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第三章 刑事、慟哭す
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「家出すか?」
「らしい。……ああそうだ、もし知ってても、場合によっちゃ黙ってても構わんぞ。お巡りなんぞに知られたくない事情のある奴だっているだろうからな。お前んとこを信じて身を寄せてる奴を裏切ってまで、喋らなくてもいい」
大弥の所属するNPOは基本的に警察と協力関係にある。しかし、保護した少年によっては、警察関係者に漏らされたくない事情を抱えていることもあるだろう。そのあたりは、無理に聞き出すつもりはないと、那臣は、大弥へ念を押した。
「ありがとうっす。やっぱ館さん、わかってくれてるっすね。ロクに話も聞かずに自分の手柄ばっかり気にする奴らとは全然違うっす!」
上気した頬をまたくしゃくしゃに緩めて、大弥はビールを飲み干した。
そして改めて写真の少女をじっと見つめる。眉間にしわを寄せしばし考え込んだ後、軽く首を捻って答えた。
「……や、すんません。見覚えはないすね……うちで世話した子には、この顔はなかったっす。写真借りてもいいっすか? 念のためメンバー皆にも確認しときますんで」
「そうか、ありがとう」
那臣も、そう都合よく有力な目撃情報が得られるとは思っていない。久しぶりに大弥の元気そうな姿を見られただけで、今夜の目的の大半は果たしたようなものだ。
あとは二人で旨い酒と肴を楽しむとしよう。そう考え、品書きに手を伸ばした那臣は、大弥がまだ考え込んでいる様子に気付いた。
「ヒロヤ、どうした?」
「……えっと館さん? 小倉って福岡で、でもって九州で合ってますっけ?」
「ああ、福岡県北九州市だ。山陽新幹線なら九州に渡ってすぐ、博多の一つ手前の駅だな」
「そっすか。や、この子には見覚えないんすけどね、もしかすると、この子の話、聞いたかもしれんっす」
「……どういうことだ?」
「うちのシェルターになってるアパートにちょくちょく寄ってくれる子なんすけど、ミワって名前の、十五の女っす。そいつがこの前クラブで一緒に遊んだ奴が、確か九州の福岡の、ナントカって名前の町から出て来てたって言ってたような……」
大弥は眉間にしわを寄せて、記憶を辿っている。
「本当か?」
「ちょーカワイイ、読モみたいな子だったって言ってました」
玉置結奈は、以前地元の友人と自撮りした写真をSNSに何枚かアップしていた。今日持ってきた写真はその中の一枚をプリントアウトしたものだ。
自撮りで多少盛ってあるとしても、確かに整った美しい顔立ちといえるだろう。
「なんかスカウト? されたとかで……東京出て来ないかって言われたらしいっす。
明日オーディションがあるから、って。
ミワの奴、ゲイノーカイ? まじか! って、すげーうらやましがってました」
「それ、いつの話だ?」
「えっと、話聞いたのが先週の金曜っすから……ちょうど一週間前っすね」
遺体発見の前日だ。那臣は低く唸った。
「オーディション、ねえ……」
玉置結奈のスマホの通信記録に、それらしき履歴はなかった。
ミワがクラブで出会った少女は、結奈とは別人かもしれない。だが、なにか引っかかる。
「そのミワって子に連絡取れるか?」
「すんません、すぐにはちょっと。おっさんとはアドレス交換しねえ、ってカワイくねえ奴なんすよ。気が向いたらまたシェルター寄ってくれると思うんすけど……来たらソッコー、館さんに連絡入れますんで!」
「ああ、頼むよ」
その後、また互いの近況を肴にしばらく呑んで、十一時近くにお開きとなった。
勘定を済ませた那臣が店から出ようとすると、あとを付いてきた大弥が、また眉間にしわを寄せながら口を開く。
「……あの、館さん」
「ん? どうした? 呑み足りないか? なんならもう一軒付き合うぞ?」
中学生を夜間、一人で留守番させるのは防犯上好ましくないと、復職後はなるべく早めの帰宅を心がけていた那臣だ。とはいえ、相手はみはやである。
先日も「お帰りが遅いと、寂しくって泣いちゃいますよ、ぴえん」とは言われたが、口調はまったくぴえんではなかったので、あと一時間程延長する分には問題なかろう。
「いや、そんなんじゃないんすけど……その、さっきの話でなんかちょっと気になることがあって。
そういや、オーディション受けるとか言って、その後行方不明になっちまった子、他にもいるんすよ」
「何だと?」
意外な情報に勢いよく振り返った那臣は、狭い造りの居酒屋の鴨居に頭をぶつけてしまった。
「げ、大丈夫すか?」
「……平気だ、俺の頭よりそっちの話を頼む」
涙目で側頭部をさすりながら、続きを促す。
大弥は心配そうに那臣の顔を伺いながら、再び話し始めた。
「二週間くらい前……だったかな、夜中に渋谷駅前で座り込んでた子らに声かけたことがあったんすよ。行くとこないならとりあえずうちのシェルターに泊まりに来ないかって。
二人いて、両方とも結構カワイイ子だったんすけどね。家は静岡の方だって言ってました。
結局、うちの事務所と俺の連絡先だけ渡して、その子らとは別れたんすけど、そん時、自分らは明日オーディション受けるんだって言ってたんすよ。今日はその合格前祝いで、渋谷オールだって。
俺、てっきりアイドルか何かのやつだと思って。ほら、よくテレビで純情可憐少女塾とか、オーディション受かった新メンバーがどうとかやってるじゃないすか。
もし落ちたら、仕方ないからちゃんと家に帰るよって言うから、そん時はそれほど心配してなかったんすよ。別に親とケンカして出て来た感じでもなかったし。
それが二日くらい経って、渋谷北署の相談員やってる越智さんから「この子ら知らないか」って写真見せられて。静岡の親から捜索願いが出たんだそうです。
あれ? おっかしいなあって。
落ちたら帰るって言ってたのに……受かったって一度は家、帰りますよね? 荷物だってそんなに持ってた風じゃなかったのに……」
山手線へ乗り込んだあと、ずっと車内から手を振って寄越す大弥を見送り、ホームで一人、那臣は繰り返した。
「……『オーディション』、か」
胸が不快にざわつく。那臣の中の何かが、警告音を鳴らしているのが判った。
「らしい。……ああそうだ、もし知ってても、場合によっちゃ黙ってても構わんぞ。お巡りなんぞに知られたくない事情のある奴だっているだろうからな。お前んとこを信じて身を寄せてる奴を裏切ってまで、喋らなくてもいい」
大弥の所属するNPOは基本的に警察と協力関係にある。しかし、保護した少年によっては、警察関係者に漏らされたくない事情を抱えていることもあるだろう。そのあたりは、無理に聞き出すつもりはないと、那臣は、大弥へ念を押した。
「ありがとうっす。やっぱ館さん、わかってくれてるっすね。ロクに話も聞かずに自分の手柄ばっかり気にする奴らとは全然違うっす!」
上気した頬をまたくしゃくしゃに緩めて、大弥はビールを飲み干した。
そして改めて写真の少女をじっと見つめる。眉間にしわを寄せしばし考え込んだ後、軽く首を捻って答えた。
「……や、すんません。見覚えはないすね……うちで世話した子には、この顔はなかったっす。写真借りてもいいっすか? 念のためメンバー皆にも確認しときますんで」
「そうか、ありがとう」
那臣も、そう都合よく有力な目撃情報が得られるとは思っていない。久しぶりに大弥の元気そうな姿を見られただけで、今夜の目的の大半は果たしたようなものだ。
あとは二人で旨い酒と肴を楽しむとしよう。そう考え、品書きに手を伸ばした那臣は、大弥がまだ考え込んでいる様子に気付いた。
「ヒロヤ、どうした?」
「……えっと館さん? 小倉って福岡で、でもって九州で合ってますっけ?」
「ああ、福岡県北九州市だ。山陽新幹線なら九州に渡ってすぐ、博多の一つ手前の駅だな」
「そっすか。や、この子には見覚えないんすけどね、もしかすると、この子の話、聞いたかもしれんっす」
「……どういうことだ?」
「うちのシェルターになってるアパートにちょくちょく寄ってくれる子なんすけど、ミワって名前の、十五の女っす。そいつがこの前クラブで一緒に遊んだ奴が、確か九州の福岡の、ナントカって名前の町から出て来てたって言ってたような……」
大弥は眉間にしわを寄せて、記憶を辿っている。
「本当か?」
「ちょーカワイイ、読モみたいな子だったって言ってました」
玉置結奈は、以前地元の友人と自撮りした写真をSNSに何枚かアップしていた。今日持ってきた写真はその中の一枚をプリントアウトしたものだ。
自撮りで多少盛ってあるとしても、確かに整った美しい顔立ちといえるだろう。
「なんかスカウト? されたとかで……東京出て来ないかって言われたらしいっす。
明日オーディションがあるから、って。
ミワの奴、ゲイノーカイ? まじか! って、すげーうらやましがってました」
「それ、いつの話だ?」
「えっと、話聞いたのが先週の金曜っすから……ちょうど一週間前っすね」
遺体発見の前日だ。那臣は低く唸った。
「オーディション、ねえ……」
玉置結奈のスマホの通信記録に、それらしき履歴はなかった。
ミワがクラブで出会った少女は、結奈とは別人かもしれない。だが、なにか引っかかる。
「そのミワって子に連絡取れるか?」
「すんません、すぐにはちょっと。おっさんとはアドレス交換しねえ、ってカワイくねえ奴なんすよ。気が向いたらまたシェルター寄ってくれると思うんすけど……来たらソッコー、館さんに連絡入れますんで!」
「ああ、頼むよ」
その後、また互いの近況を肴にしばらく呑んで、十一時近くにお開きとなった。
勘定を済ませた那臣が店から出ようとすると、あとを付いてきた大弥が、また眉間にしわを寄せながら口を開く。
「……あの、館さん」
「ん? どうした? 呑み足りないか? なんならもう一軒付き合うぞ?」
中学生を夜間、一人で留守番させるのは防犯上好ましくないと、復職後はなるべく早めの帰宅を心がけていた那臣だ。とはいえ、相手はみはやである。
先日も「お帰りが遅いと、寂しくって泣いちゃいますよ、ぴえん」とは言われたが、口調はまったくぴえんではなかったので、あと一時間程延長する分には問題なかろう。
「いや、そんなんじゃないんすけど……その、さっきの話でなんかちょっと気になることがあって。
そういや、オーディション受けるとか言って、その後行方不明になっちまった子、他にもいるんすよ」
「何だと?」
意外な情報に勢いよく振り返った那臣は、狭い造りの居酒屋の鴨居に頭をぶつけてしまった。
「げ、大丈夫すか?」
「……平気だ、俺の頭よりそっちの話を頼む」
涙目で側頭部をさすりながら、続きを促す。
大弥は心配そうに那臣の顔を伺いながら、再び話し始めた。
「二週間くらい前……だったかな、夜中に渋谷駅前で座り込んでた子らに声かけたことがあったんすよ。行くとこないならとりあえずうちのシェルターに泊まりに来ないかって。
二人いて、両方とも結構カワイイ子だったんすけどね。家は静岡の方だって言ってました。
結局、うちの事務所と俺の連絡先だけ渡して、その子らとは別れたんすけど、そん時、自分らは明日オーディション受けるんだって言ってたんすよ。今日はその合格前祝いで、渋谷オールだって。
俺、てっきりアイドルか何かのやつだと思って。ほら、よくテレビで純情可憐少女塾とか、オーディション受かった新メンバーがどうとかやってるじゃないすか。
もし落ちたら、仕方ないからちゃんと家に帰るよって言うから、そん時はそれほど心配してなかったんすよ。別に親とケンカして出て来た感じでもなかったし。
それが二日くらい経って、渋谷北署の相談員やってる越智さんから「この子ら知らないか」って写真見せられて。静岡の親から捜索願いが出たんだそうです。
あれ? おっかしいなあって。
落ちたら帰るって言ってたのに……受かったって一度は家、帰りますよね? 荷物だってそんなに持ってた風じゃなかったのに……」
山手線へ乗り込んだあと、ずっと車内から手を振って寄越す大弥を見送り、ホームで一人、那臣は繰り返した。
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