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第一章の12

まりこの探しもの

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「あのね、きれいな絵がたくさんのっているご本なの。お姉さんたちが読んでくれたのよ」
 私と文子ふみこは、辛抱強くまりこちゃんの話を聞いていた。我慢、辛抱、忍耐。なかなかの修行を強いられる作業だった。小さい子どもの話を聞くことがこんなに根気のいるものだとは知らなかった。小さいといっても、私と同じ年なんだっけ。おかしいなぁ。
 文子なんて、堂々とあくびをしている。
「地面がごーっとゆれて、とっても怖かったの。わたしは泣きっぱなしだったわ。お姉さんたち、やさしかった。本を読んでくれたの」
「地面がゆれたのはどうして? 地震かな?」
「ものすごい音だったわ。頭の中いっぱいにひびくくらい。とっても怖かったの」
 会話が成り立たない。こちらの質問に全然答えてくれない。自分の話したいことを自分のペースでしゃべっているだけだ。
「あのね、きれいな絵がたくさんのっているご本なの。お姉さんたちが読んでくれたのよ」
 しゃべってくれるのはいいのだけど、同じ話ばかり繰り返している。
「まりこちゃん、その本の内容は覚えているかな?」
「あのね、きれいな絵がたくさんのっているご本なの。お姉さんたちが読んでくれたのよ」
  ダメだ。壊れたスピーカーみたいになっている。
「あのきれいな本を、もう一度見たいわ」
 珍しく初めてのセリフがでたけれど、残念ながら具体性に欠けていて、手がかりにはならない。
「まりこちゃん、聞いて。本にはどんなことが書かれていたの?」
「あのね、きれいな絵がたくさんのっているご本なの。お姉さんたちが読んでくれたのよ」
「どうしよう。とても探せる気がしない」
 開始三十分でギブアップしたくなっている。
「キョウコさんは、真名まな一人の力で解決するよう言っていた。あたしが手を貸したら、真名の試練を邪魔することになる。あたしは遠慮することにするよ」
 文子がごちゃごちゃした言い訳をくっつけて、逃げてしまった。私とまりこちゃん二人だけになって、私も逃げたくなった。いっそ素直に人間界へ帰ってしまったらどうだろう。
 もしかして私は、おじいちゃんは死んだという事実を、ちゃんと受け止めないといけないのではないだろうか。もちろんその事実は分かっているけど、でも会おうと思えば会えるかもしれない距離にいるのに、あきらめてしまっていいのだろうか。
 まさか、おじいちゃんを生き返らせたいとか、連れて帰りたいとか思っているわけではない。せめて最後にもう一言お話ししたい。もう会えないなんて思わずにある日突然終わってしまったから。ちゃんとさよならを言いたい。それから、それから……。
 気づいたら、泣いていた。静かに涙が流れ、ぽたぽたと床に落ちて染み込んでいく。
「痛いの? 怖いの?  大丈夫よ。痛いの痛いの、飛んでいけ!」
 まりこちゃんになぐさめられてしまった。やっぱりギブアップせずに、探しだそう。
「まりこも怖かった。でも、お姉さんたちがいたから。お姉さんたちが本を読んでくれた」「怖いって、何があったの? 地震? 火事?」 
「怖い、怖い。暗い、暗い」
 まりこちゃんまで泣きだしてしまった。
 逃げたはずの文子が戻ってきて、まりこちゃんをなだめた。
「ちょっと休もうか。おいしいものでも食べよう」
 質問は打ち切り。
 でも私には、一つの仮説があった。まりこちゃんは何度も『怖い』と言っていた。実は私にも、似たような体験がある。大きな地震で、家具も本棚も倒れて死ぬかと思ったことがあった。まりこちゃんも、同じ体験があるのではないか。ここ数年、大規模な地震や津波が日本の各地で起きている。家が壊れるほどの地震を経験していても不思議ではない。というか、『怖い』体験なんてそのくらいしか思いつかない。私と同じ八歳なんだから。
 そして、何回も繰り返していた『きれいな絵』。このヒントは分かりやすい。きっと絵本なのだ。なにしろ同じ八歳だから、私には分かる。私も、図書の時間は読み物よりも絵本ばかり見てしまう。ながめているだけでも絵にいやされるから。
 私は、一度なくなりかけたやる気を再び取り戻して決意した。
「まりこちゃんにとって、思い出の絵本なのね。私が必ず探し出してあげる」
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