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第一章 刑事、獣の主人(あるじ)となる
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ツインテールに結わえたさらさらの髪の房が、那臣の隣で、歩調に合わせてぴょこぴょことリズミカルに踊っている。BGMは、みはやのご機嫌そうなハミングだ。
「……おい、変な誤解をされそうだ。腕組みはやめろ」
「大丈夫。周囲への説明用設定は完璧です。『やっと会えた生き別れのいとこのお兄ちゃんとはじめての散歩。今日からずっと一緒だよ、どきどき』。
邪なJCビジネス疑惑を抱く輩には、伝家の宝刀、戸籍全部事項証明書まで用意してありますのでご心配なく」
「その設定も十分ヤバそうなんだが、戸籍とか……設定なのか、まさか俺本人も知らない事実じゃねえだろうな? こんな物騒な親戚を持った覚えはないぞ」
「那臣さん、ほんとに夕べのご説明は右から左へ抜けちゃってますねえ。筆で手書きの昔ならともかく、電算化後の現在、戸籍の改竄なんて協力者すらいらない激楽ミッションです。
一昨日から那臣さんのお母様と、わたしの父は姉弟になりましたのでよろしく」
「今度帰省することがあったら、墓前で泣いて詫びておくよ。
それよりこの状況、お前の親は知ってるのか? 中坊のくせに見ず知らずのおっさんと同居とか……それとも、これは親ぐるみの企みか」
「設定上、わたし、森戸みはやは、産まれてすぐ両親を亡くした天涯孤独の薄幸の美少女なんです。設定上の後見人も、ようやく探し当てた、たった一人の従兄と一緒に暮らせてよかったね、って喜んで後見人交代。同居の手続をしてくれたことになってます」
「……そういう設定……なんだな」
本当のところを話す気は全くなさそうだ。もっとも、もしみはやが本当に市町村の戸籍データベースにアクセスし、細工したのだとすれば、改竄された状態の戸籍を見たところで、みはやの本当の家族を探り当てられるだろうか。
被疑者や関係者の身元確認のため、市役所などから戸籍や住民票を取り寄せることは、捜査員として日常的に行っている。が、その内容が改竄されていたら、と疑ったことなどない。
真の縁者について、本腰を入れて捜査すれば、あるいは何らかの手がかりを得られるのかも知れない。が、みはやはこんな大胆な手法を用いてくる非常識な存在だ。容易に尻尾を掴ませてなどくれないだろう。
「はい、そういう設定なので、お手数ですが明日にでも、保護者として転入手続をお願いしてよいですか?
ずっと憧れてた、制服が超可愛い、東京の名門女子校なのです。
那臣さん、東京在住でありがとう、です」
「居座る気満々じゃねえか」
那臣はがっくりと肩を落とした。
特に目的もなく外に出たものの、那臣はなんとなく、いつも利用している東京メトロ根津駅方面とは逆の方向に歩いていた。
非現実的な、誰かが聞いていても、それこそマンガかドラマのあらすじとしか受け取らないだろう、そんな話でもやはり内容が内容だ。人気のないところの方が安心できる。
このあたりは、近くの大学に通う学生向けの古いアパートが多く立ち並んでいる。那臣も、在学中に今のアパートの部屋へ引っ越してきた。
大学を卒業し、任官して警察学校に入るため一度は退去したものの、元いた部屋が空いたままだったので、再び同じアパートに戻り、そのままずっと居座っている。殺人的な混み具合の千代田線ではあるが、霞ヶ関勤めとなった現在では、せめて乗り換えなしという立地が有り難かった。
中途半端な時間のせいだろうか。たまに散歩中のお年寄りや、一限に合わせてキャンパスへ向かう真面目な学生とすれ違うくらいで、あとは区画の離れた大通りの車の音が聞こえてくるほどの静かな地区だ。
那臣は特に歩幅を緩めてやってはいなかったが、腕にぶら下がったみはやは、さくさくと那臣の歩く速度についてきていた。通りに出て、さらに谷中霊園の中へと進む。
そして、一応周りに人がいないことを確認して、口を開いた。
「……だいたい何で俺なんだ? 聞いてりゃもっとお前みたいなのを必要としてる連中が山程いるだろうに」
「『守護獣』は、誰かに選ばれるものじゃないからですよ。
『守護獣』が『主人』を選んで『契約』を結び、『名前』を預ける、以上でシステム起動です。
あとは主人の那臣さんが『可愛いみはやちゃん、お・ね・が・い!』って呪文を唱えるだけで、たいていの希望は叶います。どうですかわたし、便利でしょ?」
「確かに便利そうだが、当面、俺のような一般庶民には必要ないだろ。っつか、可愛いはやっぱデフォで必要なのか?」
「ううっ、じゃあそこは涙を呑んで諦めます。
この雌豚め! 俺様の奴隷となる栄誉をくれてやろう! に呪文変更ですね。承知しました」
「おい待て……俺のキャラが全然違うぞ」
「知ってます。館那臣三十一歳。いたって真面目で温厚な山羊座O型。
善良な都民の皆さんには親切丁寧、容疑者さんにも基本親身、彼女さんには誠実、しかしプレイはほんのりS。で、横暴な上司さんには手加減なし。というキャラ分析ですが、合ってますよね?」
「後から二つは反論していいか? まず、子どもがプレイとか言うな」
「でも後から一つはその通りでしょう。
ああ、わたしとしたことが言い足りませんでした。
横暴な上司さん、だけではなく、そのうしろにいる横暴なOBの政治家さんにも手加減なし、でしたっけ」
みはやが本当に優秀な情報屋なら当然、というべきか。例の一連の事件についても、みはやは把握しているようだ。
奴の存在を出してくるところを見るに、もしかすると那臣が様々な犠牲と引き替えに必死で突き止めた事件の全貌を、那臣より詳細に理解しているのかもしれない。
なんともいえぬ複雑な心境だった。大人げないが、少し拗ねてみたくもなるというものだ。
「……そのお歴々が、ようやく俺を厄介払いできると思ったのに、誰かが気まぐれを起こしたおかげで、下にも置かぬもてなしをせにゃならん。ご苦労なこった」
「……おい、変な誤解をされそうだ。腕組みはやめろ」
「大丈夫。周囲への説明用設定は完璧です。『やっと会えた生き別れのいとこのお兄ちゃんとはじめての散歩。今日からずっと一緒だよ、どきどき』。
邪なJCビジネス疑惑を抱く輩には、伝家の宝刀、戸籍全部事項証明書まで用意してありますのでご心配なく」
「その設定も十分ヤバそうなんだが、戸籍とか……設定なのか、まさか俺本人も知らない事実じゃねえだろうな? こんな物騒な親戚を持った覚えはないぞ」
「那臣さん、ほんとに夕べのご説明は右から左へ抜けちゃってますねえ。筆で手書きの昔ならともかく、電算化後の現在、戸籍の改竄なんて協力者すらいらない激楽ミッションです。
一昨日から那臣さんのお母様と、わたしの父は姉弟になりましたのでよろしく」
「今度帰省することがあったら、墓前で泣いて詫びておくよ。
それよりこの状況、お前の親は知ってるのか? 中坊のくせに見ず知らずのおっさんと同居とか……それとも、これは親ぐるみの企みか」
「設定上、わたし、森戸みはやは、産まれてすぐ両親を亡くした天涯孤独の薄幸の美少女なんです。設定上の後見人も、ようやく探し当てた、たった一人の従兄と一緒に暮らせてよかったね、って喜んで後見人交代。同居の手続をしてくれたことになってます」
「……そういう設定……なんだな」
本当のところを話す気は全くなさそうだ。もっとも、もしみはやが本当に市町村の戸籍データベースにアクセスし、細工したのだとすれば、改竄された状態の戸籍を見たところで、みはやの本当の家族を探り当てられるだろうか。
被疑者や関係者の身元確認のため、市役所などから戸籍や住民票を取り寄せることは、捜査員として日常的に行っている。が、その内容が改竄されていたら、と疑ったことなどない。
真の縁者について、本腰を入れて捜査すれば、あるいは何らかの手がかりを得られるのかも知れない。が、みはやはこんな大胆な手法を用いてくる非常識な存在だ。容易に尻尾を掴ませてなどくれないだろう。
「はい、そういう設定なので、お手数ですが明日にでも、保護者として転入手続をお願いしてよいですか?
ずっと憧れてた、制服が超可愛い、東京の名門女子校なのです。
那臣さん、東京在住でありがとう、です」
「居座る気満々じゃねえか」
那臣はがっくりと肩を落とした。
特に目的もなく外に出たものの、那臣はなんとなく、いつも利用している東京メトロ根津駅方面とは逆の方向に歩いていた。
非現実的な、誰かが聞いていても、それこそマンガかドラマのあらすじとしか受け取らないだろう、そんな話でもやはり内容が内容だ。人気のないところの方が安心できる。
このあたりは、近くの大学に通う学生向けの古いアパートが多く立ち並んでいる。那臣も、在学中に今のアパートの部屋へ引っ越してきた。
大学を卒業し、任官して警察学校に入るため一度は退去したものの、元いた部屋が空いたままだったので、再び同じアパートに戻り、そのままずっと居座っている。殺人的な混み具合の千代田線ではあるが、霞ヶ関勤めとなった現在では、せめて乗り換えなしという立地が有り難かった。
中途半端な時間のせいだろうか。たまに散歩中のお年寄りや、一限に合わせてキャンパスへ向かう真面目な学生とすれ違うくらいで、あとは区画の離れた大通りの車の音が聞こえてくるほどの静かな地区だ。
那臣は特に歩幅を緩めてやってはいなかったが、腕にぶら下がったみはやは、さくさくと那臣の歩く速度についてきていた。通りに出て、さらに谷中霊園の中へと進む。
そして、一応周りに人がいないことを確認して、口を開いた。
「……だいたい何で俺なんだ? 聞いてりゃもっとお前みたいなのを必要としてる連中が山程いるだろうに」
「『守護獣』は、誰かに選ばれるものじゃないからですよ。
『守護獣』が『主人』を選んで『契約』を結び、『名前』を預ける、以上でシステム起動です。
あとは主人の那臣さんが『可愛いみはやちゃん、お・ね・が・い!』って呪文を唱えるだけで、たいていの希望は叶います。どうですかわたし、便利でしょ?」
「確かに便利そうだが、当面、俺のような一般庶民には必要ないだろ。っつか、可愛いはやっぱデフォで必要なのか?」
「ううっ、じゃあそこは涙を呑んで諦めます。
この雌豚め! 俺様の奴隷となる栄誉をくれてやろう! に呪文変更ですね。承知しました」
「おい待て……俺のキャラが全然違うぞ」
「知ってます。館那臣三十一歳。いたって真面目で温厚な山羊座O型。
善良な都民の皆さんには親切丁寧、容疑者さんにも基本親身、彼女さんには誠実、しかしプレイはほんのりS。で、横暴な上司さんには手加減なし。というキャラ分析ですが、合ってますよね?」
「後から二つは反論していいか? まず、子どもがプレイとか言うな」
「でも後から一つはその通りでしょう。
ああ、わたしとしたことが言い足りませんでした。
横暴な上司さん、だけではなく、そのうしろにいる横暴なOBの政治家さんにも手加減なし、でしたっけ」
みはやが本当に優秀な情報屋なら当然、というべきか。例の一連の事件についても、みはやは把握しているようだ。
奴の存在を出してくるところを見るに、もしかすると那臣が様々な犠牲と引き替えに必死で突き止めた事件の全貌を、那臣より詳細に理解しているのかもしれない。
なんともいえぬ複雑な心境だった。大人げないが、少し拗ねてみたくもなるというものだ。
「……そのお歴々が、ようやく俺を厄介払いできると思ったのに、誰かが気まぐれを起こしたおかげで、下にも置かぬもてなしをせにゃならん。ご苦労なこった」
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