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第五章 刑事たち、追い詰める
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高輪潮音荘の仕事も、あと少しで完璧に終えるはずだった。
あのいまいましい、頭のおかしい連中が乱入してさえ来なければ、今頃多額の報酬をもらって、本来の意味でのバカンスにでも出かけていたのだ。
しかし、と羽柴は腹立たしい回想を首を振って終わらせた。
高輪の一件は不幸なアクシデントでしかなく、潮音荘で羽柴らが何をしようとしていたかは、取り調べに当たった連中には全く悟られていない。
高輪台署の連中は、自分たちが現在はただの清掃業者であり、潮音荘で掃除を行っていただけだという弁明を全く疑いもせず、事情聴取も型どおりの短いものだった。
へまをしたとすれば安藤の発言くらいで、それもかっとなってつい口が滑ったということで、注意を受けたのみで終わったのだ。もちろん勇毅の名前など決して出してはいない。
勇毅は懐の深い大人物だ。長年可愛がってきた忠実な後輩たちの仕事をねぎらいこそすれ、酷く罰したりはしないだろう。
現に、これ以上の鬱陶しい追求からしばらく距離を置くため、彼らのグループに海外への渡航の手筈を整えてくれたのだ。
高輪台署での緩い対応も、いつものように勇毅が裏で手を回してくれた結果に違いない。
庭園と前の道路の清掃に着手するまえに邪魔が入ったせいで、潮音荘の仕事は完了とは言えないが、万一今鑑識の捜査が入っても、事件に繋がる手がかりはほぼ何も出てはきまい。それは勇毅もよく理解してくれている。
まもなく不快な音を立てて扉が開く。
現れた仲介人は、無言で反対側の出口を示した。
ぞろぞろと男たちが路地に出てくる。男たちはさすがに用心深く、皆一様に辺りに人影がないかを確かめながら、黒いワンボックスに乗り込んだ。
路地からワンボックスが現れ、通りへと右折していく。
程なくして別の路地から黒いオデッセイがウィンカーを光らせ走り出した。
オデッセイの助手席から、恭士はすかさず他の捜査員たちに告げた。
「羽柴たちを乗せた車が倉庫を出た。黒のアルファード、ナンバーは品川……」
「不肖の先輩方ご一行様、出発っと」
恭士は歌うように呟くと、無線の端末を軽く叩いた。
「ほぼ同時に動いたってことは、やっぱり、みんなまとめて海外へ逃がそうってことなんですかね」
「空か海か……頭数まとめてるなら船の可能性もあるが……まあ今んとこまだ重要参考人でしかないからな。こっちに出国を止めるだけの根拠がねえのは、向こうも承知してるだろう。
リスクの高い、船での密出国より、まあさすがに成田から堂々とは目立つから、地方の空港からこっそり東南アジアへ高飛びってところだろうな」
少し距離をとって前を走るアルファードを視線で捉えたまま、運転席の市野瀬に応える。
新宿の事件の指揮を執る久保田管理官は、那臣たちの捜査方針を取り入れ、高輪の事件の捜査本部と連携し、実質的に合同捜査を進めていた。
羽柴たち元警察官のグループの関わった騒動は、行動そのものはただの清掃であり、咎められるものではない。
しかし久保田と、高輪の捜査本部を指揮する管理官は、潮音荘の殺人現場の証拠隠滅を図ろうとしていたと推測し、事件の重要参考人と位置づけ尾行捜査を命じたのだ。
そして長谷ら、新宿の事件の関係者たちも、ほぼ時を同じくして行動を起こしていた。彼らにも同じように捜査員が尾行に付いている。
市野瀬が前方、ナビに表示された地図と、視線を行ったり来たりさせる。
「行き先、海っぽくないですね。山っぽいです。首都高使わずに調布あたりで中央道、関空か?から~のセントレアから日本脱出、で、どうでしょう?」
「山っぽいってなんだよ、小学生の作文か」
「しゅに~ん! 自分小学生じゃありま……んぐ」
片手を振り上げ抗議する市野瀬の口に、イチゴミルク味の飴玉を放り込んで口を塞いでやる。
表現はともかく、確かに男たちを乗せた車は、北西へと向かっているようだった。
海からは遠ざかっている。
今のところ尾行に気付かれた様子はない。恭士は、慎重に距離をおくよう市野瀬に告げた。
しばらくして、前を行くアルファードは、中央分離帯のある片側二車線の通りへ出た。
そのまま追い越し車線を北進する。先程まで走っていた道と比べかなりの通行量だ。アルファードとの車間に車が入ってきたり、右折して出たりを繰り返す。
せわしない変化に、いつも饒舌な市野瀬の口数も少なくなり、見失わないよう、しかし気付かれないよう神経を尖らせていた。
百数十メートル先の信号が黄色となり、車列が緩やかに止まり始める。と、追い越し車線を走っていたアルファードがいきなり甲高い音でタイヤを鳴らし、中央分離帯に僅かに開かれた分かれ目から反対車線へUターンし、急発進した。
「くっそ、市野瀬!」
「はいっ!」
にわかに緊迫した声で追跡を指示する。
だが右折車線前方に止まった車が邪魔ですぐ追うことができない。市野瀬が短く何度もクラクションを叩く。
「あ~もうちょっと前に動いてくださいよ~!」
ようやく車半台分前進した隙間にオデッセイを滑り込ませてUターンした。
アルファードはすでに数百メートル近く先を猛スピードで逃走している。
助手席から恭士が、あと二台いる尾行車両に状況を連絡した。
「マル対、Uターンして須之原方面へ逃走中! フォロー頼む!」
台詞と同時に窓を開け、赤色灯をルーフに乗せる。けたたましいサイレンを発しオデッセイがアルファードを追った。
アルファードは、前方を走る車を乱暴に追い越しながらスピードを上げる。
市野瀬も額に汗を浮かべて追いすがる。
信号二つ先の交差点へ、フォローの仲間が先回りしてくるはずだ。
押さえる、そう意気込んだ瞬間、アルファードは左側の車線に大きく車体を振り左折して、狭い路地に消えた。
「うわ? 待って待って待って!」
やや間抜けな声を発しながら、市野瀬もオデッセイを操り、ぎりぎりのラインで路地へと曲がる。
車一台通るのがやっとの極細い道路だ。
先を行くアルファードも、電柱を擦るように爆走している。
恭士が仲間の車両と連携を取ろうとする。瞬間、横道から出てきた自転車が、市野瀬の視界に飛び込んできた。
あのいまいましい、頭のおかしい連中が乱入してさえ来なければ、今頃多額の報酬をもらって、本来の意味でのバカンスにでも出かけていたのだ。
しかし、と羽柴は腹立たしい回想を首を振って終わらせた。
高輪の一件は不幸なアクシデントでしかなく、潮音荘で羽柴らが何をしようとしていたかは、取り調べに当たった連中には全く悟られていない。
高輪台署の連中は、自分たちが現在はただの清掃業者であり、潮音荘で掃除を行っていただけだという弁明を全く疑いもせず、事情聴取も型どおりの短いものだった。
へまをしたとすれば安藤の発言くらいで、それもかっとなってつい口が滑ったということで、注意を受けたのみで終わったのだ。もちろん勇毅の名前など決して出してはいない。
勇毅は懐の深い大人物だ。長年可愛がってきた忠実な後輩たちの仕事をねぎらいこそすれ、酷く罰したりはしないだろう。
現に、これ以上の鬱陶しい追求からしばらく距離を置くため、彼らのグループに海外への渡航の手筈を整えてくれたのだ。
高輪台署での緩い対応も、いつものように勇毅が裏で手を回してくれた結果に違いない。
庭園と前の道路の清掃に着手するまえに邪魔が入ったせいで、潮音荘の仕事は完了とは言えないが、万一今鑑識の捜査が入っても、事件に繋がる手がかりはほぼ何も出てはきまい。それは勇毅もよく理解してくれている。
まもなく不快な音を立てて扉が開く。
現れた仲介人は、無言で反対側の出口を示した。
ぞろぞろと男たちが路地に出てくる。男たちはさすがに用心深く、皆一様に辺りに人影がないかを確かめながら、黒いワンボックスに乗り込んだ。
路地からワンボックスが現れ、通りへと右折していく。
程なくして別の路地から黒いオデッセイがウィンカーを光らせ走り出した。
オデッセイの助手席から、恭士はすかさず他の捜査員たちに告げた。
「羽柴たちを乗せた車が倉庫を出た。黒のアルファード、ナンバーは品川……」
「不肖の先輩方ご一行様、出発っと」
恭士は歌うように呟くと、無線の端末を軽く叩いた。
「ほぼ同時に動いたってことは、やっぱり、みんなまとめて海外へ逃がそうってことなんですかね」
「空か海か……頭数まとめてるなら船の可能性もあるが……まあ今んとこまだ重要参考人でしかないからな。こっちに出国を止めるだけの根拠がねえのは、向こうも承知してるだろう。
リスクの高い、船での密出国より、まあさすがに成田から堂々とは目立つから、地方の空港からこっそり東南アジアへ高飛びってところだろうな」
少し距離をとって前を走るアルファードを視線で捉えたまま、運転席の市野瀬に応える。
新宿の事件の指揮を執る久保田管理官は、那臣たちの捜査方針を取り入れ、高輪の事件の捜査本部と連携し、実質的に合同捜査を進めていた。
羽柴たち元警察官のグループの関わった騒動は、行動そのものはただの清掃であり、咎められるものではない。
しかし久保田と、高輪の捜査本部を指揮する管理官は、潮音荘の殺人現場の証拠隠滅を図ろうとしていたと推測し、事件の重要参考人と位置づけ尾行捜査を命じたのだ。
そして長谷ら、新宿の事件の関係者たちも、ほぼ時を同じくして行動を起こしていた。彼らにも同じように捜査員が尾行に付いている。
市野瀬が前方、ナビに表示された地図と、視線を行ったり来たりさせる。
「行き先、海っぽくないですね。山っぽいです。首都高使わずに調布あたりで中央道、関空か?から~のセントレアから日本脱出、で、どうでしょう?」
「山っぽいってなんだよ、小学生の作文か」
「しゅに~ん! 自分小学生じゃありま……んぐ」
片手を振り上げ抗議する市野瀬の口に、イチゴミルク味の飴玉を放り込んで口を塞いでやる。
表現はともかく、確かに男たちを乗せた車は、北西へと向かっているようだった。
海からは遠ざかっている。
今のところ尾行に気付かれた様子はない。恭士は、慎重に距離をおくよう市野瀬に告げた。
しばらくして、前を行くアルファードは、中央分離帯のある片側二車線の通りへ出た。
そのまま追い越し車線を北進する。先程まで走っていた道と比べかなりの通行量だ。アルファードとの車間に車が入ってきたり、右折して出たりを繰り返す。
せわしない変化に、いつも饒舌な市野瀬の口数も少なくなり、見失わないよう、しかし気付かれないよう神経を尖らせていた。
百数十メートル先の信号が黄色となり、車列が緩やかに止まり始める。と、追い越し車線を走っていたアルファードがいきなり甲高い音でタイヤを鳴らし、中央分離帯に僅かに開かれた分かれ目から反対車線へUターンし、急発進した。
「くっそ、市野瀬!」
「はいっ!」
にわかに緊迫した声で追跡を指示する。
だが右折車線前方に止まった車が邪魔ですぐ追うことができない。市野瀬が短く何度もクラクションを叩く。
「あ~もうちょっと前に動いてくださいよ~!」
ようやく車半台分前進した隙間にオデッセイを滑り込ませてUターンした。
アルファードはすでに数百メートル近く先を猛スピードで逃走している。
助手席から恭士が、あと二台いる尾行車両に状況を連絡した。
「マル対、Uターンして須之原方面へ逃走中! フォロー頼む!」
台詞と同時に窓を開け、赤色灯をルーフに乗せる。けたたましいサイレンを発しオデッセイがアルファードを追った。
アルファードは、前方を走る車を乱暴に追い越しながらスピードを上げる。
市野瀬も額に汗を浮かべて追いすがる。
信号二つ先の交差点へ、フォローの仲間が先回りしてくるはずだ。
押さえる、そう意気込んだ瞬間、アルファードは左側の車線に大きく車体を振り左折して、狭い路地に消えた。
「うわ? 待って待って待って!」
やや間抜けな声を発しながら、市野瀬もオデッセイを操り、ぎりぎりのラインで路地へと曲がる。
車一台通るのがやっとの極細い道路だ。
先を行くアルファードも、電柱を擦るように爆走している。
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