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06.Male
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異世界、俺が住んでいた場所とは、全く異なる遠い世界。今俺がいる場所は、その異世界であるという。
漠然とだが考えていたその可能性は、イトの話によってより具体的に、そしてよりはっきりとした可能性として、俺の前に立ちはだかった。
「ち、ちょっと待ってよイト、じゃなに? 今目の前にいるハリくんは、宇宙人ってこと!?」
イトの話についていけないとでもいうように、ルーラは彼女に問い詰める。
無理もないだろう。俺だってまさかまさかと思っている。今だって、ひょっとして大がかりなセットまで使って俺をダマしてるんじゃないか、と思っている部分があるのだから。
「そこまではわからないっての。ただ、ここまで常識がすれ違ってるんだ。ハリが、私たちの知らないような遠い場所から来たのは、間違いないだろうよ」
しかしイトは、慌てているルーラに冷静に、しっかりと彼女を見て言った。
彼女はきっと聡明なのだろう。こんなわけのわからない状況の中で冷静に、俯瞰的に見て、ちゃんと話をすることができるのだから。
「うぅ~……まあ確かに、男の子一人で街の外に出ようとするなんて、絶対有り得ないけどさ」
ルーラが言った言葉をきっかけに、俺は先程からのどうしようもない違和感の正体に気が付いた。
そうだ、ここに来る前に、イトは言った。この世界は男が希少で、全人口の0.001%しかいないと。『超高級品』だと。
とても信じられないが、俺が車から降りたいと言ったときの、彼女らのあの慌てようは、明らかに普通じゃなかった。それが嫌な方向に信憑性を増していた。
「……あのさ、さっきから疑問なんだけど。男一人で街を出歩くことって、そんなにやばいのか?」
「ハアッ!? マジで言ってんの、世間知らずすぎでしょ!?」
俺がその疑問を口にすると、ルーラは机に身を乗り出し、俺に叫んだ。
俺がルーラの勢いに驚いてのけぞっていると、イトは頬杖をついて聞いて来た。ルーラとは対照的に、あくまで静かな声色で。
「……お前さぁ、自分がどういう存在かわかってる?」
「どういうって……、俺が『男』ってことか?」
「そう。お前はなんて言うか、その、自分が男だって自覚が少しもない気がするんだよ。それも、黒髪黒瞳の美男子っていう、警察だってベルトを外しながら追っかけるような、特大オプションまでついてるのにだ」
「びな……ッ!? あー……えーと、さっきから思ってたけど、俺の男っていう部分をやけに強調してやいないか?」
ノーガードのところをいきなり褒められて狼狽えてしまったが、俺は寸でのところで気を取り直し、逆にそう聞いた。
するとイトは、やれやれといった感じで、それに応える。
「……ここに来る前のさ、車の中で話したことは覚えてるだろ?」
「……男は希少って、話だよな?」
「そう」
「……悪いんだけど、そうは言われても、未だにそれがどういう意味を持ってるのか、まだ掴みきれてないんだ。その辺も説明してくれないか?」
「わかった。……じゃあルーラ、説明して。私はコーラ飲むから」
「いや、え? 今アンタが説明する流れじゃん!?」
ルーラはいきなり振られたことに突っ込むようにイトに掴みかかるが、当の本人は無視を決め込んで、コーラを口につけ始めた。
それを見たルーラは溜息をついて、イトの服を離した。そして俺の方を見て、まだ対面して喋ることになれてないのか、大げさに咳ばらいをし、緊張した様子で話し始めた。
「ゴホン……。えーと、じゃあハリくん。この世界の男って、どういう存在だと思う?」
「どうって……イトの言った通り、めちゃくちゃプレミアのついた存在って話じゃないのか?」
「そうだけど、それだけだと説明不足。まず、ハリくんのいた場所ではどうなのかは知らないけど、少なくともこの世界で『男を持ってる』って言ったら、それだけで社会で成功したようなものなの」
「そんな、そこまで……」
「大げさじゃないよ。実際男の子っていうのは、ヘロインよりも人を惑わす『ドラッグ』なんだから」
ルーラは一回コーラを口に含んで、話を続けた。
「ハニートラップに利用して、ライバル会社の偉い人から情報を盗んで、一気に大きくなった会社の話なんて、イトからたくさん聞いたし。それにどうやってか知らないけど、男娼を数人持って、一晩だけでで高級車が買えるような値段をふっかけて、十代遊んでも使いきれない金を稼いだ成金だっている。男は成功者に不可欠なツールで、持ってることは成功者を意味するステータスなんだよ」
……あけすけない言い方をしてしまうと、酷く荒唐無稽な話だと思ってしまった。だってそうだろう。男を持って使えば、金も地位も全部手に入るなんて、そんな脚本の映画があったら酷評は免れないだろう。
「……なあ、ひとつ聞いていいか?」
すごい話だと思った俺はルーラの話を聞いて、ぬぐい切れない違和感があった。
彼女は当然それに気づいてないみたいで、だからこそ小首をかしげて、俺に続きを促した。
「さっきから、男をまるでモノか何かみたいに言ってる気がする。人権がないみたいな口ぶりだ」
「あ……それは、その……」
「……そりゃあ、実際に人権がないからな」
言い淀んだルーラの代わりに、コーラの瓶を空にしたイトが、恐ろしいことを答えた。
「ま、ちょっ……イト! そんなハッキリ……」
「どっちみち、この国で一晩過ごしゃわかることだろ。……男に人権っていうものは存在しない。男をどんな目に遭わせたって、殺したって殺人にはならないんだ。なるとしたら、『器物損壊罪』が関の山だな」
「そりゃあ、ハードだな……」
俺はあまりの衝撃で、思わずそんな憎まれ口ともとられるようなことを言ってしまった。
男に人権が存在しない国。そんなものが果たして、俺がいた世界にあっただろうか。
似たようなものはたくさん聞いて来たし、見てきたと思う。けれど、殺しても殺人罪にすらならないなんて、いくらなんでも極端だ。
「だからって、理不尽に意味なく虐げる奴は少ないよ。いないわけじゃないが、ただでさえ貴重なものだしな。それに、男にだって感情がある。懐いてくれた方が得が多いんだから、持ち主はちゃんと世話してるやつがほとんどさ」
俺を気遣うでも責めるでもなく、ただただ淡々と事実のみを、イトは述べているのだろう。ただ俺にはそれが、世界の常識としてそれがあるということ自体が、既に恐ろしかった。
「……アンタたちも、同じように思ってるのか?」
「あ、いや、それは……」
俺が思わず言ったことに、イトは珍しくを口をどもらせて、言いにくそうにしていた。
俺はしまったと思いながらも、その言葉の続きを待っていた。
「……すまない。男って、自分に縁のないモンだと思ってたから、どこか遠い世界のことみたいに考えてたんだ。傷つけたんなら、謝る」
「その、うちもゴメン! 変な言い方しちゃって。い、言っとくけど、うちもイトも、男相手にそんなひどいこと、全然思ってないから!」
イトもルーラも、バツが悪そうに俺にそう言った。
「いや、大丈夫だ。ありがとう」
俺はなるべく無事に見せるように、乾いた笑い顔をしてみせた。少しひきつっているだろう、イトもルーラも、俺の顔を見て少し驚いているようだった。
「……え、どうした?」
「……ね、ねえ、今の顔もっかいやってくんない?」
「え?」
「とにかく!」
ルーラの言ったことを聞き返そうとしたところで、イトはやや大きい声を出して、ジャケットのポケットから、ある袋を取り出した。
今朝、あのホテルで誘拐犯からとってきた、『錠剤』だ。
「話の限りじゃ、少なくともハリが誰かの男ってことはないだろう。ならやることは二つだ。ハリをこれからどうするかと、『コイツ』をロジーに渡すことだ」
イトがそう言ってテーブルに置いた『錠剤』。それはあの老婆が、『クリーピーローズ』と言った薬だ。
その薬と、イトのセリフを聞いて、俺はようやく、もっと早く聞くべきことを思い出した。
「……なあ、俺、結局どうなるんだ?」
「まだ何とも。ひとまずはここを出よう。そろそろ開く時間のはずだ」
そう言って彼女は空き瓶をカゴに入れて、席を立った。
俺は自分の未来の明暗を心配しながら、同じように空き瓶を片付けて、彼女についていくしかなった。
漠然とだが考えていたその可能性は、イトの話によってより具体的に、そしてよりはっきりとした可能性として、俺の前に立ちはだかった。
「ち、ちょっと待ってよイト、じゃなに? 今目の前にいるハリくんは、宇宙人ってこと!?」
イトの話についていけないとでもいうように、ルーラは彼女に問い詰める。
無理もないだろう。俺だってまさかまさかと思っている。今だって、ひょっとして大がかりなセットまで使って俺をダマしてるんじゃないか、と思っている部分があるのだから。
「そこまではわからないっての。ただ、ここまで常識がすれ違ってるんだ。ハリが、私たちの知らないような遠い場所から来たのは、間違いないだろうよ」
しかしイトは、慌てているルーラに冷静に、しっかりと彼女を見て言った。
彼女はきっと聡明なのだろう。こんなわけのわからない状況の中で冷静に、俯瞰的に見て、ちゃんと話をすることができるのだから。
「うぅ~……まあ確かに、男の子一人で街の外に出ようとするなんて、絶対有り得ないけどさ」
ルーラが言った言葉をきっかけに、俺は先程からのどうしようもない違和感の正体に気が付いた。
そうだ、ここに来る前に、イトは言った。この世界は男が希少で、全人口の0.001%しかいないと。『超高級品』だと。
とても信じられないが、俺が車から降りたいと言ったときの、彼女らのあの慌てようは、明らかに普通じゃなかった。それが嫌な方向に信憑性を増していた。
「……あのさ、さっきから疑問なんだけど。男一人で街を出歩くことって、そんなにやばいのか?」
「ハアッ!? マジで言ってんの、世間知らずすぎでしょ!?」
俺がその疑問を口にすると、ルーラは机に身を乗り出し、俺に叫んだ。
俺がルーラの勢いに驚いてのけぞっていると、イトは頬杖をついて聞いて来た。ルーラとは対照的に、あくまで静かな声色で。
「……お前さぁ、自分がどういう存在かわかってる?」
「どういうって……、俺が『男』ってことか?」
「そう。お前はなんて言うか、その、自分が男だって自覚が少しもない気がするんだよ。それも、黒髪黒瞳の美男子っていう、警察だってベルトを外しながら追っかけるような、特大オプションまでついてるのにだ」
「びな……ッ!? あー……えーと、さっきから思ってたけど、俺の男っていう部分をやけに強調してやいないか?」
ノーガードのところをいきなり褒められて狼狽えてしまったが、俺は寸でのところで気を取り直し、逆にそう聞いた。
するとイトは、やれやれといった感じで、それに応える。
「……ここに来る前のさ、車の中で話したことは覚えてるだろ?」
「……男は希少って、話だよな?」
「そう」
「……悪いんだけど、そうは言われても、未だにそれがどういう意味を持ってるのか、まだ掴みきれてないんだ。その辺も説明してくれないか?」
「わかった。……じゃあルーラ、説明して。私はコーラ飲むから」
「いや、え? 今アンタが説明する流れじゃん!?」
ルーラはいきなり振られたことに突っ込むようにイトに掴みかかるが、当の本人は無視を決め込んで、コーラを口につけ始めた。
それを見たルーラは溜息をついて、イトの服を離した。そして俺の方を見て、まだ対面して喋ることになれてないのか、大げさに咳ばらいをし、緊張した様子で話し始めた。
「ゴホン……。えーと、じゃあハリくん。この世界の男って、どういう存在だと思う?」
「どうって……イトの言った通り、めちゃくちゃプレミアのついた存在って話じゃないのか?」
「そうだけど、それだけだと説明不足。まず、ハリくんのいた場所ではどうなのかは知らないけど、少なくともこの世界で『男を持ってる』って言ったら、それだけで社会で成功したようなものなの」
「そんな、そこまで……」
「大げさじゃないよ。実際男の子っていうのは、ヘロインよりも人を惑わす『ドラッグ』なんだから」
ルーラは一回コーラを口に含んで、話を続けた。
「ハニートラップに利用して、ライバル会社の偉い人から情報を盗んで、一気に大きくなった会社の話なんて、イトからたくさん聞いたし。それにどうやってか知らないけど、男娼を数人持って、一晩だけでで高級車が買えるような値段をふっかけて、十代遊んでも使いきれない金を稼いだ成金だっている。男は成功者に不可欠なツールで、持ってることは成功者を意味するステータスなんだよ」
……あけすけない言い方をしてしまうと、酷く荒唐無稽な話だと思ってしまった。だってそうだろう。男を持って使えば、金も地位も全部手に入るなんて、そんな脚本の映画があったら酷評は免れないだろう。
「……なあ、ひとつ聞いていいか?」
すごい話だと思った俺はルーラの話を聞いて、ぬぐい切れない違和感があった。
彼女は当然それに気づいてないみたいで、だからこそ小首をかしげて、俺に続きを促した。
「さっきから、男をまるでモノか何かみたいに言ってる気がする。人権がないみたいな口ぶりだ」
「あ……それは、その……」
「……そりゃあ、実際に人権がないからな」
言い淀んだルーラの代わりに、コーラの瓶を空にしたイトが、恐ろしいことを答えた。
「ま、ちょっ……イト! そんなハッキリ……」
「どっちみち、この国で一晩過ごしゃわかることだろ。……男に人権っていうものは存在しない。男をどんな目に遭わせたって、殺したって殺人にはならないんだ。なるとしたら、『器物損壊罪』が関の山だな」
「そりゃあ、ハードだな……」
俺はあまりの衝撃で、思わずそんな憎まれ口ともとられるようなことを言ってしまった。
男に人権が存在しない国。そんなものが果たして、俺がいた世界にあっただろうか。
似たようなものはたくさん聞いて来たし、見てきたと思う。けれど、殺しても殺人罪にすらならないなんて、いくらなんでも極端だ。
「だからって、理不尽に意味なく虐げる奴は少ないよ。いないわけじゃないが、ただでさえ貴重なものだしな。それに、男にだって感情がある。懐いてくれた方が得が多いんだから、持ち主はちゃんと世話してるやつがほとんどさ」
俺を気遣うでも責めるでもなく、ただただ淡々と事実のみを、イトは述べているのだろう。ただ俺にはそれが、世界の常識としてそれがあるということ自体が、既に恐ろしかった。
「……アンタたちも、同じように思ってるのか?」
「あ、いや、それは……」
俺が思わず言ったことに、イトは珍しくを口をどもらせて、言いにくそうにしていた。
俺はしまったと思いながらも、その言葉の続きを待っていた。
「……すまない。男って、自分に縁のないモンだと思ってたから、どこか遠い世界のことみたいに考えてたんだ。傷つけたんなら、謝る」
「その、うちもゴメン! 変な言い方しちゃって。い、言っとくけど、うちもイトも、男相手にそんなひどいこと、全然思ってないから!」
イトもルーラも、バツが悪そうに俺にそう言った。
「いや、大丈夫だ。ありがとう」
俺はなるべく無事に見せるように、乾いた笑い顔をしてみせた。少しひきつっているだろう、イトもルーラも、俺の顔を見て少し驚いているようだった。
「……え、どうした?」
「……ね、ねえ、今の顔もっかいやってくんない?」
「え?」
「とにかく!」
ルーラの言ったことを聞き返そうとしたところで、イトはやや大きい声を出して、ジャケットのポケットから、ある袋を取り出した。
今朝、あのホテルで誘拐犯からとってきた、『錠剤』だ。
「話の限りじゃ、少なくともハリが誰かの男ってことはないだろう。ならやることは二つだ。ハリをこれからどうするかと、『コイツ』をロジーに渡すことだ」
イトがそう言ってテーブルに置いた『錠剤』。それはあの老婆が、『クリーピーローズ』と言った薬だ。
その薬と、イトのセリフを聞いて、俺はようやく、もっと早く聞くべきことを思い出した。
「……なあ、俺、結局どうなるんだ?」
「まだ何とも。ひとまずはここを出よう。そろそろ開く時間のはずだ」
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