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01.Robbers
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耳をつんざくような怒鳴り声が聞こえる。
窓辺から指す、おそらく朝日であろう陽の光には似つかわしくないほど、今の俺は酷く、恐ろしい状況にあった。
平たく言ってしまうと、俺は誘拐された。言葉も通じないような、外国人の二人組にだ。
ここはどこなのか。なんでこんなことになったのか。なんでこんなことをするのか。きっとそんな問いを目の前にいる彼女らにしたところで、俺の現状は悪い方向に行くだけだろう。
「―――! ―――!!」
恐らくホテルの部屋の中で、目の前にいる、誘拐犯である小太りのおばさんが俺に何かを捲し立てている。聞いた限りでは英語に似ているようだが、文法や単語が聞き覚えのないものばかりで――俺が勉強不足なだけかもしれないが――何を言っているのかさっぱりわからない。
聞き取れない言語だからか、縛られて身動き一つもとれない俺は、いつの間にかそれをBGMに、誘拐されたときのことを思い出していた。
◆
恐らくだが、大した時間など経ってないだろう。体感的には、つい数時間ほど前のことだと思う。
俺は定職についてない男で、かと言って何か精力的な活動をしているわけでもない……まあいわゆる、フリーターだった。
ただその日の生活を賄うために、その日限りの何の展望も望めないような仕事ばかりを、ただただ惰性のようにこなしていた。
要領が悪いからロクに仕事なんてできないし、媚びと身体を売るくらいしか能がなかった。何も考えず、与えられたものに疑問も抱かず、言われたままのことを繰り返して、二束三文を稼ぐ日々だ。
そんなもんだから、貯金なんてないし、ましてや代わりに先立つようなものなんてあるはずもない。自分の生活費すらロクに賄えない有様だ。
「……海ってのは、夜は本当に真っ暗なんだな」
俺は深夜の、家から電車で一時間ほど、更に最寄駅から2時間ほど歩いた先にある、浜辺に来ていた。時期的にお盆だからだろうか、人一人もいない、周りに灯一つ無いその場所は、吸い込まれるような静寂と暗闇に満ちていた。
月なんて気の利いたものも、今日は生憎の曇りだから、その姿を拝むことも当然できない。
なんで浜辺なんかに来たんだっていうのは、なんてことはない。家にいると両親の冷ややかな目に耐えられないっていうのと、ネットの掲示板で、海は異界に繋がってるなんて話を聞いたものだから、ほとんど現実逃避のためだ。
きっと両親は、俺のことを完全に見限っていることだろう。当然だ。
もうすぐ20歳になるというのに、嫌なことから逃げてばかりで、何かを成そうともしない者などに、愛情を与えるべき道理なぞないのだ。
愛情を得るには、必要な資格がある。容姿とかの話ではなく、もっと根本的に必要な資格が。
それが、俺の短い人生の中で学んだ、数少ないものの一つだった。
「ッ……クソ!」
俺は地面の砂を蹴る。そんなことをしても、何にもならないのはわかっているはずなのに。
もしかして一生、このままなのだろうか? ふと、そんなことを考えた。
定職もなく、大事な人も作れないまま、このまま一生日銭を稼いで、誰に看取られることも無く老いて死んでいくのだろうか。
いや、そもそも老いるまで生きていけるのだろうか? いつもそんな不安があった。
きっとこのままだと、ずっとこのままだろう。ずっと、ずぅっと、誰にも気づかれず、何者にもならず、ただただ、死にたくないからという理由だけで生きていくのだろう。
気づけば、さざ波の音すら聞き取れない、完全な静寂だった。
「……どうすりゃいいんだ」
それは無意識の内に静かに口に出て、しかし腹の底からの本音だった。
なんでもいい、この現状が全部ひっくり返るような、そんな変化が、俺は心の底から欲しかった。
そんなことをしていて、どれくらい経っただろうか。
海の向こうにぼうっとした光が見えた。
(……なんだアレ、船?)
よせばいいのに俺はその光がどうしようもなく気になって、その光に近づいていた。
光は波に揺られているのか、幽霊のようにゆらゆらと移動して、少し離れた場所に座礁した。
光に近づくと、やはりそれは船だった。小さく古びた、お世辞にも清潔とは言えないような、漁船だった。
俺はなんでこんな時間にと不思議に思い、より漁船に近づいてみる。
その時だった。
ガツンッと、鈍い音と衝撃が、俺の後頭部を襲った。
「がッ……あ……!?」
俺は声にならないうめき声をあげ、そして意識を手放した。
◆
そして、今に至る。おばさんはまだ何か俺に捲し立てているようだが、言葉が通じないと分かったのか、共犯者であろう、食事をとっている最中の老婆のところに行った。
すると彼女は、老婆と一言二言言葉を交わし、何か錠剤のようなものを貰った。
再びおばさんは俺の方に来て、いきなり俺の顔を掴んだ。
「ンぐ……!」
俺は思わずうめいて、少しだけ口を開けた。その隙をおばさんは見逃さず、錠剤を俺の口に押し込み、無理矢理呑み込ませた。
「ぐ……ゲホッ!」
吐き出そうとしたしたころにはもう遅く、錠剤はもう喉を通り過ぎてしまっていた。
「ようし、あんた、アタシの言葉がわかるね?」
「ゲホ……え……なんで?」
何故なのかわからないが、先程までわからない言語を話していたおばさんが、いきなり日本語を話し始めた。
いや、日本語に聞こえると言った方が正しいかもしれない。よくよく聞くと言ってる言葉は変わらないのに、何故か瞬間的に日本語だと、脳が勝手に解釈している感じだ。
言葉が通じるのを確認したからか、おばさんは少しだけ機嫌を直して、老婆の方を向いた。
「さすがにベルのやつの薬だねぇ。あの女、クズだが腕は確かだ」
「まったく高くつくね。薬の値段分以上は、しっかり仕込むんだよ」
仕込む、という言葉に、俺は言いようのない悪寒を覚える。俺の怯えた顔を見て、おばさんは嬉しそうに話しかけてきた。
「黙ってな。痛い思いはもうしたくないだろう?」
そういって彼女は、何らかの薬液が入ってるのであろう注射器を、これ見よがしに俺の目の前に持ってきた。
「何を……するつもりなんだ?」
「アンタには2つの選択肢がある。ここであたしらにレイプされるか。それとも大人しく薬漬けになって、金持ち共のペットになるか」
「な!?」
今コイツらは何と言った? レイプ? 薬漬け? 女が男を?
そういう話は日本でも全く聞かないことも無いが、ここまで暴力的な話は聞いたことがない。しかしあながち冗談でもないらしく、おばさんは非常に強い力で俺を服を掴み、そして無理矢理脱がせ始めた。
「ああ、たまんないね。決めたよ、売る前に味見しようか」
「ほどほどにしなよ」
未だ食事をしている老婆にそう言われながらも、おばさんは充血した目で俺の服を脱がしてきた。
恐ろしい。叫びたいはずなのに、声が出ない。過呼吸になりそうだ。
おばさんは手近なタオルを俺の口に突っ込んだが、そんなことをされなくても、うめき声一つ上げられそうになかった。
俺が何をした? こんな、こんな目に遭うくらい、許されないことをしたっていうのか?
「大人しくしてな、ビッチ」
助けてくれ、チクショウ誰でもいい、誰か……!
――コンコンコン、と、ドアが3回、そして少し間をおいて4回、ノックされた音が部屋に響いた。
「……出な」
老婆にそう言われたおばさんは、舌打ちをして俺から離れた。
おばさんはドアスコープを覗いた後にドアを開けて、ノックした客人たちを部屋に入れた。
「おはよう、朝食中に失礼」
そう言って、部屋に入って来た一人と、俺は目が合った。
淡くきめ細かい、一切の陰りもないホワイト・ブロンドのショートヘア。
陶磁器のような肌にはめ込まれた、フォスフォフィライトを思わせる薄緑の瞳は、ぞっとするほど美しかった。
ミリタリージャケットにジーンズという格好も相まって、中性的でどちらともとれる。けれど、声から察するに女の子なのだろう。
触れてはいけないとさえ感じさせる、ガラス細工で出来たナイフのような、男装の麗人だった。
「……こいつは?」
これが、俺こと梁木緑郎と、少女イトとのファーストコンタクトだった。
窓辺から指す、おそらく朝日であろう陽の光には似つかわしくないほど、今の俺は酷く、恐ろしい状況にあった。
平たく言ってしまうと、俺は誘拐された。言葉も通じないような、外国人の二人組にだ。
ここはどこなのか。なんでこんなことになったのか。なんでこんなことをするのか。きっとそんな問いを目の前にいる彼女らにしたところで、俺の現状は悪い方向に行くだけだろう。
「―――! ―――!!」
恐らくホテルの部屋の中で、目の前にいる、誘拐犯である小太りのおばさんが俺に何かを捲し立てている。聞いた限りでは英語に似ているようだが、文法や単語が聞き覚えのないものばかりで――俺が勉強不足なだけかもしれないが――何を言っているのかさっぱりわからない。
聞き取れない言語だからか、縛られて身動き一つもとれない俺は、いつの間にかそれをBGMに、誘拐されたときのことを思い出していた。
◆
恐らくだが、大した時間など経ってないだろう。体感的には、つい数時間ほど前のことだと思う。
俺は定職についてない男で、かと言って何か精力的な活動をしているわけでもない……まあいわゆる、フリーターだった。
ただその日の生活を賄うために、その日限りの何の展望も望めないような仕事ばかりを、ただただ惰性のようにこなしていた。
要領が悪いからロクに仕事なんてできないし、媚びと身体を売るくらいしか能がなかった。何も考えず、与えられたものに疑問も抱かず、言われたままのことを繰り返して、二束三文を稼ぐ日々だ。
そんなもんだから、貯金なんてないし、ましてや代わりに先立つようなものなんてあるはずもない。自分の生活費すらロクに賄えない有様だ。
「……海ってのは、夜は本当に真っ暗なんだな」
俺は深夜の、家から電車で一時間ほど、更に最寄駅から2時間ほど歩いた先にある、浜辺に来ていた。時期的にお盆だからだろうか、人一人もいない、周りに灯一つ無いその場所は、吸い込まれるような静寂と暗闇に満ちていた。
月なんて気の利いたものも、今日は生憎の曇りだから、その姿を拝むことも当然できない。
なんで浜辺なんかに来たんだっていうのは、なんてことはない。家にいると両親の冷ややかな目に耐えられないっていうのと、ネットの掲示板で、海は異界に繋がってるなんて話を聞いたものだから、ほとんど現実逃避のためだ。
きっと両親は、俺のことを完全に見限っていることだろう。当然だ。
もうすぐ20歳になるというのに、嫌なことから逃げてばかりで、何かを成そうともしない者などに、愛情を与えるべき道理なぞないのだ。
愛情を得るには、必要な資格がある。容姿とかの話ではなく、もっと根本的に必要な資格が。
それが、俺の短い人生の中で学んだ、数少ないものの一つだった。
「ッ……クソ!」
俺は地面の砂を蹴る。そんなことをしても、何にもならないのはわかっているはずなのに。
もしかして一生、このままなのだろうか? ふと、そんなことを考えた。
定職もなく、大事な人も作れないまま、このまま一生日銭を稼いで、誰に看取られることも無く老いて死んでいくのだろうか。
いや、そもそも老いるまで生きていけるのだろうか? いつもそんな不安があった。
きっとこのままだと、ずっとこのままだろう。ずっと、ずぅっと、誰にも気づかれず、何者にもならず、ただただ、死にたくないからという理由だけで生きていくのだろう。
気づけば、さざ波の音すら聞き取れない、完全な静寂だった。
「……どうすりゃいいんだ」
それは無意識の内に静かに口に出て、しかし腹の底からの本音だった。
なんでもいい、この現状が全部ひっくり返るような、そんな変化が、俺は心の底から欲しかった。
そんなことをしていて、どれくらい経っただろうか。
海の向こうにぼうっとした光が見えた。
(……なんだアレ、船?)
よせばいいのに俺はその光がどうしようもなく気になって、その光に近づいていた。
光は波に揺られているのか、幽霊のようにゆらゆらと移動して、少し離れた場所に座礁した。
光に近づくと、やはりそれは船だった。小さく古びた、お世辞にも清潔とは言えないような、漁船だった。
俺はなんでこんな時間にと不思議に思い、より漁船に近づいてみる。
その時だった。
ガツンッと、鈍い音と衝撃が、俺の後頭部を襲った。
「がッ……あ……!?」
俺は声にならないうめき声をあげ、そして意識を手放した。
◆
そして、今に至る。おばさんはまだ何か俺に捲し立てているようだが、言葉が通じないと分かったのか、共犯者であろう、食事をとっている最中の老婆のところに行った。
すると彼女は、老婆と一言二言言葉を交わし、何か錠剤のようなものを貰った。
再びおばさんは俺の方に来て、いきなり俺の顔を掴んだ。
「ンぐ……!」
俺は思わずうめいて、少しだけ口を開けた。その隙をおばさんは見逃さず、錠剤を俺の口に押し込み、無理矢理呑み込ませた。
「ぐ……ゲホッ!」
吐き出そうとしたしたころにはもう遅く、錠剤はもう喉を通り過ぎてしまっていた。
「ようし、あんた、アタシの言葉がわかるね?」
「ゲホ……え……なんで?」
何故なのかわからないが、先程までわからない言語を話していたおばさんが、いきなり日本語を話し始めた。
いや、日本語に聞こえると言った方が正しいかもしれない。よくよく聞くと言ってる言葉は変わらないのに、何故か瞬間的に日本語だと、脳が勝手に解釈している感じだ。
言葉が通じるのを確認したからか、おばさんは少しだけ機嫌を直して、老婆の方を向いた。
「さすがにベルのやつの薬だねぇ。あの女、クズだが腕は確かだ」
「まったく高くつくね。薬の値段分以上は、しっかり仕込むんだよ」
仕込む、という言葉に、俺は言いようのない悪寒を覚える。俺の怯えた顔を見て、おばさんは嬉しそうに話しかけてきた。
「黙ってな。痛い思いはもうしたくないだろう?」
そういって彼女は、何らかの薬液が入ってるのであろう注射器を、これ見よがしに俺の目の前に持ってきた。
「何を……するつもりなんだ?」
「アンタには2つの選択肢がある。ここであたしらにレイプされるか。それとも大人しく薬漬けになって、金持ち共のペットになるか」
「な!?」
今コイツらは何と言った? レイプ? 薬漬け? 女が男を?
そういう話は日本でも全く聞かないことも無いが、ここまで暴力的な話は聞いたことがない。しかしあながち冗談でもないらしく、おばさんは非常に強い力で俺を服を掴み、そして無理矢理脱がせ始めた。
「ああ、たまんないね。決めたよ、売る前に味見しようか」
「ほどほどにしなよ」
未だ食事をしている老婆にそう言われながらも、おばさんは充血した目で俺の服を脱がしてきた。
恐ろしい。叫びたいはずなのに、声が出ない。過呼吸になりそうだ。
おばさんは手近なタオルを俺の口に突っ込んだが、そんなことをされなくても、うめき声一つ上げられそうになかった。
俺が何をした? こんな、こんな目に遭うくらい、許されないことをしたっていうのか?
「大人しくしてな、ビッチ」
助けてくれ、チクショウ誰でもいい、誰か……!
――コンコンコン、と、ドアが3回、そして少し間をおいて4回、ノックされた音が部屋に響いた。
「……出な」
老婆にそう言われたおばさんは、舌打ちをして俺から離れた。
おばさんはドアスコープを覗いた後にドアを開けて、ノックした客人たちを部屋に入れた。
「おはよう、朝食中に失礼」
そう言って、部屋に入って来た一人と、俺は目が合った。
淡くきめ細かい、一切の陰りもないホワイト・ブロンドのショートヘア。
陶磁器のような肌にはめ込まれた、フォスフォフィライトを思わせる薄緑の瞳は、ぞっとするほど美しかった。
ミリタリージャケットにジーンズという格好も相まって、中性的でどちらともとれる。けれど、声から察するに女の子なのだろう。
触れてはいけないとさえ感じさせる、ガラス細工で出来たナイフのような、男装の麗人だった。
「……こいつは?」
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