モリウサギ

高村渚

文字の大きさ
上 下
59 / 95
第四章 刑事の元へ、仲間が集う

18

しおりを挟む
 あのときは那臣ともおみがほぼ単独で動いたのが結果として幸いし、部下に犠牲がでることはなかった。
 しかし今なら名波と市野瀬、那臣を慕う二人の部下が存在する。
 いや、もしかして部下を付けられたところからすでに、生贄いけにえとして利用する心づもりだったのかもしれない。
「守護獣とやらのご威光で、今、表立って参事官に反抗できなくなっている連中も、部下の監督不行き届きという名目なら叩けるでしょう。
 それに市野瀬あたりが、ずたぼろになって転がってたら、参事官は見事に奴らの思い通り、雑魚の二人や三人殴り殺して拘置所入り、ってシナリオじゃないですか」
「え? 自分、オトリやっていいんですか?」
 何故だかやたらとテンションを上げた市野瀬である。
 おそらく自分たちの読みは正しいだろう。
 己と息子の悪行を暴くべく、しつこくまとわりつく那臣とその同志をなんとか排除しようと、河原崎勇毅はOBとしての権威を最大限活用し、持てる駒をつぎ込んでくるに違いない。
 二人の身を危険にさらすことを、那臣は最後まで躊躇ちゅうちょした。が、
「この誘いに乗らなくたって、帰り道に刺されるだけでしょう。結果は一緒ですよ」
という名波の達観した発言で、リストの罠通り、まずは市野瀬に各警察署を回らせ、敵の出方を探ることにしたのだ。
 タオルで何度も汗を拭い、刑事課長は確認する。
「市野瀬巡査部長の背後からいきなり一人、そしてもう一人殴りかかってきた。さらに別の二人にも拳銃を向けられた、と……」
 困惑で苦り切った表情に、痛みが加わる。
「……銃を持ち出した二人は刑事課所属、私の部下ですな……いったいなんだってこんなことを……」
 タオルを握りしめた手が震える。
 沈黙が訪れた地下に、複数の足音が近づいてきた。
「この騒ぎは何事だね? 
 ……たち君、君か。成程ね……」
「副署長」
 取り巻きを従えて階段を下りてきたのは、渋谷南署副署長の平だった。
 刑事課長と周りにいた署員たちが、緊張した面持ちで敬礼して迎える。
 一番近くにいた恭士、それから名波、市野瀬とゆっくり視線を移し、最後に那臣をにらみ据えた。
「福田、何をぼうっとしている? こいつらの口先にだまされるな。状況をよく見ろ、警察署襲撃のテロリスト集団だぞ? さっさと身柄を拘束しないか」
 一瞬、何を言われたのか判らずにいる刑事課長の向かい側では、名波が面白くもなさそうに鼻を鳴らした。
「……見事なまでにシナリオ通りですね、ここは笑っておくべきでしょう」
「……ウケる」
 本当に吹き出した怖いもの知らずの市野瀬を、平が一喝した。
「何を笑っているかぁっ! 福田ぁっ! 確保ぉっ!」
 条件反射であろう、署員たちが打たれたように全身に力を入れ動く。
 が、次の瞬間、別の圧力に押され立ちすくんだ。
 かつ、と音を立て、那臣が前に進み出る。
「平副署長は、市野瀬が……自分たちが渋谷南署に悪意をもって乗り込み、制圧しようとした署員を痛めつけた……そうおっしゃるのですか」
 ゆっくりと静かな声だった。
 そして那臣は何の構えもなくただそこに立っているだけだ。
 なのに平は、その圧力に、思わず声を上げそうになった。
 恐怖で凍り付きそうになる舌を、必死に動かす。
「……そ、そうだろう。山下に地下へ誘い込まれたなどとほざいているのは、そこの奴らだけだ。
 山下は脅されて資料室へと案内させられたんじゃないか……うちの資料室に、何かお前に不都合な資料がある……それを部下に持ち出させようとした、そうじゃないのか……?
 ……おい、山下、返事をしろ! 山下!」
 短く悲鳴を上げ、山下はさらに小さく体を丸めて縮こまった。
 那臣は顔をしかめ、深い溜息をついた。
 押さえていた怒りが徐々に和らいでいく。
 ずっと震えたままの裏切り者と、そして目の前の道化者が哀れにすら思えてきた。
 そんな感情の変化が顔に出ていたのだろう。平の斜め後ろあたりで控えていた恭士が、場にそぐわぬふざけた口調で割り込んできた。
「そう疑われてはいけないと、我らが聡明な参事官は、はじめてのおつかいに出発する子どもに、いろいろな防犯グッズを持たせたのですよ、副署長」
「ひどいです主任! 自分、子どもじゃないってあれほど……!」
「いいからさっさとアレを出せ」
 市野瀬は反抗期の中学生のようなふてくされた顔で、それでもてきぱきとデイパックからいくつもの機材を取り出した。
 すでに半ば気力を失って呆然と立ちすくむ平の目の前で、市野瀬が、褒めて褒めてと言わんばかりの満面の笑顔で、那臣にそれを差し出した。
「渋谷南署内に立ち入る前から今現在までの、自分目線の画像と音声です! 
 このスーパークリスタルスライムくん二号、全方位カメラ仕様になってるんですよ、可愛いでしょ?」
 デイパックにつけていたマスコットをどや、と掲げてみせる。
 小学生か、と後ろの名波からツッコミが入った。
 暗所で襲撃を受け切り替えた赤外線カメラ内蔵の二号とは別に、市野瀬の肩先では今もスーパークリスタルスライムくん一号カメラが作動している。
 操作しているのは品川に残してきたみはやだ。
 地下に降りるころから相手はスマホの電波を妨害してきたが、それも想定のうちで、
「市野瀬さんの安全第一、そして犯罪の証拠もがっちり、です。こっそり別の周波数をお借りしちゃいましょう。おおっとこれはもしや電波法いは……もごもご」
 と、わざとらしく口ごもったみはやには、後で大目玉と謝意を喰らわせなければならない。
 刑事課長と周りの署員たちは、ただ事の推移を見守るしかできないでいる。その不快に静まりかえった空間に、市野瀬が再生した音声が流れた。
『生活安全課に来てくれ、って言われてたんだけど、こっちでいいの?』
『ああ、調書が置いてあるのは地下の資料室なんだ。何せ部屋が狭いからな、すぐにそちらに移しちまうんだよ』
『……おい、遅れるなよ、迷子になるぞ』
『……ええと自分、資料を取りに来ただけなんですけど……』
『悪いな、巻き込まれて気の毒だが、これも命令だ。恨むならあの疫病神を恨めよ』
「あああぁぁぁっ!」
 山下が悲痛な叫びを上げる。
 アナログの録音機を操作する市野瀬の指が微かに揺れた。
 那臣は、市野瀬の背にそっと手を添えた。
「もう十分だろう……済まない。辛い役目を振った」
 しかし市野瀬は、むしろ清々しい笑顔を那臣に向けて寄越した。
「いえ、自分、警察官ですから。たとえ友達にでも、悪いことは悪いって言わないと」
 那臣は改めて平を見据えた。
「山下の身柄はこちらで預からせてもらいます……いいですね?」
 唇をわなわなと震わせる平副署長の後ろで、福田刑事課長が姿勢を正し、那臣に敬礼した。


 玉置結奈の遺体遺棄現場であるホテル内のカフェで、市野瀬のカメラ越しに渋谷南署の様子を見届けたみはやは、タブレットの表示を切り替えた。
 複数並んだウインドウのひとつが大きく映し出される。
 メイド風の可愛らしい衣装の少女たちが、次々とタイムラインに流れていく。
 岩城も常時アクセスしている、秋葉原の地下アイドル『めい・ど・あんじゅ』のファンスレッドだ。
 地下アイドルとしては人気・実力ともに抜きんでている彼女たちは、非常にディープなファンが多いことでも知られている。
 『ご主人さま』と呼ばれる彼らは、平日の昼下がりの今も、自慢のチェキ画像やライブでのやりとりのまとめなどをせっせと流し、めいどたちを愛でていた。
 しばらく普通にそのやりとりを楽しんでいたみはやは、キャラメルマキアートを一口すすり、すいと画面に指を滑らせる。
「さあご主人さまたち、めい・ど・あんじゅゲリライベント開催、ですよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合系サキュバス達に一目惚れされた

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

黄昏は悲しき堕天使達のシュプール

Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・  黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に  儚くも露と消えていく』 ある朝、 目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。 小学校六年生に戻った俺を取り巻く 懐かしい顔ぶれ。 優しい先生。 いじめっ子のグループ。 クラスで一番美しい少女。 そして。 密かに想い続けていた初恋の少女。 この世界は嘘と欺瞞に満ちている。 愛を語るには幼過ぎる少女達と 愛を語るには汚れ過ぎた大人。 少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、 大人は平然と他人を騙す。 ある時、 俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。 そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。 夕日に少女の涙が落ちる時、 俺は彼女達の笑顔と 失われた真実を 取り戻すことができるのだろうか。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

ニンジャマスター・ダイヤ

竹井ゴールド
キャラ文芸
 沖縄県の手塚島で育った母子家庭の手塚大也は実母の死によって、東京の遠縁の大鳥家に引き取られる事となった。  大鳥家は大鳥コンツェルンの創業一族で、裏では日本を陰から守る政府機関・大鳥忍軍を率いる忍者一族だった。  沖縄県の手塚島で忍者の修行をして育った大也は東京に出て、忍者の争いに否応なく巻き込まれるのだった。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

デリバリー・デイジー

SoftCareer
キャラ文芸
ワケ有りデリヘル嬢デイジーさんの奮闘記。 これを読むと君もデリヘルに行きたくなるかも。いや、行くんじゃなくて呼ぶんだったわ……あっ、本作品はR-15ですが、デリヘル嬢は18歳にならないと呼んじゃだめだからね。 ※もちろん、内容は百%フィクションですよ!

処理中です...