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第四章 刑事の元へ、仲間が集う
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三人は品川駅を出て交差点を渡った。
玉置結奈の遺体は、高輪にあるホテルの敷地内の植え込みで発見されていた。
高輪方面に向かって左手に折れると、すぐカラオケ店が見えてくる。これまでの捜査で、玉置結奈は遺体発見前日、品川駅に到着後、このカラオケ店に立ち寄り、家を出た時着ていた服から別の服に着替えて出て行ったことがわかっている。
通りをさりげなく観察していた那臣が呟く。
「カメラ……は、あることはあるようですが……」
「資料ではこのカラオケ店で足取りが途切れています、意図的に情報を遮断されてなければ、ですが」
玉置結奈の動向は、現在警察が把握している限り、十一月二十四日午後三時三十七分にカラオケ店を出て、翌々日二十六日午前六時五分に巡回中のホテル警備員に遺体として発見されるまでの間、空白となっていた。
死亡推定時刻は二十五日午後九時ころ、死因は頸部を締められたことによる窒息死である。
遺体に残された痕跡から、大きな手を持つ人間、おそらくは男性に素手で強く頸部を締められたのではないかとのことだ。発見場所で殺害されたのか、殺害後に遺体がホテルの敷地内に遺棄されたのかは未だ判明していない。
死亡推定時刻前後、遺棄現場の近くで玉置結奈、あるいは不審な人物を目撃したという情報は、今のところ寄せられていない。そして、数日前からホテル外周の防犯カメラがシステム故障中となっていて、ホテルの庭園に出入りする結奈と、犯人の姿を捉えている画像はなかった。
カメラの故障については、あまりにタイミングの悪さに、「何らかの意図を感じなくはないですね」と、名波が眉間のしわを深くして、ぼそりと呟いた。
この少ない情報に加えて那臣たちは、二十四日午後八時ころから十一時半ころまでクラブでミワと遊んでいたことを突き止めている。
もっとも二十四日午後十一時半すぎにクラブでミワと別れたあとの結奈の行動は依然として不明のままだ。その空白を埋めるべく、不本意ながらも岩城の力を借りることになった。
岩城は、あっさりとHANA*SoHのサーバから、失踪した女性たちの消された通信履歴を拾ってきてくれた。
那臣が推理したとおり、犯人は相当手の込んだ芝居を打って、女性たちをその気にさせていたようだ。
玉置結奈の場合はこうであった。
まず最初にモデル事務所の人間だと名乗る人物から、結奈のSNSアカウントにダイレクトメールが届く。併設のモデルレッスンスクールを受講しないかとの誘いである。
しばらくして同じ人物から、「うちがスカウトした女性のリストを見た某有名芸能事務所の知人が、君に興味を持っている。企画が進行中のドラマのヒロイン役のイメージにぴったりらしい」とメールが来、間髪置かずに、「いてもたってもいられず無理矢理知人から連絡先を聞き出した」という芸能事務所の人間から熱烈な勧誘のメールが届く。
専属のマネージャーも付けられ、その気になってきた結奈のところに、『オーディション』を受けるならイメージに合った服やメイクが必要と、スタイリストから打ち合わせのメールもやってくる……。
「それらすべてが違法契約スマホによる架空のアカウント。結奈さんとの打ち合わせが終わったらきれいさっぱり痕跡を消しちゃってたらしいですね。ヘアサロンの偽サイトまで開設してリンクから誘導させてたとか、その辺の振り込め詐欺集団よりも、さらに手間とお金をかけていそうです」
「しかも肝心の待ち合わせ場所や『オーディション』会場を知らせるのは、テキストの残らない音声での通話か。念には念を入れてるな。絶対にしっぽを掴ませないぞ、ってか」
「そのしっぽを岩城さんが掴んできてくださったじゃありませんか。ほら、見えてきました。高輪潮音荘です」
現場のホテルを右手に坂を登り切り、道なりに右へと曲がる。
すると左奥に、純和風の土塀に囲まれた竹林が現れた。
主に外国人、それも企業経営者や政府要人向けに整えられた施設で、中には小規模ながら美しい日本庭園と茶室が作られており、客を招待して茶会が開かれているとのことだ。
「結奈さんは上京する直前、北九州市の自宅付近からもう一台、未知のスマホを使い始めていました。『マネージャー』さんから送られて、家を出たら連絡はそちらのスマホを使用するようにと指示されていたようですね。それがミワちゃんがクラブで見かけた二台めの白いスマホです。
ただ『マネージャー』さんの誤算というか、犯罪お間抜けあるあるなのですが……結奈さんが指示通り、ご自宅を出たらすぐご自分のピンクのスマホの電源を落としていれば、結奈さんの足取りは品川駅のカメラ映像程度しか残っていなくて、きっちり失踪成功したはずでした。日本警察の足を使った聞き込み捜査は素晴らしいものではありますが、都心のハブ駅周辺で、とりたてた特徴もない一人の少女を記憶に留めている目撃者は、残念ですがほぼ皆無でしょう。
しかし結奈さんはスマホの電源を切り忘れてしまい、上京後カラオケ店で慌ててオフにしたのです。
おかげで我らが岩城さん無双炸裂。
元から結奈さんがお持ちのスマホと新しいスマホ。同時に位置を移動する二台のスマホから新しいスマホ端末を特定して、新しいスマホの位置を追うことができました。
そのスマホから発信された位置情報は、この高輪潮音荘付近が最後。メールではなく、音声通話の番号に掛けて、コール二回で相手が取ることなく切れています。コール先は高輪潮音荘の受付です。
ちなみに新しいスマホはもちろん契約者架空、端末は現在行方不明です」
「……そんな離れ業もやってのけるのか……すさまじいな」
「そうですか? わりとポピュラーな技ですよ。ピロシキの美味しい某国も絶賛、の腕前には、朝飯前のおやつ程度です」
「玉置結奈はここで殺害された可能性が高いってわけか……ですか」
名波が、もごもごと口を歪めて歯切れの悪い語尾にする。
みはやは判っていて、わざとらしく名波に寄り添い、にっこりと笑ってみせた。
「名波さん、那臣さんにはともかく、わたしに敬語は必要ないでしょう? 同じ館組の構成員です。もっと気安くフレンドリーにお話しくださいな」
「だから勝手にやくざにするな……すみません名波さん、こいつ馴れ馴れしくて。そんなに気を使わなくていいですから」
「……参事官もです。いつまでも自分に、さん付け敬語はやめてください」
名波が呆れた様子で顔をしかめた。
警察は階級が何よりものをいう体育会系の組織で、年下だろうが後輩だろうが、上の階級の人間には絶対服従。目下の人間に敬語を使う必要などさらさらない。
現状、名波より二階級も上の那臣は、なんとも情けない笑みをつくる。
「……まあ、その、自分の昇進は似非というか、みはやが気まぐれを起こさなければ、名波さんと同じ警部で係長だった訳ですから」
「気まぐれじゃありません、満を持した運命の出会いです」
「だからちょっと黙ってろ」
那臣とみはやのじゃれあいを、名波は深すぎる溜息で遮断した。
「……どうぞお気遣いなく。こっちだって参事官のことは、馬鹿の付くお人好しの後輩としか思っちゃいませんから」
「うわうわ、名波さんてばツンデレさん、だったのですね? さすがわたしの那臣さん、各方面からモッテモテ、です」
「だからお前は黙ってろ」
那臣と名波の見事なハモリであった。
玉置結奈の遺体は、高輪にあるホテルの敷地内の植え込みで発見されていた。
高輪方面に向かって左手に折れると、すぐカラオケ店が見えてくる。これまでの捜査で、玉置結奈は遺体発見前日、品川駅に到着後、このカラオケ店に立ち寄り、家を出た時着ていた服から別の服に着替えて出て行ったことがわかっている。
通りをさりげなく観察していた那臣が呟く。
「カメラ……は、あることはあるようですが……」
「資料ではこのカラオケ店で足取りが途切れています、意図的に情報を遮断されてなければ、ですが」
玉置結奈の動向は、現在警察が把握している限り、十一月二十四日午後三時三十七分にカラオケ店を出て、翌々日二十六日午前六時五分に巡回中のホテル警備員に遺体として発見されるまでの間、空白となっていた。
死亡推定時刻は二十五日午後九時ころ、死因は頸部を締められたことによる窒息死である。
遺体に残された痕跡から、大きな手を持つ人間、おそらくは男性に素手で強く頸部を締められたのではないかとのことだ。発見場所で殺害されたのか、殺害後に遺体がホテルの敷地内に遺棄されたのかは未だ判明していない。
死亡推定時刻前後、遺棄現場の近くで玉置結奈、あるいは不審な人物を目撃したという情報は、今のところ寄せられていない。そして、数日前からホテル外周の防犯カメラがシステム故障中となっていて、ホテルの庭園に出入りする結奈と、犯人の姿を捉えている画像はなかった。
カメラの故障については、あまりにタイミングの悪さに、「何らかの意図を感じなくはないですね」と、名波が眉間のしわを深くして、ぼそりと呟いた。
この少ない情報に加えて那臣たちは、二十四日午後八時ころから十一時半ころまでクラブでミワと遊んでいたことを突き止めている。
もっとも二十四日午後十一時半すぎにクラブでミワと別れたあとの結奈の行動は依然として不明のままだ。その空白を埋めるべく、不本意ながらも岩城の力を借りることになった。
岩城は、あっさりとHANA*SoHのサーバから、失踪した女性たちの消された通信履歴を拾ってきてくれた。
那臣が推理したとおり、犯人は相当手の込んだ芝居を打って、女性たちをその気にさせていたようだ。
玉置結奈の場合はこうであった。
まず最初にモデル事務所の人間だと名乗る人物から、結奈のSNSアカウントにダイレクトメールが届く。併設のモデルレッスンスクールを受講しないかとの誘いである。
しばらくして同じ人物から、「うちがスカウトした女性のリストを見た某有名芸能事務所の知人が、君に興味を持っている。企画が進行中のドラマのヒロイン役のイメージにぴったりらしい」とメールが来、間髪置かずに、「いてもたってもいられず無理矢理知人から連絡先を聞き出した」という芸能事務所の人間から熱烈な勧誘のメールが届く。
専属のマネージャーも付けられ、その気になってきた結奈のところに、『オーディション』を受けるならイメージに合った服やメイクが必要と、スタイリストから打ち合わせのメールもやってくる……。
「それらすべてが違法契約スマホによる架空のアカウント。結奈さんとの打ち合わせが終わったらきれいさっぱり痕跡を消しちゃってたらしいですね。ヘアサロンの偽サイトまで開設してリンクから誘導させてたとか、その辺の振り込め詐欺集団よりも、さらに手間とお金をかけていそうです」
「しかも肝心の待ち合わせ場所や『オーディション』会場を知らせるのは、テキストの残らない音声での通話か。念には念を入れてるな。絶対にしっぽを掴ませないぞ、ってか」
「そのしっぽを岩城さんが掴んできてくださったじゃありませんか。ほら、見えてきました。高輪潮音荘です」
現場のホテルを右手に坂を登り切り、道なりに右へと曲がる。
すると左奥に、純和風の土塀に囲まれた竹林が現れた。
主に外国人、それも企業経営者や政府要人向けに整えられた施設で、中には小規模ながら美しい日本庭園と茶室が作られており、客を招待して茶会が開かれているとのことだ。
「結奈さんは上京する直前、北九州市の自宅付近からもう一台、未知のスマホを使い始めていました。『マネージャー』さんから送られて、家を出たら連絡はそちらのスマホを使用するようにと指示されていたようですね。それがミワちゃんがクラブで見かけた二台めの白いスマホです。
ただ『マネージャー』さんの誤算というか、犯罪お間抜けあるあるなのですが……結奈さんが指示通り、ご自宅を出たらすぐご自分のピンクのスマホの電源を落としていれば、結奈さんの足取りは品川駅のカメラ映像程度しか残っていなくて、きっちり失踪成功したはずでした。日本警察の足を使った聞き込み捜査は素晴らしいものではありますが、都心のハブ駅周辺で、とりたてた特徴もない一人の少女を記憶に留めている目撃者は、残念ですがほぼ皆無でしょう。
しかし結奈さんはスマホの電源を切り忘れてしまい、上京後カラオケ店で慌ててオフにしたのです。
おかげで我らが岩城さん無双炸裂。
元から結奈さんがお持ちのスマホと新しいスマホ。同時に位置を移動する二台のスマホから新しいスマホ端末を特定して、新しいスマホの位置を追うことができました。
そのスマホから発信された位置情報は、この高輪潮音荘付近が最後。メールではなく、音声通話の番号に掛けて、コール二回で相手が取ることなく切れています。コール先は高輪潮音荘の受付です。
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名波が、もごもごと口を歪めて歯切れの悪い語尾にする。
みはやは判っていて、わざとらしく名波に寄り添い、にっこりと笑ってみせた。
「名波さん、那臣さんにはともかく、わたしに敬語は必要ないでしょう? 同じ館組の構成員です。もっと気安くフレンドリーにお話しくださいな」
「だから勝手にやくざにするな……すみません名波さん、こいつ馴れ馴れしくて。そんなに気を使わなくていいですから」
「……参事官もです。いつまでも自分に、さん付け敬語はやめてください」
名波が呆れた様子で顔をしかめた。
警察は階級が何よりものをいう体育会系の組織で、年下だろうが後輩だろうが、上の階級の人間には絶対服従。目下の人間に敬語を使う必要などさらさらない。
現状、名波より二階級も上の那臣は、なんとも情けない笑みをつくる。
「……まあ、その、自分の昇進は似非というか、みはやが気まぐれを起こさなければ、名波さんと同じ警部で係長だった訳ですから」
「気まぐれじゃありません、満を持した運命の出会いです」
「だからちょっと黙ってろ」
那臣とみはやのじゃれあいを、名波は深すぎる溜息で遮断した。
「……どうぞお気遣いなく。こっちだって参事官のことは、馬鹿の付くお人好しの後輩としか思っちゃいませんから」
「うわうわ、名波さんてばツンデレさん、だったのですね? さすがわたしの那臣さん、各方面からモッテモテ、です」
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