男性が身に着けるには繊細過ぎる代物だった。ただ不思議なことにそんなあべこべな衣服をシオンはそれが当たり前に存在するかのように美しく着こなしている。見惚れてしまう程にだ。
「馬鹿なお遊びをしている場合じゃないだろう。シオンも研究のことばかり考えていないで、少しはこちらの話を聞け」
ダジルの言葉にハッとしたのはレオーナだけではなかったようで、凝視していたシオンがゆっくりと視線だけを動かした。
「アウル様のお言葉はちゃんと聞いていた。私の管轄外の話だ。最終的にそこの娘がどういう扱いを受けるのかを確認するためにこの場に残った。それだけで十分だろう」
「だっ、男性!」
形の良い唇から紡ぎ出された声は低く、男のそれだった。レオーナは驚きで思わず声を上げると、シオンの視線がレオーナに移る。男の美人と目が合った、とドキリとした瞬間、何故か美人の美しい眉間に深い溝が出来た。
「……美しくない」
「えっ?」
ボソリと呟かれた声が聞き取れてもその発言内容を頭が理解する前にダジルの声が頭に割り込んできてしまう。
「十分じゃない。アウル様も俺は言わずもがなで、テッドもそれなりに忙しい。となればこの女の世話係はシオン、貴方だ」
妃選考が始まる前までにレオーナに貴族社会やマナーについて教え、最低限人前に出られるよう準備をしろ、とダジルがシオンに命じた。すると緩慢で優美だったシオンの雰囲気がガラリと変わる。
「馬鹿は休み休み言え。私の予定は朝から次の朝まで研究で埋まっている。他人の世話をする暇など髪一本分もありはしない」
眼光鋭く睨み上げたシオンの視線はまるで氷のよう。美人が睨むと何故だか背中が冷たくなる。ただ氷柱のような睨みを直接受けたダジルはまったく怯まなかった。そこから暫くシオンとダジルの間でレオーナの押し付け合いが始まる。冷や冷やしながらその様子を見守っていたレオーナの横でテッドは平静そのもの、傍観の姿勢だ。どうやら日常茶飯事のやり取りのようで、言い合う言葉の端々に普段の鬱憤も混ざっている。どちらも一歩も譲る気配が無い中、痺れを切らしたダジルが声を荒げた。
「俺とテッドの時間を奪えばアウル様の政務が滞る。貴方の研究時間は削がれ、書類の整理と城内を歩き回って各所への雑用が貴方を待っている。この娘の取り扱いについてはアウル様からの指示は妃候補として扱えという一言のみでこちら側に一任されている。煮るなり焼くなり実験材料にするなり貴方の好きにすればよいし、具体的な成果も示されていないからとりあえず八日後の宴に表立って出席さえさせればそれでいい。後はこの娘自身の仕事だ。つべこべ言わずに任されろ」
早口でまくし立てたダジルに対してシオンはぐぐっと眉間の皺を深くし、レオーナに鋭い視線だけを向ける。
「娘。私の邪魔は絶対にするな。お前に指示を出すのは基本的に私が食事をしている時間と移動している時間のみだ。それ以外は常に待機。静かに黙って待つことが仕事だ。よいな?」
言い合いをしていた双方からそれなりに酷い扱いを前提に話を進められ、素直に応じるのに一瞬躊躇する。
どんなことでもいいから役に立ちたいと口にはしたが、その内容が妃候補などという予想の遥か上空を貫くような内容だとはこれっぽっちも想定していなかった。自分が何をすべきか、何を求められているのか、それが全くわからない。それに護衛としての実力すらまだ見せていないのだ。
どしたものかと心が底辺まで落ち込んで、悶々と考え込んで三秒。前向きが取り柄のレオーナはハッとしてどんよりとした薄暗闇に光を見出す。
もしかして、この無理難題は自らに与えられた試験なのかもしれない。ふと、そう思ったのだ。
レオーナが妃になる未来など有り得ない。身分や教養も勿論そうだが、国の頂点に君臨する皇族の伴侶になる器ではないと自分自身ではっきりと断言出来た。そしてアウルは突然押しかけてきた娘を妃にしたいなどと本気で考えるような浅慮な人間のはずがない、そうも断言出来た。となれば、何か隠された意味があるのではないか。妃候補になれという命令を言葉通りに捉えるのではなく、妃候補というアウルの一存のみで皇城で過ごすことが出来る立場を利用して自らの価値を知らしめてみせろ、と命じられたのではないか。それならば、護衛として仕えられる未来もまだ消えていない。価値さえ認められ必要とされれば、自分も例外になれる可能性は残っている。
そこまで思考してレオーナは重要なことを聞き忘れていたことを思い出した。
「あの失礼ですがお返事をする前に、先ほどテッドさんがおっしゃっていた前例がどういったものか教えていただいてもよろしいでしょうか?」
シオンとテッドを見上げれば、シオンが面倒そうにテッドを一瞥する。説明をする気がないと一目でわかるその態度にテッドが説明を請け負う。
「この人はねアウル様にその人柄と才能と個性を認められて、デューアに招かれて国籍と特殊な職種を得たんだよ。それからずっとアウル様の側近として働き続けているんだ」
デューアは自国の民を重んじ、他国の民を国土に入れることを嫌う。敗戦国の国民を奴隷として使役させていた歴史は長いが、外国人を好意的に受け入れて自国民に組み込むなどという話は聞いたことはなかった。しかしアウルは外遊時にシオンを大層気に入ってデューアに連れて帰り、その後皇帝をはじめとした頭の固い各所関係者を説き伏せて前例のない存在を帝国の中枢に組み込むことに成功した。そして、多少勿体ぶった様子でテッドが口にしたシオンの役職を聞いてレオーナは目を丸くした。
「魔法使いですか?」
魔法はこの世に存在する。しかし、それは特殊な人間にのみ許された特権のようなもので、世界中でたった一つの国が占有している能力だった。デューアは長い間その国と微妙な関係が続いており、時には敵国として睨み合い、時代が代われば友好国として腹の探り合いをする相手、というのが国民意識の中の魔法国家の印象だ。そして魔法の技術は長い世界の歴史上門外不出とされ続けていた。
ただ、近年少しだけ新しい流れが魔法国家とデューアに訪れた。史上初めて魔法国家は姫を他国に嫁がせ、その姫を妃として迎えた国がデューアなのだ。そして、その当事者が現皇帝のザクス・デューアと第二王妃だという話は国内の誰もが知っている。しかし、同時に第二王妃の魔法利用はかなり制限されており、デューアに魔法が広まるなどという事態は万に一つもあり得ないというのが両国の間で取り決められた掟となっており、デューアで魔法はお伽噺や空想の世界でのみ存在する現実不可能な能力であるというのが一般的な認識だ。よって役職が魔法使いとはかなり眉唾物というか信じ難い響きだった。
そんなレオーナの心情を悟ってくれたのか、それともただ単に現実を突き付ける役をしたかったのか、ダジルが割って入った。
「ふざけた言い方をするな。魔法使いなんて役職は存在しない。公的な役職は特殊補佐官。そして実情はアウル様が求めるモノを作り出すために日夜研究に明け暮れている、道具職人のようなものだ。ただ、確かにシオンの存在は異例であり他に前例がない。つまり、アウル様に直々に召し抱えられる為には常識を超えた価値が必要だということだ」
お前には到底ないだろう、と言葉にせずとも顔に書いてあるダジル。さっさと現実を思い知れとでも言わんばかりのその態度に十人居れば十人が腹を立てるであろう。しかし、常識破りが板に付いているレオーナは皇城内に入ってから初めての全開の笑顔で応じた。
「特殊補佐官という前例に続いて、自らの価値を皇太子殿下に認めて頂ければよいのですね! 私、頑張ります!」
思い描いていた展開とは大分筋が違ってしまったけれど、まだ絶望するには早過ぎる。そう判断したレオーナはアウルの側近三人に深く頭を下げて、改めて挨拶をした。
旋毛の向こうには三者三様の表情を浮かべた側近達。現状、面白がっているテッドでさえもレオーナを仲間として認めるとは一言も言っていない。状況は悪い。それでも、ここまで来て怖気付くような人間だったら、そもそもこの場に辿り着けるわけとない。そう思えば勇気が湧いた。
前途多難は承知の上。それでも、レオーナは前に進むことを選択した。
「あの、こちらの方は……」
遠慮がちに問えば、テッドが黙り込んだままの本人に代わって他己紹介をはじめる。
「この人はシオン・シィハーシェ。見ての通りの外人さん。さぁ、ここで問題です。背がレオーナよりも高くて、ものすごく綺麗なお顔のこの人は男女どちらでしょーか?」
シオンと紹介されたその人物は月明かりのような美しく長い銀髪と褐色の肌をしていた。それはどちらもデューアでは見ない異国の色だった。ただ、街中で同じ特徴を見れば絶対に振り向いてしまうであろうその髪と肌の色がどうでもよくなるほど、とてつもなく個性的でインパクトの強い見た目をしていた。
自らの話をされているというのに全く聞こえていない様子のシオンは作り物かと思える程の美しい容姿の持ち主だった。髪と同色の長い睫毛はアメジストのように複雑に輝く瞳に影を作り、すっきりと高い鼻に艶のある唇。シャープな顎に綺麗なカーブを描く頭。自らの想像力で思い描くことが出来る美人を超える美人がそこにいた。そして、テッドのふざけた出題を真剣に悩む程に性別が判然としない。レオーナよりも年上であろうと予想出来る大人びた雰囲気を醸し出しているが、年齢に応じて出現するはずの性差が見受けられなかった。
きりりとした眉や鼻立ち、しっかりした首筋は男性的に見える。しかし、上向きの睫毛や細い顎、艶やかな唇や美しく整えられた眉は女性的に見せる。しかも目元と口元には色がのっている。つまり化粧をしているのだ。デューアで化粧は女性のみの文化だ。となれば女性かと判断するのが正道に思えるが、まだまだ決断には至らない。何故なら服装までもが中性的だからだ。
男はズボン、女はスカートを身に着ける。デューアでその逆はあり得ない。特殊な例外は自分くらいだとレオーナはそれまで考えていた。しかし、シオンはレオーナよりも複雑で難解な服を身に着けていた。白を基調とした上下揃いの上等な服は生地にはところどころ銀糸で美しい模様があしらわれている。その上下の下がどう見てもスカートだった。一般的なスカートとは少し違って貴族男性が好みそうな装飾があり、パリッとした厚みのありそうな生地は男性的だが、腰から膝下までを覆うそれは筒状なのだ。しかし、膝下から見える脚はズボンを身につけているようで、上半身だけ見ればどちらかといえば男性服の形状に近い。さらにレオーナを迷わせたのは透け感のある総レースのローブだ。床につくすれすれの長さのそれは武闘派が多いデューア男性が身に着けるには繊細過ぎる代物だった。ただ不思議なことにそんなあべこべな衣服をシオンはそれが当たり前に存在するかのように美しく着こなしている。見惚れてしまう程にだ。
「馬鹿なお遊びをしている場合じゃないだろう。シオンも研究のことばかり考えていないで、少しはこちらの話を聞け」
ダジルの言葉にハッとしたのはレオーナだけではなかったようで、凝視していたシオンがゆっくりと視線だけを動かした。
「アウル様のお言葉はちゃんと聞いていた。私の管轄外の話だ。最終的にそこの娘がどういう扱いを受けるのかを確認するためにこの場に残った。それだけで十分だろう」
「だっ、男性!」
形の良い唇から紡ぎ出された声は低く、男のそれだった。レオーナは驚きで思わず声を上げると、シオンの視線がレオーナに移る。男の美人と目が合った、とドキリとした瞬間、何故か美人の美しい眉間に深い溝が出来た。
「……美しくない」
「えっ?」
ボソリと呟かれた声が聞き取れてもその発言内容を頭が理解する前にダジルの声が頭に割り込んできてしまう。
「十分じゃない。アウル様も俺は言わずもがなで、テッドもそれなりに忙しい。となればこの女の世話係はシオン、貴方だ」
妃選考が始まる前までにレオーナに貴族社会やマナーについて教え、最低限人前に出られるよう準備をしろ、とダジルがシオンに命じた。すると緩慢で優美だったシオンの雰囲気がガラリと変わる。
「馬鹿は休み休み言え。私の予定は朝から次の朝まで研究で埋まっている。他人の世話をする暇など髪一本分もありはしない」
眼光鋭く睨み上げたシオンの視線はまるで氷のよう。美人が睨むと何故だか背中が冷たくなる。ただ氷柱のような睨みを直接受けたダジルはまったく怯まなかった。そこから暫くシオンとダジルの間でレオーナの押し付け合いが始まる。冷や冷やしながらその様子を見守っていたレオーナの横でテッドは平静そのもの、傍観の姿勢だ。どうやら日常茶飯事のやり取りのようで、言い合う言葉の端々に普段の鬱憤も混ざっている。どちらも一歩も譲る気配が無い中、痺れを切らしたダジルが声を荒げた。
「俺とテッドの時間を奪えばアウル様の政務が滞る。貴方の研究時間は削がれ、書類の整理と城内を歩き回って各所への雑用が貴方を待っている。この娘の取り扱いについてはアウル様からの指示は妃候補として扱えという一言のみでこちら側に一任されている。煮るなり焼くなり実験材料にするなり貴方の好きにすればよいし、具体的な成果も示されていないからとりあえず八日後の宴に表立って出席さえさせればそれでいい。後はこの娘自身の仕事だ。つべこべ言わずに任されろ」
早口でまくし立てたダジルに対してシオンはぐぐっと眉間の皺を深くし、レオーナに鋭い視線だけを向ける。
「娘。私の邪魔は絶対にするな。お前に指示を出すのは基本的に私が食事をしている時間と移動している時間のみだ。それ以外は常に待機。静かに黙って待つことが仕事だ。よいな?」
言い合いをしていた双方からそれなりに酷い扱いを前提に話を進められ、素直に応じるのに一瞬躊躇する。
どんなことでもいいから役に立ちたいと口にはしたが、その内容が妃候補などという予想の遥か上空を貫くような内容だとはこれっぽっちも想定していなかった。自分が何をすべきか、何を求められているのか、それが全くわからない。それに護衛としての実力すらまだ見せていないのだ。
どしたものかと心が底辺まで落ち込んで、悶々と考え込んで三秒。前向きが取り柄のレオーナはハッとしてどんよりとした薄暗闇に光を見出す。
もしかして、この無理難題は自らに与えられた試験なのかもしれない。ふと、そう思ったのだ。
レオーナが妃になる未来など有り得ない。身分や教養も勿論そうだが、国の頂点に君臨する皇族の伴侶になる器ではないと自分自身ではっきりと断言出来た。そしてアウルは突然押しかけてきた娘を妃にしたいなどと本気で考えるような浅慮な人間のはずがない、そうも断言出来た。となれば、何か隠された意味があるのではないか。妃候補になれという命令を言葉通りに捉えるのではなく、妃候補というアウルの一存のみで皇城で過ごすことが出来る立場を利用して自らの価値を知らしめてみせろ、と命じられたのではないか。それならば、護衛として仕えられる未来もまだ消えていない。価値さえ認められ必要とされれば、自分も例外になれる可能性は残っている。
そこまで思考してレオーナは重要なことを聞き忘れていたことを思い出した。
「あの失礼ですがお返事をする前に、先ほどテッドさんがおっしゃっていた前例がどういったものか教えていただいてもよろしいでしょうか?」
シオンとテッドを見上げれば、シオンが面倒そうにテッドを一瞥する。説明をする気がないと一目でわかるその態度にテッドが説明を請け負う。
「この人はねアウル様にその人柄と才能と個性を認められて、デューアに招かれて国籍と特殊な職種を得たんだよ。それからずっとアウル様の側近として働き続けているんだ」
デューアは自国の民を重んじ、他国の民を国土に入れることを嫌う。敗戦国の国民を奴隷として使役させていた歴史は長いが、外国人を好意的に受け入れて自国民に組み込むなどという話は聞いたことはなかった。しかしアウルは外遊時にシオンを大層気に入ってデューアに連れて帰り、その後皇帝をはじめとした頭の固い各所関係者を説き伏せて前例のない存在を帝国の中枢に組み込むことに成功した。そして、多少勿体ぶった様子でテッドが口にしたシオンの役職を聞いてレオーナは目を丸くした。
「魔法使いですか?」
魔法はこの世に存在する。しかし、それは特殊な人間にのみ許された特権のようなもので、世界中でたった一つの国が占有している能力だった。デューアは長い間その国と微妙な関係が続いており、時には敵国として睨み合い、時代が代われば友好国として腹の探り合いをする相手、というのが国民意識の中の魔法国家の印象だ。そして魔法の技術は長い世界の歴史上門外不出とされ続けていた。
ただ、近年少しだけ新しい流れが魔法国家とデューアに訪れた。史上初めて魔法国家は姫を他国に嫁がせ、その姫を妃として迎えた国がデューアなのだ。そして、その当事者が現皇帝のザクス・デューアと第二王妃だという話は国内の誰もが知っている。しかし、同時に第二王妃の魔法利用はかなり制限されており、デューアに魔法が広まるなどという事態は万に一つもあり得ないというのが両国の間で取り決められた掟となっており、デューアで魔法はお伽噺や空想の世界でのみ存在する現実不可能な能力であるというのが一般的な認識だ。よって役職が魔法使いとはかなり眉唾物というか信じ難い響きだった。
そんなレオーナの心情を悟ってくれたのか、それともただ単に現実を突き付ける役をしたかったのか、ダジルが割って入った。
「ふざけた言い方をするな。魔法使いなんて役職は存在しない。公的な役職は特殊補佐官。そして実情はアウル様が求めるモノを作り出すために日夜研究に明け暮れている、道具職人のようなものだ。ただ、確かにシオンの存在は異例であり他に前例がない。つまり、アウル様に直々に召し抱えられる為には常識を超えた価値が必要だということだ」
お前には到底ないだろう、と言葉にせずとも顔に書いてあるダジル。さっさと現実を思い知れとでも言わんばかりのその態度に十人居れば十人が腹を立てるであろう。しかし、常識破りが板に付いているレオーナは皇城内に入ってから初めての全開の笑顔で応じた。
「特殊補佐官という前例に続いて、自らの価値を皇太子殿下に認めて頂ければよいのですね! 私、頑張ります!」
思い描いていた展開とは大分筋が違ってしまったけれど、まだ絶望するには早過ぎる。そう判断したレオーナはアウルの側近三人に深く頭を下げて、改めて挨拶をした。
旋毛の向こうには三者三様の表情を浮かべた側近達。現状、面白がっているテッドでさえもレオーナを仲間として認めるとは一言も言っていない。状況は悪い。それでも、ここまで来て怖気付くような人間だったら、そもそもこの場に辿り着けるわけとない。そう思えば勇気が湧いた。
前途多難は承知の上。それでも、レオーナは前に進むことを選択した。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる