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第五章 刑事たち、追い詰める
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みはやの呟きを胸元に付けられた音声マイクで拾ったのか、岩城の得意げな声がヘッドフォンから返ってくる。
「当然ですよ、僕らご主人さまたちは、皆でめいどたちを雇っているって連帯責任とプライドがありますからね!
己の欲望を満たすため、接触にただ金をつぎ込むだけの奴らと一緒にしないでいただけますか」
「……あ~、です、よね~……ええ」
「……みはやさん、なんですかその乾ききったコメントは」
「岩城さんの気のせいです~……それよりまもなくイベント開始のようですね」
植え込みの影に隠れたみはやの目の前を、やや顔色の悪そうな痩せっぽちのご主人さまが駆け抜けていった。
スマホを構えたまま、ライブで鍛えた根性を頼りに、真っ先に高輪潮音荘へ走り込んでいく。
「おおっ、一番乗りはあっきーさんですか。
かなぴょん愛では僕に負けずとも劣らないご主人さまです。引きこもり明けというのにこの全力疾走! ご主人さまの鑑ですね!」
岩城の陽気なコメントを再度乾いた笑いで流すと、みはやはまるで猫のように音も立てず路地を走り、しなやかに高輪潮音荘の土塀の上へと飛び上がった。
そして全く重力を感じさせない軽やかさで庭園内へと降り立つ。
「ご主人さまたちにもしものことがあってはめいどたちが悲しみます。
バックアップに入りますので、あとは岩城さんよろしくです」
「了解です。珍しく仕事で現場に駆けつけられない『ぽてかるび』こと岩城公生、悔しさに号泣しつつ、現場の中継と拡散に励みますよ」
無言で作業を進めていたその男は、なにやら騒々しい声が近づいてきたことに気付いた。
複数、いやかなり多数の興奮した男の声、そして足音である。
表通りから路地に紛れ込んできた観光客だろうか。軽く舌打ちして、すぐに首を振った。
表の木戸は内から閂をかけてある。自分たちが建物内で何をしていようとも、悟られる心配はない。
それより早く作業を終わらせねば。
この仕事の依頼主である河原崎勇毅は、豪胆で気前がよく、そして面倒見がよい。可愛い後輩がささいなパワハラで免職になったと知ると、すぐに実入りの良い仕事を斡旋してくれた。ここにいるものは皆そうやって、勇毅の口利きで現在の仕事を始めていた。
もとより違法脱法行為に親和的だったり、能力のあるものはより劣るものを支配して当然だという、歪んだ価値観の持ち主らだ。
全員が、今回の仕事は勇毅の身内の犯罪の隠蔽であることを理解していて、勇毅への恩義に報いるため、特に入念に取り組んでいた。
「おおっ、立派なお屋敷ですなあ……! 『悪いご主人さま』は和風成金設定ですな?」
ふいにごく近くで歓声が上がった。男はぎょっとして声の方向を振り返る。
この声の近さは屋敷の外ではない、玄関から部屋へと続く廊下だ。
他の男たちも皆一瞬、戸惑いの表情で顔を上げる。
その僅かな隙に、どたどたと遠慮のない足音を立てて、『良いご主人さま』たちが廊下を駆けてきた。廊下に接した襖を片っ端から開ける派手な音が響く。
「よすさん、抜け駆けナシですよぉ~」
「あっきー君、ここは譲らないよ? まりんぱが俺を待ってるぜぃ!」
「れいれいここかにゃ~? こっちかにゃ~?」
この仕事のチームのリーダー格である男は焦りを隠さず、薬品を畳に散布していた年若い男を怒鳴りつけた。
「閂をかけておかなかったのか!」
「かけましたよ! しっかりと!」
盛大に舌打ちして廊下へと飛び出す。
その勢いで、部屋へと飛び込んできた『良いご主人さま』の一人、最も体格のよいハンドルネーム『高田馬場の世捨人』とまともにぶつかった。
互いに後ろへよろめきながら、先に攻勢に出たのはリーダー格の男、羽柴だった。
「お前ら何勝手に入ってきてるんだ! さっさと出て行け!」
取調室では何人もの被疑者を震え上がらせ、どんな強情な被疑者をも落とした一喝を、『高田馬場の世捨人』は、へらりと笑って流す。
「おおっ、今回はキャストも本格派だね! いいねいいね燃えるね!」
『高田馬場の世捨人』は、元プロレスラーだ。生粋の体育会系育ちには、この程度の恫喝など小鳥のさえずりにしか聞こえない。
むしろ『イベントのキャストとして雇われた俳優』の演技に気を良くして、ノリノリで仲間のご主人さまたちに気合いを入れる。
「うっしゃあ! 俺らもがつんと行くぜおるぅらぁぁあ! 『悪いご主人さま』、覚悟!」
おうっ、と総勢三十二名の『良いご主人さま』の、野太い鬨の声が上がった。
『高田馬場の世捨人』や『毒川家安』など、武闘派(?)の『良いご主人さま』が、むしろ楽しげに男たちと揉み合っている隙に、他の『良いご主人さま』たちは一斉に部屋の捜索を始めていた。
押入を開け、棚を探る。
「れいれい~! どこにいるのにゃ~? 返事するにゃ~」
「まりんぱいないねえ……他の部屋か?」
「かなぴょんどこ~? 助けに来たよ~!」
『あっきー@かなぴょん神推し』に至っては畳をひっくり返しはじめている。
畳に置かれていた薬品の瓶が次々転がった。
「やめろ! 揮発性なんだ、引火でもしたら……」
「そんなヤバいもん使って、俺らのめいどたちに何しようとしてたんだよ! あ?」
元ヤン『毒川家安』に唾を飛ばして怒鳴りつけられ、元鑑識の男は縮み上がった。
本日参戦したご主人さまでは唯一の女ヲタ、『りをん*みむろん愛』が、小動物のようにぴょんぴょん飛び跳ねて叫ぶ。
「伝言伝言~、ぽてかるびさんからっす~! そこにめいどたちがいないとすると、これは他の居場所探す推理イベントかも~。手掛かり拡散ヨロです、とのことっす~!」
「さっすがぽてさんキテますね、写真写真、と」
想定外の展開に混乱し、男たちがうろたえている隙に、『良いご主人さま』たちはかしゃりかしゃりと軽やかな音を立てて写真を撮っている。
男たちはもちろん、現場の状況がつぶさに写されていく。
「やめろ! やめないか! ……撮るな!」
「当然ですよ、僕らご主人さまたちは、皆でめいどたちを雇っているって連帯責任とプライドがありますからね!
己の欲望を満たすため、接触にただ金をつぎ込むだけの奴らと一緒にしないでいただけますか」
「……あ~、です、よね~……ええ」
「……みはやさん、なんですかその乾ききったコメントは」
「岩城さんの気のせいです~……それよりまもなくイベント開始のようですね」
植え込みの影に隠れたみはやの目の前を、やや顔色の悪そうな痩せっぽちのご主人さまが駆け抜けていった。
スマホを構えたまま、ライブで鍛えた根性を頼りに、真っ先に高輪潮音荘へ走り込んでいく。
「おおっ、一番乗りはあっきーさんですか。
かなぴょん愛では僕に負けずとも劣らないご主人さまです。引きこもり明けというのにこの全力疾走! ご主人さまの鑑ですね!」
岩城の陽気なコメントを再度乾いた笑いで流すと、みはやはまるで猫のように音も立てず路地を走り、しなやかに高輪潮音荘の土塀の上へと飛び上がった。
そして全く重力を感じさせない軽やかさで庭園内へと降り立つ。
「ご主人さまたちにもしものことがあってはめいどたちが悲しみます。
バックアップに入りますので、あとは岩城さんよろしくです」
「了解です。珍しく仕事で現場に駆けつけられない『ぽてかるび』こと岩城公生、悔しさに号泣しつつ、現場の中継と拡散に励みますよ」
無言で作業を進めていたその男は、なにやら騒々しい声が近づいてきたことに気付いた。
複数、いやかなり多数の興奮した男の声、そして足音である。
表通りから路地に紛れ込んできた観光客だろうか。軽く舌打ちして、すぐに首を振った。
表の木戸は内から閂をかけてある。自分たちが建物内で何をしていようとも、悟られる心配はない。
それより早く作業を終わらせねば。
この仕事の依頼主である河原崎勇毅は、豪胆で気前がよく、そして面倒見がよい。可愛い後輩がささいなパワハラで免職になったと知ると、すぐに実入りの良い仕事を斡旋してくれた。ここにいるものは皆そうやって、勇毅の口利きで現在の仕事を始めていた。
もとより違法脱法行為に親和的だったり、能力のあるものはより劣るものを支配して当然だという、歪んだ価値観の持ち主らだ。
全員が、今回の仕事は勇毅の身内の犯罪の隠蔽であることを理解していて、勇毅への恩義に報いるため、特に入念に取り組んでいた。
「おおっ、立派なお屋敷ですなあ……! 『悪いご主人さま』は和風成金設定ですな?」
ふいにごく近くで歓声が上がった。男はぎょっとして声の方向を振り返る。
この声の近さは屋敷の外ではない、玄関から部屋へと続く廊下だ。
他の男たちも皆一瞬、戸惑いの表情で顔を上げる。
その僅かな隙に、どたどたと遠慮のない足音を立てて、『良いご主人さま』たちが廊下を駆けてきた。廊下に接した襖を片っ端から開ける派手な音が響く。
「よすさん、抜け駆けナシですよぉ~」
「あっきー君、ここは譲らないよ? まりんぱが俺を待ってるぜぃ!」
「れいれいここかにゃ~? こっちかにゃ~?」
この仕事のチームのリーダー格である男は焦りを隠さず、薬品を畳に散布していた年若い男を怒鳴りつけた。
「閂をかけておかなかったのか!」
「かけましたよ! しっかりと!」
盛大に舌打ちして廊下へと飛び出す。
その勢いで、部屋へと飛び込んできた『良いご主人さま』の一人、最も体格のよいハンドルネーム『高田馬場の世捨人』とまともにぶつかった。
互いに後ろへよろめきながら、先に攻勢に出たのはリーダー格の男、羽柴だった。
「お前ら何勝手に入ってきてるんだ! さっさと出て行け!」
取調室では何人もの被疑者を震え上がらせ、どんな強情な被疑者をも落とした一喝を、『高田馬場の世捨人』は、へらりと笑って流す。
「おおっ、今回はキャストも本格派だね! いいねいいね燃えるね!」
『高田馬場の世捨人』は、元プロレスラーだ。生粋の体育会系育ちには、この程度の恫喝など小鳥のさえずりにしか聞こえない。
むしろ『イベントのキャストとして雇われた俳優』の演技に気を良くして、ノリノリで仲間のご主人さまたちに気合いを入れる。
「うっしゃあ! 俺らもがつんと行くぜおるぅらぁぁあ! 『悪いご主人さま』、覚悟!」
おうっ、と総勢三十二名の『良いご主人さま』の、野太い鬨の声が上がった。
『高田馬場の世捨人』や『毒川家安』など、武闘派(?)の『良いご主人さま』が、むしろ楽しげに男たちと揉み合っている隙に、他の『良いご主人さま』たちは一斉に部屋の捜索を始めていた。
押入を開け、棚を探る。
「れいれい~! どこにいるのにゃ~? 返事するにゃ~」
「まりんぱいないねえ……他の部屋か?」
「かなぴょんどこ~? 助けに来たよ~!」
『あっきー@かなぴょん神推し』に至っては畳をひっくり返しはじめている。
畳に置かれていた薬品の瓶が次々転がった。
「やめろ! 揮発性なんだ、引火でもしたら……」
「そんなヤバいもん使って、俺らのめいどたちに何しようとしてたんだよ! あ?」
元ヤン『毒川家安』に唾を飛ばして怒鳴りつけられ、元鑑識の男は縮み上がった。
本日参戦したご主人さまでは唯一の女ヲタ、『りをん*みむろん愛』が、小動物のようにぴょんぴょん飛び跳ねて叫ぶ。
「伝言伝言~、ぽてかるびさんからっす~! そこにめいどたちがいないとすると、これは他の居場所探す推理イベントかも~。手掛かり拡散ヨロです、とのことっす~!」
「さっすがぽてさんキテますね、写真写真、と」
想定外の展開に混乱し、男たちがうろたえている隙に、『良いご主人さま』たちはかしゃりかしゃりと軽やかな音を立てて写真を撮っている。
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