モリウサギ

高村渚

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第二章 刑事、再び現場へ赴く

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 那臣ともおみの推論を裏付けるように、みはやが情報を繰りだしてきた。タブレットに指を滑らせ、またどこで入手したやら、会社の取引先リストらしきものを画面に表示させる。
「ミッドロケーションプランニングが関わるビルには、勇毅さんが大株主になっていらっしゃる古巣の警備会社の防犯一式がもれなく付いてますね。表裏ともども、ずぶずぶの関係とみて間違いないのではないでしょうか」
 那臣はあごを撫でうなった。
 例の事件を追っていたとき、河原崎勇毅の手がける事業も相当調べたつもりであった。
 だが、やはり警察組織の手を借りられない、個人での捜査には限界がある。ミッドロケーションプランニング、いや、緑川紗矢歌がそこまで河原崎親子と深く関わっていたことには、全く気付けなかった。
「しかしなあ……秘密クラブとなると考えられる罪状は賭博とばく、売春、それにクスリってところか。どれもこれも組織犯罪対策部組対生活安全部生安の案件だろう。だからといって疑惑がある以上、もう手を引くつもりはないが……」
 那臣には他部署との協力を否とする不毛なプライドはないが、いたって普通の組織人である。縦割りの弊害へいがいも十分承知しつつ、あちこちの部署がてんでばらばらに動いたらどんな惨状になるかもよく理解しているつもりだ。
 それに、警察全体の嫌われ者となってしまった現状で、刑事部の那臣が組織犯罪対策部や生活安全部の捜査にあれこれ口を挟んでも、決してよい結果は得られないだろう。
 那臣の煩悶はんもんを、みはやが軽い調子で吹き飛ばす。
「ご心配なく、と、言ってよいのか微妙ですが、あの尚毅さんです。生活安全部さんたちとのまったりしたお付き合いだけで終わる方ではないのでは?」
 粗野で遵法じゅんぽう精神に欠け、人を痛めつけることをよろこぶ。そんな父親の悪いところだけ取り出して増幅したような男だ。暴行傷害の類なら叩けばいくらでも出てくるに違いない。
「……刑事部の案件にも必ず引っかかる、な」
「自分のお仕事をしていたらおやびっくり、うっかり他の事件も突き止めちゃいました~てへ、なら、そんなに叱られなくて済みますよね?」
 愛らしく首を傾げて舌を出してみせる。全く、あどけないふりをしてとんでもない獣だ。
 交差点の手前で立ち止まり、隣に並んだみはやに向き直る。
 三十センチ下の、真っ直ぐに那臣を見つめる瞳に視線を合わせる。
「俺は、警察官だ」
「はい、わたしは那臣さんの守護獣まもりのけものです」
 改めて宣言する。同じ想いを共有するために。
「河原崎尚毅、それから勇毅をもう一度追う。
 ……あの事件を蒸し返すことはもう出来ないだろう。
 だが、このまま奴らを、何もなかったかのように野放しにはしない。
 みはや、俺に協力してくれるか?」
「もちろんです。主人の望むものすべてを主人あるじに捧げるのが守護獣まもりのけものですから。
 尚毅さんと勇毅さん、お二人の首を並べてお届けしますよ」
 見つめ返す瞳のちからは凶悪に強く、頼もしくもあり、ぎょしがたい怖さもあった。
 それでもこの獣は、自分と同じように罪を憎み、自分と同じように人を慈しむ存在であることを信じられる。
 己の分身におどけて笑ってみせた。
「お前が言うと本当に生首、持って来そうだな。それは勘弁してくれよ」
 みはやも応えて、満面の笑顔を返す。
「はい、しっかり送検、がっつり受刑、ですよね? お任せください」
 自然に、二人は中空に手を伸ばした。
 背の高い那臣の手のひらに向かって、軽やかに跳ねたみはやが手のひらをかざす。
 ぱん、と澄んだ甲高い音を響かせ、ハイタッチを交わした。それが戦闘再開の合図だった。


 そのころ、新宿中央署の捜査本部を訪れていた本庁捜査第一課長のもとへ、二つの重大事件発生の第一報が届いた。
 一つは高輪台署管内に於いて発生した殺人事件。ホテル敷地内遊歩道の植え込みから、女性の絞殺死体が発見された。
 そしてもう一つは渋谷区在住の会社社長令嬢失踪事件。誘拐が強く疑われ、緊急配備を必要とする案件である。
 自販機で淹れたカップコーヒーをすすり、のんびりと捜査本部である会議室へ戻ろうとした恭士は、スマホ越しに激を飛ばしながら慌てて本庁へ駆け戻る一課長とすれ違った。
 本部では、立て続けに大きな事件が起こったようだと同僚たちもざわめいている。
 恭士はすい、と、僅かに上着を持ち上げた。内ポケットの中身を意識すると、ひとりつぶやく。
「……なんだか騒がしくなってきたなあ……殺しに誘拐だってよ。今頃無線もばんばん飛び交ってんだろうなあ……。
 本庁も人手が足りねえし、また、あの疫病神にご臨場いただかなきゃならんかもだぜ? ああ、困った困った。なあ、れもんちゃん」

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