Promise〜あなたへ

コウ

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第二章

 1 【3】

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足元までやってきたボールを両手で持ち上げると、「ごめん、ごめん」と後から男の子が走って来た。



同じクラスの植野君だ。

額に流れた汗を自分の洋服の裾で拭きながら、切らしかけた息を整えている。

いつもそうしているのか、裾部分が伸び切っていた。



「ボールありがとう」

植野君が両手を差し出してきたので、私は「はい」とその手にボールを渡した。

半袖のTシャツは、袖も伸びているように見えた。

その少し下、露出している肌が赤く滲んでいる。


私が凝視していると、視線の先を追った植野君が「あぁ…」と自分の腕を見て笑った。


「さっきボール当たってさ。まだちょっと痛い」


“大丈夫?”と私が聞く前、「何してんの?」と植野君が続けた。


不思議そうに尋ねてくる。


「え…と…」

私は男の子と話すのが苦手だった。

女の友達でも言葉を選んでしまうので、人と接する事自体が苦手なのだけど、異性なら余計だ。

黙り込んだ私に、「…ん?」と植野君は首を傾げる。

そしてすぐ傍の花壇に目を向け、少し考える素振りを見せた。





「花好きなの?花見てたの?」


次々と質問され、私は小さく頷く。


「ふーん…」

植野君はボールを胸に抱え込むようにし、花壇の前にしゃがんだ。

花なんて見るタイプではない。

それなのに真剣に花を見つめる姿は、不似合いで可笑しかった。


不意に、「あれ?」と植野君は漏らす。


「何かこの花、変じゃない?」

葉っぱを手で撫でながら、「元々こーゆー花なの?」と植野君は言った。

「それとも、やっぱり元気ないの?」


花に関する知識がないのか、全部が疑問府の植野君。

そんな植野君でも、元気がないのがわかる程なのだ。


「うん…」

私はゆっくりと、「私が…水遣り…やってなかったから」と言葉を繋いだ。


実際声に出すと、自己嫌悪に陥った。

なんだか泣きそうになった。

だから最後の方は、植野君に届いていない位の音量だったと思う。








「おーい!!うえのー!!!」

その時、校庭から植野君を呼ぶ声がした。

「はーやーくー!!!」

中々戻らない植野君に、一緒にサッカーをしていた友達は何度も叫ぶ。


「おー!!」

その声に負けないくらいの声量で、植野君は返事をした。

それと同時、植野君はボールを地面に置いた。


「いくぞー!!」

少しだけ後退して、そのボールを蹴った。

ボールは綺麗な弧を描く。

ボールを受け取ったクラスメイトは、再び校庭の中心へ走り出した。


楽しそうな笑い声が聞こえる。


その時、私の視界の隅で、植野君の肩が大きく何度か上がった。

空気を思いっきり吸い込んだみたいだ。



「俺ね、魔法が使えるんだ」


くるりと振り返った植野君は、微笑んでいた。


私は突然のことで、よく理解出来なかった。


「魔法?」

「そう。今、雨が降る魔法使ったから、その内降ってくるよ」






植野君は天を仰いだ。

つられて空を見上げてみる。

夕方の空という以外、特に雨が降る気配はない。

私がじーっと見ていると、「傘持ってる?」と植野君は言った。


「ううん…今日雨って思わなかったから」

「だから、俺が今魔法使ったんだって」



植野君はそう言うと、校庭の方へ走って行った。

その後姿を呆然と眺めていると、植野君はまとめて置いておいたらしいランドセルの山から、自分のランドセルを担いで戻って来た。


目の前まで来ると、鞄の中から折り畳んである傘を取り出す。

それを「はい」と差し出してきた。


私が渋っていると、植野君は「ほら」と急かすように傘を押し当ててきた。


両手で受け止めるとベルト部分に、植野君の名前が書いてあった。



「俺、走って帰るから、それ使って」

「え…」

「近藤さんも早く帰った方がいいよ。本当に雨降るようにしたから」


植野君は何処か満足げに言った。


「でも…水遣り…」

私がそこまで言うと、「大丈夫」と植野君は言い切った。


「俺の事、信じて」



私の中で、何かが音を立てた。

植野君の言葉が、体の中心を通り抜けて行ったようだった。







「おーい!!!」


植野君が校庭に向けて叫んだ声で、私はハッとした。



「雨降ってくるから、帰るぞー!!!」


植野君は叫んだ傍から、校門へと走り出した。

校庭にいた他の生徒達も、我先にとランドセルを手にして走ってくる。

笑い声と共に皆風のように私の横を走って行った。
 

皆、植野君の言葉を信じたのか、ただ単純に置いてかれるのが嫌なのか…。

理由はわからなかったが、私の周りは急に寂しくなった。


傘を両手で持ち、花壇を見下ろす。
 


正直、悩んだ。

このまま帰ってしまっていいのか…。



“俺の事信じて”

植野君の言葉が、耳に残っている。


何度も繰り返し聞こえてくるみたいだ。

私は握っている傘に力を込め、ランドセルをとりに教室へ戻った。
 




植野君を信じる事に決めて校門を出た時、私はすぐ異変に気が付いた。

空の色がさっきまでと違う。

自分の家へと歩き始めて10分は経っただろうか。

私の左手にポツン…と何かが落ちてきた。

まさかと思ったが、私はすかさず持っていた傘を開いた。

傘を空へ掲げ、その中に自分の体を収めた。

ドキドキしながら、目を閉じてみる。

すると、ポツ…ポツ…と小さく鈍い音が聞こえた。
 

私は閉じていた目を全開にし、傘越しに空を覗き込む。

さっきまでと打って変わった空模様に、思わず息を呑んだ。
 


私はなんとも言えない気分になった。

ドキドキして上手く歩けない。

そのドキドキは魔法に対してなのか、それとも植野君に対してなのか…。
 


私が産まれて初めて、誰かに恋をした瞬間だった。



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