29 / 30
第二章の13
静子
しおりを挟む
「こんにちは。最初に言っておきますが、わたしは静子さんではありません」
「あ、ああ、ええ? じゃあ誰だ」
剛が動揺するほどそっくりなのだろう。
「つくもがみです」
つくもがみと真名と文子が、同時に答えた。
「じゃあ、この人は僕の本当の母さんの顔によく似ているということだね」
察しのよい聡。
「あら、わたしの方が分かっていないかもしれません。あなたが静子さんの元夫で、あなたが静子さんの息子さんですね。そちらのお二人の女の子は?」
剛、聡の順で指を指した後、文子と真名に目を向ける。
「あたしは、つくもがみ図書館の司書だ」
「同じく司書見習いです」
「まあ。ちゃんと管理人がいるのね。よかったわ。実はわたし、今日が百歳の誕生日なの。たった今つくもがみになったばかりで、勝手が分からなかったので、お世話になります」
「いえいえ、こちらこそ」
親戚のおばちゃん同士の挨拶みたいになっている。一通りおじぎが終わると、つくもがみは自己紹介を始めた。
「わたしはスエさんが写経した時に生まれました。スエさんは娘を身ごもったときに親を亡くして、信心深くなって、お経を唱えたり写経を始めたりしたようです。完成してからも毎日読み上げてもらって、大切にしていただきました。
その娘、つまり静子さんのお母さんは、わたしをお手本に習字の練習をしました。彼女にもずいぶん丁寧に扱ってもらいました。そして三代目・静子さんがわたしを譲り受けたので、一緒にお嫁入りしてきました。
静子さんはお経を唱えるわけでもなく、習字の練習をする趣味もありませんでしたが、わたしのことは十分大切にしてくれました。途中からは剛さんにも大切にしてもらって、感謝しています。
良かったのか悪かったのか、今日はちょうど百年前、スエさんがわたしを写経し終わった日にあたります。そういうわけで、つくもがみとなってここにやってまいりました」
「そうか。人間のほうが先にやってきて、つくもがみの方が後に来たのか。それは、いくら探しても見つからないはずだ」
文子は手を打って納得している。
「静子さんに似たつくもがみさんは、破れたりはしていないのですね。本当に完璧に治してもらったのですね」
真名も感想を述べる。
「はい。あの時は驚きましたが、おかげさまで無事に過ごしております」
聡がずいっと進み出た。
「あの、できればあなたを破ってしまった日のことを詳しく教えてほしいです。できれば母の手紙には何が書いてあったのか」
「はい。聡さんはずいぶん落ち着いた大人に成長しましたね。小さいときはいつも走り回っている元気な男の子でしたよ。剛さんが書斎に入れたがらなかったのも、本棚の本を片っ端からたたき落とすという遊びをしていたからです」
「す、すみません」
本当にそんなことをしていたのかと思うほど、今とはかけ離れたエピソードだ。
「禁止されると余計にやりたくなるという心理でしょうか、すきを見ては書斎に忍び込む癖があったのですが、あの日たたき落とされたのは普通の本ではなく、紐で綴じられていない本、つまりわたしでした。蛇のように床に伸びたわたしを見て、聡さんはおもしろいと思ったようです。もっと伸ばそうとしてお腹をつかんで、破れました。あわてて拾い上げて、また破りました。最後はもとに戻そうとしたのかもしれませんが、またまた破れました。
小さい聡さんは、破れたものはゴミだと判断したのでしょうか、わたしを根こそぎかき集めると、ゴミ箱に入れました」
「え。ひどーい」
「謝りなさいよ」
女子二人から非難の声。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
聡はぺこぺこ頭を下げるしかない。
「聡さんのいたずらに先に気づいたのは、今の奥さんの千代さんです。千代さんはあわててゴミ箱からわたしを拾って机に置いてから、剛さんに報告しました。わたしに挟まれていた静子さんの手紙は、その時ゴミ箱に落ちたまま、誰にも拾われなかったのです。メモのような紙一枚でしたから」
真相を聞いて、剛も聡もそれぞれにショックを受けている。
「そんな。千代に聞くわけにはいかんから、何回も聡に聞いたんじゃ。他にも紙があったはずだ、と。それが、何回聞いてもろくに返事もしない」
偶然が重なった不幸に、ため息をつくしかない。
「怒るというより、尋問してたのね」
「怒ってはいたのだろうけど」
聡は声を失っている。
「で、何と書いてあったの?」
「そうね。物はなくても中の言葉が分かれば、思いは伝わるわ」
司書と司書見習いがキラキラした目で静子のつくもがみを見つけた。
「ごめんなさい。それは剛さんに聞いてください。わたし、字は読めないみたいなの。自分に書かれている字も理解していないし、挟まれていた紙が手紙だったということもよく分かっていなかったわ」
みんなの視線がいっせいに剛に向く。剛は首を横に振って答えた。
「いや、もういいんじゃ。いいんじゃよ」
「あ、ああ、ええ? じゃあ誰だ」
剛が動揺するほどそっくりなのだろう。
「つくもがみです」
つくもがみと真名と文子が、同時に答えた。
「じゃあ、この人は僕の本当の母さんの顔によく似ているということだね」
察しのよい聡。
「あら、わたしの方が分かっていないかもしれません。あなたが静子さんの元夫で、あなたが静子さんの息子さんですね。そちらのお二人の女の子は?」
剛、聡の順で指を指した後、文子と真名に目を向ける。
「あたしは、つくもがみ図書館の司書だ」
「同じく司書見習いです」
「まあ。ちゃんと管理人がいるのね。よかったわ。実はわたし、今日が百歳の誕生日なの。たった今つくもがみになったばかりで、勝手が分からなかったので、お世話になります」
「いえいえ、こちらこそ」
親戚のおばちゃん同士の挨拶みたいになっている。一通りおじぎが終わると、つくもがみは自己紹介を始めた。
「わたしはスエさんが写経した時に生まれました。スエさんは娘を身ごもったときに親を亡くして、信心深くなって、お経を唱えたり写経を始めたりしたようです。完成してからも毎日読み上げてもらって、大切にしていただきました。
その娘、つまり静子さんのお母さんは、わたしをお手本に習字の練習をしました。彼女にもずいぶん丁寧に扱ってもらいました。そして三代目・静子さんがわたしを譲り受けたので、一緒にお嫁入りしてきました。
静子さんはお経を唱えるわけでもなく、習字の練習をする趣味もありませんでしたが、わたしのことは十分大切にしてくれました。途中からは剛さんにも大切にしてもらって、感謝しています。
良かったのか悪かったのか、今日はちょうど百年前、スエさんがわたしを写経し終わった日にあたります。そういうわけで、つくもがみとなってここにやってまいりました」
「そうか。人間のほうが先にやってきて、つくもがみの方が後に来たのか。それは、いくら探しても見つからないはずだ」
文子は手を打って納得している。
「静子さんに似たつくもがみさんは、破れたりはしていないのですね。本当に完璧に治してもらったのですね」
真名も感想を述べる。
「はい。あの時は驚きましたが、おかげさまで無事に過ごしております」
聡がずいっと進み出た。
「あの、できればあなたを破ってしまった日のことを詳しく教えてほしいです。できれば母の手紙には何が書いてあったのか」
「はい。聡さんはずいぶん落ち着いた大人に成長しましたね。小さいときはいつも走り回っている元気な男の子でしたよ。剛さんが書斎に入れたがらなかったのも、本棚の本を片っ端からたたき落とすという遊びをしていたからです」
「す、すみません」
本当にそんなことをしていたのかと思うほど、今とはかけ離れたエピソードだ。
「禁止されると余計にやりたくなるという心理でしょうか、すきを見ては書斎に忍び込む癖があったのですが、あの日たたき落とされたのは普通の本ではなく、紐で綴じられていない本、つまりわたしでした。蛇のように床に伸びたわたしを見て、聡さんはおもしろいと思ったようです。もっと伸ばそうとしてお腹をつかんで、破れました。あわてて拾い上げて、また破りました。最後はもとに戻そうとしたのかもしれませんが、またまた破れました。
小さい聡さんは、破れたものはゴミだと判断したのでしょうか、わたしを根こそぎかき集めると、ゴミ箱に入れました」
「え。ひどーい」
「謝りなさいよ」
女子二人から非難の声。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
聡はぺこぺこ頭を下げるしかない。
「聡さんのいたずらに先に気づいたのは、今の奥さんの千代さんです。千代さんはあわててゴミ箱からわたしを拾って机に置いてから、剛さんに報告しました。わたしに挟まれていた静子さんの手紙は、その時ゴミ箱に落ちたまま、誰にも拾われなかったのです。メモのような紙一枚でしたから」
真相を聞いて、剛も聡もそれぞれにショックを受けている。
「そんな。千代に聞くわけにはいかんから、何回も聡に聞いたんじゃ。他にも紙があったはずだ、と。それが、何回聞いてもろくに返事もしない」
偶然が重なった不幸に、ため息をつくしかない。
「怒るというより、尋問してたのね」
「怒ってはいたのだろうけど」
聡は声を失っている。
「で、何と書いてあったの?」
「そうね。物はなくても中の言葉が分かれば、思いは伝わるわ」
司書と司書見習いがキラキラした目で静子のつくもがみを見つけた。
「ごめんなさい。それは剛さんに聞いてください。わたし、字は読めないみたいなの。自分に書かれている字も理解していないし、挟まれていた紙が手紙だったということもよく分かっていなかったわ」
みんなの視線がいっせいに剛に向く。剛は首を横に振って答えた。
「いや、もういいんじゃ。いいんじゃよ」
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

婚約破棄されてしまいましたが、全然辛くも悲しくもなくむしろスッキリした件
瑞多美音
恋愛
真面目にコツコツ働き家計を支えていたマイラ……しかし、突然の婚約破棄。そしてその婚約者のとなりには妹の姿が……
婚約破棄されたことで色々と吹っ切れたマイラとちょっとしたざまぁのお話。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。
ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。
※短いお話です。
※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判
七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。
「では開廷いたします」
家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる