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佐々木ももんが

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第二章の6

二人目の依頼人

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「え? 一度に二人も?」
 やって来たのは、かなり年配のご老人だった。自分の置かれている状況が分からずおろおろしている様子は、さとしとまったく同じだ。自分が死んだことにも当然気がついていないのだろう。
「不思議なところじゃのう。古文書ばかり揃えておる。ところでわしは誰なんじゃろう。ここは図書館か? どうしてこんなところにいるんじゃ」
「こんにちは。つくもがみ図書館へようこそ。突然ですが、あなたには心残りとなるような本があるはずです。それを探しに、ここにやって来たのです。私がお手伝いしますので、一緒に思い出の本を探しだしましょう」
 唐突だろうが性急だろうが、真名まなは自分のやり方で突き進むことを決めたようだ。ずばり本の記憶を辿るように催促する。
「はあ。しかし、自分の名前も思い出せんのに、本と言われても。お、いかん、いかん。入れ歯がどこかに飛んでいってしもうた」
「大丈夫です。探しておきます。それよりも、何か本に関係した思い出に心当たりはありませんか?」
 強引すぎる真名。
「本。本か。本なあ。そういえばここ数年読んでないなあ。若い頃は毎日何冊も読んどったのに。目が悪くなってから文字を追うのがつらくてな。年はとりたくないものだ。目も悪いが、歯も悪くて、今じゃ総入れ歯だよ。思いきりせんべいをかんでいたころが懐かしいのぅ。せんべいといえば、最近は甘い味付けをしたものが増えているようだが、あれは邪道じゃ。せんべいはしょう油味、きりっと塩味が基本じゃよ。せんべいの原料は米じゃからの。米に砂糖をかけたりはせんじゃろ? せんべいだって同じじゃ。せんべいに甘い味をつけるなんて、ご飯に砂糖をかけて食べるようなものじゃ」
 なんだか話が長くなりそうな予感。しかも本の話題からどんどんそれていく。
「はぁ」
 気の入らない相槌を打ちながら、どうしたって長期戦で行くしかないのだろうな、とあきらめて気持ちを切り替える。文子も寄ってきて助け船を出す。
「若い頃は本をたくさん本を読んでいたのですか? ここなら、好きなだけ時間を気にせずいくらでも読めますよ。試しに一冊手に取ってみてください」
 文子はセールスマンみたいに本をお薦めしている。老人は言われるまま目の前にあった一冊を手にとって広げた。
「おお! 読みやすい。文字がこんなにくっきり見えるとは」
  なにやら感動している。
「大活字本か? いや、そういうわけでもない。わしの目がよくなったのか。そういえば腰も痛くないぞ」
 うれしそうで何よりだ。
「向こうは自力で捜索。こちらはしばらくのんびりしてもらって、思い出し待ち。さしあたりすることもないな。あたしは書庫を回って掃除でもするが、真名はどうする?」
「え。どうしよう」
 図書館にいるときは文子にくっついて回っているだけで、特に自分でやることなんてない。本を読むと言っても、ここにある本は真名には難しすぎる。 
「あの、その前に、老人を一人で残しておいて大丈夫なの? 具合が悪くなったりしたら」
「何回も言っているが、あの人間はもう死んでいる。具合が悪くなるのは生きている人間だけだ。生前の形を保っているから誤解しやすいが、すでに魂だけの存在になっている」
「あ、そうか」
 だから本が読みやすいと喜んでいたのか。入れ歯も探さなくて問題なさそうだ。
「シロやみーくんと遊んでいてもいいぞ」
 なるほど。そういう過ごし方もある。
「私も文子と一緒に掃除する」
「そうか? じゃあ、ハタキを持っていくぞ」
 もっとこの図書館のことを知っておかないといけない気がする。ここの蔵書は、みーくん以外とはしゃべったことがない。奥の部屋へ入る度に迷子になっているのも情けない。
  エプロンを着けていざ奥へ入ろうとしたとき、突然寝ていたシロの耳がピクッと立ち上がり、風のように先に置くの書庫へと走り去っていった。
「シロ? どうしたの?」
「犬笛かな」
 文子がつぶやく。
「あ、聡さん。何かあったのかしら」
 心配した一秒後、シロの後ろから聡がついて出てきた。
「もう少し思い出したことがあって、一応言っておこうと思いまして」
 にっこりしながら出てきた聡は、いつの間にか増えていた二人目の訪問者を見て、大きく目を見開いた。
「え。親父もここに来たのか」
 どうやら親子二人がここで鉢合わせしてしまったようだ。
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