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第二章 刑事、再び現場へ赴く
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オープン一周年を迎えたファンタステイ新宿のレストランフロアは、ランチタイムをとうに過ぎた時間にもかかわらず、どの店も、外で順番を待つ客たちが長蛇の列をつくっていた。
冷やかしの客の波に乗って、那臣とみはやもショーウインドウに並ぶ料理やメニューを眺め、ゆっくりと歩いていく。
お洒落なグルメスポットだけに、やはり女性客が圧倒的に多いようだ。流行のファッションに身を包んだ華やかな女性たちとすれ違うたび肩を縮めながら、那臣が居心地悪そうに頬を撫でた。
「……どうにも場違いだな、俺みたいなむさいオッサンは」
「そうでしょうか? 休日や仕事帰りの時間帯なら、もう少し男性比率が高いはずですよ。
それに那臣さん、もっと自信を持ってくださいな。今ご着用のちょいダサスーツでなければ、男子としてかなりイケてる部類ですから。
その証拠にさっきから周りの女子の視線がウザいです、ぷん」
みはやはむくれて、絡めていた腕にぎゅっとしがみついてきた。
「そりゃどうも。だが視線の理由はどっちかと言えば、色欲オヤジのパパ活疑惑だろ」
「たかだか十七歳の年の差くらいなんですか。添い遂げて那臣さんの米寿を共にお祝いするころには、七十歳の可愛いばあばになったみはやちゃんとお似合いの、微笑ましいカップルになってます」
「そうだな、お前が還暦過ぎたら考えてやらなくもないよ」
「サイテーですね那臣さん! 四十年以上キープおあずけ放置プレイですか、乙女の純愛をなんと心得てるんですか!」
「純愛の乙女がプレイとか言うな」
服と雑貨の店が混じったフロアである四階、五階とぶらぶら歩いて、人波の向かうまま六階へと上るエスカレーターに乗り込む。
前のステップに立つ女性二人は、フロアガイドを片手に、どの店の列に並ぼうか盛り上がっていた。彼女たちの会話に乗っかる形で、みはやが強引に話題を方向転換する。
「ではプレイはさておき、さっきお見せしたイタリアンとフレンチ、前のお姉さんたちも同じお店をチェックしていらっしゃるようですねえ。やはり人気店です。で、どちらがよろしいですか? 個室フレンチのお店は六階、イタリアンはもう一つ上の七階ですよ」
無邪気な問いに、ついこのビルへやってきた理由を忘れて答えそうになる。ケーキ山盛りよりはがっつりブランチ希望だが、問題はそこではない。
「……しまったな、お前に乗せられたよ。よく考えたら、ここのレストランでたとえ奴に会えたとして、今の俺に何が出来るってわけでもないもんな」
みはやがぺろりと舌を出してみせた。
「あう、グルメスポットデート作戦、ネタバレしちゃいました」
「ったく、ほんとにサボりになっちまったじゃねえか」
「那臣さんは真面目さんですねえ、本命のデンジャラスゾーンどきどきデートコースにお誘いしにくくなっちゃったじゃないですか」
「何だその、本命……?」
六階フロアに到着すると、みはやは軽やかなステップでエスカレーターを飛び降り、那臣の腕を引っ張る。
「そう、デンジャラスゾーン攻略ルートその一の入り口は、実は地下なのです。
お客さま、下りエスカレーターへお乗り換えくださいませ、ですよ」
二人はエスカレーターで地下二階へと降りた。
大手の家具雑貨ショップの入った地下二階は、地下鉄駅から続く地下街と、直接繋がっているようだ。連絡通路の方から次々と客が入ってくる。
「こちらのビルの八階以上は、オフィスフロアになってます。ほら、店舗に入ってこないで右側に分かれていく人の流れが見えますか? あちらに商業施設用とは別のエレベーターフロアがあるんですよ」
「八階以上がそのデンジャラスゾーンとやらか、RPGよろしくモンスターが出てくるとでも?」
「あいにく都市型タワーダンジョンなので、特に下層階は、NPCと雑魚キャラばかりで、あまり経験値は稼げそうにないですねえ。
せいぜい勇者那臣さんの輝かしい戦歴に、不法侵入、暴行、軽犯罪法違反などの些末な勲章が増えるだけです」
「その手の罪状はここ二ヶ月で腹一杯。勘弁してくれ」
「ならば念のためこちらのアイテムを装備しておきますか? 『ばっくれる』コマンドに有効ですよ」
何でも出てくる魔法の鞄、と歌うように呪文をとなえ、みはやが通学鞄から取り出してきたのは、某国民的アニメの主人公が愛用しているような、大振りの丸い黒縁眼鏡だった。
「……まさかと思うが変装用か?」
「潜入捜査の気分を盛り上げるための必需品です。その他にも、この落ちぶれ加減が哀れみを誘って、逮捕されたあと、元同僚の刑事さんにカツ丼おごってもらえるかもしれませんよ」
「またカツ丼か……本日分のカツ丼は終了、もう結構だ。それ以前に取調室でカツ丼はただの都市伝説だぞ」
「往年の刑事ドラマファンに喧嘩を売らないでください。彼らの脳内では、カツ丼は永遠に不滅なのです!」
今度は不毛なカツ丼談義がはじまってしまったようだ。
なんだかんだで律儀に付き合う那臣の隙を見て、みはやはするりと動き、黒縁眼鏡を那臣の両耳にかけた。
視界に変化はない、度は入っていないようだ。
「おお、よくお似合いです。それではダンジョン探検RPG、オープニングテーマ、ミュージックスタートです!」
冷やかしの客の波に乗って、那臣とみはやもショーウインドウに並ぶ料理やメニューを眺め、ゆっくりと歩いていく。
お洒落なグルメスポットだけに、やはり女性客が圧倒的に多いようだ。流行のファッションに身を包んだ華やかな女性たちとすれ違うたび肩を縮めながら、那臣が居心地悪そうに頬を撫でた。
「……どうにも場違いだな、俺みたいなむさいオッサンは」
「そうでしょうか? 休日や仕事帰りの時間帯なら、もう少し男性比率が高いはずですよ。
それに那臣さん、もっと自信を持ってくださいな。今ご着用のちょいダサスーツでなければ、男子としてかなりイケてる部類ですから。
その証拠にさっきから周りの女子の視線がウザいです、ぷん」
みはやはむくれて、絡めていた腕にぎゅっとしがみついてきた。
「そりゃどうも。だが視線の理由はどっちかと言えば、色欲オヤジのパパ活疑惑だろ」
「たかだか十七歳の年の差くらいなんですか。添い遂げて那臣さんの米寿を共にお祝いするころには、七十歳の可愛いばあばになったみはやちゃんとお似合いの、微笑ましいカップルになってます」
「そうだな、お前が還暦過ぎたら考えてやらなくもないよ」
「サイテーですね那臣さん! 四十年以上キープおあずけ放置プレイですか、乙女の純愛をなんと心得てるんですか!」
「純愛の乙女がプレイとか言うな」
服と雑貨の店が混じったフロアである四階、五階とぶらぶら歩いて、人波の向かうまま六階へと上るエスカレーターに乗り込む。
前のステップに立つ女性二人は、フロアガイドを片手に、どの店の列に並ぼうか盛り上がっていた。彼女たちの会話に乗っかる形で、みはやが強引に話題を方向転換する。
「ではプレイはさておき、さっきお見せしたイタリアンとフレンチ、前のお姉さんたちも同じお店をチェックしていらっしゃるようですねえ。やはり人気店です。で、どちらがよろしいですか? 個室フレンチのお店は六階、イタリアンはもう一つ上の七階ですよ」
無邪気な問いに、ついこのビルへやってきた理由を忘れて答えそうになる。ケーキ山盛りよりはがっつりブランチ希望だが、問題はそこではない。
「……しまったな、お前に乗せられたよ。よく考えたら、ここのレストランでたとえ奴に会えたとして、今の俺に何が出来るってわけでもないもんな」
みはやがぺろりと舌を出してみせた。
「あう、グルメスポットデート作戦、ネタバレしちゃいました」
「ったく、ほんとにサボりになっちまったじゃねえか」
「那臣さんは真面目さんですねえ、本命のデンジャラスゾーンどきどきデートコースにお誘いしにくくなっちゃったじゃないですか」
「何だその、本命……?」
六階フロアに到着すると、みはやは軽やかなステップでエスカレーターを飛び降り、那臣の腕を引っ張る。
「そう、デンジャラスゾーン攻略ルートその一の入り口は、実は地下なのです。
お客さま、下りエスカレーターへお乗り換えくださいませ、ですよ」
二人はエスカレーターで地下二階へと降りた。
大手の家具雑貨ショップの入った地下二階は、地下鉄駅から続く地下街と、直接繋がっているようだ。連絡通路の方から次々と客が入ってくる。
「こちらのビルの八階以上は、オフィスフロアになってます。ほら、店舗に入ってこないで右側に分かれていく人の流れが見えますか? あちらに商業施設用とは別のエレベーターフロアがあるんですよ」
「八階以上がそのデンジャラスゾーンとやらか、RPGよろしくモンスターが出てくるとでも?」
「あいにく都市型タワーダンジョンなので、特に下層階は、NPCと雑魚キャラばかりで、あまり経験値は稼げそうにないですねえ。
せいぜい勇者那臣さんの輝かしい戦歴に、不法侵入、暴行、軽犯罪法違反などの些末な勲章が増えるだけです」
「その手の罪状はここ二ヶ月で腹一杯。勘弁してくれ」
「ならば念のためこちらのアイテムを装備しておきますか? 『ばっくれる』コマンドに有効ですよ」
何でも出てくる魔法の鞄、と歌うように呪文をとなえ、みはやが通学鞄から取り出してきたのは、某国民的アニメの主人公が愛用しているような、大振りの丸い黒縁眼鏡だった。
「……まさかと思うが変装用か?」
「潜入捜査の気分を盛り上げるための必需品です。その他にも、この落ちぶれ加減が哀れみを誘って、逮捕されたあと、元同僚の刑事さんにカツ丼おごってもらえるかもしれませんよ」
「またカツ丼か……本日分のカツ丼は終了、もう結構だ。それ以前に取調室でカツ丼はただの都市伝説だぞ」
「往年の刑事ドラマファンに喧嘩を売らないでください。彼らの脳内では、カツ丼は永遠に不滅なのです!」
今度は不毛なカツ丼談義がはじまってしまったようだ。
なんだかんだで律儀に付き合う那臣の隙を見て、みはやはするりと動き、黒縁眼鏡を那臣の両耳にかけた。
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