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第4話 ローションでドッキリとドキドキ
17 ローション掃除のお時間
しおりを挟む玄関で少しの間立ち話をした後、レックスは自分は掃除を始めるからシャワーを浴びるようにと月に勧めてきた。しかし、月はそれを断った。理由は簡単。レックスの部屋でシャワーを借りるのもレックスの服を借りるのも途轍もなく恥ずかしかったからだ。なにせ、月は下着まで水分を吸い込んでドロドロなのだ。レックスは分厚くて体のラインが分からない服を貸してくれると言ったが、それでもシャワー後に下着を身に着けない姿でレックスと二人で部屋にいるつもりにはなれなかった。
しかも、何故かレックスは掃除のために他のスタッフを助っ人として呼び出さないと言った。一人でここの掃除を全てするつもりかと問えば、月の着替えを種田が持ってきて、しっかりと着替えが済むまでは少なくとも手伝いは呼ばないらしい。
「どうしてですか?」
呼び出せる範囲に頼れる仲間が居るのなら頼れば良いのにと、更に問いを重ねるとにっこり微笑んで「俺の都合」とそれ以上の詮索はしづらい返事が戻ってきた。
月としてはドロドロの間抜けな恰好を初対面のスタッフ達に見られずに済むのは良い事ではあったけれど、ただでさえ忙しいレックスが一人で片付けると言うのには賛成できなかった。となれば提案できることはただ一つ。
月は自身の身体を見下ろして下着が透けていない事を軽くチェックし、大丈夫だと判断すると顔を上げた。
「本来なら今は私の業務時間です。なので、着替えが届くまでの間はお掃除のお手伝いをさせて下さい」
「心配しなくても、今回はこっちのせいで仕事をしようにも出来ない状況にしちゃったんだから、三時間きっちり働いて貰ったことにするよ?」
月は首を横に振った。
「そういう訳にはいきません。それとこれとは話が別です。なので、三時から今の時点までの時間とシャワーをお借りして着替えをする時間は業務時間から差し引いて会社に報告するか、時間が許すなら残業させて頂きます。この点に関しては引きません。なので今シャワーとお洋服をお借りしてしまうとまた汚してしまうことを懸念して動きが鈍くなるのは確実なので、いっそこのままお手伝いします。本来だったらお料理の代行がメインの予定でしたけど、そうさせていただく事は出来ませんか?」
掃除をある程度終えて着替え終えたら出来る限り食事も作ると伝える。レックスは数秒間申し訳なさそうな顔をして悩んでいたが、月がそうしたいならと了承してくれた。
そこからレックスは下層にいるスタッフに連絡してゲスト対応をお願いし、二人は気合を入れて掃除に取り掛かった。
誰もが不慣れであるローション塗れの部屋を清掃するという作業は一筋縄にはいかなかった。
改めて廊下の床を見れば、丁寧に床にラップのようなビニールのシートが敷かれていてフローリングが極力痛まないようにしてあった。その廊下を壁伝いで進み奥のLDKを覗き込む。廊下と同様に床にはビニールシートが敷かれており、ガラス天板で角が鋭いローテーブルは端の方に寄せられていたが、ソファはとダイニングテーブルと椅子はそのままの状態だった。それらの家具にもべったりとローションが付着してしまっている。その惨状を目の当たりにした月は悲鳴を上げたが、レックスは自分が真っ先にソファにダイブしたと笑った。なんでも、今の部屋に越して来る前から使っているソファでそろそろ買い替えたいと思っていたところらしい。
キッチン部分までどこもかしこもローションだらけの部屋を見て月は心底呆れたが、レックスは「ヤバいよねー」と他人事モード。
ローションドッキリの動画はレックスとゲストYouTuberの両チャンネルで前後編にして投稿されるらしい。「絶対に面白く編集するからお母さんと見てねー」とやや興奮したキラキラフェイスで言われれば、月は呆れを通り越してYouTuberとしてのプロ意識を崇めたくなった。
清掃範囲と状況を確認した月はバケツと雑巾・使い古しのタオルをレックスに提供してもらい、部屋の端から順にローションを拭き取ることにする。
最初の内は二人で小範囲のローションを拭ってはバケツで絞り、拭ってはバケツで絞りを繰り返していたが、地味さと効率の悪さにレックスが早々に耐えられなくなる。
「ムーちゃん! もう濡れちゃってるんだし互いに着替えの心配はないんだから、ここは思い切って効率と楽しさ重視でいこう!」
効率を求めるのは分かるが楽しさとはどういう事だ。首を傾げた月の前でレックスは高這いの体勢になり、そこから勢いよく廊下に向かって雑巾がけをし――――途中で足を滑らせ、腕を支えにしつつもうつ伏せで床にへばりついた。
「ああっ、松田さんはまだ濡れてなかったのに!」
月が嘆いたがレックスは全く気にした様子なくケラケラ笑う。
「ほら、こうした方が、一度に沢山のローションを一か所に集められるよ。折角普通じゃ味わえないおかしな状況に居るんだから、思い切ったことしようよ。こっちの方が効率もいいし」
体を起こしたレックスが悪戯っ子の顔で月を振り返る。
確かに思い切って動いた方が効率は良さそうだった。加えて、月はローションの滑りを足裏に感じる度に、スケートをするように思いっきり滑ったらどうなるんだろう、という興味と好奇心を抱いては掻き消すを繰り返していたりした。
ただ、仕事に来ているのにふざけた事をするわけにもいかずない。加えてレックスの前で無様に転んで現状以上にドロドロに濡れるのは避けたいところだった。
そんな月をレックスは手招きした。
どうしたのだと、素直に立ち上がってゆっくりと歩み寄っていった月の手首が突然がっちりと掴まれて強く引かれる。思いっきりバランスを崩した月はあっけなく足を滑らせて膝を突き、おまけにレックスの上に覆いかぶさるのを避けようとして、おかしな体勢でツルンと床に寝そべってしまった。
「何するんですかぁ!?」
ガバリと上体を起こして抗議する月を見下ろしたレックスが「派手にコケたね」と爆笑する。
「俺を避けなくてもよかったのに。でも、これでかなり濡れたね。うーん。このままだとアレだから……」
真っ赤になって怒ろうとしていた月を違う意味で赤面させる事態が起こる。レックスが突然身に着けていた黒Tシャツを脱いで上裸になったのだ。
「何して――――っ!?」
何故脱ぐのだ!? と目を見張った月の視界が不意に暗くなる。一拍遅れて自らがレックスによってTシャツを着させられていることに気が付いた。
「ポロシャツは生地が厚いから大丈夫かと思ったけど、そこまでぐっしょり濡れちゃうとさすがに目のやり場に困るからこれ着て。ちょっと前にシャワー浴びた後に着たばっかりだからそんな汚くないし。今少し濡れちゃったけど、下の方だけだし」
襟ぐりを通されたところで視界に光りが戻り、鼻孔を擽っていた爽やかな柔軟剤の香りが薄らぐ。
明るくなった世界で転ばされた怒りで熱くなった頬にその数十倍の熱が籠り、頭が上手く働かなくなる。脱ぎたての若干温いTシャツを着させられただけでも異常事態なのに、戻って来た視界に映るレックスがほぼ肌色。細身に見えて腹筋が割れる程筋肉質な体つきだと瞬間的に認識してしまう。何にどう反応して良いか分からなくなった月はTシャツに袖を通さないまま濡れた手で顔を覆った。
「わっ私はどうリアクションを取るのが正解なのでしょうかぁあ!?」
様々なことに言及したいのにそのための言葉が出てこず、全てをレックスに丸投げする。するとレックスは「ぶふっ」吹き出した。
「充分面白いリアクション取れてるから、そのままはっちゃけて楽しく掃除しようぜ、ムーちゃん」
ちらりと指の隙間からレックスを見ればサムズアップで決め顔をしていた。面白がっていることは明白。月は一瞬だけ仕事モードで接すのがもの凄く馬鹿馬鹿しくなった。
「自由が過ぎます、イケメンユーチューバー!! こっちのレベルに合わせてくださいっ!!」
腕を引かれ、上を脱がれ、Tシャツを被せられ、楽しめと整い過ぎた顔面を惜しみなく向けられた結果、口をついて出たのは紛れもない文句だった。
「おっ、文句があるから言ってみた?」
「えっ? ……あっ!!」
お道化られた後に月は自らがレックスに面と向かって思いっきり文句を言った事に気が付いた。意図せず過去に一度抱いたことのある願望が叶った事にはっとした月に対し、レックスは何故か満足げな笑顔だった。
「顔の見えてる相手に直接文句言われるパターンはレアだわ。流石ムーちゃん」
文句に対して不機嫌になるどころか嬉しそうにしているレックス。月は益々真面目でいる事の重要性を感じなくなった。
中途半端になっていた大きなサイズのTシャツに袖を通し、月は立ち上がった。
「わかりました! 効率と楽しさ重視でいきましょう。こんな変な部屋を真面目にコツコツ掃除する方が難しいです!」
開き直った月にレックスは破顔した。
「そうこなくっちゃ!」
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