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第五章 刑事たち、追い詰める
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抵抗はむなしく数に押し切られた。
男たち六名に、『良いご主人さま』は三十二名だ。どれほど一人の撮影を遮ろうとしても、その様子さえ数名の『良いご主人さま』たちに撮影される始末だった。
「僕、さっきから動画撮ってますよ。みん生、中継開始~! ぽてさん、はる爺見てる~?」
「りをん最初っからずう~っと中継してるっすよぉ。なんとびっくり! もう閲覧数のべ一万人突破っす! 世界がめいどを心配してるっす~」
『高田馬場の世捨人』に関節技を決められ、羽柴は激痛に喘いでいた。
とんだアクシデントだ。
いったいこの連中は何なのだ、めいどだのご主人さまだの、何を話しているのかもさっぱり理解不能である。
「なんとかこの連中を追い出したい、ですよね。でも相手はおそらく一般人、手荒な真似は諸刃の剣、です。さあどうしますか? 元組対の落ちたエース羽柴さん」
万一『良いご主人さま』たちの身に危険が迫ったときに備え、みはやはいつでも行動が起こせるよう、庭の一角から事の推移を見守っていた。
めい・ど・あんじゅは、これまでにも事前告知のないゲリライベントを頻繁に行っていた。
メンバー自身のSNSで、当日いきなりライブやファンとの交流会の開催が知らされることも珍しくはない。
ご主人さまたちもそのことに慣れていた。
今日のように「わたしたち『悪いご主人さま』に連れ去られちゃったの~! 『良いご主人さま』!助けて!」という設定で、めいどたちからイベント会場のヒントが発信されれば、皆喜び勇んで駆けつける、という訳だ。
たとえそれが、みはやと岩城によって仕掛けられたフェイクだとしても。
そして岩城が熱く語ったように、ご主人さま同士の絆も固い。
仕事や学校などの都合でめいどたちの晴れ舞台に駆けつけることができないご主人さまのため、臨場したご主人さまには、めいどたちの愛らしい姿を出来る限りたくさん送り届ける義務があった。
『良いご主人さま』たちによる写真や動画の拡散に加え、みはやが仕掛けた隠しカメラの画像も、岩城の手によってあくまで謎解きイベントクリアのためのヒントとしてハッシュタグをつけられ発信され、そして一アイドルの話題としては不自然なほどの勢いで、各種のSNSで拡散され続けている。
男たちが高輪潮音荘を訪れたこと、そして何かをしようとしていたことの証拠画像が、もはや揉み消せないほど広まりつつあった。
そして決定打は男たちの側から放たれる。
昔取った杵柄で絶好調『毒川家安』の、中指を立て放送禁止用語を連発する挑発に耐えかねた男の一人が、顔を真っ赤にして『毒川家安』の襟首を掴んだ。
「……黙れクソどもがぁあっっっ! 逮捕だ! ム所にぶち込んでやる! このウジ虫どもめ!」
「はぁ? タイホだぁ?……てめぇら警察かよ?」
男はなおも絶叫する。
「そうだ! こっちがその気になったらなぁ、てめえらみたいな屑はカンタンに処理できるんだよ! 生きて娑婆に戻れると思うな!」
『毒川家安』が凄んでも目を血走らせた男は引かない。
かつて警察という公権力を自らの強さと思いこんでいた男は、今もOBの河原崎を中心とする権力をそれと同一と思い込んでいた。
だが今、男はすでに警察官ではない。
「黙れ安藤! 黙れっ……!」
男の言動が致命的であると瞬時に悟った羽柴の叫びも、むなしく中継される。
「……うわあ、やらかしちゃいました……ご自分が今はいち民間人、って、きれいさっぱりお忘れですねえ。さてさてスタジオの岩城さ~ん? そちらの様子はいかがですか?」
「は~い現場のみはやさん、中継映像とともに『悪いご主人さま』のプロフィール、順調に拡散中です。
在職中は好き勝手やってた連中ですからね、正義の味方ネット住民による拡散速度が半端じゃないです。もう僕が働かなくても、まもなく確実にネットニュースのトレンドに入ってきますよ。
警視庁のサイバーパトロールも、今、情報をキャッチしたところです。少なくとも元お身内の身分詐称の証拠画像は、がっつり警視庁のサーバに保存していただきました」
岩城の台詞に、ぽりぽりとポテチをかじる音が混じる。
「は~いお疲れさまでした。こちらも、もう一働きしてから戻ります。お仲間の安全は最後まで確保しますのでご安心を」
「それはぜひともお願いします~。それでは現場の映像をご覧いただきながらお別れです。また明日」
おちゃめに語って岩城からの音声がオフになった。
みはやはもう一度男たちの様子を伺い、スマホに指を滑らす。
「さて、と、仕上げと行きますか。これだけ盛り上がってることですし、放っておいてもまもなく旧友が遊びにいらっしゃいますけどね」
ワンコールを待たず、きびきびとした男性の声が応えた。
「はい、一一〇番、警察です。どうされましたか?」
「あの、今、クイーンズホテル高輪の前の通りにいるんですけど、立派なお屋敷の中から大勢がケンカしてるみたいな怒鳴り声が聞こえるんです……なんか怖くて。一一〇番したほうがいいいかなって」
詳しい場所を問うてきた相手に、高輪潮音荘近くの電柱に表示された地番を告げる。
そのとき一人の男がようやく『良いご主人さま』たちの包囲網をかいくぐり、建物から転がり出てきた。
焦った様子で、どこかへ電話をかけているようだ。
「はやく来てくださいな、良いお巡りさん。悪い元お巡りさんが逃げちゃいますよ?」
男たち六名に、『良いご主人さま』は三十二名だ。どれほど一人の撮影を遮ろうとしても、その様子さえ数名の『良いご主人さま』たちに撮影される始末だった。
「僕、さっきから動画撮ってますよ。みん生、中継開始~! ぽてさん、はる爺見てる~?」
「りをん最初っからずう~っと中継してるっすよぉ。なんとびっくり! もう閲覧数のべ一万人突破っす! 世界がめいどを心配してるっす~」
『高田馬場の世捨人』に関節技を決められ、羽柴は激痛に喘いでいた。
とんだアクシデントだ。
いったいこの連中は何なのだ、めいどだのご主人さまだの、何を話しているのかもさっぱり理解不能である。
「なんとかこの連中を追い出したい、ですよね。でも相手はおそらく一般人、手荒な真似は諸刃の剣、です。さあどうしますか? 元組対の落ちたエース羽柴さん」
万一『良いご主人さま』たちの身に危険が迫ったときに備え、みはやはいつでも行動が起こせるよう、庭の一角から事の推移を見守っていた。
めい・ど・あんじゅは、これまでにも事前告知のないゲリライベントを頻繁に行っていた。
メンバー自身のSNSで、当日いきなりライブやファンとの交流会の開催が知らされることも珍しくはない。
ご主人さまたちもそのことに慣れていた。
今日のように「わたしたち『悪いご主人さま』に連れ去られちゃったの~! 『良いご主人さま』!助けて!」という設定で、めいどたちからイベント会場のヒントが発信されれば、皆喜び勇んで駆けつける、という訳だ。
たとえそれが、みはやと岩城によって仕掛けられたフェイクだとしても。
そして岩城が熱く語ったように、ご主人さま同士の絆も固い。
仕事や学校などの都合でめいどたちの晴れ舞台に駆けつけることができないご主人さまのため、臨場したご主人さまには、めいどたちの愛らしい姿を出来る限りたくさん送り届ける義務があった。
『良いご主人さま』たちによる写真や動画の拡散に加え、みはやが仕掛けた隠しカメラの画像も、岩城の手によってあくまで謎解きイベントクリアのためのヒントとしてハッシュタグをつけられ発信され、そして一アイドルの話題としては不自然なほどの勢いで、各種のSNSで拡散され続けている。
男たちが高輪潮音荘を訪れたこと、そして何かをしようとしていたことの証拠画像が、もはや揉み消せないほど広まりつつあった。
そして決定打は男たちの側から放たれる。
昔取った杵柄で絶好調『毒川家安』の、中指を立て放送禁止用語を連発する挑発に耐えかねた男の一人が、顔を真っ赤にして『毒川家安』の襟首を掴んだ。
「……黙れクソどもがぁあっっっ! 逮捕だ! ム所にぶち込んでやる! このウジ虫どもめ!」
「はぁ? タイホだぁ?……てめぇら警察かよ?」
男はなおも絶叫する。
「そうだ! こっちがその気になったらなぁ、てめえらみたいな屑はカンタンに処理できるんだよ! 生きて娑婆に戻れると思うな!」
『毒川家安』が凄んでも目を血走らせた男は引かない。
かつて警察という公権力を自らの強さと思いこんでいた男は、今もOBの河原崎を中心とする権力をそれと同一と思い込んでいた。
だが今、男はすでに警察官ではない。
「黙れ安藤! 黙れっ……!」
男の言動が致命的であると瞬時に悟った羽柴の叫びも、むなしく中継される。
「……うわあ、やらかしちゃいました……ご自分が今はいち民間人、って、きれいさっぱりお忘れですねえ。さてさてスタジオの岩城さ~ん? そちらの様子はいかがですか?」
「は~い現場のみはやさん、中継映像とともに『悪いご主人さま』のプロフィール、順調に拡散中です。
在職中は好き勝手やってた連中ですからね、正義の味方ネット住民による拡散速度が半端じゃないです。もう僕が働かなくても、まもなく確実にネットニュースのトレンドに入ってきますよ。
警視庁のサイバーパトロールも、今、情報をキャッチしたところです。少なくとも元お身内の身分詐称の証拠画像は、がっつり警視庁のサーバに保存していただきました」
岩城の台詞に、ぽりぽりとポテチをかじる音が混じる。
「は~いお疲れさまでした。こちらも、もう一働きしてから戻ります。お仲間の安全は最後まで確保しますのでご安心を」
「それはぜひともお願いします~。それでは現場の映像をご覧いただきながらお別れです。また明日」
おちゃめに語って岩城からの音声がオフになった。
みはやはもう一度男たちの様子を伺い、スマホに指を滑らす。
「さて、と、仕上げと行きますか。これだけ盛り上がってることですし、放っておいてもまもなく旧友が遊びにいらっしゃいますけどね」
ワンコールを待たず、きびきびとした男性の声が応えた。
「はい、一一〇番、警察です。どうされましたか?」
「あの、今、クイーンズホテル高輪の前の通りにいるんですけど、立派なお屋敷の中から大勢がケンカしてるみたいな怒鳴り声が聞こえるんです……なんか怖くて。一一〇番したほうがいいいかなって」
詳しい場所を問うてきた相手に、高輪潮音荘近くの電柱に表示された地番を告げる。
そのとき一人の男がようやく『良いご主人さま』たちの包囲網をかいくぐり、建物から転がり出てきた。
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