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佐々木ももんが

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第二章の13

静子

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「こんにちは。最初に言っておきますが、わたしは静子さんではありません」
「あ、ああ、ええ? じゃあ誰だ」
 剛が動揺するほどそっくりなのだろう。
「つくもがみです」
 つくもがみと真名まな文子ふみこが、同時に答えた。
「じゃあ、この人は僕の本当の母さんの顔によく似ているということだね」
 察しのよいさとし
「あら、わたしの方が分かっていないかもしれません。あなたが静子さんの元夫で、あなたが静子さんの息子さんですね。そちらのお二人の女の子は?」
 つよし、聡の順で指を指した後、文子と真名に目を向ける。
「あたしは、つくもがみ図書館の司書だ」
「同じく司書見習いです」
「まあ。ちゃんと管理人がいるのね。よかったわ。実はわたし、今日が百歳の誕生日なの。たった今つくもがみになったばかりで、勝手が分からなかったので、お世話になります」
「いえいえ、こちらこそ」
 親戚のおばちゃん同士の挨拶みたいになっている。一通りおじぎが終わると、つくもがみは自己紹介を始めた。
「わたしはスエさんが写経した時に生まれました。スエさんは娘を身ごもったときに親を亡くして、信心深くなって、お経を唱えたり写経を始めたりしたようです。完成してからも毎日読み上げてもらって、大切にしていただきました。
 その娘、つまり静子さんのお母さんは、わたしをお手本に習字の練習をしました。彼女にもずいぶん丁寧に扱ってもらいました。そして三代目・静子さんがわたしを譲り受けたので、一緒にお嫁入りしてきました。
 静子さんはお経を唱えるわけでもなく、習字の練習をする趣味もありませんでしたが、わたしのことは十分大切にしてくれました。途中からは剛さんにも大切にしてもらって、感謝しています。
 良かったのか悪かったのか、今日はちょうど百年前、スエさんがわたしを写経し終わった日にあたります。そういうわけで、つくもがみとなってここにやってまいりました」
「そうか。人間のほうが先にやってきて、つくもがみの方が後に来たのか。それは、いくら探しても見つからないはずだ」
 文子は手を打って納得している。
「静子さんに似たつくもがみさんは、破れたりはしていないのですね。本当に完璧に治してもらったのですね」
 真名も感想を述べる。
「はい。あの時は驚きましたが、おかげさまで無事に過ごしております」
 聡がずいっと進み出た。
「あの、できればあなたを破ってしまった日のことを詳しく教えてほしいです。できれば母の手紙には何が書いてあったのか」
「はい。聡さんはずいぶん落ち着いた大人に成長しましたね。小さいときはいつも走り回っている元気な男の子でしたよ。剛さんが書斎に入れたがらなかったのも、本棚の本を片っ端からたたき落とすという遊びをしていたからです」
「す、すみません」
 本当にそんなことをしていたのかと思うほど、今とはかけ離れたエピソードだ。
「禁止されると余計にやりたくなるという心理でしょうか、すきを見ては書斎に忍び込む癖があったのですが、あの日たたき落とされたのは普通の本ではなく、紐で綴じられていない本、つまりわたしでした。蛇のように床に伸びたわたしを見て、聡さんはおもしろいと思ったようです。もっと伸ばそうとしてお腹をつかんで、破れました。あわてて拾い上げて、また破りました。最後はもとに戻そうとしたのかもしれませんが、またまた破れました。
 小さい聡さんは、破れたものはゴミだと判断したのでしょうか、わたしを根こそぎかき集めると、ゴミ箱に入れました」
「え。ひどーい」
「謝りなさいよ」
 女子二人から非難の声。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
 聡はぺこぺこ頭を下げるしかない。
「聡さんのいたずらに先に気づいたのは、今の奥さんの千代さんです。千代さんはあわててゴミ箱からわたしを拾って机に置いてから、剛さんに報告しました。わたしに挟まれていた静子さんの手紙は、その時ゴミ箱に落ちたまま、誰にも拾われなかったのです。メモのような紙一枚でしたから」
 真相を聞いて、剛も聡もそれぞれにショックを受けている。
「そんな。千代に聞くわけにはいかんから、何回も聡に聞いたんじゃ。他にも紙があったはずだ、と。それが、何回聞いてもろくに返事もしない」
 偶然が重なった不幸に、ため息をつくしかない。 
「怒るというより、尋問してたのね」
「怒ってはいたのだろうけど」
 聡は声を失っている。
「で、何と書いてあったの?」
「そうね。物はなくても中の言葉が分かれば、思いは伝わるわ」
 司書と司書見習いがキラキラした目で静子のつくもがみを見つけた。
「ごめんなさい。それは剛さんに聞いてください。わたし、字は読めないみたいなの。自分に書かれている字も理解していないし、挟まれていた紙が手紙だったということもよく分かっていなかったわ」
 みんなの視線がいっせいに剛に向く。剛は首を横に振って答えた。
「いや、もういいんじゃ。いいんじゃよ」
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