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第四章 刑事の元へ、仲間が集う
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一歩遅れて付いてくる名波が無精髭を撫でた。
「で、いい知らせってのは何だよ」
「おお、ようやくのタメ口ありがとうございます名波さん。さらに気軽に、可愛いみはやちゃん、って呼んでくださいな」
「…………」
「うわぁ……氷点下通り越して絶対零度の沈黙です……いちいちツッコんでくださる那臣さんてば、いいひとだったんですねえ」
「報告は以上のようですね、参事官、早く駅へ戻りましょ……」
「はいはいはい、真面目に続けますとも!
グッドなニュースはこちらです。先程お二人が高輪潮音荘へ訪問されたことは、ミズホプロモーションの担当者さんから河原崎尚毅さん、勇毅さんのところへ光速拡散済みです。いやあ担当者さん、いい仕事してますねえ」
那臣がすぐ意図を悟ってくれる。
「成程な、俺たちが一連の事件の手掛かりを得たと知って、奴らが何らかのアクションを起こしてくれたほうが、沈黙されたままより対処しやすい」
「はい、高輪の事件については想定したルートのうちでも、最も我々に有利、なんですが……」
みはやの声のトーンがわずかに沈み曇る。
らしくなく口ごもる様子に那臣は気付いてしまった。
どくりと不快に心臓が暴れ出す。低すぎる声が、続きを促す。
「なんですが、何だ。構わない、言ってくれ」
「……はい……すでに勇毅さん直属のお掃除部隊が、高輪潮音荘へ出動すべく準備に入りました」
「お掃除部隊? 何だ、それは」
名波が首を捻る。そしてただならぬ気配を感じて思わずびくりと足を止めた。
那臣が立ちすくみ、大きく目を見開いて足下のアスファルトを睨み据えている。
握りしめた拳は小刻みに震え、名波が知っているいつも温厚な那臣からは想像もつかなかった怒りのオーラが、全身から立ち上っていた。
静かなみはやの声が囁きかける。
「……名波さん、申し訳ありませんが、那臣さんが暴走しそうになったら、とりあえず止めてくださいますか」
張りつめた空気に名波が息を呑む。
その緊張の糸をすぐに緩めたのは、那臣の穏やかな声だった。
「……いや、大丈夫だ。みはや、済まないな、ありがとう」
みはやがその大きな目を見開いた。数瞬の静寂が二人の間を繋ぐ。みはやは那臣の傍らで深く息をつき、顔を上げた。
いつも鏡のように、ありのままの那臣を映し出す淡い黒の瞳は、肯定と信頼を静かに湛えていた。
「……いえ、わたしこそ失礼しました……那臣さんを見くびった発言でした。お詫びします」
那臣の怒りも葛藤もすべて理解し、それでも那臣なら理性で制御できると、そうみはやは信じてくれる。那臣は胸の奥からこみ上げるものを、照れた笑みで押さえつけた。
「信頼には応えないとな。より冷静に行動するとしよう」
「……あの……自分、外しましょうか?」
おずおずと、という感じで一歩引いて顔を背けた名波に、那臣はいつもの温厚な笑顔を向けた。
「……すみません、名波さんにまでご心配おかけしました」
「別に心配ってわけじゃありませんがね、なにやら二人の世界に入っていらっしゃったようなので」
「名波さん、置いてきぼりしてごめんなさい。やっぱりにじみ出るらぶらぶは隠しきれないものなのですねえ」
「だかららぶらぶじゃ……。いえ、そうですね、名波さんにも、あの事件について、自分が突き止めたことすべてを話しておいたほうがいいかもしれない」
「差し支えなければ教えてもらいたいですね。昼行灯の参事官を、ここまで激昂させるようなあの事件の真実の全貌とやらを」
歩道で立ち止まる深刻な顔の男二人に制服姿の少女一人、妙な取り合わせの一行に通りがかりの観光客がうろんな視線を寄越してくる。
その視線に気付いた那臣は、再び大通りの方向へと歩き出した。
「みはや、同時進行で済まないが高輪潮音荘に派遣される奴らの動向を追えるか?
俺と……俺たちと河原崎親子の関わり、ここに至ったいきさつだ。名波さんには全部話しておきたい。
あちらの状況はどうだ? 今、名波さんと話している時間はあるか?」
「どうぞお茶でもしながらごゆっくり、と言いたいところですが、お二人はなるべく早急にあちらへ向かいつつお話していただけますか?
河原崎パパオーダーの部隊についてはお任せください。非常識なお掃除屋さんには、非常識で対応させていただきますので」
「非常識とか……何をするつもりだ? お前こそ暴走してくれるなよ」
「単なる適材適所の配置です。警察署には刑事さんを、民間のお掃除屋さんには民間のお客様、ですよ」
「お客様? なんだそれは」
みはやが急にわたわたとタブレットを操作する。
そして血相を変え、見えてきたJR品川駅と、タブレットに表示された地図を忙しなく交互に指さした。
「はうぅ……ちょっと待ってくださ~い! ですからとにかく駅にダッシュ!です!
敵さんも最速展開、あちらのお二人まで光速移動開始かもとか勘弁です~!
新宿名物国道二十号大渋滞が、なんで本日に限ってさっくさくのキレキレなんですか~! 観光バス集団プリーズです~っっっ!」
謎の八つ当たりをまき散らして焦るみはやに、那臣が短く確認を入れる。
「仲間の危機、だな?」
「はい! 駆けつけちゃってください! お願いします!」
那臣はみはやとハイタッチを交わすと、全速力で品川駅へ続く坂道を駆け下りていった。
名波は顔をしかめて肩をすくめ、それでもまた全速力で那臣の後を追った。
「で、いい知らせってのは何だよ」
「おお、ようやくのタメ口ありがとうございます名波さん。さらに気軽に、可愛いみはやちゃん、って呼んでくださいな」
「…………」
「うわぁ……氷点下通り越して絶対零度の沈黙です……いちいちツッコんでくださる那臣さんてば、いいひとだったんですねえ」
「報告は以上のようですね、参事官、早く駅へ戻りましょ……」
「はいはいはい、真面目に続けますとも!
グッドなニュースはこちらです。先程お二人が高輪潮音荘へ訪問されたことは、ミズホプロモーションの担当者さんから河原崎尚毅さん、勇毅さんのところへ光速拡散済みです。いやあ担当者さん、いい仕事してますねえ」
那臣がすぐ意図を悟ってくれる。
「成程な、俺たちが一連の事件の手掛かりを得たと知って、奴らが何らかのアクションを起こしてくれたほうが、沈黙されたままより対処しやすい」
「はい、高輪の事件については想定したルートのうちでも、最も我々に有利、なんですが……」
みはやの声のトーンがわずかに沈み曇る。
らしくなく口ごもる様子に那臣は気付いてしまった。
どくりと不快に心臓が暴れ出す。低すぎる声が、続きを促す。
「なんですが、何だ。構わない、言ってくれ」
「……はい……すでに勇毅さん直属のお掃除部隊が、高輪潮音荘へ出動すべく準備に入りました」
「お掃除部隊? 何だ、それは」
名波が首を捻る。そしてただならぬ気配を感じて思わずびくりと足を止めた。
那臣が立ちすくみ、大きく目を見開いて足下のアスファルトを睨み据えている。
握りしめた拳は小刻みに震え、名波が知っているいつも温厚な那臣からは想像もつかなかった怒りのオーラが、全身から立ち上っていた。
静かなみはやの声が囁きかける。
「……名波さん、申し訳ありませんが、那臣さんが暴走しそうになったら、とりあえず止めてくださいますか」
張りつめた空気に名波が息を呑む。
その緊張の糸をすぐに緩めたのは、那臣の穏やかな声だった。
「……いや、大丈夫だ。みはや、済まないな、ありがとう」
みはやがその大きな目を見開いた。数瞬の静寂が二人の間を繋ぐ。みはやは那臣の傍らで深く息をつき、顔を上げた。
いつも鏡のように、ありのままの那臣を映し出す淡い黒の瞳は、肯定と信頼を静かに湛えていた。
「……いえ、わたしこそ失礼しました……那臣さんを見くびった発言でした。お詫びします」
那臣の怒りも葛藤もすべて理解し、それでも那臣なら理性で制御できると、そうみはやは信じてくれる。那臣は胸の奥からこみ上げるものを、照れた笑みで押さえつけた。
「信頼には応えないとな。より冷静に行動するとしよう」
「……あの……自分、外しましょうか?」
おずおずと、という感じで一歩引いて顔を背けた名波に、那臣はいつもの温厚な笑顔を向けた。
「……すみません、名波さんにまでご心配おかけしました」
「別に心配ってわけじゃありませんがね、なにやら二人の世界に入っていらっしゃったようなので」
「名波さん、置いてきぼりしてごめんなさい。やっぱりにじみ出るらぶらぶは隠しきれないものなのですねえ」
「だかららぶらぶじゃ……。いえ、そうですね、名波さんにも、あの事件について、自分が突き止めたことすべてを話しておいたほうがいいかもしれない」
「差し支えなければ教えてもらいたいですね。昼行灯の参事官を、ここまで激昂させるようなあの事件の真実の全貌とやらを」
歩道で立ち止まる深刻な顔の男二人に制服姿の少女一人、妙な取り合わせの一行に通りがかりの観光客がうろんな視線を寄越してくる。
その視線に気付いた那臣は、再び大通りの方向へと歩き出した。
「みはや、同時進行で済まないが高輪潮音荘に派遣される奴らの動向を追えるか?
俺と……俺たちと河原崎親子の関わり、ここに至ったいきさつだ。名波さんには全部話しておきたい。
あちらの状況はどうだ? 今、名波さんと話している時間はあるか?」
「どうぞお茶でもしながらごゆっくり、と言いたいところですが、お二人はなるべく早急にあちらへ向かいつつお話していただけますか?
河原崎パパオーダーの部隊についてはお任せください。非常識なお掃除屋さんには、非常識で対応させていただきますので」
「非常識とか……何をするつもりだ? お前こそ暴走してくれるなよ」
「単なる適材適所の配置です。警察署には刑事さんを、民間のお掃除屋さんには民間のお客様、ですよ」
「お客様? なんだそれは」
みはやが急にわたわたとタブレットを操作する。
そして血相を変え、見えてきたJR品川駅と、タブレットに表示された地図を忙しなく交互に指さした。
「はうぅ……ちょっと待ってくださ~い! ですからとにかく駅にダッシュ!です!
敵さんも最速展開、あちらのお二人まで光速移動開始かもとか勘弁です~!
新宿名物国道二十号大渋滞が、なんで本日に限ってさっくさくのキレキレなんですか~! 観光バス集団プリーズです~っっっ!」
謎の八つ当たりをまき散らして焦るみはやに、那臣が短く確認を入れる。
「仲間の危機、だな?」
「はい! 駆けつけちゃってください! お願いします!」
那臣はみはやとハイタッチを交わすと、全速力で品川駅へ続く坂道を駆け下りていった。
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