モリウサギ

高村渚

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第四章 刑事の元へ、仲間が集う

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 そして心を配らなければならないことは他にもあった。
 那臣ともおみは二人の部下をじっと見つめた。すると市野瀬が、きらきらした表情をさらに紅潮させじっと見つめ返してくる。
「まず何からはじめましょうか? 参事官」
 向かいの席で、名波が溜息とともにぼそりとつぶやく。
「ああ、先ほど外出されている間に、カメラや盗聴器の類は潰しておきましたから。安心して誰かの悪口大会からでも始めてください」
 那臣は吹き出して、ひとつ息をついた。
 そして上着の襟元を意識して、相棒の名を呼ぶ。
「みはや、どうだ?」
 間髪入れずに左耳に付けたイヤフォンに着信が入る。
 那臣は軽く耳朶じだを叩いた。
「お二人とも、河原崎ファミリーのお友達でも手下でもありませんでした。我らが秘密結社の入社資格はばっちりです。うぇるかむ館組!」
「……やくざかよ」
 深すぎる溜息をつく那臣を、何事かと二人が不思議そうに見守っている。
 先に口を開いたのは名波だった。
「せっかく部屋を掃除したっていうのに、まさか参事官ご自身がマイクをお持ちとはね。相手は誰ですか?」
「すみません、失礼は重々承知してますが、お二人の身辺を相棒に探らせていました……つい先日も自分に協力してくれる人間に危害が及んだもので」
 名波が無精髭ぶしょうひげを撫で、ごきりと肩を鳴らす。
「それは疑って当然でしょう。今、望んで参事官の下に付こうなんて人間はよほどの物好きか、そうでなかったら奴らの犬だ。このまますんなり自分と市野瀬を招き入れるような間抜けなら、早々に見限りましたよ」
 面白くもなさそうな仏頂面が、何故だか心強い。
 この人ならともに立ち向かってくれるのでは、と、那臣は感じ取った。
 那臣はもう一度、二人にしっかりと向き合った。
「……名波さん、それから市野瀬。知ってのとおり相手の河原崎勇毅は与党の大物議員で、OBとして未だ警察内部にも強大な影響力を持っています。自分と捜査をともにすることで、お二人の身にも危険が及ぶかも知れない。それでもこのままここに残って協力してくれますか?」
 一瞬の静寂を、市野瀬の奇声が打ち破った。
「……リアル権力との争いキタ~っっっっっ! やばいです! 感激です! お母さん、生んでくれてありがとう~っっっ!」
 天を仰いで両手を合わせる市野瀬に背を向けて、名波が那臣の肩を叩いた。
「……こんなものでよければ好きに使ってやってください。
 ああ、ご心配なく、こいつ表しかない人間ですから。今、本気で幸せすぎる状況に酔ってます」
「……の、ようですね。名波さんは?」
「これほど阿呆にはなれませんがね。まあ、参事官と連んでいたら、結構面白そうですので」
 喜色全開でぴょんぴょん跳ねまくる、まもなく三十路の市野瀬をとりあえず放置して、那臣と名波は軽く握手を交わした。


 品川駅の改札をくぐると、名波は、後ろを歩いていたはずの那臣の姿が見えないことに気付いた。
 乗降客の流れを邪魔しないよう、改札から少し離れて立ち止まる。
 すると、那臣が、長身を縮めるように恐縮し、追いついてきた。
「すみません。そういえばみはやの奴が、品川行ったらエキュートで菓子買ってこい、って言ってたのを思い出しまして……」
 人懐こい笑顔を向けられると、わざと冷たく返したくなる。名波の悪い癖だ。
「買ってこいとのご命令あらば、ワンと鳴いて引き返しますよ? 幹部職員が菓子折りご購入なら、経費で落とせるんじゃありませんか」
「ははっ、さすがに同居人への土産に経費はナシでしょう」
 この元同僚ときたら、上官に対してあからさまに失礼な名波の物言いに全く反応してこない。よって名波は、眉間のしわと吐き出す毒を追加して、親愛なる参事官どのに言上差し上げることにする。
「同居人、ねえ。どうにも物騒な同居人がいらっしゃる……警察病院の医師に知り合いがいるんですがね。怪我の状態を見て背筋が凍ったって言ってましたよ。
 正確に気道を潰されていた、それも即死はさせない程度にとかね。
 そんな凄腕が、いかにも菓子の似合いそうな子どもとはねえ……」
「……それは自分もつくづく思ってますよ」
 相棒と紹介したみはやの正体をどう告げるべきか、少々躊躇ためらった那臣だったが、名波と市野瀬の二人なら問題はないと判断し、スマホの画面越しに対面と相成った。
 二人の反応は見事に予想通りで、名波は仏頂面をさらにしかめて「世も末だ」と吐き捨て、市野瀬は「謎の美少女秘密工作員キタ~っっっ!」と絶叫し、幸せそうに失神した。
「自分は、参事官は何だかんだ言って、ちゃんと良識をお持ちの方だとばかり思ってましたが、とんだ見込み違いでしたね。まさか女子中学生にヤバい仕事を請け負わせているとは」
 横を歩く那臣の顔も見ず、名波がぼそりと責めてくる。
 こればかりは那臣も反論できず顔をしかめた。
「そもそも大丈夫なんですか? 彼女、親御さんはどうしてるんです」
「それは……」
 那臣が口を開こうとした瞬間、那臣と名波の間に小さな影が滑り込んできて二人の腕にぶら下がった。
「全然問題なっしんぐ、です。那臣さんはわたし、森戸みはやの立派な未成年後見人ですので。
 せっかくですから名古屋家庭裁判所発行の審判書謄本をご覧になりますか? 謄本認証の職印なんて我ながら良い出来、ですよ」
 みはやにいきなり腕を組まれ上目づかいでにっこりと微笑まれて、名波は硬直している。
 那臣は慣れたものだ。しかつめらしく咳払いをした。
「問題おおありだ。ニセ未成年後見人の身上監護権に基づいて問うが、学校はどうした? まだ一限も終わってないだろうが」
「みはやちゃんは設定上病弱な美少女転校生なので、今朝も貧血気味で早退させていただきました。保護者さま宛てに、美味しいものいっぱい食べさせてゆっくり休養するようメールが入っていたはずなんですが。那臣さん、ちゃんとチェックしてくださいな」
「なら回れ右して家で休養してろ」
「名波さんと三人で美味しいもの食べたら帰りますよ。ね、名波さん?」
「……参事官、は……すでに馴染なじんでいらっしゃるんですね」
 名波にしては珍しく毒舌も忘れ、なんともいえない微妙な表情を浮かべている。
 半分は噂の守護獣まもりのけものとの突然の遭遇に、そして残りの半分は、みはやくらいの年齢の少女にいきなり絡まれ、どう接したものか戸惑っているようだ。
 そんな名波に構わず、みはやはちゃっかりと場を仕切る。
「本日最初のお仕事は、高輪の事件の現場再検証でしたね、ではでは張り切って行きましょう。
 さあレッツ捜査! そのあとエキュートのカレー屋さんで美味しいランチです!」
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