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第二章の2

黒メガネ

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「とりあえず、ようこそ、つくもがみ図書館へ」
 真名まなは愛想よくにっこり笑って見せた。大切な利用者だ。早く望みを言ってもらわなければならない。
「あ、はい。つくもがみ図書館というのですか。図書館自体あまり利用したことがないので、来たことも利用したこともないと思いますが、よろしくお願いします」
 なかなか律儀で礼儀正しい人のようだ。
「会社で働いてるんですか?」
「はい。どんな会社か思い出せませんか?」
「電車通勤ですか?」
「えっと、どうだろう。はい、たぶん」
「電車の中で本を読みますか?」
「いえ、電車の中では新聞を読みます。その日のニュースをチェックするのが日課です」
「家で本を読むのが趣味だったりしますか?」
「いいえ。僕は本は読まないので」
「ちょっと、真名。質問しすぎだぞ」
「だって。じゃあ、最後に一つだけ。せめて名前が分からないと不便だわ。あだ名でいいから教えてください」
「あだ名なんて、小学生の時にしか呼ばれたことありませんね。あだ名は……何だ
ったかな」
「だから、あせらない、たたみかけない。やんわり聞いているつもりだろうが、けっこうストレートだぞ」
「じゃあ、どうすればいいのよ」
「しばらく一人にして放流しておくんだ。だんだん空気になじんでくるから。それとあだ名なんてこっちで勝手につければいいんだ。黒メガネでいいだろう」
「文子の言い方も人間扱いしてなくて怖いんだけど」
「もう人間じゃないだろう。死んでるんだから。そうそう、たいていの者は自分が死んでいることに気づいていない。いきなり教えるとパニックを起こすから、なるべく自分から気づくように仕向けるんだ」
「コツは?」
「待つこと」
「どのくらい? いつまで?」
「自分で気づくまで」
「そんな気の長いことできない。待ってられない」
 文子は軽く舌打ちをして、耳打ちしてきた。
「黒メガネに、父親のことを話させろ。何か思い出すかも」
「なんで? また適当にそんな話して。私がうるさいから意味のない仕事をさせておくという作戦?」
「人の話を聞いておけ。最初に本を手に取ったとき、『親父がこういう本ばっかり集めていた。ちょっとなつかしいな』と言っていたぞ」
 本当に覚えていない。そんなこと言ってたっけ。私、ダメダメじゃない? まりこちゃんの時よりもひどい有様だわ。黒メガネ氏の言葉も聞いていなかったし、それを教えてくれた文子のことも疑ってしまった。
 こんなんで、図書館にいる資格あるのかしら。だからこそ、司書ではなく司書見習いと言われたのかも。
「落ち込んでいるひまがあったら、黒メガネに話しかけてこい」
 文字通り文子に背中を押されて、よろけながら黒メガネ氏に近づいた。
「あの。黒メガネさんのお父さんについて教えてください」
 あ、勝手なあだ名・黒メガネで呼んでしまった。
「親父のこと? 部屋いっぱいに蔵書を積み上げて、朝から晩まで本に埋もれて過ごしていた」
「はい。すてきなお父さんですね。もっと聞かせてください」
 本を部屋いっぱいにコレクションしているだなんて、まるでおじいちゃんのことのようだ。真名は、自分とおじいちゃんの関係になぞらえて一気に親近感を持った。
「本と言っても、古い文献や古文書みたいなもので、読むと言うより保管していた、というほうが近い。子どもが読むような本は一冊もなかった」
「いいですね。きっと、いいお父さんだったんでしょうね」
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