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第一章 刑事、獣の主人(あるじ)となる
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「……つまりあれか、情報屋」
権力や財力を欲しいままにする層の人間なら、優秀な情報源を確保したいと考えるのは当然のことだ。みはやはまだ年少だが、たとえばネットワークの発達した今の時代、すぐれたハッキング技術を持つ人材として、企業や官庁に必要とされてもおかしくはない。
「残念! 十三点、くらいですか」
「なんだその微妙な点数は」
「いろいろ構成要素が抜けてますから、それほど高得点はあげられません」
「仕方ないな、どうしてもというなら付けてやってもいいぞ。美少女女子中学生情報屋、これでいいか」
「何ですか、その上からドヤ顔は。俺様S男がもてはやされるのは、女子向ゲロ甘スマホゲームの中だけの虚構ですよ?
ああ、でも那臣さんの歴代彼女ってば、わりとM傾向揃えてますよね。黙って俺に付いてこい、な男に弱そうな大和撫子が四名中三名。七十五パーセントの高確率です」
「……ちょっと待て。何で君が俺の女性遍歴を……」
「初カノは七里中学二年A組の同級生、宮島礼香さん、三つ編みの大人し可愛い眼鏡っ娘ですね。初体験かっこ推定、も同じ彼女と高一の夏休み。見栄張って予約取った浦安リゾートの……」
「だあぁぁぁっ! ちょっと待……!」
「……と、同じ詳細レベルで、合衆国現大統領の生活履歴を語れますよ? わたし」
悪戯っぽく微笑むみはやの瞳が、ふいにぞくりとするような光を放つ。
少年時代の恋愛事情を、何故だかあからさまに知られている恥ずかしさに紅潮した那臣の頬から、一気に熱が引いた。
「よろしければお近づきのしるしに、小ネタを二、三暴露しましょうか? 出所確実な証拠も、ちゃんとお付けします。次の大統領選前に相手陣営に売れば、しばらく遊んで暮らせますよ」
「……ハッタリ……って訳じゃなさそうだな」
「ちなみに彼のおうちの中の出来事なんかも詳しかったりしますし。ね? 家政婦っぽいでしょ?」
「家政婦って……そっちなのかよ」
家庭の裏事情をすべて覗き見ている家政婦が主人公のドラマが、ひと昔前一世を風靡したものだが、みはやの言っているのはその設定のことだったのか。
そしておうちというのは大統領の私室ではなく、もちろんホワイトハウス全般のことなのだろう。
アメリカの政治中枢の情報にすら精通している。日本政府も然るべきだろう。もしそれが事実であるなら、警察上層部が欲しがる理由も納得がいく。
とんでもない危険人物、いや。
「……成程、君一人じゃないな。国際的情報屋集団。『守護獣』てのはそのコードネームってやつか」
「おお、さすが那臣さん。いい感じの推理ですね。さすがは警視庁捜査一課のエース! 冗談みたいな数の始末書書いてるくせに、警視総監賞三回、ノンキャリア最短昇任タイ記録保持者だけあります。
でも残念! 加点二十減点二十で、トータル十三点維持です」
「茶化すな。お前らのせいで、ノンキャリ最短どころか、死んでもいねえのに二階級特進させられちまったぞ。いい迷惑だ」
ここ二月余りの焦燥と絶望を伴う捜査と、一週間近くの傷心酒浸りに続いて、昨日の朝からの現実とは思えない事態の連続で、心身共に消耗がピークに達していた那臣である。つい自棄な態度と、ぞんざいな物言いとなってしまっても仕方あるまい。
椅子の背もたれにどっかりと体重を預け、天井を仰ぐ。
ことり、とカップをテーブルに置く音がする。投げやりな態度のまま、何気なく前に座るみはやへ視線を遣る。
すると、那臣の視線は、みはやの瞳に捉えられた。
「減点対象部分の推理で捜査を進めると、誤認逮捕につながりますよ?
国際家政婦連合とお友達なのは確かですが、『守護獣』は、ら、ではなく森戸みはや、わたし一人です」
あどけない少女に宿る獣が、那臣の瞳を見据える。
淡い黒の瞳が、冷たい銀の光を放ち、一筋の矢となって鋭く那臣の瞳を射貫く。
まるで銃の照準を定められたように身動きすらとれない。背筋が腕が、ぞわりと粟立つのが判る。
人を喰らう獣の前に、なんの武器も持たない無防備な姿を晒してしまった。そんな絶望感が襲いかかる。
冗談としか思えない。
(……この威圧感、マジかよ……)
ほんの十四、五年を生きた子どもが纏える代物では到底、ない。心臓と肺を鷲掴みにされ握り潰されているような、危険な重力。
刹那、みはやは目を細めて、にっこりと微笑んだ。
「せっかくの非番なんですから、外へ出ませんか? お休みの日に部屋にこもってたら、息が詰まっちゃいます」
息が出来なかったのはお前がガン飛ばしたせいだろ、とは言えなかった。
荒っぽい現場を渡り歩いて、やくざだのマフィアだのという殺気だった輩にも慣れているはずの自分が、完全に当てられた。
(確かに並の情報屋じゃなさそうだ)
いたって楽しげに、出かける準備を始めたみはやの後ろ姿に、那臣は再度、深い溜息を投げかけた。
権力や財力を欲しいままにする層の人間なら、優秀な情報源を確保したいと考えるのは当然のことだ。みはやはまだ年少だが、たとえばネットワークの発達した今の時代、すぐれたハッキング技術を持つ人材として、企業や官庁に必要とされてもおかしくはない。
「残念! 十三点、くらいですか」
「なんだその微妙な点数は」
「いろいろ構成要素が抜けてますから、それほど高得点はあげられません」
「仕方ないな、どうしてもというなら付けてやってもいいぞ。美少女女子中学生情報屋、これでいいか」
「何ですか、その上からドヤ顔は。俺様S男がもてはやされるのは、女子向ゲロ甘スマホゲームの中だけの虚構ですよ?
ああ、でも那臣さんの歴代彼女ってば、わりとM傾向揃えてますよね。黙って俺に付いてこい、な男に弱そうな大和撫子が四名中三名。七十五パーセントの高確率です」
「……ちょっと待て。何で君が俺の女性遍歴を……」
「初カノは七里中学二年A組の同級生、宮島礼香さん、三つ編みの大人し可愛い眼鏡っ娘ですね。初体験かっこ推定、も同じ彼女と高一の夏休み。見栄張って予約取った浦安リゾートの……」
「だあぁぁぁっ! ちょっと待……!」
「……と、同じ詳細レベルで、合衆国現大統領の生活履歴を語れますよ? わたし」
悪戯っぽく微笑むみはやの瞳が、ふいにぞくりとするような光を放つ。
少年時代の恋愛事情を、何故だかあからさまに知られている恥ずかしさに紅潮した那臣の頬から、一気に熱が引いた。
「よろしければお近づきのしるしに、小ネタを二、三暴露しましょうか? 出所確実な証拠も、ちゃんとお付けします。次の大統領選前に相手陣営に売れば、しばらく遊んで暮らせますよ」
「……ハッタリ……って訳じゃなさそうだな」
「ちなみに彼のおうちの中の出来事なんかも詳しかったりしますし。ね? 家政婦っぽいでしょ?」
「家政婦って……そっちなのかよ」
家庭の裏事情をすべて覗き見ている家政婦が主人公のドラマが、ひと昔前一世を風靡したものだが、みはやの言っているのはその設定のことだったのか。
そしておうちというのは大統領の私室ではなく、もちろんホワイトハウス全般のことなのだろう。
アメリカの政治中枢の情報にすら精通している。日本政府も然るべきだろう。もしそれが事実であるなら、警察上層部が欲しがる理由も納得がいく。
とんでもない危険人物、いや。
「……成程、君一人じゃないな。国際的情報屋集団。『守護獣』てのはそのコードネームってやつか」
「おお、さすが那臣さん。いい感じの推理ですね。さすがは警視庁捜査一課のエース! 冗談みたいな数の始末書書いてるくせに、警視総監賞三回、ノンキャリア最短昇任タイ記録保持者だけあります。
でも残念! 加点二十減点二十で、トータル十三点維持です」
「茶化すな。お前らのせいで、ノンキャリ最短どころか、死んでもいねえのに二階級特進させられちまったぞ。いい迷惑だ」
ここ二月余りの焦燥と絶望を伴う捜査と、一週間近くの傷心酒浸りに続いて、昨日の朝からの現実とは思えない事態の連続で、心身共に消耗がピークに達していた那臣である。つい自棄な態度と、ぞんざいな物言いとなってしまっても仕方あるまい。
椅子の背もたれにどっかりと体重を預け、天井を仰ぐ。
ことり、とカップをテーブルに置く音がする。投げやりな態度のまま、何気なく前に座るみはやへ視線を遣る。
すると、那臣の視線は、みはやの瞳に捉えられた。
「減点対象部分の推理で捜査を進めると、誤認逮捕につながりますよ?
国際家政婦連合とお友達なのは確かですが、『守護獣』は、ら、ではなく森戸みはや、わたし一人です」
あどけない少女に宿る獣が、那臣の瞳を見据える。
淡い黒の瞳が、冷たい銀の光を放ち、一筋の矢となって鋭く那臣の瞳を射貫く。
まるで銃の照準を定められたように身動きすらとれない。背筋が腕が、ぞわりと粟立つのが判る。
人を喰らう獣の前に、なんの武器も持たない無防備な姿を晒してしまった。そんな絶望感が襲いかかる。
冗談としか思えない。
(……この威圧感、マジかよ……)
ほんの十四、五年を生きた子どもが纏える代物では到底、ない。心臓と肺を鷲掴みにされ握り潰されているような、危険な重力。
刹那、みはやは目を細めて、にっこりと微笑んだ。
「せっかくの非番なんですから、外へ出ませんか? お休みの日に部屋にこもってたら、息が詰まっちゃいます」
息が出来なかったのはお前がガン飛ばしたせいだろ、とは言えなかった。
荒っぽい現場を渡り歩いて、やくざだのマフィアだのという殺気だった輩にも慣れているはずの自分が、完全に当てられた。
(確かに並の情報屋じゃなさそうだ)
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