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第五章 刑事たち、追い詰める
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「その路地を意図的に利用する人は、目撃者の社長さんの事務所が入っているビルのテナントさんくらいです。それも裏口、非常口側の裏路地です。道幅も細く、ゴミ捨てなど限られた用件以外ほぼ利用することもありません。
合わせて四つの事務所は通常、およそ午後六時、遅くとも八時には無人になります。午後十一時なら路地の入り口と出口を封鎖すれば、完全無人、犯罪やりたい放題の空間の出来上がり、という訳です。
お仕事が終わって『王様の休日』の長谷さんからのメールをご覧になったりあぽんさんに、速攻、今すぐ手付金を振り込みに行かないと、格安バカンスがパーになっちゃう!と焦らせ、最寄りのATMまでの最短ルートを検索させ、犯人さんが待ちかまえる現場の路地へと、時間通りに誘い込んだ……」
「なるほど……もともと用のない奴は滅多に通らない路地だからな、封鎖と言っても、見張りを置いておくだけで十分だ」
恭士が感心したように溜息を漏らす。
「はい、路地の入り口と出口付近をうろついている方お二人の映像がこちらです」
みはやが手元のタブレットに、街頭の防犯カメラの映像らしき画像を呼び出し、皆に示した。
「あれ? 自分たちも近辺の防犯カメラ映像は、ひととおりさらいましたけど……」
市野瀬、そして名波や恭士も、いぶかしげにタブレットをのぞき込む。
捜査本部で収集した近隣の防犯カメラの映像では、路地の一方の入り口付近で被害者らしき人物を確認したものの、肝心の犯人については絞り込むことが出来ずにいたのだ。
「はい、市野瀬さんにも頑張って捜査していただいたあたりですが、残念ながら任意提出された映像はすべてフェイクです。
あの辺り一帯の防犯カメラは、すべて河原崎パパの警備会社が配備運用しているものです。
本当はこのように、はっきりくっきり映っちゃってる映像が本社サーバにはあるのですよ。
パパの会社の製品、性能は悪くなさそうですね」
市野瀬の問いにまたしれっとハッキングの結果報告をしてみせる。
那臣は隣席のみはやに向き直り、大きく息を付いて腕を組んだ。
「……何度でも言っておくが、後から令状取って出させれば同じものが出るかもって、そうひょいひょいサーバに侵入するんじゃない!」
「はい、何度でもごめんなさい。家に帰ってから海より深く反省しますので……続きに行っちゃってよいですか?」
「ダメだ、今。少しは悪びれろ」
「はい、悪びれました、なう」
正座合い向かいで、しかつめらしくもユルいやりとりをする主従に、名波の氷の眼差しが注がれる。天敵であるはずの恭士も、苦笑して名波のグラスに烏龍茶を注ぎ足してやった。
「自分から進んであの天然の部下になったんだろ? だったら諦めて、慣れろ」
「……いまいましいが、忠告傷み入る。慣れそうにはないがな」
そしてみはやは、正面上目遣いで付け足した。
「悪びれタイムわず。
わずですがこれ、速攻で拾っておかないとまた証拠隠滅、されちゃいますからね。
パパと息子と組織と現金がタッグを組んだ犯罪はつよつよです。
社長さんがイレギュラーな感じで登場しなかったら、りあぽんさんの事件もなかったことになってました」
那臣が低く唸った。
みはやの言うとおり、犯罪の隠蔽に長けた彼らに対抗するには、完全に証拠を消去される前に保全しておく必要があるのだろう。だがしかし。
再びのジレンマで、腕を組み唸り続ける那臣に替わって、冷静に疑問を投げてきたのは名波だった。
「……で? その違法収集証拠に映ってたのは見張り役とやらだけなのか? そいつらだって、ただ路地をうろついてるだけで殺人の共犯にされちゃ、たまったもんじゃねえだろう」
理を詰めようとする意図を汲んで、みはやはひらひらとタブレットをちらつかせた。
「もちろん、おそらく主犯であろうお方もばっちり映ってます。
といいますか、犯行時間帯に、遺体発見者の社長さんたち以外に路地に入って出ていった人物は四人。そこから被害者のりあぽんさんを除いた方は、すべて犯人さんです」
画面に防犯カメラの映像が流れ出す。
夜間であるが、通りの灯りで、なんとか人物を判別できるようだ。
主犯とみられるハーフコート姿の男が、見張りの一人に目配せをして、計ったようなタイミングで横付けしたベンツに乗って去っていった。
「ちなみにこのベンツ、ケイ・シティ・オフィス所有のものです」
一同がタブレットの画面を食い入るように見つめる。
みはやが解説を加えていく。
「見張りのお二人は後始末役も兼ねていたのでしょう。主犯さんを見送ってすぐ現場へ向かいました。ほら、これ、判ります? 遺体運搬の秘密兵器です」
見ると、飲食店のおしぼり回収業者に偽装したと思われる、コンテナを積んだ台車を引いて、二人の見張りが路地へ入ろうとしていた。
「すぐご近所には、バーや小料理屋さんが何軒か入っているビルがあります。レンタルおしぼりはそちらのお店でも利用なさってますので、もしこの付近で目撃されたとしても、このニセ業者さんはさほど怪しまれることなく、りあぽんさんの遺体を載せて現場から運び去ることができるはずでした。しかしその瞬間、画像に今まで無かった白い光が点ります」
「社長が付けたビルの灯り、か」
「はい。驚いた見張り二人は慌てて表通りへ飛び出しフェイドアウト、以上、一部始終でした」
「で、主犯は? みはやの姐御、もったいぶらずに早く教えてください!」
「市野瀬さん、知りたいですか?」
「知りたいです~!」
合わせて四つの事務所は通常、およそ午後六時、遅くとも八時には無人になります。午後十一時なら路地の入り口と出口を封鎖すれば、完全無人、犯罪やりたい放題の空間の出来上がり、という訳です。
お仕事が終わって『王様の休日』の長谷さんからのメールをご覧になったりあぽんさんに、速攻、今すぐ手付金を振り込みに行かないと、格安バカンスがパーになっちゃう!と焦らせ、最寄りのATMまでの最短ルートを検索させ、犯人さんが待ちかまえる現場の路地へと、時間通りに誘い込んだ……」
「なるほど……もともと用のない奴は滅多に通らない路地だからな、封鎖と言っても、見張りを置いておくだけで十分だ」
恭士が感心したように溜息を漏らす。
「はい、路地の入り口と出口付近をうろついている方お二人の映像がこちらです」
みはやが手元のタブレットに、街頭の防犯カメラの映像らしき画像を呼び出し、皆に示した。
「あれ? 自分たちも近辺の防犯カメラ映像は、ひととおりさらいましたけど……」
市野瀬、そして名波や恭士も、いぶかしげにタブレットをのぞき込む。
捜査本部で収集した近隣の防犯カメラの映像では、路地の一方の入り口付近で被害者らしき人物を確認したものの、肝心の犯人については絞り込むことが出来ずにいたのだ。
「はい、市野瀬さんにも頑張って捜査していただいたあたりですが、残念ながら任意提出された映像はすべてフェイクです。
あの辺り一帯の防犯カメラは、すべて河原崎パパの警備会社が配備運用しているものです。
本当はこのように、はっきりくっきり映っちゃってる映像が本社サーバにはあるのですよ。
パパの会社の製品、性能は悪くなさそうですね」
市野瀬の問いにまたしれっとハッキングの結果報告をしてみせる。
那臣は隣席のみはやに向き直り、大きく息を付いて腕を組んだ。
「……何度でも言っておくが、後から令状取って出させれば同じものが出るかもって、そうひょいひょいサーバに侵入するんじゃない!」
「はい、何度でもごめんなさい。家に帰ってから海より深く反省しますので……続きに行っちゃってよいですか?」
「ダメだ、今。少しは悪びれろ」
「はい、悪びれました、なう」
正座合い向かいで、しかつめらしくもユルいやりとりをする主従に、名波の氷の眼差しが注がれる。天敵であるはずの恭士も、苦笑して名波のグラスに烏龍茶を注ぎ足してやった。
「自分から進んであの天然の部下になったんだろ? だったら諦めて、慣れろ」
「……いまいましいが、忠告傷み入る。慣れそうにはないがな」
そしてみはやは、正面上目遣いで付け足した。
「悪びれタイムわず。
わずですがこれ、速攻で拾っておかないとまた証拠隠滅、されちゃいますからね。
パパと息子と組織と現金がタッグを組んだ犯罪はつよつよです。
社長さんがイレギュラーな感じで登場しなかったら、りあぽんさんの事件もなかったことになってました」
那臣が低く唸った。
みはやの言うとおり、犯罪の隠蔽に長けた彼らに対抗するには、完全に証拠を消去される前に保全しておく必要があるのだろう。だがしかし。
再びのジレンマで、腕を組み唸り続ける那臣に替わって、冷静に疑問を投げてきたのは名波だった。
「……で? その違法収集証拠に映ってたのは見張り役とやらだけなのか? そいつらだって、ただ路地をうろついてるだけで殺人の共犯にされちゃ、たまったもんじゃねえだろう」
理を詰めようとする意図を汲んで、みはやはひらひらとタブレットをちらつかせた。
「もちろん、おそらく主犯であろうお方もばっちり映ってます。
といいますか、犯行時間帯に、遺体発見者の社長さんたち以外に路地に入って出ていった人物は四人。そこから被害者のりあぽんさんを除いた方は、すべて犯人さんです」
画面に防犯カメラの映像が流れ出す。
夜間であるが、通りの灯りで、なんとか人物を判別できるようだ。
主犯とみられるハーフコート姿の男が、見張りの一人に目配せをして、計ったようなタイミングで横付けしたベンツに乗って去っていった。
「ちなみにこのベンツ、ケイ・シティ・オフィス所有のものです」
一同がタブレットの画面を食い入るように見つめる。
みはやが解説を加えていく。
「見張りのお二人は後始末役も兼ねていたのでしょう。主犯さんを見送ってすぐ現場へ向かいました。ほら、これ、判ります? 遺体運搬の秘密兵器です」
見ると、飲食店のおしぼり回収業者に偽装したと思われる、コンテナを積んだ台車を引いて、二人の見張りが路地へ入ろうとしていた。
「すぐご近所には、バーや小料理屋さんが何軒か入っているビルがあります。レンタルおしぼりはそちらのお店でも利用なさってますので、もしこの付近で目撃されたとしても、このニセ業者さんはさほど怪しまれることなく、りあぽんさんの遺体を載せて現場から運び去ることができるはずでした。しかしその瞬間、画像に今まで無かった白い光が点ります」
「社長が付けたビルの灯り、か」
「はい。驚いた見張り二人は慌てて表通りへ飛び出しフェイドアウト、以上、一部始終でした」
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「知りたいです~!」
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