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第二章 刑事、再び現場へ赴く
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平日にも関わらず、亀戸商店街はたくさんの人通りでにぎわっていた。昔ながらの八百屋や魚屋から、洒落たアクセサリーショップまで、ごったに立ち並ぶ店を、みはやは一件一件覗いてはしゃいでいる。
多少足取りが重いまま後ろをついていく那臣に、隣を歩く恭士が、いたって軽い調子で探りを入れてきた。
「お前のイトコちゃんの勘、すげえな。俺が今日、おまえを引っ張って亀戸に来るのもお見通しってか?」
いまどきスマホの位置情報を追ってくることなど、条件が整えば、一般でも十分可能な作業だ。だが、さすがに登場のタイミングが良すぎる。本職の捜査員である自分たちでも、こう手際よく先回りして目の前に現れることは難しいだろう。
古閑の名前も、那臣が喋ったといえばそれまでだ。しかし中学生のいとこ相手に、気安く同僚の立ち入った情報を話す那臣でないことくらい、恭士はよく知っているはずである。
みはやという存在をどこまで明らかにしてよいのか。もちろん恭士のことだから、話したくないと言えばそれ以上追求してはこないだろうが。
逡巡する那臣より先に、みはやが恭士の問いを拾う。
「恋する乙女のテレパシーです。那臣さんとわたしは以心伝心、阿吽でツーカー、なのです。那臣さんがどこにいたって、すぐに駆けつけますよ」
「なるほど、そりゃ失礼しました」
さすがは恭士だ。愉快そうに吹き出して、その話題は終了のポーズを作ってみせた。
一行は程なくして目的の場所にたどり着いた。
古閑の妻が切り盛りする小さな食堂へは、まだ警察官になりたての頃からよく通ったものだ。両親を早くに亡くし、育ててくれた親類とも離れて東京で一人暮らす那臣にとって、古閑夫妻は親も同然のつきあいだった。
いつか恩を返さなければ、そう思っていた矢先に、まさか最悪の形で仇を返すことになるとは。
また立ち止まり俯く那臣の顔を、みはやが覗き込む。
ちょっぴりいたずらっぽく笑うと、肩にかけていた鞄から、見覚えのある包装紙に包まれたものを取り出した。
恭しく両手で、那臣に捧げてみせる。
「有能な美少女秘書は、訪問先への貢ぎ物だって完璧です。大丈夫ですよ、いっしょにごめんなさいしてさしあげますから。さあお詫び行脚へゴーゴーです!」
うっかり吹き出してしまう。この悲壮感のなさに救われてしまう自分もどうかとは思うけれども、ここはみはやに助けられておこう。
「……古閑さんの好物の、福七屋の栗餅か。よく手に入ったな」
那臣の実家のある町の和菓子店の、素朴な餅菓子だ。店頭か、せいぜい近郊の道の駅くらいにしか卸しておらず、通販などという売り方はしていないと思っていたのだが。
「だから言ったでしょ? みはやちゃんの辞書に、不可能の三文字はありません」
「ありがたく使わせてもらうよ」
「どういたしまして、那臣さんのお役に立てて嬉しいです!」
図らずも見つめ合い、微笑みあう形となった二人である。
蚊帳の外から恭士がわざとらしい溜息をついてみせた。
「なるほど、確かに阿吽でツーカーだな。那臣、式には呼んでくれよ? 祝儀は出さねえけどな」
「……なんの式ですか」
「ありがとうございます! では倉田さん、ぜひ友人代表スピーチで、わたしたちのらぶらぶぶりをじっくりと……」
「ひとを勝手に結婚させるんじゃな……!」
那臣の猛烈なツッコミを遮るように、盛大な音を立てて、目の前の引き戸が開けられた。
エプロンを掛けた小柄な女性が、威勢の良い声を張り上げる。
「なーに店の前で騒いでるんだい! ……那坊じゃないか!」
「おばちゃん……あ、その……」
心の準備が十分でないままの再会に、一瞬怯む。
その隙に那臣は、勢いよく腕を引っ張られ、店の中へと引きずり込まれた。
「もう、あんた、このところ全然顔見せやしないんだから! 心配したんだよ? ほらちょっと痩せたんじゃないのぉ? ちゃんとご飯食べてんの? だから早く嫁さん貰えってあれほど……」
那臣が応える間も与えず、店の女将が喋りまくる。放り投げるように店内の古びた椅子に座らされ、間髪置かずに、目の前に湯飲みとポットが飛んできた。
「カツ丼、大盛りでいいよね」
ぱたぱたと暖簾の向こうへと駆けていく。その背中に、恭士が追加注文を投げかけた。
「おばちゃん、俺も同じの。みはやちゃんも何か頼みなよ」
「あいよ。おや、その子は?」
暖簾を跳ね上げて戻ってきた女将に、みはやがぴょこんと頭を下げた。
「はじめまして、わたし、森戸みはやといいます。那臣さんのいとこです。よろしくお願いします」
みるみるうちに女将の相好が崩れ、ただでさえ威勢のいい声をさらに機嫌よく張り上げる。
「おや、まあ、可愛い子じゃないか! 那坊にこんな可愛いイトコがいたとはねえ!
みはやちゃん、可愛い名前だねえ。何食べる? おばちゃん張り切ってなんでも作っちゃうよぉ!」
「ではわたしもカツ丼、食べたいです」
「あいよ、ちょっと待っててねえ」
女将はまたぱたぱたと、暖簾の奥へ消えていった。
変わっていないな、と、那臣は苦笑する。ふと一息ついて湯飲みに手を伸ばしたとたん、みはやが堪えきれずに吹き出した。
「那坊、ですか……可愛いですねえ、可愛すぎます! わたしもこれからそう呼んでよいですか?」
あやうく湯飲みを落とすところだった。恭士もひとつ離れたテーブルで、口元を押さえ、肩を震わせている。
「……仕方ねえだろ。親子みたいな年の差だ。おばちゃんには敵わねえよ」
那臣は拗ねたようにお茶をあおった。
多少足取りが重いまま後ろをついていく那臣に、隣を歩く恭士が、いたって軽い調子で探りを入れてきた。
「お前のイトコちゃんの勘、すげえな。俺が今日、おまえを引っ張って亀戸に来るのもお見通しってか?」
いまどきスマホの位置情報を追ってくることなど、条件が整えば、一般でも十分可能な作業だ。だが、さすがに登場のタイミングが良すぎる。本職の捜査員である自分たちでも、こう手際よく先回りして目の前に現れることは難しいだろう。
古閑の名前も、那臣が喋ったといえばそれまでだ。しかし中学生のいとこ相手に、気安く同僚の立ち入った情報を話す那臣でないことくらい、恭士はよく知っているはずである。
みはやという存在をどこまで明らかにしてよいのか。もちろん恭士のことだから、話したくないと言えばそれ以上追求してはこないだろうが。
逡巡する那臣より先に、みはやが恭士の問いを拾う。
「恋する乙女のテレパシーです。那臣さんとわたしは以心伝心、阿吽でツーカー、なのです。那臣さんがどこにいたって、すぐに駆けつけますよ」
「なるほど、そりゃ失礼しました」
さすがは恭士だ。愉快そうに吹き出して、その話題は終了のポーズを作ってみせた。
一行は程なくして目的の場所にたどり着いた。
古閑の妻が切り盛りする小さな食堂へは、まだ警察官になりたての頃からよく通ったものだ。両親を早くに亡くし、育ててくれた親類とも離れて東京で一人暮らす那臣にとって、古閑夫妻は親も同然のつきあいだった。
いつか恩を返さなければ、そう思っていた矢先に、まさか最悪の形で仇を返すことになるとは。
また立ち止まり俯く那臣の顔を、みはやが覗き込む。
ちょっぴりいたずらっぽく笑うと、肩にかけていた鞄から、見覚えのある包装紙に包まれたものを取り出した。
恭しく両手で、那臣に捧げてみせる。
「有能な美少女秘書は、訪問先への貢ぎ物だって完璧です。大丈夫ですよ、いっしょにごめんなさいしてさしあげますから。さあお詫び行脚へゴーゴーです!」
うっかり吹き出してしまう。この悲壮感のなさに救われてしまう自分もどうかとは思うけれども、ここはみはやに助けられておこう。
「……古閑さんの好物の、福七屋の栗餅か。よく手に入ったな」
那臣の実家のある町の和菓子店の、素朴な餅菓子だ。店頭か、せいぜい近郊の道の駅くらいにしか卸しておらず、通販などという売り方はしていないと思っていたのだが。
「だから言ったでしょ? みはやちゃんの辞書に、不可能の三文字はありません」
「ありがたく使わせてもらうよ」
「どういたしまして、那臣さんのお役に立てて嬉しいです!」
図らずも見つめ合い、微笑みあう形となった二人である。
蚊帳の外から恭士がわざとらしい溜息をついてみせた。
「なるほど、確かに阿吽でツーカーだな。那臣、式には呼んでくれよ? 祝儀は出さねえけどな」
「……なんの式ですか」
「ありがとうございます! では倉田さん、ぜひ友人代表スピーチで、わたしたちのらぶらぶぶりをじっくりと……」
「ひとを勝手に結婚させるんじゃな……!」
那臣の猛烈なツッコミを遮るように、盛大な音を立てて、目の前の引き戸が開けられた。
エプロンを掛けた小柄な女性が、威勢の良い声を張り上げる。
「なーに店の前で騒いでるんだい! ……那坊じゃないか!」
「おばちゃん……あ、その……」
心の準備が十分でないままの再会に、一瞬怯む。
その隙に那臣は、勢いよく腕を引っ張られ、店の中へと引きずり込まれた。
「もう、あんた、このところ全然顔見せやしないんだから! 心配したんだよ? ほらちょっと痩せたんじゃないのぉ? ちゃんとご飯食べてんの? だから早く嫁さん貰えってあれほど……」
那臣が応える間も与えず、店の女将が喋りまくる。放り投げるように店内の古びた椅子に座らされ、間髪置かずに、目の前に湯飲みとポットが飛んできた。
「カツ丼、大盛りでいいよね」
ぱたぱたと暖簾の向こうへと駆けていく。その背中に、恭士が追加注文を投げかけた。
「おばちゃん、俺も同じの。みはやちゃんも何か頼みなよ」
「あいよ。おや、その子は?」
暖簾を跳ね上げて戻ってきた女将に、みはやがぴょこんと頭を下げた。
「はじめまして、わたし、森戸みはやといいます。那臣さんのいとこです。よろしくお願いします」
みるみるうちに女将の相好が崩れ、ただでさえ威勢のいい声をさらに機嫌よく張り上げる。
「おや、まあ、可愛い子じゃないか! 那坊にこんな可愛いイトコがいたとはねえ!
みはやちゃん、可愛い名前だねえ。何食べる? おばちゃん張り切ってなんでも作っちゃうよぉ!」
「ではわたしもカツ丼、食べたいです」
「あいよ、ちょっと待っててねえ」
女将はまたぱたぱたと、暖簾の奥へ消えていった。
変わっていないな、と、那臣は苦笑する。ふと一息ついて湯飲みに手を伸ばしたとたん、みはやが堪えきれずに吹き出した。
「那坊、ですか……可愛いですねえ、可愛すぎます! わたしもこれからそう呼んでよいですか?」
あやうく湯飲みを落とすところだった。恭士もひとつ離れたテーブルで、口元を押さえ、肩を震わせている。
「……仕方ねえだろ。親子みたいな年の差だ。おばちゃんには敵わねえよ」
那臣は拗ねたようにお茶をあおった。
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