21 / 160
プロ入り後秋から春
帰り道で
しおりを挟む
黒木が検討室をあとにしてからも一輝は小夜と伊原の対局の棋譜を並べ直し、勝敗の分岐点を検討し、小夜の勝ち筋を探していた。
少し並べては見つからなければ、更に別の分岐点に戻るということを繰り返していた。
一輝が検討している頃、対局室では小夜と伊原の感想戦が続いていた。
小夜の勝ち筋は中々見つからず、感想戦でも負かされており、小夜の気分は上がらないが、その時伊原から声がかかる。
「ちょっといい?ここでこうすれば」
「あ、はい、そう……ですね」
「これでもまだ一局ってところかな?」
「確かにこれでは私の不利が解消されるだけですね」
まだ分からないという所まで戻り、とりあえず感想戦は終了の方向に向かおうとしているが、伊原が念の為、小夜に尋ねる。
「じゃあ、もういいかな?」
「はい」
小夜の言葉を受けて伊原が駒の片づけを始める。駒を駒袋に入れ、駒箱に閉まって盤の中央に置くと礼をする。
「ありがとうございました!」
両対局者、観戦記者、記録係が礼と共に頭を下げ、それぞれが帰り支度を始める。
感想戦の終了の話は検討室にいる一輝の耳にも入ってきた。
「どうやら伊原、牧野戦の感想戦が終わったみたいだ」
その声を聞き、一輝は小夜が帰るかも知れないことを察し、なんとか見つからないように将棋会館を出ようと画策する。
何故なら将棋会館にいるところなんて見られたら、研究はどうしただの、余裕ぶっこきすぎだの言われかねないからだ。
そんなことを考えながら一輝は将棋会館をあとにし、出るまでに小夜とは会わなかった。
一息ついてから一輝は中継アプリを見直すが、昼食中継時点で自身が検討室を訪れた旨のコメントを確認した。
これはうかつだったと自分に言い聞かせ、あとで小夜から小言を言われる覚悟を胸に秘める。
そうしてしばらく駅に向かって歩いていると小夜を発見する。その場から思わず逃げ出そうとしたが、小夜の様子がおかしいことに気付く。
小夜の肩が震えていたのだ。それを見て一輝は全てを察した。小夜は声こそ出していないが、涙を流しており、負けた悔しさが全身よりにじみ出ているのを感じた。
いくた幼馴染とはいえ、将棋の世界において敗者にかける言葉などないのだ。
一輝はそれを分かっているが、小夜がこっそり母に電話で様子伺いをしていることを知り、どうするかを迷っていた。こっそり小夜の家に電話するにしても、全ての事情を一輝は知らないが、小夜の両親があまり小夜が将棋をしていることをあまりよく思っていないことは感じていた。
結局一輝は勝負に生きる者としての矜持を大事にし、その場を離れるが一言だけLINEを送った。
『いい将棋だった』
小夜にどう響くかは分からない。でも今の自分の精一杯だと……。
少し並べては見つからなければ、更に別の分岐点に戻るということを繰り返していた。
一輝が検討している頃、対局室では小夜と伊原の感想戦が続いていた。
小夜の勝ち筋は中々見つからず、感想戦でも負かされており、小夜の気分は上がらないが、その時伊原から声がかかる。
「ちょっといい?ここでこうすれば」
「あ、はい、そう……ですね」
「これでもまだ一局ってところかな?」
「確かにこれでは私の不利が解消されるだけですね」
まだ分からないという所まで戻り、とりあえず感想戦は終了の方向に向かおうとしているが、伊原が念の為、小夜に尋ねる。
「じゃあ、もういいかな?」
「はい」
小夜の言葉を受けて伊原が駒の片づけを始める。駒を駒袋に入れ、駒箱に閉まって盤の中央に置くと礼をする。
「ありがとうございました!」
両対局者、観戦記者、記録係が礼と共に頭を下げ、それぞれが帰り支度を始める。
感想戦の終了の話は検討室にいる一輝の耳にも入ってきた。
「どうやら伊原、牧野戦の感想戦が終わったみたいだ」
その声を聞き、一輝は小夜が帰るかも知れないことを察し、なんとか見つからないように将棋会館を出ようと画策する。
何故なら将棋会館にいるところなんて見られたら、研究はどうしただの、余裕ぶっこきすぎだの言われかねないからだ。
そんなことを考えながら一輝は将棋会館をあとにし、出るまでに小夜とは会わなかった。
一息ついてから一輝は中継アプリを見直すが、昼食中継時点で自身が検討室を訪れた旨のコメントを確認した。
これはうかつだったと自分に言い聞かせ、あとで小夜から小言を言われる覚悟を胸に秘める。
そうしてしばらく駅に向かって歩いていると小夜を発見する。その場から思わず逃げ出そうとしたが、小夜の様子がおかしいことに気付く。
小夜の肩が震えていたのだ。それを見て一輝は全てを察した。小夜は声こそ出していないが、涙を流しており、負けた悔しさが全身よりにじみ出ているのを感じた。
いくた幼馴染とはいえ、将棋の世界において敗者にかける言葉などないのだ。
一輝はそれを分かっているが、小夜がこっそり母に電話で様子伺いをしていることを知り、どうするかを迷っていた。こっそり小夜の家に電話するにしても、全ての事情を一輝は知らないが、小夜の両親があまり小夜が将棋をしていることをあまりよく思っていないことは感じていた。
結局一輝は勝負に生きる者としての矜持を大事にし、その場を離れるが一言だけLINEを送った。
『いい将棋だった』
小夜にどう響くかは分からない。でも今の自分の精一杯だと……。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる