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第一章の6

出発

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 この世界のどこかにおじいちゃんがいる。そう確信した真名はおじいちゃんを探しだす決意を固めた。
「そうと決まれば、準備をするぞ。図書館は閉館するから、窓を閉めて本棚から抜け出している本がいないかどうかざっと見回りをしてくれ」
文子ふみこも一緒に来てくれるということ? 協力してくれるの?」
 意外だった。てっきり嫌われているかと思ったからだ。勝手にしろと言われれば、勝手に探しに行くつもりだった。
「人間がこんなに長い時間ここにいるからには、何か目的があるとしか考えられない。それが人探しなのだとしたら、探し出すまでは絶対に帰らないだろう。一刻も早く立ち去ってもらうには、できるだけ早く探し出すしかないではないか」
 ひどい言い方にも聞こえるが、とにかく協力してくれるのだから頼もしい。文子の説明は続いた。
「まず話しておかなければならないことがある。この図書館は、人間の感覚でいう図書館とはかなり役割が違う。本の貸出や自習部屋などはやっていない。やっているのは、相談、調べもの、探しもの。本といっても魂の宿った一個の人格だから、たいていは元の持ち主と再会することを望んでいる。持ち主が死んで人間界からやってくるのを待つか、持ち主が先に死んでいる場合は幽界から会いに来てくれるのを待っている。ここは探す人と探される人が落ち合う待ち合わせ場所のようなものだ。私は司書だから、お互い会えるように手助けをしている」
「じゃあ、私はここで待ってたほうがいいんじゃないの? 待ってたらそのうちおじいちゃんが会いに来てくれるんじゃないの?」
「それが待てないからこっちから探しに行くんだろう」
 怒られてしまった。
「でも、おじいちゃんのいる場所、分かるの? 私がおじいちゃんを見たのは文子が今背を向けている窓。この窓はどこの風景を映し出しているの?」
「霊界の入り口。三方に窓があるだろう? 北は霊界の入り口、東は人間界との境目、西は三つの世界が交わる交差点に当たる。この窓は監視カメラのようなものかな。新入りを迎えに行ったり、迷い込んだ者を導いたりするために、出入り口に目を光らせている」
「霊界の入り口? まさか、今ごろはすでに霊界に入ってしまっているのでは?」
「その可能性はあるが、とにかくその場所に行って門番に尋ねてみるしかない。霊界に入ってしまったとはっきり分かれば、真名もあきらめがつくだろう」
「そんな。はじめから会えない前提なの?」
 どちらにしても、今は探しに行くしかない。文子はふところから竹でできた小さな笛を出すと、ふーっと吹いた。吹いているのに、音が出ない。
「こわれてるの? 音が出てないわよ」
 不思議そうに笛をのぞきこむ私の足に、何かふわふわした毛のようなものが触れた。
「きゃ。犬!」
 いつの間にか、大きくて真っ白な犬が私のスカートの匂いをかいでいた。
 文子は犬の正面にしゃがみ込んで、目と目を合わせてしゃべりかけた。
「シロ。しばらく図書館を留守にする。すぐに帰るつもりだが、留守番を頼む」
「ワフッ!」
 名前のとおり真っ白な色の犬は、元気よく返事した。犬がいたなんて、気がつかなかった。犬は嫌いではないけど、あんまり近くで見たことがないから、乗れるくらい大きい犬はちょっと怖い。
「この犬もつくもがみ?」
「そうだ。シロという。あたしよりも優秀な門番だ」
「へぇ。さっきの笛は何? どうしてシロは突然来たの?」
「犬笛。人間の耳とは聞こえる周波数が違うから、この笛は犬にしか聞こえない」
「えーっ。不思議」
「さあ、出発するぞ」
「はいっ」
 文子が図書館の扉を開けた。ギギィーッとさびついたような音をたてて、分厚い扉が左右に開く。その向こうにはピクニックに来たのかと思うような草原とお花畑が広がっていた。お花畑だなんて、まるで死後の世界みたい。と思ったけど、ここはまさにそういう世界なのかもしれない、と思い直した。一歩を踏み出しながら、私はおじいちゃんのことを思っていた。
 私は信じている。おじいちゃんはまだ私と同じ異界にいる。私がこんなに会いたがっているのに、一人で勝手に先に行くわけないもの。
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