モリウサギ

高村渚

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第四章 刑事の元へ、仲間が集う

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 三好はいたって和やかに那臣ともおみを迎えた。三十代半ばですでに貫禄かんろくさえ漂わせる恰幅かっぷくのよい体を揺らしてデスクから立ち上がる。
「ああたちくん、わざわざ来てもらって済まないね、誰かに届けさせればよかったんだが」
 笑顔をみせておいて、その目はけして笑っていない。好意的な台詞の行間に、真逆の感情がちらほらと覗いている。那臣は内心で軽く溜息を付き、もちろん素知らぬふりで丁寧に礼を述べた。
「他に欲しい資料があったら遠慮なく言ってくれ。それぞれの捜査本部も一丸となって事件の解決にあたっているが、行き届かないところもあるだろう。部屋に持ち帰って、優秀な君の目を通して、違う角度からの意見をくれたら心強いよ」
「……全力を尽くします」
 傍観者に徹し捜査には一切手を出すな、と暗に告げられたようなものだ。
 良識的な一組織人那臣は大人の返事をして、部屋を後にした。
 エレベーターへ向かわず階段の入り口へと曲がると、コピー用紙の束を抱えて後ろを付いてきた市野瀬が、ふぉあ、と妙な溜息をついた。
「どうした? サボテンは飛んできそうもなかっただろうが」
「いやあ……そのかわり別のヤ~なオーラがびしばし飛んで来てたじゃないですか……参事官、よく平気ですねえ。感激しました」
「妙なポイントで感激してくれるな。つうか市野瀬、お前あの程度で参ってちゃ、本庁来たらやっていけねえぞ? 上に行けば行くほど、あんな奴らばっかりだ」
「大丈夫ですよ、自分は全く出世興味ないんで。興味あったら今、館参事官の荷物持ちなんてやってないですから」
 あっけらかんとした笑みを向けられて、那臣は脱力した。
 腰に両手を当てて斜め下を向く。
「……市野瀬お前……どこまで知ってるんだ?」
 市野瀬はきらきらした表情のまま、那臣の耳に口を寄せ、ほとんど聞き取れないほど声を潜める。
「名波班長の推理によれば、館参事官が何かの事件を追っていた、その犯人はどうやらイニシャルKの関係者だ。
 イニシャルKは事件と、その真相を突き止めた参事官を社会的に抹殺。しかし別方向からの謎の力により参事官復帰。でもKはやっぱり気に入らないのでふたたび手下を使って圧力、イマココ。らしいですね」
「……全く、あの人は優秀だよ」
 名波は那臣より五歳ほど年長だ。
 読みの鋭さには定評があり、本来ならばもっと早く出世しているはずが、上司と反りが合わず、度々昇任を阻まれたのだと聞いている。おそらく気にくわない上司に対してあの毒舌を発揮してしまったのだろう。
 そんな名波は、あの事件の黒幕についても、推論ではあれ、ほぼ正解を導き出していたようだ。
 那臣は肩をすくめる。
「え? ビンゴですか? うわぁああっ、現職議員ガチ圧力キタ~っっっ!」
「……はあ?」
「あ、失礼しました! 参事官にこのような物言いを」
 いやツッコミどころはそこではないのだが。
 ぽかんと口を開けたままの那臣を前に市野瀬が、声は元通り潜めたものの、尋常でないきらめきを体中から発して語り出す。
「自分、アウトローな生き方に憧れてるんですよ。権力とか体制に反抗ってカッコいいじゃないですか!」
 それで何故我が社に入社した、と市野瀬の後頭部をはたきそうになった。
 市野瀬の熱弁は続く。
「でも自分、小心者なので、なかなか理想を体現できず悶々と日々を過ごしていた訳ですが、このところ、頼れるアニキやボスが次々現れてくれて、今、我が人生最良の時なんです!」
「……まさかと思うが、それは名波さんや俺のことか?」
 そしておそらくアニキが名波で自分はボスだ。
 いつの間に自分は、警察官をやめてマフィアに転職したというのだろう。
「はい! 日陰者上等! ノーレジストノーライフです!」
 このまま階段に座り込みたくなった。
 みはやと出会ってからというもの、なにやら自分の周りに濃すぎるキャラクターが次々と湧いてきているのは気のせいか。
 そしてそんなぶっとんだ人々に対して、着実に耐性がついて来ている自分が悲しい。
 軽く頭を振っただけで瞬時に復活すると、ボス那臣は、手下市野瀬の手から無言で資料を奪い取り、階下へと足を向けた。
 階段を降りながらさっと書類に目を走らせる。
 一見したところでは、思いのほかまともな資料である。
 所轄や、全国の県警本部からの情報によると、『オーディション』に関係すると疑われる女性失踪案件は、四十件近くに上っていた。
 毎年、全国で相当な数の行方不明者が発生しているが、もちろんそのすべてに事件性がある訳ではない。面倒な人間関係その他諸々のしがらみを捨て、新たな土地で新たな人生を謳歌おうかしている者も多くいるだろう。
 だが、リストアップされた案件は、特異行方不明者として、早急に捜査を開始する必要があるとまでは認定されなかったが、大きな兆候がなかったにもかかわらず、会社や学校、アルバイト先に向かったまま姿を消した、親しかった友人との連絡までが突然途絶えてしまった、などといった、何らかのトラブルに巻き込まれた可能性のあるものばかりであった。
 部屋に戻り、名波と市野瀬にも資料を回す。
 リストアップされた三十九人の女性たちの資料をめくり、名波はひょいひょいと数枚を抜き出し、机の端に押しやった。
「……現段階で『オーディション』関連の被害者と推定されている新宿、高輪その他の女性の写真を見るに、本件捜査対象として、三十歳以上顔面偏差値六十以下の女性は除外でいいですね」
「……その推論はおそらく正しいですが、その発言、会議では謹んでもらえますか?」
「参事官がフェミニストとは存じませんでしたよ」
 まあ確かに、今までの捜査により、何らかの形で『オーディション』という言葉と関わりを持ったことが判明した女性たちは、皆若く、一様に標準以上の美人であった。苦笑して、名波認定顔面偏差値六十以上の女性たちの資料を見る。
 女性たちの氏名を確認し、那臣は口笛を吹きたくなった。
 今朝までにみはやが拾ってきた、『オーディション』関連の失踪者十四名、すべてがリストに入っている。さすがの情報収集能力だ。
「あれ、なんか参事官、いまビンゴ!って顔されませんでした?」
 ぎくりとして隣を向くと、市野瀬がきょとんとして那臣の表情をうかがっていた。
 それと判るほど顔に出してしまったつもりはない。
 どうやら市野瀬は、人のわずかな表情の揺らぎから心情を察知することに長けているようだ。
「……なるほど、館参事官は、優れた情報屋をお持ちのようだ。もうこの程度の情報は把握はあく済みってことですか。
 もしかすると一連の事件の全貌ぜんぼうも、おおよそつかんでいらっしゃる、とかね」
 そしてこちらは読みの鬼である。全く期せずして優秀すぎる部下を得たものだ。
 彼らをどこまで頼ってよいのだろう。また仲間を理不尽な暴力に巻き込むことになりはしないだろうか。
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