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第六章 勝利の朝
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そして、警備室にその怒号を受け取る余裕はなかった。
時をほぼ同じくして、二十九階と三十階、ミッドロケーションプランニングのオフィスフロアのシステムがダウンし、コントロールを受け付けなくなったのだ。
上層階への侵入者を阻むためにつくられた自動扉や認証システムは、今、全く役に立たなくなっていた。
「故障……? いやこれはシステムを乗っ取られた……?
……冗談だろう? 何故だ? ここの警備システムは外部と完全に切り離されているはずだ、ハッキングは不可能なはずなんだ……それが何故……?」
ブラックアウトしたモニターの前で、一人の男が呆然と呟く。
その横では逆上した男がインカムを床に叩きつけ、呪いの言葉を叫ぶ。
「クソが! 通信も妨害されてる!」
警備室からのアクセスを拒否したシステムを今コントロールしているのは、オフィスフロア八階の一角にある清掃会社の事務所であった。
事務所の片隅に勤務管理用のPCが設置されていたのだが、今その場所でケーブルに繋がっているのは、警備システムを支配下に置くため仕組まれたプログラムを、たんまり仕込んだモバイルだ。
ミッドロケーションプランニングでは、社員の入退社をビル出入口でID認証する場合があるため、社内ネットワークと下層階のそれとを、一部連動させるシステムとなっていた。ビル内部の勤務管理端末からであれば、ちょっとした障壁さえ突破すれば、ミッドロケーションプランニング社員の勤務管理端末を踏み台に、上層階の閉じられたネットワークにアクセスすることも可能だった。
セキュリティの綻びを見つけた、みはやと岩城のお手柄である。
やっていることはシステム乗っ取り、立派な犯罪行為だが、建物所有会社のお墨付きがあれば話は別である。
もちろん那臣は、代表者である緑川寛嗣から、ビルと自社オフィス内の『ドア操作等』をしてもらっても構わないとの了承を得ていた。
古閑は、ふうと大きく息を付きながら、強ばる両肩をかわるがわる叩いた。
既存のPCからケーブルを抜いて、みはやから手渡されたモバイルを接続するだけの、誰にでも出来る簡単なお仕事なのだが、還暦過ぎの電化製品オンチ人間には超難関ミッションである。
なんとかクリアしたものの、その精神的疲労は相当なものだ。
「……ったくよう……退職した年寄りをこき使うもんじゃねえ」
ひとりごちながらモバイルの画面に眼を遣る。こちらも老眼には優しくないサイズである。
しかし、警備員に怪しまれず控室に持ち込む必要があったのだ、贅沢は言っていられない。
ややもたつきながら、インカムのマイクの位置を直し、現場突入組へ警告を飛ばした。
「エレベーターホールに残ってるのは五人! 奴らは銃を持ってる、皆を下がらせろ!」
古閑の声を受けた那臣が、エレベーターホール前、紗矢歌のデスク付近に押し寄せていた捜査員たちを後方まで下がらせた。
パーティション手前のデスクの陰に捜査員たちが身を滑り込ませる。
刹那、激しい銃撃がフロアを襲った。
間一髪で銃弾を免れた捜査員たちに、那臣の声が飛ぶ。
「拳銃の発砲を許可する! ただし絶対無理はするな!」
「何だよその指示はよ」
緊迫した状況にもかかわらず思わず吹き出した恭士である。
後の上官や世論の批判やらに日和っている訳でもなく、本気で部下の身を一番に案じているから、この後輩は始末が悪い。多少の無理をしてでも助けてやりたくなるというものだ。恭士は半身を乗り出すと、男たちに向けて銃弾を放った。
那臣の心情などお構いなしに銃撃戦は続く。
薄暗く頼りない明かりのフロアを、発砲の閃光が切り裂く。
五人の警備員の男たちは、銃での戦いに長けていた。紗矢歌のデスク付近まで展開し、最も近い位置に身を隠した捜査員を、集中的に攻撃する。
側面のスチールを貫通して捜査員が被弾した。
「池田!」
仲間たちが負傷した同僚の名を叫ぶ。と同時に、斜め後方のデスクに身体を潜めていた那臣が、銃弾の嵐の合間の一瞬に飛び込み、敵の右肩を撃った。その勢いで恭士のいるデスク陰に転がり込む。
「……御大が一番無茶しやがる」
恭士のぼやきもそこそこにあしらって、部下の安否を問う。
「大丈夫か池田!」
「腕をかすっただけです!」
大きな声に安堵し、那臣は大きく息をついた。
仲間を一人戦闘不能にされ、僅かに敵が後退する。
数では有利であるものの、このまま銃撃戦が続けば、さらに負傷者がでることは避けられない。
どうする、と自問した刹那、那臣のインカムに陽気な声が警告してきた。
「はい、五秒後にお助け美少女戦士の登場です! 演出の都合上画像が大変眩しくなりますので、眼を閉じてお待ちください、いいですか? 3、2、1……」
みはやの奴、今まさにこの状況に飛び込んでくるつもりなのか。止める暇もなく、ただ相棒の言葉を信じて那臣は眼を閉じた。
カウントダウンゼロ、フロアが眩しい光に包まれた。
「な……っ!」
暴力的なまでに煌めく白い光が、皆の眼を灼く。
一転、フロアは暗黒に支配された。
慣れた気配にそっと瞼を開いた那臣の瞳に、暗闇を疾走し、その身を宙に踊らせる獣の姿が、鮮やかに映った。
時をほぼ同じくして、二十九階と三十階、ミッドロケーションプランニングのオフィスフロアのシステムがダウンし、コントロールを受け付けなくなったのだ。
上層階への侵入者を阻むためにつくられた自動扉や認証システムは、今、全く役に立たなくなっていた。
「故障……? いやこれはシステムを乗っ取られた……?
……冗談だろう? 何故だ? ここの警備システムは外部と完全に切り離されているはずだ、ハッキングは不可能なはずなんだ……それが何故……?」
ブラックアウトしたモニターの前で、一人の男が呆然と呟く。
その横では逆上した男がインカムを床に叩きつけ、呪いの言葉を叫ぶ。
「クソが! 通信も妨害されてる!」
警備室からのアクセスを拒否したシステムを今コントロールしているのは、オフィスフロア八階の一角にある清掃会社の事務所であった。
事務所の片隅に勤務管理用のPCが設置されていたのだが、今その場所でケーブルに繋がっているのは、警備システムを支配下に置くため仕組まれたプログラムを、たんまり仕込んだモバイルだ。
ミッドロケーションプランニングでは、社員の入退社をビル出入口でID認証する場合があるため、社内ネットワークと下層階のそれとを、一部連動させるシステムとなっていた。ビル内部の勤務管理端末からであれば、ちょっとした障壁さえ突破すれば、ミッドロケーションプランニング社員の勤務管理端末を踏み台に、上層階の閉じられたネットワークにアクセスすることも可能だった。
セキュリティの綻びを見つけた、みはやと岩城のお手柄である。
やっていることはシステム乗っ取り、立派な犯罪行為だが、建物所有会社のお墨付きがあれば話は別である。
もちろん那臣は、代表者である緑川寛嗣から、ビルと自社オフィス内の『ドア操作等』をしてもらっても構わないとの了承を得ていた。
古閑は、ふうと大きく息を付きながら、強ばる両肩をかわるがわる叩いた。
既存のPCからケーブルを抜いて、みはやから手渡されたモバイルを接続するだけの、誰にでも出来る簡単なお仕事なのだが、還暦過ぎの電化製品オンチ人間には超難関ミッションである。
なんとかクリアしたものの、その精神的疲労は相当なものだ。
「……ったくよう……退職した年寄りをこき使うもんじゃねえ」
ひとりごちながらモバイルの画面に眼を遣る。こちらも老眼には優しくないサイズである。
しかし、警備員に怪しまれず控室に持ち込む必要があったのだ、贅沢は言っていられない。
ややもたつきながら、インカムのマイクの位置を直し、現場突入組へ警告を飛ばした。
「エレベーターホールに残ってるのは五人! 奴らは銃を持ってる、皆を下がらせろ!」
古閑の声を受けた那臣が、エレベーターホール前、紗矢歌のデスク付近に押し寄せていた捜査員たちを後方まで下がらせた。
パーティション手前のデスクの陰に捜査員たちが身を滑り込ませる。
刹那、激しい銃撃がフロアを襲った。
間一髪で銃弾を免れた捜査員たちに、那臣の声が飛ぶ。
「拳銃の発砲を許可する! ただし絶対無理はするな!」
「何だよその指示はよ」
緊迫した状況にもかかわらず思わず吹き出した恭士である。
後の上官や世論の批判やらに日和っている訳でもなく、本気で部下の身を一番に案じているから、この後輩は始末が悪い。多少の無理をしてでも助けてやりたくなるというものだ。恭士は半身を乗り出すと、男たちに向けて銃弾を放った。
那臣の心情などお構いなしに銃撃戦は続く。
薄暗く頼りない明かりのフロアを、発砲の閃光が切り裂く。
五人の警備員の男たちは、銃での戦いに長けていた。紗矢歌のデスク付近まで展開し、最も近い位置に身を隠した捜査員を、集中的に攻撃する。
側面のスチールを貫通して捜査員が被弾した。
「池田!」
仲間たちが負傷した同僚の名を叫ぶ。と同時に、斜め後方のデスクに身体を潜めていた那臣が、銃弾の嵐の合間の一瞬に飛び込み、敵の右肩を撃った。その勢いで恭士のいるデスク陰に転がり込む。
「……御大が一番無茶しやがる」
恭士のぼやきもそこそこにあしらって、部下の安否を問う。
「大丈夫か池田!」
「腕をかすっただけです!」
大きな声に安堵し、那臣は大きく息をついた。
仲間を一人戦闘不能にされ、僅かに敵が後退する。
数では有利であるものの、このまま銃撃戦が続けば、さらに負傷者がでることは避けられない。
どうする、と自問した刹那、那臣のインカムに陽気な声が警告してきた。
「はい、五秒後にお助け美少女戦士の登場です! 演出の都合上画像が大変眩しくなりますので、眼を閉じてお待ちください、いいですか? 3、2、1……」
みはやの奴、今まさにこの状況に飛び込んでくるつもりなのか。止める暇もなく、ただ相棒の言葉を信じて那臣は眼を閉じた。
カウントダウンゼロ、フロアが眩しい光に包まれた。
「な……っ!」
暴力的なまでに煌めく白い光が、皆の眼を灼く。
一転、フロアは暗黒に支配された。
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