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第二章 刑事、再び現場へ赴く
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一同が女将の料理を腹一杯堪能したころ、恭士のスマホが震えた。画面を確認した恭士が、芝居がかった仕草でスマホを両手で捧げ持ち、那臣に差し出す。
「参事官どの、おくつろぎのところ誠に申し訳ありませんが、そろそろご出発のお時間でございます」
「……恭さん、それ、絶対楽しんでやってますよね」
「お前が出世したらこうやって遊んでみたかったんだよなあ、人生の目標のひとつが達成できたぜ」
メッセージは恭士の同僚、新宿中央署の捜査員からのものだった。被害者の当日の足取りが明らかになってきたらしい。
もともと仕事を抜け出してきた二人である。女将に何度も、
「ちゃんと顔出しな、今度ご無沙汰したら承知しないよぉ」
と念を押され、土産に揚げたてのカツとぬか漬けを持たされて、一行は古閑の家を辞した。
商店街を抜けると、那臣は、足を亀戸駅方面へと向けた。
「あれ? お車はあちらのコインパーキングではありませんか?」
通りの向こうを伺うみはやの首根っこを、掴むように引き寄せる。
「みはやお前、一緒に乗っていくつもりだろ。俺はこれから仕事だ。親戚連れて行ける訳ないだろうが」
「……保護者参観日、という名目でもダメでしょうか?」
「だから仕事だ、発表会でもお遊戯会でもない。そもそも誰が誰の保護者だ」
「ではお父さんのお仕事社会見学、でどうでしょう? 保護者被保護者の関係性もクリアです」
「まずお父さんは却下だ……と、何度言わせれば判る」
「お前ら、本当に仲良しさんだな~」
「そうなんです! わたしたち相思相愛、らぶらぶなんで……」
「……恭さん、乗せないでください」
那臣はしかつめらしく咳払いをしてみせた。
「みはや、駅まで送ってやるから一人で帰れ」
「え~? 社会見学は順延ですか?」
「どうしても社会見学したいなら、今度非番の日に警察博物館に連れて行ってやる。ピーポくんと並んで写真撮ってやるからそれで我慢しろ」
「うっわ、小学生扱いですか。それとも実はセーラー服よりランドセルがお好みでしたか。
大変です、さらにニッチで地下な趣味に的を絞って、早急に作戦を練りなおさねば!」
「どっちでもガキには違いないだろ、駅で菓子買ってやるから、それ食ってさっさと帰れ!」
みはやに向かってしっしっと手を振る。
「聞きましたか倉田さん、可愛いいとこにこの非道な発言。虐待通告してもよいレベルですよね?」
「恭さん、付き合わないでくださいね。こいつ、つけあがるんで」
二人に同意を求められた恭士は、もうすでに笑いすぎて片腹を押さえ、目尻に滲んだ涙を拭うのに必死だった。
「……面白い……面白すぎるわお前ら。このままコンビ組んでMー1狙えるぞ」
この上なく不本意な顔の那臣とは対照的に、みはやはご機嫌だ。
那臣の腕に片腕を絡め、もう片方の手で、すぐそこに見えてきた駅前のカフェを指さす。
「ではでは虐げられた薄幸の美少女は、涙を呑んで食べ物で懐柔されて差し上げます。エクセルシオールのハニーロイヤルミルクティーとキャラメルエクレア、テイクアウトでお願いしますね。倉田さんとここで待ってますので、さくさくっとパシってきてください」
「……やはり子どものしつけに菓子はNGだな」
がっくりと肩を落とし、それでも踵を返してカフェへと駆けていく那臣の背中に、恭士の爆笑が飛んできた。
店内でカウンターに並ぶ那臣の姿を確認し、みはやと恭士は、店外の歩道の隅に並んで陣取った。
二人きりになると、恭士がまだ、ほんの僅かに身体を緊張させている様子が判る。しかしみはやはそれに気付かない体で、ごく自然に隣に身を寄せ、にっこりと笑顔を向けた。
「そんなに警戒しないでください、みはやちゃんは基本、のんびりまったりな平和主義者なのです。ましてや主人の那臣さんの尊敬する先輩で、貴重なお味方です。取って食べたりしませんよ」
「そりゃどうも。これからも味方でいろさもないと、なんて深読みはしなくていいかい?」
みはやが声を立てて笑う。
「倉田さん、面白いですね~!
大丈夫ですよ、那臣さんにガチで銃口向けられたりされない限り、ゴルゴちっくなハンターモードは起動しないように、安全設計されてますから」
「守護獣サマならもう知ってるかもだが、俺、結構キャラが薄情者なんだよね。那臣のこと、あっさり裏切るかもよ?
……実際あのとき、那臣が一人で動いてたのを知ってて、何もしなかった訳だしな」
恭士の頬が、それと判らないほど僅かに歪む。
そんな様子に、みはやはさらに打ち解けた笑顔を向けた。
「那臣さんが助けを求めなかったのです、それを汲んでくださった倉田さんを、薄情なんて思いませんよ。
それから倉田さんに何かご事情ができちゃった際には、どうぞさっくり切っちゃってください。良心の呵責を感じていただくことは全くありません。
むしろご事情があっても裏切らず、巻き添えでハメられた古閑さんのような方の存在は、ご存知の通り、うちのご主人様の性格的に、逆にダメージ大きすぎますから」
「……だな。あれは人が良すぎる」
恭士がくつくつと肩を震わせた。そのおかげか、だいぶ肩の力が抜けたようだ。
初冬の緩い風に乗って、駅からアナウンスが流れてくる。
先日来の殴りつけるような強い北風は形を潜め、日差しは穏やかだった。
和やかな空気をまとったまま、みはやが物騒なことを口にする。
「納得していただいたところで倉田さん、早速ですが、例の悪人さまご一行に目を付けられてます。お帰りの車内では、那臣さんとあまり仲良くしないほうがよいですよ」
「……盗聴かよ。マメだねえ」
ごくりと唾を呑む恭士に、みはやは笑いかけた。
「ご心配なく。行きの車内の会話は、追跡ついでにちょっぴり電波をいじって、ほぼ会話のない無言状態にしておきました。
まあ目を付けられたといっても、元同僚の倉田さんにもいちおう探りをいれておこうか程度のようですし、守護獣効果で、少なくとも表だって、那臣さんとその愉快な仲間たちをつるし上げようとする勇者はいないはずです。
あとは本部に帰って、予定通り那臣さんをディスりまくっていただければ完璧でしょう」
みはやも当然のように盗聴していたらしい。そこはあえて突っ込まないことにした恭士である。
「ご助言感謝、そうさせてもらうわ……っつーか、ご一行? やっぱり那臣の奴を消さねえと、満足できねえってか」
「……まあ、結構な罪状ですから。ご家族はもちろん、ご本人も。
いくら次々期総裁戦に向けて絶賛売り出し中の大物さんとはいえ、ネットなんかで騒がれたらそれなりのダメージですし、党内部にも喜んで拡散してくれるライバルさんがわんさかです。大物さんが失脚しちゃったらドミノでさようなら、の利害関係みっちみちなお友達だって多いでしょう。
那臣さんは知りすぎてます。
不安の芽は速攻で根こそぎ摘む、出世する人物の常識ですよね」
店の自動ドアが開いて、那臣が出てきた。
古閑家からの土産と、三人分のテイクアウトで両手は一杯だ。
恭士が咽喉の奥で笑って、那臣のほうへと足を向ける。
「……成程ねえ……俺が出世できない訳だ」
恭士は大股で那臣に近づき、手から落ちそうな荷物を、軽口を叩きながら引き取っている。
みはやも満足げに微笑んで、二人のもとへと駆けだした。
「参事官どの、おくつろぎのところ誠に申し訳ありませんが、そろそろご出発のお時間でございます」
「……恭さん、それ、絶対楽しんでやってますよね」
「お前が出世したらこうやって遊んでみたかったんだよなあ、人生の目標のひとつが達成できたぜ」
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もともと仕事を抜け出してきた二人である。女将に何度も、
「ちゃんと顔出しな、今度ご無沙汰したら承知しないよぉ」
と念を押され、土産に揚げたてのカツとぬか漬けを持たされて、一行は古閑の家を辞した。
商店街を抜けると、那臣は、足を亀戸駅方面へと向けた。
「あれ? お車はあちらのコインパーキングではありませんか?」
通りの向こうを伺うみはやの首根っこを、掴むように引き寄せる。
「みはやお前、一緒に乗っていくつもりだろ。俺はこれから仕事だ。親戚連れて行ける訳ないだろうが」
「……保護者参観日、という名目でもダメでしょうか?」
「だから仕事だ、発表会でもお遊戯会でもない。そもそも誰が誰の保護者だ」
「ではお父さんのお仕事社会見学、でどうでしょう? 保護者被保護者の関係性もクリアです」
「まずお父さんは却下だ……と、何度言わせれば判る」
「お前ら、本当に仲良しさんだな~」
「そうなんです! わたしたち相思相愛、らぶらぶなんで……」
「……恭さん、乗せないでください」
那臣はしかつめらしく咳払いをしてみせた。
「みはや、駅まで送ってやるから一人で帰れ」
「え~? 社会見学は順延ですか?」
「どうしても社会見学したいなら、今度非番の日に警察博物館に連れて行ってやる。ピーポくんと並んで写真撮ってやるからそれで我慢しろ」
「うっわ、小学生扱いですか。それとも実はセーラー服よりランドセルがお好みでしたか。
大変です、さらにニッチで地下な趣味に的を絞って、早急に作戦を練りなおさねば!」
「どっちでもガキには違いないだろ、駅で菓子買ってやるから、それ食ってさっさと帰れ!」
みはやに向かってしっしっと手を振る。
「聞きましたか倉田さん、可愛いいとこにこの非道な発言。虐待通告してもよいレベルですよね?」
「恭さん、付き合わないでくださいね。こいつ、つけあがるんで」
二人に同意を求められた恭士は、もうすでに笑いすぎて片腹を押さえ、目尻に滲んだ涙を拭うのに必死だった。
「……面白い……面白すぎるわお前ら。このままコンビ組んでMー1狙えるぞ」
この上なく不本意な顔の那臣とは対照的に、みはやはご機嫌だ。
那臣の腕に片腕を絡め、もう片方の手で、すぐそこに見えてきた駅前のカフェを指さす。
「ではでは虐げられた薄幸の美少女は、涙を呑んで食べ物で懐柔されて差し上げます。エクセルシオールのハニーロイヤルミルクティーとキャラメルエクレア、テイクアウトでお願いしますね。倉田さんとここで待ってますので、さくさくっとパシってきてください」
「……やはり子どものしつけに菓子はNGだな」
がっくりと肩を落とし、それでも踵を返してカフェへと駆けていく那臣の背中に、恭士の爆笑が飛んできた。
店内でカウンターに並ぶ那臣の姿を確認し、みはやと恭士は、店外の歩道の隅に並んで陣取った。
二人きりになると、恭士がまだ、ほんの僅かに身体を緊張させている様子が判る。しかしみはやはそれに気付かない体で、ごく自然に隣に身を寄せ、にっこりと笑顔を向けた。
「そんなに警戒しないでください、みはやちゃんは基本、のんびりまったりな平和主義者なのです。ましてや主人の那臣さんの尊敬する先輩で、貴重なお味方です。取って食べたりしませんよ」
「そりゃどうも。これからも味方でいろさもないと、なんて深読みはしなくていいかい?」
みはやが声を立てて笑う。
「倉田さん、面白いですね~!
大丈夫ですよ、那臣さんにガチで銃口向けられたりされない限り、ゴルゴちっくなハンターモードは起動しないように、安全設計されてますから」
「守護獣サマならもう知ってるかもだが、俺、結構キャラが薄情者なんだよね。那臣のこと、あっさり裏切るかもよ?
……実際あのとき、那臣が一人で動いてたのを知ってて、何もしなかった訳だしな」
恭士の頬が、それと判らないほど僅かに歪む。
そんな様子に、みはやはさらに打ち解けた笑顔を向けた。
「那臣さんが助けを求めなかったのです、それを汲んでくださった倉田さんを、薄情なんて思いませんよ。
それから倉田さんに何かご事情ができちゃった際には、どうぞさっくり切っちゃってください。良心の呵責を感じていただくことは全くありません。
むしろご事情があっても裏切らず、巻き添えでハメられた古閑さんのような方の存在は、ご存知の通り、うちのご主人様の性格的に、逆にダメージ大きすぎますから」
「……だな。あれは人が良すぎる」
恭士がくつくつと肩を震わせた。そのおかげか、だいぶ肩の力が抜けたようだ。
初冬の緩い風に乗って、駅からアナウンスが流れてくる。
先日来の殴りつけるような強い北風は形を潜め、日差しは穏やかだった。
和やかな空気をまとったまま、みはやが物騒なことを口にする。
「納得していただいたところで倉田さん、早速ですが、例の悪人さまご一行に目を付けられてます。お帰りの車内では、那臣さんとあまり仲良くしないほうがよいですよ」
「……盗聴かよ。マメだねえ」
ごくりと唾を呑む恭士に、みはやは笑いかけた。
「ご心配なく。行きの車内の会話は、追跡ついでにちょっぴり電波をいじって、ほぼ会話のない無言状態にしておきました。
まあ目を付けられたといっても、元同僚の倉田さんにもいちおう探りをいれておこうか程度のようですし、守護獣効果で、少なくとも表だって、那臣さんとその愉快な仲間たちをつるし上げようとする勇者はいないはずです。
あとは本部に帰って、予定通り那臣さんをディスりまくっていただければ完璧でしょう」
みはやも当然のように盗聴していたらしい。そこはあえて突っ込まないことにした恭士である。
「ご助言感謝、そうさせてもらうわ……っつーか、ご一行? やっぱり那臣の奴を消さねえと、満足できねえってか」
「……まあ、結構な罪状ですから。ご家族はもちろん、ご本人も。
いくら次々期総裁戦に向けて絶賛売り出し中の大物さんとはいえ、ネットなんかで騒がれたらそれなりのダメージですし、党内部にも喜んで拡散してくれるライバルさんがわんさかです。大物さんが失脚しちゃったらドミノでさようなら、の利害関係みっちみちなお友達だって多いでしょう。
那臣さんは知りすぎてます。
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恭士が咽喉の奥で笑って、那臣のほうへと足を向ける。
「……成程ねえ……俺が出世できない訳だ」
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