モリウサギ

高村渚

文字の大きさ
上 下
94 / 95
終章 獣は去り、そして

1(挿絵あり)

しおりを挟む
 それからの日々も中々にせわしいものだった。
 親子の犯した犯罪は罪状だけでも両手で足りない数であり、全部の罪を調べ上げるには何ヶ月もかかるだろうと思われた。
 親子の子飼いの会社組織や仲間が犯した罪もあり、ここ十数年来で最大規模の犯罪となりつつあった。
 警察内部にも、荷担の程度に軽重あれど、多数の協力者があった。
 彼らに対する庁内の姿勢は、穏便派から完全粛正派まで態度の分かれるところであったが、犯罪として立件せねばならないものは隠蔽いんぺいすることのないよう、那臣ともおみは上層部に働きかけた。
 渋谷南署地下襲撃事件のみならず、警察組織にとっては一大スキャンダルだ。しかし、ここで日和ひよっては勇毅の劣化コピーが延々と形成され続けてしまうかもしれない。
 犯した罪は、法を適用し償う。その原則は守られねばならないと、各方面の調整にも動いた。
 そして世間の反応も大きかった。
 なにしろ現職閣僚とその息子の、前代未聞の一大犯罪である。そして顧客の面々も、誰もが知っている著名人ばかりだ。
 関連の報道でテレビもインターネットも埋め尽くされ、それは年が明け二月となっても続いていた。
 



 まだまだやらねばならない仕事が山積みであった二月十五日、那臣は部下にうながされて休暇を取った。
 那臣は実質的に、本庁刑事部捜査一課の班長として復帰していた。
 警察内外の調整には参事官の肩書きが役に立つ場面もあるので、しばらくの間地位はそのままにしてあったが、頃合いを見て、階級も元の警部に戻してもらうつもりであった。
 もとより身の丈以上の、異例の二階級特進である。自分には過ぎる階級だ。
 那臣の班の捜査員たちは、皆、那臣の帰還を歓迎し、一時の不和を恥じて、そして、上官が精魂を注いで暴いた犯罪の捜査に、精力的に励んでくれた。
 そんな部下たちの思いに応えるように、那臣も皆と一丸となって捜査に勤しんでいたのだったが、年末からほぼ本庁舎に住み着いているかのような上官のことがさすがに心配になったのだろう。いい加減休めと、無理矢理休暇願を書かされたのだった。
 久しぶりに自分のベッドに寝転がって、床に積んであった本を朝まで読み漁り、やや遅い時間に目を覚ます。
 そしてまた無意識に彼女の姿を探して、那臣は自分のその行為に苦笑した。
 

 河原崎親子の逮捕のあと、那臣は白金のマンションを出て、元の谷中のボロアパートに戻った。自分の命が狙わて、周囲の人間が巻き添えを食らう心配がとりあえずなくなったこともあったが、なにより彼女、みはやと、これ以上奇妙な同居生活を送る理由がなくなったのだ。
「……それは、このみはやちゃんに三行り半を渡すと、この可愛い可愛い嫁に実家に帰れと、そう言うんですか?」
「だから、誰が誰の夫だ」
 形のよい眉をへの字に歪ませ、両手で口元を覆ってみせたみはやである。
 が、もっと強行に反発されると身構えていたというのに、いつもどおりのおふざけの範囲のようだ。
 勢い込んで予行演習していた説得の台本が宙に浮いてしまって、逆に、妙に下手に出てしまう那臣である。
「……その、今まで俺の仕事に付き合ってきてくれたことは、いくら感謝しても足りないと思っている。
 それに、どさくさに紛れてお前のマンションに住まわせてもらって、家事一切まで任せきりにしてしまった。改めて礼を言う。生活費についても、後で精算させてくれ」
「水くさいです那臣さん。わたしはあなたの守護獣まもりのけものです。那臣さんのお仕事のサポートをするのは当然、主人の衣食住の維持確保から、日々の暮らしの癒しのマスコットキャラクターを演じるところまで、完璧にお勤めするのがわたしのれぞんでーとるなのですよ」
「だがなみはや、お前の工作で親戚になっちゃいるが、俺とお前は元々他人だ。血の繋がりもなにもない三十男と、女子中学生が一緒に暮らしていくのは、やはりまずいだろう」
 未成年後見人の肩書きも、みはやの工作によるものだ。実の父親は亡くなったとの話だったが、その後、どうやら生存している他の家族がいるらしいことを、みはやから聞き出した。
 本来の保護者が存在するのなら、似非エセ後見人などと同居生活を送るより、そちらの庇護下に置かれるのが、真っ当な筋というものだろう。
 途中からは考えた台本通りの説得である。理詰めの、当たり前のものの道理だ。
 しかし、みはやの瞳がふいにかげり、芝居がかった表情が、本物の寂しさへと変わる。
 数瞬の躊躇ちゅうちょのあと、少し震えたか細い声で、みはやが問うた。
「わたしは、那臣さんの守護獣まもりのけもの、です。
 それも、終わりですか?」
「それはない」
 間髪置かず、するりと否の答えが那臣の中から発せられた。
 自分でも驚くほど、迷いのない本心からの想いだった。
「お前は、俺の守護獣まもりのけものだ」
 きっぱりと断言して、それでも、やや心許なく続ける。
「……俺はお前の主人あるじだ、と、言えるほどの自信はない……んだがな。
 主従ってのも性に合わねえし、対等でない関係はそもそも違うんだと思う。
 それでもな、みはや。俺はお前と、互いを知らなかった頃の関係に戻るつもりはない」
 みはやの瞳がわずかに潤み、口許が歪む。
 そしてすぐに、花の咲いたような愛らしい微笑へと、その表情を変えた。
 いつの間にかかけがえのない存在となった相棒に、那臣は、全幅の信頼を込めて伝えた。
「もう離れて暮らしてたって、消えてなくなっちまう関係でもないだろう。
 それに俺が、仲間がピンチになったら、大陸のどこからだってヴァルナシアの旗の下に駆けつける、そうじゃないのか?」
 そうだ。仲間は、離れていても仲間なのだ。
 そして仲間のピンチには、いつどこにいたって、何をしていたって駆けつける。
 ヴァルナシアの旗の下に。
「はい! もちろんです那臣さん!」
 みはやの咲き誇った笑顔が、約束のしるしだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合系サキュバス達に一目惚れされた

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

黄昏は悲しき堕天使達のシュプール

Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・  黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に  儚くも露と消えていく』 ある朝、 目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。 小学校六年生に戻った俺を取り巻く 懐かしい顔ぶれ。 優しい先生。 いじめっ子のグループ。 クラスで一番美しい少女。 そして。 密かに想い続けていた初恋の少女。 この世界は嘘と欺瞞に満ちている。 愛を語るには幼過ぎる少女達と 愛を語るには汚れ過ぎた大人。 少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、 大人は平然と他人を騙す。 ある時、 俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。 そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。 夕日に少女の涙が落ちる時、 俺は彼女達の笑顔と 失われた真実を 取り戻すことができるのだろうか。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

ニンジャマスター・ダイヤ

竹井ゴールド
キャラ文芸
 沖縄県の手塚島で育った母子家庭の手塚大也は実母の死によって、東京の遠縁の大鳥家に引き取られる事となった。  大鳥家は大鳥コンツェルンの創業一族で、裏では日本を陰から守る政府機関・大鳥忍軍を率いる忍者一族だった。  沖縄県の手塚島で忍者の修行をして育った大也は東京に出て、忍者の争いに否応なく巻き込まれるのだった。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

デリバリー・デイジー

SoftCareer
キャラ文芸
ワケ有りデリヘル嬢デイジーさんの奮闘記。 これを読むと君もデリヘルに行きたくなるかも。いや、行くんじゃなくて呼ぶんだったわ……あっ、本作品はR-15ですが、デリヘル嬢は18歳にならないと呼んじゃだめだからね。 ※もちろん、内容は百%フィクションですよ!

処理中です...