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04.Safe
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今の俺の表情は、第三者から見たとして、どんな風に見えているのだろうか? とりあえずは、まず間違いなくハッピーな顔じゃないことだけは確かだろう。
誘拐犯から解放されたはいいものの、俺は未だ、自分の置かれた現状をまったく把握できていなかった。
少なくともわかっているのは、――窓の外から空を見た限りでは――今の時間が朝くらいで、俺は今、街中を走っている車の、その後部座席に座っているということだけだ。
俺を助けてくれた……と思っていいのかはわからないが、イトと名乗った女の子の車らしい。だいぶ使い込まれた旧いタイプの、それこそ昔の洋ドラでよく見るような、アメ車のセダンだった。
どう見たって高校生くらいの子が、なんで自前の車を持っているんだ、という疑問もあったが、あんなハリウッド顔負けの銃撃戦をやってのけた子たちだ。普通じゃないのはさすがにわかった。
「あ、あの、ちょっといい?」
俺がそんなことを考えていると、助手席にいる、イトと一緒にいる女の子が俺に話しかけてきた。
ウェーブのかかった、プラチナブラウンのミドルヘアを持つ。小柄で可愛らしい子だった。
ホワイトブロンドでショートヘアのイトが男装の麗人という印象なのに対し、この子はまさしく美少女と言うにおあつらえ向きだろう。
二人で並ぶところを見れば、それは大層、絵になることだろう。俺はそんな、状況に合ってないことを考えてしまった。
「あ、えっと、ゴメン。まだ名乗ってなかったっけ? わ、私ルーラ。そこのイトの仲間」
ルーラと名乗った彼女は、そう言いながら、イトの方を指さした。なんでかはわからないが、先程のイトと話してた時と比べて、どうにもぎこちない話し方だ。顔が少し赤いし、バックミラー越しにこちらを見ている割に、こちらが見るとすぐに目をそらす。それを少し不思議を思いはしたが、とりあえずは彼女の問いに素直に応答することにした。
「え、ええ、もちろんです。遅れましたが、さっきは助けてくれて、本当にありがとうございます」
「いやいやそんな、全然……」
「……早計じゃないか? まだ助かっただなんて思わないほうがいいぜ」
運転していたイトが、ルーラの言葉に被せてそう言ってきた。
……やはりまだ助かってないのだろうか?
先程から懸念していた不安が再び出てきた。
確かに薬漬けにされて売り飛ばされることだけは回避できたが、それはあくまで、あの場だけでの話だ。さっきの場面から見ても、この目の前にいる二人がカタギの人間ではないことは十分すぎるほどわかる。
なにより、目の前の二人が人を殺す場面を見てしまったのだ。
……そう、殺人だ。未だに先ほど起こったことに現実感がない。
連れ去られたこの場所がどこかはわからないが、少なくとも現代社会においては、大体の国において殺人は罪となるはずだ。
そう考えると、現場を目撃した俺に対して、彼女らが同じことをしない保証などどこにもないのだ。薬漬けどころか臓器を全部抜かれる可能性すらある。
そう考えていると、彼女ら二人はひそひそと小声で話し合っていた。……もしかして、これから俺をどうするか相談しているのかもしれない。
――ちょっと、何その態度! もうちょっと気の利いたこと言えないわけ?――
――な、なんだよ……しょうがないじゃん。本当のことだろ?――
――あの言い方じゃうちらまで『そういう目的』みたいに聞こえるじゃん! せっかく会えたいい男に嫌われるなんて冗談じゃないからね!――
――んなこといったって、男となんか接してきたことないんだから、どう言えばいいかなんてわかるかよ……――
――ハアッ!? そんなんだからアンタ、未だに男と手を繋いだことも無いバージンなんだよ!――
――バッ……!? それはお前もだろうが! いい加減カビが生えるくらいとっといてるくせによぉ!――
……何やらバージンだなんだと言っているみたいだが、ひょっとして裏社会の隠語か何かなのだろうか? わからないが、恐ろしいことにあのひそひそ話で俺の将来が決まるかもしれないのだ。それならば、ちょっとでも口をはさんでみて、なるべく悪い方向を避けてもらうよう言ったほうがいいだろう。
……そもそも冷静に考えれば、あの誘拐犯たちがずいぶんと奇特だっただけかもしれない。俺はただの20歳前の男性で、そういう、性的な需要なんてのは薄いはずなのだから。今日見たことは話さないと、口の固ささえアピールすればその辺で降ろしてくれるかもしれない。
我ながら随分と甘い考えだとおもう。そんなことで見逃してくれるのならば、さっきあのホテルで逃がしてくれてたはずだと。けれども、今はその一縷の望みに賭けるしかなかった。
「あ、あの、ちょっといいですか、ルーラさん?」
「え、あ、うん! ルーラでいいよ、なに?」
「その……よくわかんないんですけど、俺、今日見たことは誰にも絶対話しません。だからその、その辺で降ろしてもらえませんか?」
一瞬、イトの運転がぶれた。
「「……は?」」
「……え?」
それは威圧としてのものではなく、本当に純粋に『何を言ってるんだコイツは?』と言う類の声だった。
しかし、まずいことを言ってしまったことには違いないのだろう。それがかえって恐ろしく感じてしまい、思わず口を噤んでしまった。
「……お前自分が何言ってるかわかってる?」
イトがバックミラー越しに俺を見て言った。
「いや、ホントに、絶対誰にも喋りませんから」
「そこじゃない。いや、それもあるけど、そこはそんなに重要じゃない」
何だかよくわからなくなってきた。口封じが重要じゃないというなら、他に何があるのだろう?
単純に臓器が目的? いや、でもなんだか、言い方に違和感がある。
まさか本当に、さっきの誘拐犯と同じ?
……自分で考えてて馬鹿らしくなってくる。そんなはずないだろう。それこそまさかだ。ハッキリ言って、この子達はどっちも超が付く美人だ。百歩譲って彼女らの目的が『そういうこと』だとしても、わざわざあの誘拐犯達みたいなことをしなくたって、男の方からいくらだってすり寄ってくるはずなんだから。
……しかし、どうやら彼女たちはそう思ってはいないらしく、ミラー越しに俺を見るその目には、一切の冗談気はなかった。
そんな俺の考えを裏付けるように、イトは言った。
「アンタが道端に立ってたらどうなる? 隣に現金輸送車がドアを開けて札束見せびらかして停まってたって、みんな目もくれずアンタの方に行くよ」
「な、なんでそうなるんですか? 俺はその辺に腐るほど転がってる、ただの一般人なのに」
「いやいやいや! 君が腐るほどいたら、この世のセックスワーカーはみんなとっくに廃業してるって!」
俺がイトに答えたことを、ルーラがぶんぶんと手首を振り、思い切り否定する。
……なんだろう、嫌な予感がする。先程からかなり、いや全てにおいてと言っていいほど、認識の齟齬がある気がしてならない。
焦っているのか、俺はいつの間にか、語気が少し強くなっていた。
「だからなんでそう言う話になるんです!? 俺はただの一般の男性だ!」
「男性って時点で、もう一般じゃないだろ」
「…………は?」
どういうことだかわからない、といった様子の俺に、イトはさらに追い打ちをかけた。
それは思っていた以上の特大の追い打ちだった。
「男の人口は、世界で約5千万人。これは世界人口の1%未満だ」
イトはいつの間にか、路地裏に車を入れ、そして道端に停めた。
そして、俺の方に振り返って、話を続けた。
「今じゃ、宝石やプラチナなんて目じゃない『超高級品』なんだよ」
……ここにきて、俺は一番忘れちゃいけないはずの疑問を思い出した。
ここはどこなんだ?
誘拐犯から解放されたはいいものの、俺は未だ、自分の置かれた現状をまったく把握できていなかった。
少なくともわかっているのは、――窓の外から空を見た限りでは――今の時間が朝くらいで、俺は今、街中を走っている車の、その後部座席に座っているということだけだ。
俺を助けてくれた……と思っていいのかはわからないが、イトと名乗った女の子の車らしい。だいぶ使い込まれた旧いタイプの、それこそ昔の洋ドラでよく見るような、アメ車のセダンだった。
どう見たって高校生くらいの子が、なんで自前の車を持っているんだ、という疑問もあったが、あんなハリウッド顔負けの銃撃戦をやってのけた子たちだ。普通じゃないのはさすがにわかった。
「あ、あの、ちょっといい?」
俺がそんなことを考えていると、助手席にいる、イトと一緒にいる女の子が俺に話しかけてきた。
ウェーブのかかった、プラチナブラウンのミドルヘアを持つ。小柄で可愛らしい子だった。
ホワイトブロンドでショートヘアのイトが男装の麗人という印象なのに対し、この子はまさしく美少女と言うにおあつらえ向きだろう。
二人で並ぶところを見れば、それは大層、絵になることだろう。俺はそんな、状況に合ってないことを考えてしまった。
「あ、えっと、ゴメン。まだ名乗ってなかったっけ? わ、私ルーラ。そこのイトの仲間」
ルーラと名乗った彼女は、そう言いながら、イトの方を指さした。なんでかはわからないが、先程のイトと話してた時と比べて、どうにもぎこちない話し方だ。顔が少し赤いし、バックミラー越しにこちらを見ている割に、こちらが見るとすぐに目をそらす。それを少し不思議を思いはしたが、とりあえずは彼女の問いに素直に応答することにした。
「え、ええ、もちろんです。遅れましたが、さっきは助けてくれて、本当にありがとうございます」
「いやいやそんな、全然……」
「……早計じゃないか? まだ助かっただなんて思わないほうがいいぜ」
運転していたイトが、ルーラの言葉に被せてそう言ってきた。
……やはりまだ助かってないのだろうか?
先程から懸念していた不安が再び出てきた。
確かに薬漬けにされて売り飛ばされることだけは回避できたが、それはあくまで、あの場だけでの話だ。さっきの場面から見ても、この目の前にいる二人がカタギの人間ではないことは十分すぎるほどわかる。
なにより、目の前の二人が人を殺す場面を見てしまったのだ。
……そう、殺人だ。未だに先ほど起こったことに現実感がない。
連れ去られたこの場所がどこかはわからないが、少なくとも現代社会においては、大体の国において殺人は罪となるはずだ。
そう考えると、現場を目撃した俺に対して、彼女らが同じことをしない保証などどこにもないのだ。薬漬けどころか臓器を全部抜かれる可能性すらある。
そう考えていると、彼女ら二人はひそひそと小声で話し合っていた。……もしかして、これから俺をどうするか相談しているのかもしれない。
――ちょっと、何その態度! もうちょっと気の利いたこと言えないわけ?――
――な、なんだよ……しょうがないじゃん。本当のことだろ?――
――あの言い方じゃうちらまで『そういう目的』みたいに聞こえるじゃん! せっかく会えたいい男に嫌われるなんて冗談じゃないからね!――
――んなこといったって、男となんか接してきたことないんだから、どう言えばいいかなんてわかるかよ……――
――ハアッ!? そんなんだからアンタ、未だに男と手を繋いだことも無いバージンなんだよ!――
――バッ……!? それはお前もだろうが! いい加減カビが生えるくらいとっといてるくせによぉ!――
……何やらバージンだなんだと言っているみたいだが、ひょっとして裏社会の隠語か何かなのだろうか? わからないが、恐ろしいことにあのひそひそ話で俺の将来が決まるかもしれないのだ。それならば、ちょっとでも口をはさんでみて、なるべく悪い方向を避けてもらうよう言ったほうがいいだろう。
……そもそも冷静に考えれば、あの誘拐犯たちがずいぶんと奇特だっただけかもしれない。俺はただの20歳前の男性で、そういう、性的な需要なんてのは薄いはずなのだから。今日見たことは話さないと、口の固ささえアピールすればその辺で降ろしてくれるかもしれない。
我ながら随分と甘い考えだとおもう。そんなことで見逃してくれるのならば、さっきあのホテルで逃がしてくれてたはずだと。けれども、今はその一縷の望みに賭けるしかなかった。
「あ、あの、ちょっといいですか、ルーラさん?」
「え、あ、うん! ルーラでいいよ、なに?」
「その……よくわかんないんですけど、俺、今日見たことは誰にも絶対話しません。だからその、その辺で降ろしてもらえませんか?」
一瞬、イトの運転がぶれた。
「「……は?」」
「……え?」
それは威圧としてのものではなく、本当に純粋に『何を言ってるんだコイツは?』と言う類の声だった。
しかし、まずいことを言ってしまったことには違いないのだろう。それがかえって恐ろしく感じてしまい、思わず口を噤んでしまった。
「……お前自分が何言ってるかわかってる?」
イトがバックミラー越しに俺を見て言った。
「いや、ホントに、絶対誰にも喋りませんから」
「そこじゃない。いや、それもあるけど、そこはそんなに重要じゃない」
何だかよくわからなくなってきた。口封じが重要じゃないというなら、他に何があるのだろう?
単純に臓器が目的? いや、でもなんだか、言い方に違和感がある。
まさか本当に、さっきの誘拐犯と同じ?
……自分で考えてて馬鹿らしくなってくる。そんなはずないだろう。それこそまさかだ。ハッキリ言って、この子達はどっちも超が付く美人だ。百歩譲って彼女らの目的が『そういうこと』だとしても、わざわざあの誘拐犯達みたいなことをしなくたって、男の方からいくらだってすり寄ってくるはずなんだから。
……しかし、どうやら彼女たちはそう思ってはいないらしく、ミラー越しに俺を見るその目には、一切の冗談気はなかった。
そんな俺の考えを裏付けるように、イトは言った。
「アンタが道端に立ってたらどうなる? 隣に現金輸送車がドアを開けて札束見せびらかして停まってたって、みんな目もくれずアンタの方に行くよ」
「な、なんでそうなるんですか? 俺はその辺に腐るほど転がってる、ただの一般人なのに」
「いやいやいや! 君が腐るほどいたら、この世のセックスワーカーはみんなとっくに廃業してるって!」
俺がイトに答えたことを、ルーラがぶんぶんと手首を振り、思い切り否定する。
……なんだろう、嫌な予感がする。先程からかなり、いや全てにおいてと言っていいほど、認識の齟齬がある気がしてならない。
焦っているのか、俺はいつの間にか、語気が少し強くなっていた。
「だからなんでそう言う話になるんです!? 俺はただの一般の男性だ!」
「男性って時点で、もう一般じゃないだろ」
「…………は?」
どういうことだかわからない、といった様子の俺に、イトはさらに追い打ちをかけた。
それは思っていた以上の特大の追い打ちだった。
「男の人口は、世界で約5千万人。これは世界人口の1%未満だ」
イトはいつの間にか、路地裏に車を入れ、そして道端に停めた。
そして、俺の方に振り返って、話を続けた。
「今じゃ、宝石やプラチナなんて目じゃない『超高級品』なんだよ」
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