一歩の重さ

高校２年編

竹田の指導対局

　2回目の研修会入会試験に臨んだ梢子は研修会員に2連勝し、幸先の良いスタートを切る。

　そんな中、研修会の幹事の高田七段に促され、本日の指導棋士として現れた竹田義男九段の指導対局を受ける事になったのだ。

「それじゃあ2枚落ちでしましょうか？」
「はい、よろしくお願いします」

　竹田の提案した2枚落ちとは上手の棋士、この場合竹田が飛車と角を落として対局に臨む形をいう。

　攻撃の要である飛車と角を落とす事は大きいハンデではあるが、それでも本気で臨めばまずアマチュアがプロに勝つことはない。

「よろしくお願いします」

　互いに頭を下げて挨拶を交わすと早速竹田が6二銀とする。

　駒落ちの対局は上手と呼ばれる棋士、つまりハンデを与えた側が必ず先手で始めるというルールが存在する。

　この手に対し梢子は7六歩と角道を開ける。

　更に手は進んでいき、対局中に竹田が思わず梢子に声をかける。

「駒落ちの定跡もちゃんと知っていたんだね」
「はい、小さい頃は父とは駒落ちでしていましたから」
「なるほどね」

　対局中に声をかけた竹田に対して幹事の高田七段が声をかける。

「竹田九段、指導対局ではありますが。声をかけるのは対局が終わってからにしてもらえますか」
「ああ、すいません」

　高田の注意を聞いて竹田は謝罪し、対局の続きが再開される。

　更に手が進み、梢子が竹田の陣に駒を進めていき、それを見た竹田の指した手が意表を突かれたのか、梢子は驚き、竹田の指した手の意味をしっかりと考える。

　そして竹田の指した手に対して現在の梢子が考えられる最善の手を指すと、どこか竹田は満足げな表情をしており、そこから梢子の攻めが続き、竹田より投了の言葉が放たれる。

「負けました」

　そう言って竹田が頭を下げると、梢子も頭を下げ返してこの対局を終える。

　他の研修生も対局を終え、わずかな休憩時間に幹事の高田七段が竹田に声をかける。

「あの子ですよね、あの佐藤春秋さんの娘さんというのは」
「ええ」
「私は佐藤さんが退会後に三段リーグに上がったので、直接の交流はなかったんですが、竹田さんや他の先輩方はプロになれなかったのがおかしいと口をそろえておっしゃっていましたね」
「他の方はどう思ってるかは分かりませんが、私は今でもそうだと思っていますよ」

　竹田の言葉を聞いた高田七段は今度は梢子について言及する。

「女流棋士を目指すには高校2年というのは少し遅いと思いましたが、前回はともかく、今回の将棋を見た感じ、もしかしたらとは思いましたね」

　研修会からの女流棋士を目指すルートではほとんどの研修生は小学生や中学生から入会しているものだが、梢子の高校2年17歳という年齢は目指し始めるには少し遅く、27歳になる前に女流棋士の申請資格を得なければ道が閉ざされてしまうのでなおのこと時間がないのだが、高田は梢子の想像を越えた棋力を目の当たりにする。