モリウサギ

高村渚

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第四章 刑事の元へ、仲間が集う

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 日差しが次第に、くっきりと窓際の観葉植物の影をつくりはじめた。
 階下からか、元気な子どもたちの声が聞こえてくる。もう間もなく登校の時間帯のようだ。
「ミワの話によると、玉置結奈が『オーディション』を受けるため上京したのは間違いないようだ」
那臣ともおみさんの推理通り、がっちり口止めされちゃってたみたいですねえ」
 みはやも烏龍茶で舌を湿しながら応える。
 ミワによると、彼女があのフレンドリー全開のしゃべりで相当突っ込んで尋ねたにも関わらず、結奈から聞き出せたのは、ほんのわずかな情報のみであったという。
「ですが大収穫もありました。ミワちゃんは優秀な観察眼をお持ちです。将来はいい情報屋さんになれますよ」
「前途ある未成年者を妙な進路に導かないでくれよ。スマホ二台持ちか……最近の女子高生はそんなに金持ちなのか? それとも……」
 クラブのトイレでメイクを直していたとき、結奈がピンクのスマホを取り出しかけ、すぐに鞄に押し込んで別の白いスマホを手にとって画面をのぞいていたという。
 結奈の所持品は未だ発見されていないが、生前地元で使用していたスマホは、ピンクのXperiaに派手なデコレーションを施したものであったという。
 ミワが見た前者のスマホがこちらであろう。ならば後者の出所は『オーディション』関係者の可能性もある。
 みはやは烏龍茶に添えた金平糖を口に放り込み、ぽりぽりと噛み砕いた。
「ふぉれ……それともの確率が高そうですねえ。ではそちらに関しては本日の宿題にさせてください。
 続いてミワちゃんが頑張って聞き出したオーディションの情報ですが、とある大作映画のヒロイン役で、相手役は紅白出場某人気アイドル、ですか。世間知らずの夢見るJKをだますには、テンプレすぎる設定ですねえ」
「そこだ、最近の女子高生は結構世間を知ってる。まるきりの素人を、SNSに投稿された自撮り写真がちょっと可愛かった程度でいきなり主役に抜擢ばってきなんて話、怪しさ全開だとは思わないか? 
 いまどき振り込め詐欺だって、キャストを何人も仕込んで、相当手の込んだ舞台を設定してる。彼女の事件も、信用させるために何らかの芝居を打ったんじゃないだろうか」
「なるほど、となるとやはり惜しむらくは消されちゃった結奈さんのSNSですね。少なくともスカウトしてきた誰かとのやりとりが、いろいろとあったに違いありません」
 みはやはタブレットを持って来て、ふたたび那臣の隣に座った。
「わたしがもう一働きしてもよいのですが、まもなく登校の時間です。
 なのでせっかくですから、マンションの住人として、優秀なコンシェルジュさんを有効活用しちゃいましょう。
 岩城さんなら消されちゃったデータを引っ張り上げるくらい朝飯前です。ついでにさっきの宿題もお願いしちゃいましょうか……。
 那臣さん、今度の金曜夜の予定は空けておいてくださいね? 二人で、めい・ど・あんじゅライブ入場整理番号争奪戦を勝ち抜いて、岩城さんへ最前列を捧げましょう!」
 岩城になにか連絡を取っているようだ。タブレットの上を滑るみはやの指先を渋い顔で見って、那臣も金平糖を口に放り込んだ。
「……みはや、判ってると思うが……」
「判っておりますとも。捜査の端緒になる程度。どこかの誰かさんからの密告電話と同レベルの情報にとどめますので、ご容赦ください」
 那臣は思わず烏龍茶を吹き出した。
 捜査報告書の冒頭に、捜査の端緒として『匿名の電話による通報』と書かれているときは、実はその情報は捜査員が懇意にしている情報屋から仕入れた場合がほとんどだ。情報屋がどんな手段を使ってネタを取ってきたのか、他の捜査員も深くは追求しない。もちろんその先の検察や裁判所も、だ。そのレベルなら勘弁してくれという訳である。もっともな言い訳に、苦笑して頷くしかなかった。
「と、そんな感じで、結奈さんとりあぽんさんのお二人とも、どうやら『オーディション』名目で誘われ殺されちゃいました、と匿名で情報が寄せられたとしますよね。こんな有力情報ですが、捜査本部さんでマトモに取り合っていただけるでしょうか?」
「それなんだが……」
 那臣は腕を組み、顔をしかめてうなる。
 ひとつアイディアは浮かんだが、どうにも気が進まなかった。
「……恭さんに頼んでみようかと思ったんだが……」
「倉田さんにですか? 何をです?」
「知ってのとおりあの人はあっちこっちで顔が利く。所轄の知り合いに働きかけてもらって、捜査の流れを、一連の事件の影に『オーディション』あり、な感じに向けてもらうことができるんじゃないか。
 捜査員の多くが重要な情報と感じてくれるようになれば、そうそう河原崎派の奴らも情報を切り捨てられないだろう」
「おお、よいではありませんか! 倉田さんなら最高の適役ですよ? 交友関係の広さは警視庁一、お相手を見る目も確かです。さすが那臣さん、グッドアイディアです!」
「……なんだがなあ」
 大弥たちの身に降りかかった災難を思うと、なかなか親しい人を積極的に巻き込む、という選択肢に踏み込めない。何か不都合な証拠を掴んでしまったとしたら、河原崎親子は、たとえ相手が警察官であろうと、消すことを躊躇ためらわないからだ。
 実際、自殺したとされている前園は、捜査中止となった事件にかかわっていた時期があり、何らかの事実を知ってしまったため、親子のどちらかの指図によって消されたのではないか、と那臣は見ていた。
 仕事の絡みもそれほどあった訳ではない、親しいつきあいもなかった前園だが、優秀で、警察官という職務に忠実な人物だったと思う。志を同じくする、大切な仲間だった。
「那臣さんは仲間思いですねえ。
 だがしかし、です。
 『仲間を思うということは、仲間の声を聞くということだ』ではないですか?」
「サーキス団長はそう言ったがそれとはまた……あああっっっ!」
 気付いて動いた瞬間にはすでに遅かった。
 みはやはにんまりとして制服のポケットから、あのスマホを取り出す。
 そしてわざとらしい苦悩の表情を浮かべ、台詞を棒読みした。
「倉田さんなら面白がって……いえいえ喜んで引き受けてくださると思うのですが……でもやっぱり倉田さんには振らないほうがよいですよねえ、こんな危険な作戦。
 やっぱり内緒、ですよね。どうぞ?」
「…………聞こえてるの前提だろうそりゃ……」
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