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第一章の3
つくもがみ図書館
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「わーい、駆けっこしようぜ」
「どこ行くんだよ」
「どこに行こうと自由だろ」
ドタドタと、子どもが走り回るような足音が聞こえる。運動会でもしているのか、というくらい騒がしい。
大騒ぎに驚いて目が覚めた。目の前を、本当に子どもたちが走り回っていた。幼稚園か、それより幼いくらいに見える。ざっと十人くらいが、狭い部屋の中をドタバタと暴れ回っている。
ただ、何というか変な見かけだ。古風な身なりをしている。お尻が見えそうな短い着物に裸足。髪の毛もおかっぱで、おじいちゃんが見たら喜びそうな江戸時代の子どもみたい。
それと、もう一つ変わったところがあった。みんな本を背負っている。持つとか抱えるとかではなく、河童の甲羅みたいに、巨大な紙の本を背中に貼り付けたまま走り回っているのだ。
「何してるの? どこから来たの?」
さすがに人見知りの私でも、子どもになら話しかけられる。けど、私の質問は完全無視。きょとん、とした顔をして首をかしげるだけ。その時、サイレンのようによく響く声が降ってきた。
「おまえたち、早く集まれ! 新入りはこっちだ! 入り口も分からないのか?」
女の子の声なのにすごい迫力だ。子どもたちは全員ぴしーっと整列して、本棚と本棚の隙間から、奥の部屋へと進んで行く。
え? 奥の部屋? そんなの初めて見る。
知りつくしていると思っていたおじいちゃんの家に隠し部屋があったとは。私も後ろからついていった。
通路のような本棚の隙間を抜けると、別の建物の中につながっていた。図書館のように見える。おじいちゃんの書斎を三倍広くしたような部屋に、さらに三倍の数の本棚が立ち並んでいる。棚には古めかしい本がずらりと並んでいた。私は本に近寄って、背表紙のタイトルを読み取ろうとした。
「こらー! 勝手な場所に入るんじゃない! ちゃんと一人一人場所が決まってるんだ」
すぐ横でさっきの声が響いた。
「ごめんなさい」
反射的に謝ってしゃがみこんでしまう。
見上げた相手は、私とそう年の変わらない、赤い着物を着た女の子だった。
「あなた、誰?」
女の子と私が同時に言う。
「あたしは文子。つくもがみ図書館を任されている司書だよ。あんたは?」
ハキハキしたしゃべり方をする子だ。苦手だけど、勝手に人の領地に侵入したのは私だから答えないといけない。
「私は、真名。向こうのおじいちゃんの書斎から来たの。こことつながっているなんて知らなかったから」
そう言って、来た通路を振り返ってみて、私はあっと叫んでしまった。隙間がない。私が通り抜けてきた道にはどんと本棚が居座っていて、最初から道なんてなかったようになっている。
「迷い込んだね」
文子が怖い声で言った。文子の目が獣のようにギラリと光った気がして、私はゾクリと震えた。
一緒にやって来た子どもたちが、心配そうに私たちを取り囲んで見物している。
「自分のねぐらは分かっただろ。今日はそれぞれの場所でおとなしくしてな」
文子に追い散らされた。邪魔者がいなくなったところで、文子が私に向き直る。
「ここがどこか分かってる?」
真っ直ぐに目をのぞきこんで来る。
「えっと、図書館?」
「そう。ここは、つくもがみ図書館。百年間人間に大切にされてきた本が変化して、集まる場所。異界にあるんだよ。つまり、人間が来てはいけない場所」
「え? ごめんなさい。すぐに帰ります。と言っても、帰り道がないんだけど」
「そうみたいだね。呼ばれて来たのか、探し物があってやって来たのか……」
腕を組んで考え込んだ文子の背後に、私は思いがけない人の顔を見た。
「おじいちゃん!」
いつもの着流しを着てこちらを見ているのは、おじいちゃんだ。
「おじいちゃん。ここにいたの? ねえ、帰ろうよ。おじいちゃんと一緒がいいよ」
「ちょっと、待ちな」
文子の制止も耳に入らず、私はおじいちゃんに抱きついた。
「どこ行くんだよ」
「どこに行こうと自由だろ」
ドタドタと、子どもが走り回るような足音が聞こえる。運動会でもしているのか、というくらい騒がしい。
大騒ぎに驚いて目が覚めた。目の前を、本当に子どもたちが走り回っていた。幼稚園か、それより幼いくらいに見える。ざっと十人くらいが、狭い部屋の中をドタバタと暴れ回っている。
ただ、何というか変な見かけだ。古風な身なりをしている。お尻が見えそうな短い着物に裸足。髪の毛もおかっぱで、おじいちゃんが見たら喜びそうな江戸時代の子どもみたい。
それと、もう一つ変わったところがあった。みんな本を背負っている。持つとか抱えるとかではなく、河童の甲羅みたいに、巨大な紙の本を背中に貼り付けたまま走り回っているのだ。
「何してるの? どこから来たの?」
さすがに人見知りの私でも、子どもになら話しかけられる。けど、私の質問は完全無視。きょとん、とした顔をして首をかしげるだけ。その時、サイレンのようによく響く声が降ってきた。
「おまえたち、早く集まれ! 新入りはこっちだ! 入り口も分からないのか?」
女の子の声なのにすごい迫力だ。子どもたちは全員ぴしーっと整列して、本棚と本棚の隙間から、奥の部屋へと進んで行く。
え? 奥の部屋? そんなの初めて見る。
知りつくしていると思っていたおじいちゃんの家に隠し部屋があったとは。私も後ろからついていった。
通路のような本棚の隙間を抜けると、別の建物の中につながっていた。図書館のように見える。おじいちゃんの書斎を三倍広くしたような部屋に、さらに三倍の数の本棚が立ち並んでいる。棚には古めかしい本がずらりと並んでいた。私は本に近寄って、背表紙のタイトルを読み取ろうとした。
「こらー! 勝手な場所に入るんじゃない! ちゃんと一人一人場所が決まってるんだ」
すぐ横でさっきの声が響いた。
「ごめんなさい」
反射的に謝ってしゃがみこんでしまう。
見上げた相手は、私とそう年の変わらない、赤い着物を着た女の子だった。
「あなた、誰?」
女の子と私が同時に言う。
「あたしは文子。つくもがみ図書館を任されている司書だよ。あんたは?」
ハキハキしたしゃべり方をする子だ。苦手だけど、勝手に人の領地に侵入したのは私だから答えないといけない。
「私は、真名。向こうのおじいちゃんの書斎から来たの。こことつながっているなんて知らなかったから」
そう言って、来た通路を振り返ってみて、私はあっと叫んでしまった。隙間がない。私が通り抜けてきた道にはどんと本棚が居座っていて、最初から道なんてなかったようになっている。
「迷い込んだね」
文子が怖い声で言った。文子の目が獣のようにギラリと光った気がして、私はゾクリと震えた。
一緒にやって来た子どもたちが、心配そうに私たちを取り囲んで見物している。
「自分のねぐらは分かっただろ。今日はそれぞれの場所でおとなしくしてな」
文子に追い散らされた。邪魔者がいなくなったところで、文子が私に向き直る。
「ここがどこか分かってる?」
真っ直ぐに目をのぞきこんで来る。
「えっと、図書館?」
「そう。ここは、つくもがみ図書館。百年間人間に大切にされてきた本が変化して、集まる場所。異界にあるんだよ。つまり、人間が来てはいけない場所」
「え? ごめんなさい。すぐに帰ります。と言っても、帰り道がないんだけど」
「そうみたいだね。呼ばれて来たのか、探し物があってやって来たのか……」
腕を組んで考え込んだ文子の背後に、私は思いがけない人の顔を見た。
「おじいちゃん!」
いつもの着流しを着てこちらを見ているのは、おじいちゃんだ。
「おじいちゃん。ここにいたの? ねえ、帰ろうよ。おじいちゃんと一緒がいいよ」
「ちょっと、待ちな」
文子の制止も耳に入らず、私はおじいちゃんに抱きついた。
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